一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

46 朱殷(しゅあん)の髪と攫われた赤子 5

 扉の外にクスピエを置き去りにして、私はマルファーに会いに部屋を進んで行く。 私の家とは大違いだ、観葉植物が置かれて、この通路だけでも私の家と同じぐらい広いと思う。 左右に三つの扉、そして真正面の扉が少し開いている、たぶんあそこから声が聞こえて来た気がする。 私はその扉を開けて、部屋の中に入った。


 その部屋の中には、机で書類に向かう男が居る。 私がその男に声を掛ける前に、殆ど泣き声さえしないレティシャスが声を上げた。 


「だあ~、あ~う~」


「ん? おや、君は・・・・・ハハハ、すいませんね、最近忙しくて、たまに忘れちゃってるんですよ。 えっ~と、何の用事だったかな?」


 実際私は何も約束していないのだが、クスピカの様に、おかしな考えに至る前に、私から話を始めてしまおう。


「初めましてマルファーさん、私はラーシャインと言います。 実はちょっとしたお話しがあるのですけど、少しお時間を頂けませんか?」


「ラーシャイン? そうか、君はストリーさんのお子さんだね? 実は初めてでは無いのだよ、君がほんの小さかった頃、私とも会った事があってね。 そうだ、クスピエにも会っただろ? あの子は君とも遊んだ事があるんだよ? まあその子の様に小さかったから覚えてはいないだろうけどね。 所でその子は君のお子さんかい?」


 一応かまをかけて見たけど、この人がマルファーさんで間違いなさそうだ。 しかしクスピエが私と遊んだことがあるとは、あれが本当に私と同じ歳なのか? にわかに信じられないけど、今はそんな事を気にしている暇はない、私はマルファーさんに、今までの事を話し始めた。


「話と言うのはこの子の事なのです、この子は私の子共ではありません、実は・・・・・」


 私はマルファーさんに、今までの事情を全て話した。 この赤子が王の子供として追われている事も、本当は偽物で、私が追われている事も全てを。


「なる程、事情は分かりました。 ですが私達は貴女を助けられません、貴女が裏では王国の為に動いていたとしても、表では貴女は犯罪者、私が貴女を助けるという事は、この町が王国に逆らうという事なのです。 私が貴女を助ける事は出来ないのです、どうかご理解していただきたい」


 くッ、此処が駄目だとすると、私は如何すれば良いのだろうか。 レティシャスを連れて、このまま旅を続けるしかないか? しかし王国内を逃げ回るのには限界があるし、私の能力を知らされていれば、国境を越えるのはかなり厳しい。 門自体を閉じられていれば、私にはそれを越える手段が無い。


 そうなると魔物が闊歩する中を赤ん坊連れで戻らないとならない訳だが、そもそもそこまでたどり着けるかどうかも謎だ。 たどり着く為には野宿が必須だけど、私だけじゃ交代して休む事も出来ない。 旅をするのに仲間は必須だが、今の私に付いて来てくれる奇特な人間は、簡単には見つかりそうもない。


「しかし安心してください、大っぴらに助ける事は出来なくとも、私以外が助ければ良い事です。 クスピエを連れて行ってください。 あの子も体は小さいですがいい歳なのです、そろそろ親元を離れてもいい頃でしょう」


 凄く助かる提案だった、たった一人でも、居るのと居ないのでは雲泥の差がある。


「私には他に伝手が無いので、それが出来るのならば助かります。 でも彼女が納得するでしょうか?」


「私に任せておいてくれ、娘の事は知り尽くしているからな」


 子供の様な彼女だが、戦力としては使えそうだ。 私はマルファーのその提案を受け入た。 私達は入り口の扉の鍵を開けると、そこにはクスピエの姿は無く、お茶を出されて少しの休息を取った。 そのままマルファーさんとの情報のやり取りをしていると、窓にクスピエが飛び込んで来た。


「こらぁ、悪者め!! 私の家から出て行きなさい!! お父さんもお茶なんて出さなくて良いわよ、此奴お尋ね者なんだから!」


「クスピエ、落ち着きなさい。 ラーシャインさんは悪者ではないよ。 きちんと話し合えば、彼女が悪い人じゃないと分かるはずだよ」


「でも!」


「まずは話を聞きなさい、話はそれからだ」


「分かったわよ、お父さんの言う事を聞くわ。 でも貴女が悪者だと分かったなら、即座に退治するからね!」


 少し落ち着いたクスピエに、私は今までの経緯を話した。 私の話をちゃんと聞き、自分で考えた結果、その怒りは静まっていった。


「貴女、本当にお客さんだったのね、だったら最初からそう言えば良かったのに」


 私は言ったつもりだが、まあ私もいきなり武器を突きつけたのは不味かった。 お互いにもう少し冷静に判断すれば良かったな。


「それでだなクスピエ、お前はラーシャインさんについて行きなさい。 お前がついて行けば戦力としても申し分ないだろう」


「無理よ! 私にはこの町を護る使命があるんだから、そんな事をしている暇は全く無いわ!」


「しかしなぁ、そうなると私の部下から選ばないとなぁ。 ・・・・・ふむ、スライに行ってもらうとしようか。 いやぁ、スライも男だ、これ程の美女と二人一緒に暮らしたら、間違いが起こってしまうかもしれないなぁ。 ああ、赤ん坊が居るから三人か、小さなあ赤ん坊を世話する彼女を見て、その母性にコロっといってしまうんじゃないかなぁ、そのまま二人は、寂しそうな赤ん坊を見て、もうひとり作ろうと・・・・・」


「ス、スライがそんな事するはずないでしょ! で、でもまあ私が行ってあげるわよ、スライにそんな事させられないし・・・・・貴女も安心しなさい、私が行くからには、徹底的に護ってあげるわよ!」


「来てくれるのか? なら改めて自己紹介しよう。 私はラーシャイン、これから宜しく頼む」


 なる程、スライというのは、クスピカが想いを寄せている男かなにかだろう。 しかし私を引き合いに出さないで欲しい、私がその男とそういう関係になるなんて事はまず無いだろう。 自分である程度分かっているけど、私は雑だし、それほど優しいとも思わない。 そんな私を好きになる人はそれ程多くない。 これは間違いなく母さんの血だろうな。


「少々不本意だけど、行くと決めたからには全力でやってやるわよ! 私はクスピカよ、改めてよろしくね!」






 クスピカが仲間となり、私はマルファーさんから中古の馬車と、色々な物を分けてもらい、私達はマルファーの町から旅立った。



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