一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

34 朱殷(しゅあん)の髪と攫われた赤子 2

 消えた怪しい馬車を追い、私は町中を突き進む。 馬車の影はまだ見えない、細い路地にでも入ったのだろうか? この広い王国の中を、私一人で探し回るのは無理だ。


 道行く人々に話を聞くべきだろうが、何処で如何繋がっているのか分からない。 このまま顔も名前も分らない誰かを探すよりは、目的の場所に向かう方が良いだろう。 まずは何時でも逃げられる様に、愛馬を知り合いの家の前に括り付けた。


 さて、城に侵入する為には門から入らないとならないが、私はこの城へは簡単入る事が出来る。 母さんも兵士として働いているし、子供の頃から度々遊びに来ていたからだ。 今門番をやっている四人も私とは知り合いの様な物だ。


 だが内通者の存在が気になる、このまま普通に入っては、私の動きに気づかれるかもしれない。 母さんに相談する事も考えたが、近くに敵の存在があるのかもしれない、此処は密かに潜入するべきだろう。


「クリスタル・クリア」


 私は門番に見えない所で透明化の魔法を使い、城の門前まで歩き出す。 なるべくゆっくりと、足音を立てない様に。 そのまま四人の中心を通り、私は城への侵入を果たした。 


 それにしてもイブレーテ様の出産の情報が出回っているとなると、それなりに近い人間が裏切っているのだろうか? 一般人の私達には、出産の予定日までは知らされていない。 内通者が一人とも限らないし、イブレーテ様か、その夫であるメギド様にこの事を知らせるべきだろう。


 出産となると寝室だろうか? それとも何処か別の場所で・・・・・当然私には、王の寝室には行った事が無いが、大体の場所は予想がつく。


 玉座がある部屋の奥には一つ扉がある、それなりの地位にある者か、許された者しか入る事が出来ない扉だ。 寝室が有るとしたらその扉の奥だろう。 何処にあるのか分からない別の場所を探すよりは、まずそこを調べてみるか。


 見回りの兵士の横を抜け、玉座の間へと到着した私は、まず部屋の中の状態を確認する。 中には八人・・・・・か? 全員が入り口の方向を見つめ、立ち尽くしている。 動かない七人は兎も角、扉の前の一人が厄介だ。 魔法を掛け直し覚悟を決めて部屋の中へと歩き出す。


 此処で見つかったら冗談でしたで済ませられる事じゃない、こんなタイミングで侵入してるんだ、最悪その場で斬首、良くて投獄、家族にまで迷惑をかける事になるだろう。 出来る限り慎重にいかなければ。


 部屋に入って五分が経つが、まだ兵士に動きは無い。 話しでも初めてくれれば多少の音なら誤魔化せるのだが、全員がただ黙って前を向いている。 このまま待ち続ければ魔法の効果が切れてしまう。 一度部屋から出るべきだろうか? 更に二分が過ぎた頃、奥の扉に動きがあった。


「出るぞ、開けてくれ」


 その声を聞き、扉の前の兵士が扉を開ける。 少しだけ私は驚いた、毎日聞いている声を忘れる訳が無いからだ。 例え相手が母さんだろうと、ここで動かなければ次は遥か先になってしまう。 私は母さんの横をすり抜け扉の先へと滑り込んだ。


「む?・・・・・」


「どうかされましたか?」


「いや、何でもない。 少し娘の事を思い出しただけだ。 あの馬鹿娘が今何をしているのか知らないが。 何をする気かしらないが! 家に帰ったらちょっと仕置きをしなければならないと思ってな。 まあ気にするな、此方の話だ」


「はぁ?」


 母さん、私の事に気づいたのか? しかし今こんな状況では言い訳も出来ない。 母さんの手で扉が閉められ、私はこの隙に魔法を掛け直す。 私に気づいた、母さんの動きも気になるが、私は先に進まなければならない。 一人が剣を振れるぐらいの通路を通り、私は慎重に進んで行った。


 通路の先には扉が四つある。 通路の右に二つ、左に二つ。 イブレーテ様が何処に居るのかもわからないし、下手な所を開ける事は出来ない。 私は慎重に、扉に耳を近づけた。


 右側手前、一つ目の扉。 その扉の中から足音が聞こえる。 足音だけで判断すると一人、話し声も聞こえずに、部屋の中をパタパタと歩き回っている。 少し待ってもそれ以上の音は聞こえて来ない。


 右側奥、二つ目の扉。 中から音はしない、ただ無音が続いていく。 音だけでは判断出来ない、玉座の間の様に無音で立たれていると、扉の前に居る私には判断のつけようがない。


 左側手前、一つ目の扉。 扉の中からは、何人かの女の声が聞こえて来る。 イブレーテ様ではない、お湯を張れとか、布を用意しろとか言っている。 出産の為の産婆だろうか?


 左側手前、二つ目の扉。 苦しそうな女の声、これはイブレーテ様だ!! もう出産の準備に入っているのか? 赤子を入れ替えられるとすると今だろうか? 私はゆっくりと扉のノブを回し、少しだけ中を覗いて見た。


 此処にメギド様の姿は無く、イブレーテ様と産婆が二人居るだけだった。 私が扉を開いた事にも気づかれていない、出産に集中している。 私は部屋に侵入すると、その光景を目に焼き付けた。 丁度今赤子が生まれて来た瞬間だった。


 母親であるイブレーテ様から赤子が取り出され、へその緒が切られた。 だが赤子が鳴く前に、その産婆の一人が、赤子の口をそっと塞いだのだ。 そしてもう一人が大きなカバンから眠っている赤子を取り出す。 決まりだ、この二人が内通者だ!!


 私は赤子の口を塞ぐ産婆の手を掴み、強引にその手を引き上げた。 私の姿が見えないその女は、何が起こったのか理解していない。


「な、何が!」


「動くな。 動くと死ぬぞ? お前もだ、貴様の心臓に矢が向いているぞ」


「・・・・・す・・・姿を現せ・・・・・貴様は誰だ! 神聖な生誕の儀に、私の赤ちゃんを如何するつもりだ!」


 出産の痛みに耐え、イブレーテ様が起き上がる。 まだフラ付いていて真面に立つ事が出来ないでいる。


「イブレーテ様、私は味方です。 私は見ていましたよ、この女が赤ん坊の口を塞ごうとしていた所を。 そしてもう一人が、赤ん坊を入れ替えようとしていた事もだ!」


 イブレーテ様が横に居る女を見ている。 その手に持った赤ん坊が居る事も分かっただろう。 しかし、死刑確定の産婆達も言い訳を始めた。


「ち、違います! この子は・・・・・この子は双子なのです! 二人共イブレーテ様のお子様なのですよ! 嘘を言ってるのはそいつです!」 


「そ、そうです! そいつがいきなり現れて言い掛かりを!」


「・・・・・ッ何なのだこれは! 貴様、まずは姿を現せ、話はそれからだ!」


 私は言われた通りに姿を現した、イブレーテ様とも何度か面識がある。 私の事も覚えているはずだ。


「お前は・・・・・なる程、ストリーの娘か。 お前達には任せておけない、事情を聴く前に、赤ちゃんを置いて貰おうか」


 二人の産婆が赤子を床に置き、私はそれを見るとイブレーテ様に声を掛ける。


「イブレーテ様、先に誰かを呼びましょうか? まず癒された方が良いでしょう」


「必要無い。 私はそんなに軟くないし、こんな状況を見られては場が混乱するだけだ。 まずはラーシャイン、お前の話聴かせてもらおうか」


 私は事の経緯を説明した。 王国への道筋で馬車に乗り込んだ事、そこで怪しい奴等に会った事。 今こんな状況にする話を聞いた事を。 この産婆達が家族を人質に取られている事も話した、赤子を殺そうとした事は許せないが、この人達にも理由があるのだから。


 産婆二人の顔色は悪い、その状態でも何方が悪いか予想は付きそうなものだが、私はあえて助け船を出す。


「イブレーテ様、この二人がした事は許されません。 しかし家族を人質に取られ、やらざるを得なかったのでしょう。 どうぞ寛大なご処置をお願いします。」


「ん・・・・・私も家族を持つ身になったのだ、その心は分からなくもない。 だから言ってやる、自分の子供を殺そうとする奴を、ただ許す親はいないのだ! 事が終わり次第、お前達には三年の投獄を命じる、牢に入って反省するが良い! ・・・・・まあ安心するが良い、お前達の家族は私が助けてやる、本当に許されないのは背後にいる奴等だからな」


「う・・・・・宜しくお願いします。 私の家族を助けてくれるなら、私はどうなっても良いので・・・・・」


「ごめんなさい、本当にごめんなさい・・・・・」


 王族の子供を殺そうとして、三年で許されるなら軽すぎる程だ。 しかし敵はまだ残っている、顔の見えなかった奴等がまだ王国の中に潜伏しているからだ。


「ラーシャイン、お前には感謝している。 しかし今回の事はまだ終わったとは思えない。 お前に頼みがあるのだ、我が子の偽物、この子を連れて城から脱出して欲しい。 この子を我が子として攫われた事にして欲しいのだ。 無理にとは言わんが、如何だろうか?」


「では、仕事の依頼として引き受けましょう。 後で報酬を貰いますよ?」


「構わん、成功したら好きなだけ持っていくが良い。 何なら貴族にしてやっても良いんだぞ?」


 貴族か・・・・・子供を殺される様な事に巻き込まれるなら、私は成りたいとは思わない。 多少の金を貰ってのんびり暮らした方がいいだろう。


「いえ、私はのんびりするのが好きですから、お金だけ貰っておきますよ。 それにしても、この子は何処の子なのでしょうか? ・・・・・お前達は知っているのか?」


「私達も知らされてはおりません・・・・・ただ何処かから攫って来たとしか・・・・・」


 私は何か手掛かりは無いかと、偽物の赤子を見回す。 私より少し明るい赤毛の男の子だ。 ん? 足の裏に小さな火傷の痕がある。 こんな所に火傷の痕? 誰かが意図的に付けたのだろうか?


「ラーシャイン、お前はこれから罪人として追われる事になる。 しかし絶対に掴まってはならぬぞ、捕まったとしても、お前の罪は無くしてやれるが、敵の尻尾は掴めなくなるからな」


「大丈夫です、イブレーテ様。 私は簡単に掴まったり致しませんので」


「そうか、ならこれを持って行け、旅の資金にでもすると良い。 それと後でその子の名前も考えておいてやろう。 まあ楽しみにしていろ、お前の母にでも知らせておいてやる」


「はい、お手柔らかに。 では行って参ります」


「ああ、気を付けてな」






 旅の資金として渡されたのは、宝石の付いた立派な指輪だった。 この宝石だけでもかなりの金額になりそうだ。 私はそれを受け取り城から脱出した。 馬に乗り走り去ろうとした時、母が追って来たのにはちょっと驚いたけど、まあ事の経緯はそんな感じだ。 そして私は母さんの言ったマルファーの町へ向かっている。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品