一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

38 朱殷(しゅあん)の髪と攫われた赤子 3

 高く頑丈な門を抜け、私はマルファーの町へとやって来ていた。 私もこの町には何度か来た事がある、その度に、この町は発展を続けて、今では国と呼べる規模になろうとしている。


 その町の中心、一番大きな建物が、私が目指すべき場所だった。 門からでも見える程大きく、城とまではいかないが、小さな砦程には巨大だった。


 その建物に住んで居るのが、この町の長であるマルファーなのだが、そんな所に、一般市民である私が行っても追い返されないだろうか?


 私は赤子のレティシャスを見る、泣き声も上げず、怯えもせずに私を見ている。 逃げる分には泣かないのは助かったのだが、今は逆に不安になる。


 赤ん坊が泣くのは、それが唯一のコミュニケーションの手段だからだ。 それが無いとすると、今後は私だけの判断で、食事の世話や、排便の処理を行わなければならない。


 そして最大の問題は、私がこの子に母乳を与えれはやれない事だろう。 私にその機能は無いし、その為だけに男に抱かれる気も無ければ、それで直ぐ出るかと言ったらそんな事にはならないからだ。 何処か子供の居る女性に、賃金を払って乳を恵んでもらうのが現実的だろう。


 まずは何方に行くべきだろうか? マルファーの住む屋敷か? それともレティシャスの為に乳をくれる母親を探すべきか? 私はレティシャスの頬を指で突き、反応を見た。 レティシャスは私の指をキュッと掴み、少し楽しそうにしている。


「ア~ウ~」


「はぁ・・・・・これは子供が優先だな」


 無暗に探すよりはと、私はこの町のギルドへと行ってみた。 ギルドとはまあ何でも屋みたいなものだ。 女一人に赤子連れとなると、ただでさえ目立つ。


 時間もそれほど経っていないし、まだ手配までされていないと思うけど、一応警戒はしといた方が良いだろう。


 ギルド内、私が足を進ませると、殆どの人間が私を見る。 赤子連れで場違いなのは分かるが、男達の視線というのはあまり好きではない、出来る限りは見ないで欲しいものだ。 少し速足で受付まで急ぎ、そこで私は受付の女へと話し掛けた。


「すまないが、依頼を頼みたい。 出来れば今直ぐ用意して欲しいのだが」


「依頼内容はなんでしょうか? 危険な物となりますとそれなりの金額じゃなければ誰もやりませんよ?」


「大したものじゃないんだ、ただこの子に乳を与えてくれる女性を探している。 値段としてはこのぐらいでどうだ?」


「ではそれで受理します、受けて貰えるのかはわかりませんが、至急と言うのなら今休憩室にいる人に頼んでみましょうか? 此処に来る人は殆ど荒事専門ばかりですからね」


「ではそれで頼む」


「ぎゃはははははははは、聞いたかおい、子供に乳が飲ませたいって? そんなに飲ませたいのなら、俺が手伝ってやろうか? 腰さえ降ってくれたらタダでやってやるよ。 そしたらもう探さなくても済むだろ?」


「くっくっく、だったら俺も手伝ってやるよ、二人だったら孕むのも早えだろうしなぁ。 どうだい姉ちゃん、別に一日と言わず、一ヶ月でも手伝ってやっても良いんだぜ?」


 話はそれで済むと思われたが、私達の話に介入して来た馬鹿が二人現れた。 二人共この場に居るのが相応しい体つきをしている、さっき言ってた荒事専門というやつだろうか? 少し頭に来たが、赤子を持って戦うなんて真似は出来ない。 仕方なく私は、受付台にレティシャスを置き、その男の一人に飛び蹴りをくれてやった。 その蹴りは男の顔面に突き刺さり、男はテーブルを倒して後方へと飛んで行く。


「テメェ、やりやがったな!! どうなるかわか・・・・・」


 さえずる男に、隠してあったボウガンを向け、私はその引き金を引き絞った。 ビィィィンと矢が男の耳横を抜けて、ギルドの壁に突き刺さる。


「喧嘩がしたいのなら他所でやれ、私は今重大な用事があるんだ。 これ以上やるのなら次は外さないぞ?」


「わ、分かった、もう揶揄からかわねぇよ・・・・・」


 私は受付に、報酬に騒いだ分の色を付けて渡す。 全く無駄な出費をしてしまった、これからも金が掛かるというのに、もう少し我慢を覚えた方がいいのかもしれないな。


 私はレティシャスを抱きかかえ、受付の案内で休憩室に通された。 休憩室に居たのはふくよかな女性だった。 子供が居てもおかしくない歳だが、聞いてみるしかなさそうだ。


「それじゃあ私は、受付に戻りますから、あとはお二人で話してください」


「ああ、有り難う」


 受付の女は、案内だけすると直ぐに去って行ってしまった。 頼んでやると言ってたのに、結局私が説明するのか。 椅子に座ったその女性は、不思議そうに私を見ている。 このまま待たせるのもアレなので、私はその女性に話しかけた。


「あの・・・・・すまないが、この子に母乳を与えて欲しいんだ。 受付に金は渡してある、なんとか引き受けて貰えないだろうか?」


「そんな事で良いのなら、全然大丈夫よ。 逆にお金が貰えるなんて助かるわ、また必要になったらいつでもいらっしゃい。 何時でも分けてあげるわよ」


「助かったよ、私じゃこの子に食事を与えてやれないからな。 じゃあよろしく頼むよ」


「貴女も大変ねぇ、子供を産んでも母乳が出ないなんて。 実の子に母乳を与えられないなんてちょっと同情しちゃうわ。・・・・・今後はお代は貰わないから、子供の居る友達として付き合って行きましょう」


「い、いや、私はそういうのじゃ・・・・・」


「気にしなくても良いのよ? お乳が出ない人だっているんだから、母親として助け合うのは当然でしょ」


「はぁ・・・・・」


 実は自分の子じゃないとも言えず、私はこの子の母親という事になってしまった。 先ほどの二人は私をレティシャスの親だと見抜いていた、案外優秀だったのか? 今後も旅を続けて行くのなら、その方が良いのだろう。  私としては全く気が乗らないのだが、王様から子供を預かった手前、諦めるしかないだろう。






 私は子育てが始めただと、この女性、プラネリーネさんに打ち明け、子育ての方法を色々と教えてもらった。 特にオムツの替え方では、出来立てのう〇ちと面会させられて、少し後悔した。 赤ん坊でもあれだけ強烈な臭いをさせるとは・・・・・もしかしたらその臭いこそが、魔物に襲われない武器なんじゃないかと、ほんの少し思ってしまった。



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