一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

35 人の気持ちは変わりやすい、特に思春期の男の子は、女の子に触られただけで一瞬で気持ちが変わってしまうもの。

 引き続きべノムが空を見て回っている間に、アレをどうにかしなければ。 アレとはまあフレーレ様が担いでいるアレの事だ。 今は疲れて動かないあれの事だ。


「フレーレ様、そろそろ降ろしてあげても良いんじゃないですか?」


「ああ、この子の事ねー?」


 フレーレ様は肩から袋を下ろし、上部の縛っている紐を解いた。 口も縛られて魔法を使えない様に徹底された、メイが出てきている。 れんはというと、ほんの少し反応したが、流石に何度も振られてもうあまり興味が無い様だ。


 取り合えず俺はメイの猿ぐつわを外してやった。 袋から出されたメイは、まだ自分がどんな状態なのか分かっていない、俺は今どうなってるのかメイに教えてやった。


「メイ、残念だがお前は、俺達の世界に連れて来られたぞ。 そして今俺達は道に迷ってる、だから戻してくれって言われても無理だぞ。」


「はぁ? 何ですかそれは、早く向うの世界に戻してください!! あっちには僕を待ってる人が居るんですから!!」


「そういう事は後の人に言ったらどうだ? ほら、どうした、振り向けばお前を攫って来た人が居るんだぞ。」


「・・・・・まあ済んでしまった事は仕方がないですね。 なるべく早く帰してくださいよ。」


 メイは後を振り向く事なく納得してくれた様だ。 基本的には悪人じゃないフレーレ様には、この悪人め!! とか言って勇者であるメイは頑張ったり出来ないのだ。 まあ頑張ってもたぶん負けちゃうんだろうけど。


 座っているメイに、フレーレ様が胸を強調するように、話しかけている。 当然本人にそんな気は無いと思う。


「メイって私とあんなに激しく戦ったんだからー、もう友達よねー?」


「えっ? あ、そ、そーですねー・・・・・」


 フレーレ様は基本的に綺麗で美人さんだ、思春期の男であれば、そのおっぱいや体に目が行ってしまうのは仕方がない事だ。 そう、これは男として仕方ない事なのだ。 メイがおっぱいに目をやっても仕方がない事なのだ!! 俺が目をやっても仕方がない事なの・・・・痛い!!


「だからー、友達として相談があるのー。 私もそろそろ結婚とかしたいんだけどねー、私より強い人って中々見つからなくってー。 だからね、ちゃんと全力で戦えるメイで我慢しようかと思って。 ねぇどうかしらー? 私の体に興味はなぁい?」


 フレーレ様がメイの手を掴み、その手を自分の胸に押し当てる。 今頃メイは、その温かさにドキドキしてたりするんじゃないか?


「フ、フレーレさんはとても素敵な人ではありますけど、僕には好きな人が居ますので・・・・・」


「結婚が無理ならー、ちょっと子供を作ってくれるだけで良いの。 ねっ、良いでしょー?」


 そんなフレーレ様が体を許してくれると言うんだから、メイが動揺しない分けが無かった。


「そそそ、それは倫理的に如何かと思います!! やっぱり愛する相手としたほうが良いんじゃないでしょうか!! ぼぼぼ、僕にもあああ相手も居ますし!!」


 れんが付き合ってくれと言ったのを断ったメイだが、こんな綺麗なお姉さんが色々させてくれると言うんだ、もうメイの心はグラッグラに揺れまくっているはずだ。


 俺が言われたら、フレーレ様!!って言って飛び込んで行きそうだ。 勿論俺がそんな事になれば、ストリーにどんな目に合わされるか予想がつかない。 ちなみに恋にはもう完全に見切りを付けられ、白い目で見られている。 私には何も反応しないのに、フレーレ様の胸には反応するのかって感じだろうか?


「じゃあ帰るまでに考えといてね、ちゃんと期待してるからー、絶対私を選んでねー。」


 メイの頬に軽くキスをして離れて行くフレーレ様。 既に初心うぶな男子高生のメイには、致命的な攻撃が続いて行く。


(じゃあ、待ってるからね。)


 耳元で囁き、離れて行くフレーレ様。 軽く手を振ると、メイが自分も手を振ってる事に気づき、慌てて止めている。 もうこれ完全に落ちてるんじゃないか? フレーレ様が恋の元に行って話し合ってる、直ぐに笑いだしていたから、もしかしたらメイを揶揄からかってただけなのかもしれない。 まあ問題ないのだろう。 逆に問題なのはこの男だ、あんなお姉さんに誘惑されて、ボーっとしているこの男。


「・・・・・アツシさん、如何しましょう? 僕ちょっとだけ良いなって思ってしまって・・・・・ああ、僕には姫が居るのに!! でも、フレーレさんも素敵なんです!! アツシさん、如何したら良いんでしょうか!!」


 知らんわ、自分で考えろ!!


「好きな方を選べば良いんじゃないか? まあ安心しろ、フレーレ様も姫様も、選ばれなくたって強く生きて行くだろうさ。 お前の事なんて綺麗さっぱり忘れるさ。」


「あああああ、僕は如何すればああああああああ!!」


 頬にキスされただけで心変わりしちゃう此奴は、もしかしたらその姫にもキスされただけかもしれない。 でもまあメイに限らず、男なんてそんなもんだ、キスの一つで自分の事好きなんじゃないかとか思っちゃう馬鹿な生き物だ。


「おーい、何悩んでるのか知らねぇが、少し遠くに町が見えるから行ってみようぜ。 なるべく夜までには到着したいからな、急ぐぞ。」


「ん分かった。」


 あれ? 母ちゃんがやけに大人しい。 俺の後ろに居た母ちゃんは、この隙にと魔法少女の衣装を縫っていた、ほつれた所を直している様だ。 その衣装を縫っているって事は、今母ちゃんの姿がどうなってるって、俺は絶対に言いたくない。


「母ちゃん、マジでヤメテクレ!! 流石にこんな所で如何かと思うんだ!! いやそれよりも移動するから、早く服を着てくれよ!!」


「ふう、五月蠅い息子ねぇ。 よいっ、しょっと。」


 もはや羞恥心の欠片も無い母ちゃんは、皆の見ている前で堂々と着替えだす。 まあ脱いでたんだから着ただけなんだが。


 俺達が移動しようとしていた時、それは黒く揺らめいて現れた。 そして俺はアレを知っている。 あの恐怖だけは忘れる事が無い、俺の目に潜り込んで来ようとしたアイツだ!! 俺が最初に挫折する所だった虫の化け物だ!! この世界に帰って来た洗礼ってやつなのか? やめてくれよマジで!!


「おおおおおい、全員油断するな!! 彼奴はヤバイ、マジヤヴァイ!! メイ、母ちゃんと恋を守ってやれ!! あと俺もだ!!」


「はい分かりました・・・ってアツシさんもですか? ま、まあ良いですけど。」


「敵かよ!! あれか? 虫ってのは厄介だな。 俺にわ斬撃しか手がねぇ、ストリー、やれるか?」


「問題無い、私に任せておけ。 では、いくぞ!!」


 緑の風よ・・・吹き荒れる嵐よ・・・多量なる標的を・・・吹き惑わせ!!


「エアリアル・ブレイク!!」


 ストリーが魔法を唱えた、これは一回だけ見た事がある。 俺が目をやられた時の魔法だ。 しかも前詠唱を唱えているから、あの時よりも強力になっている。 あまり魔力が多くないストリーには、この魔法は強力過ぎる。 前詠唱まで使った魔法は、一度使ったらもう二度目は撃てないだろう。 


 虫の塊ともいえる黒色の揺らめきは、風の波に攫われて幾つかのグループに別れて行く。 そのグループと別のグループが、何度も何度もぶつかり合い、虫の命を散らして行く。 前、俺はここで油断したのだ。 俺は剣を抜き、メイの後ろから敵が居ないかを見回す。 メイの近くに一匹虫が落ちた。


「おいメイ、落ちた虫を潰せ!!」


「大丈夫ですよ、このぐらいの敵なら。 ・・・・・ひッ・・・」


 足で踏みつぶそうと近づくメイ。 駄目だ、メイの奴は完全に油断している!! 一瞬油断したメイの眼球には、その虫の刺が迫っている。 刺と言っても、矢尻の様な凶悪な物だ。 しかしそれをくらった事のある俺には分かっていた。 メイの目の前に、俺の剣を盾にしてその一撃を受け止め、そのまま弾いて横に両断した。






 もう油断なんてしない俺達は、虫の群れを殲滅して町へと向かった。



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