一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

43 全ての作業において、下ごしらえが一番大変だ。

 少し遠くに見える蜈蚣むかでのデカイ奴、後ろからはストリー達に見られている。 だが残念ながら、人間には出来る事と、出来ない事がある。 それが例え勇者であろうと、魔王と名乗る者でさえ、人間であるならそれは変わらない。


「如何するんですかアツシさん!! こんな大きい敵には、僕の最大魔法だって聞きませんよ?!」


「そうだ、お前勇者なんだろ? 巨大ロボとか出せないのかよ?」


「あのですね、向うもこっちもそんな世界じゃないでしょ?、そんな物出せたら、わざわざ剣もって戦ったりしないでしょう。」


 まあそれもそうか、そんな発展してたら、手持ちの銃ぐらい作られててもおかしくないからなぁ。 だったらもう、やれる事をするしかないだろう。


「メイ、安心しろ、俺はこんな巨大サイズと戦った事がある。 一番重要なのは死なない様に戦う事だ、例えそれが、1ダメージさえ与えられなくてもだ!! つまり、時間さえ経てば、誰か倒してくれるって事だ!!」


「何て人任せな!! 本当にそれで良いんですか? ストリーさんだって見てるんですよ?!」


 勇者と名乗った此奴には、それなりのプライドがあるのだろうか。 しかし俺にとっては、そんな物は如何でも良い、力の無い俺には、敵と正面切って戦うなんて完全に無謀な事だからだ。 出来るだけ安全に、やれるだけのダメージを与える事こそが、俺がやるべき仕事なのだ。 


「良いんだよ、そういうのはべノム達に任せとけばさ。 一つだけしかない命を大事に扱うのは当然の事だろうが。 それにな、そんな無謀な兵士を育ててたら、幾ら人が居ても足りなくなるだろうが。 それともアレの正面に立って、プチっと踏み潰されたいのか?」


 蜈蚣は体の前を持ち上げて、それを激しく動かしている。 それにかすってねられただけでも致命傷になりそうだ。


「あ、あれの前に立つのは、ちょっと勘弁してもらいたいです。」


「だろ? じゃあ納得したらついて来い、俺達は尻尾側に回るぞ。」


「そ、そうですよね、無謀なのは駄目ですね。 ああ、僕の勇者としてのプライドが、ドンドン壊れて行く・・・・・」


 俺としては、そんなプライドは捨てた方が良いとは思うが。 本人が如何してもそうしたいのなら、特に止めようとも思わない。


 兎に角俺達は、蜈蚣の尻尾の方に向かった。 何度か俺達の近くを、蜈蚣の体がうねって来たが、幸いにも何のダメージも無く、尻尾の方に到着出来た。 尻尾の先はスロープの様になっている。 人が登りやすいとは言えないが、それでも何とか登れそうだ。


「アツシさん、これから如何するんですか? 蜈蚣の尻尾と言ってもかなり大きいですよ。」


「あの尻尾の上に登るぞ。 この蜈蚣は上半身を上げて戦ってるけど、後ろの体はそれ程動いていないからな、あそこの上が一番安全だろう。 じゃあ登るぞ!!」


「ええ。」


 俺達は尻尾の上へと昇ると、その上からペシペシと剣で叩きだした。 俺の剣をもっても、少し傷が付く程度で、甲殻は分厚くてダメージを与える事が出来ない。


「アツシさん、ちょっと思ったんですけど・・・・・これは戦っていると言うんでしょうか?」


「何を言う、立派にダメージを与えようとしてるじゃないか。 それでダメージが有るのか無いのかは別の話だ。」


「いや、もう少し何かしましょうよ。 他の人達も頑張ってるじゃないですか。」


「でもなぁ・・・・・」


 俺は空を見上げる。 そこにはべノムや知り合い達が、必死で戦って敵の足を落としていってる。 だが何百あるのかも分からない足の十本、ニ十本落とした所で、この敵にはさほどダメージを与えられていない気がする。 腹を攻撃しようにも、あの足が邪魔で攻撃が出来ていないし、まだまだ時間が掛かりそうだ。 


 俺達が足の一本を苦労して落としたとしても、そう戦局に影響は・・・・・ あれ? 待て、体を持ち上げている最初の足、あそこが一番荷重が掛かっているんだろ? だったらそこから落として行けば、この体は持ち上がらなくなるんじゃないか?


 俺は蜈蚣の背中に寝ころび、下の方を見る。 此処から落ちて、大量の足の中に突っ込むとなると、相当な勇気と覚悟、それに運、それだけじゃ足りない。 何かロープの様な物があれば良いけど、俺の手持ちにはそんな物は無い。


 メイの体にも使えそうな物は付いてないし、やっぱり上からペシペシ叩いてるか? 試しにべノムでも呼んでみようか? べノムが気付けば、可能性はあるかな。


「お~いべノム!! こら~、こっち見ろ~!! お~い気付よ!! うおおおおおおおおおい!!」


 駄目だ、全然こっちを見ない、戦いに集中しているんだろうか。


「べノムさんに用事でしたか? まだパーティー登録は残ってますから、確か呼びかけるアイテムが残っていたと思います。」


 メイは空中に穴を開けると、その中に手を入れて道具を取り出そうとしている。


「ちょっと聞くけど、その中にお前の道具が入ってるんだよな?」


「え? そうですよ。 何か不味かったですか?」


「いや、不味くはない。 その中に長いロープなんて入ってたりしないよな?」


「ロープですか? ああ、確かあったと思いますよ。 何か使うんですか?」


 有るのか、それは便利だな。 で、どっちが行くのかって事だが・・・・・


「メイ、ジャンケンだ。 じゃんけん・・・・・」


「え?」


「じゃんけん、ほい。」


 突然の俺のじゃんけんに、メイはチョキを出した。 俺はパー、つまり俺の負け。


「ふう・・・・・じゃあ俺の体を縛るから、お前絶対放すなよ?」


「アツシさん、何をする気なんですか? 僕にも教えてください。」


「・・・・・俺はこれから下の足を斬り落としてくる。 体を持ち上げてる起点の足を斬るんだ、蜈蚣が一気に倒れるかもしれないから、踏ん張ってロープを放すなよ!! もし放したら俺は死ぬからな!!」


「だ、だったら僕が行きます!!」


「俺がじゃんけんに勝ったら行けそうとも思ったけど、お前の方が力があるんだ、だからお前が踏ん張ってくれないと困る。 安心しろ、落とさない限りお前を怨んだりしないから。」


「落としたら怨むんですね・・・・・」


「当たり前だろ!! 俺はまだストリーと幸せになってないんだからな!! ぜっったい落とすなよ!!」


「分かりました、頑張ります!!」


 俺はロープを使い、自分を縛り付けると、蜈蚣の中心付近に向かい、そこから蜈蚣の右下へと降りて行った。 下に見えるのは、地面を踏ん張る無数の足。 地面についている最初の一本を、足のつなぎ目から斬り落とした。 だが俺の考えは全然ダメだった、一本程度斬り落とした所で、幾つもある他の足がそれをカバーする。 


 だったらと、隣の足を二本落とした所で、ほんの少しグラっと揺れて、斬り落としていない前の足が地面に着く。 後二十本ぐらい斬れば、なんとかなるかもしれないが、もう蜈蚣に気づかれそうだ。


 完全に無駄足だったとロープを登ると、雲が掛かった様に辺りが暗くなる。 上空を見上げた俺を見つめる、蜈蚣の頭がそこに有った。


「メイ!! 早く上げろ!! 急げ急げ!!」


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 メイに引き上げられる俺、そこに蜈蚣の攻撃は来なかった。 体の構造上、この背中には自分の攻撃が届かないみたいだ。 無駄に動き回り始めたけど、俺達はそんな事では落ちたりしない。


「そうか、自分の背中には攻撃が出来ないんだ。 アツシさん、チャンスですよ!! 此処からなら幾らでも攻撃出来ます!!」


「おっしゃああああああああ!! 危険が無いならやってやるぜ!!」


 俺は調子に乗ってもう一度降り始める。 俺が何本か斬り落としていくと、少しずつ蜈蚣の体が、右に傾き始めている。 後何本か斬り落とせば、バランスを崩して倒れこむだろう。


 だが問題がある、そうすると背中に乗ってる俺達は、背中から地面に叩きつけられる事になるかもしれない。 そうなると、たぶん逃げられないだろう。


「じゃあメイ、今度こそべノムに連絡を取ってくれ。 右側の足を狙えってな。 連絡を取り終わったら俺達は此処から降りるぞ。 巻き込まれたら死ぬからな。」


「ええ、では連絡しますね。」


 メイが道具を取り出し、べノムと連絡を取っている。 俺達の言葉を理解し、傾いている方の足を攻撃し始めた。


「よっしゃあああああ、この勝負もらったぜえええ!! 全員傾いてる方を狙え!! 体を上げる事が出来なければ、ただの這いまわるだけの虫けらだ!! 全員攻撃を開始しやがれ!!」


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」


 べノム達の攻撃が、蜈蚣のバランスを崩していく。 体を持ち上げられなくなった蜈蚣は、攻撃さえ出来ない前に進むだけの虫となった。 空から攻撃出来るべノム達には、蜈蚣はもう敵にはならなかった。






 ちなみに俺とメイは、転移魔法でストリー達の所に戻ってきている。 そこで蜈蚣の最後を見学していた。



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