一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

22 昔勢いでつけた名前は、十年経っても経っても変える事が出来ない。

 この魔王、心を折られた此奴は、もう何でも聞いてくれという感じだった。


「それで我達を如何しようっていうんだ。 まさか拷問したりする訳じゃないだろうな?」


「そんな事しないわよー? 私は結構優しいんだからね。」


「そ・・・・・そうですねぇ。」
(そんなわけあるかー)


 その言葉に俺は反応しそうになったが、グッとツッコミを耐えている。 ここでツッコんで居たら俺の命は無かった。 そう、世界は危険に満ち溢れているのだ。 俺は汗を拭いながら話を続けた。


「それで魔王様? あんた名前はなんてんだ? それとも魔王って呼ばれたい人? ねぇ、魔王様? 魔王様?」


「なんだその疑問符が付いた様な感じは!! 我の名を聞きたいなら教えてやる、我の名はロードオブゴット・ダークネス・アルザードなるぞ!! 者共控えるが良い!!」


 ダークネス・アルザードがマントを翻し、バッと手を前にしてポーズを取っている。 しかし俺にはその名前が本名じゃないって事を知っている。 黒髪黒目の此奴が、ダークネス・アルザードなんて名前じゃない事はまるわかりだ。


「・・・・・で、本名は?」


「・・・・・た、高依礼次たかいれいじだ。 ・・・・・うぐ、本名を名乗るといきなり現実に引き戻された様な感じがする。 ちょっと恥ずかしくなってきた・・・・・」


「それであんたは何時この世界に来たんだ? そう簡単に魔王なんて呼ばれないと思うんだけど?」


「・・・・・所でお前は何だ? その強い人の後ろに隠れて自分が強い気になったつもりか? 日本から来たようだが、後ろに隠れている様な奴には用は無い。 見逃してやるから帰れ。」


 強い人の後ろに隠れて何が悪い、俺は出来る限り、自分の出来る範囲で頑張ってるだけだ。 無理に前に出て殺されたら終わりだからな。


「フレーレ様、どうやらまた戦いたいみたいですよ~。 もう百戦ぐらいしたいんですって~。」


「任せといてー、百戦と言わずにもっとやっても良いわよー!!」


「や、止めてくれ、分かったから、説明するから!!」


 観念した此奴は、自分の事を語り出した。


「我がこの世界に来たのは今から八年も前の事だ。 我がこの世界に来た時、その時はもう酷い物だったぞ。 そこに居る獣人のワール―も、その酷い目に合わされた一人だ。 この世界ではな、獣人とはただの害獣なのだ、殺そうが拷問しようが何のお咎めも無いのさ。 獣人だって言葉も喋れるし、ちゃんと感情だってあるのにな。 そんな者達に人間の子供達が笑って石を投げるんだぞ? 歩いていただけで脚を斬り落とされた者も居た!! それを見ておかしいと思わない方がどうかしている!! だから我はこっち側についたのだ!!」 


 つまり、魔王になって獣人を救おうとしたのか? 恐れられれば簡単には襲われないと? まあ何となく分かったけど、もう一つ気になった事がある。 今も隠れているフレーレ様の横に居た女、チラチラ此方の様子を窺っていた。 あれは誰だろうか? 俺は柱の影に隠れる女を指さしちょっと聞いてみた。


「気になってたんだけど、あの人は誰? お前の恋人かなんか?」


「あの方はレイザード王国の姫プリーム様だ、我が軽く攫って来た、人質が居れば簡単には襲って来ないだろう? だがなぁ、どうも我の事を好いた様でな? 迫って来られてちょっと困っていたのだ。」


 姫様ねぇ、まさかとは思うがメイの恋人じゃないだろうな?  そしたらちょっと面倒な事になりそうだ。 少し話を聞いておくべきだろうか? 俺は隠れている姫に近づく。 ウェーブの掛かった金髪、青い瞳、高そうな赤いペンダントなんて身に着けて、綺麗なドレスを身に付けている。 たぶん俺と同じ歳か、少し上ぐらいだろうか?


「なあプリーム様?」


 俺が声を掛けると、プリームはサッと柱を周って隠れて行く。


「たぁ!! ハッ!! ほりゃぁ!!」


「ッ・・・・!!・・・・・?!」


 何度も挑戦するが、俺の言葉を聞いてはくれない。 俺の事は信用してくれないのか、もうちょっと続けてみよう。


「貴方達何遊んでるのー? プリームちゃんも、こっちへいらっしゃい。 さあ早く。」 


 プリームはフレーレ様の言葉を聞くと、ビクッっと反応して言う事を聞いた。 あの惨状を見たら逆らっても無駄だと思ったのだろう。 逃げてもたぶん追いつかれるし。 プリームがフレーレ様の元へ向かうと、俺も後からついて行った。 フレーレ様の後ろに隠れるプリーム、今度こそ俺は尋ねてみた。


「プリーム様、メイって奴知ってるか? 俺知り合いなんだけど。」


「・・・・・誰?」


 どうやら知らない様だ、もしかしたら知っててとぼけてるのかも知れないが。


「じゃあどうするのアツシ、やっつけちゃう?」


「わ、我を倒した所で、この問題は解決しないぞ!! お前達に正義があるなら手を貸して・・・・・ください。」


「ん~、助けるって言われても俺じゃ分からん、ストリー達を起こして、何か方法をきいてみるか。」


 フレーレ様に手伝ってもらい二人を起こすと、俺は二人に説明して、これから如何しようかと相談を始めた。


「話はまあ分かったがよぉ、どうしろって言っても如何しようもねぇだろ。 もう二国は一触即発で、姫まで誘拐しちまってるんだろ? んでこっちが勝っても不味いし、向うが勝っても不味いと。 俺には手が思いつかねぇぞ。」


「ふむ、ならばメイの奴を此方に引き込むのはどうだ? 彼奴は勇者と呼ばれているのだろう? 此方に引き入れればかなり有利に進められる。 例えば勇者により全滅させられたとした、気にする者も居ないだろう。」


「我が軍が全滅したとしても、死体も残さず全滅したでは誰も信じないだろう。 だが勇者を引き入れるのは悪くないかもしれぬな。 しかし嬉しいぞ、我が思いに賛同してくれるとは、これで同士だ、これからも一緒に頑張って行こうではないか!!」


「いや、俺達六日後に帰るんで、それ以降は自分で頑張ってくれ。 まあ勝つように応援してるぞ!!」


「待て、我を置いて行かないでくれ!! 折角勝利の道が見えたのに!! そうだ美味い料理を出そう、ワール―よ、今直ぐ料理を用意して来てくれ!!」






 俺達が帰るのは確定しているが、折角料理を出してくれると言うので、俺達はそれを御馳走になった。 しかしそれは中々独創的な料理の数々だった。 芋虫の衣上げスープに、蜂の子ご飯とか、虫を前面に押した料理に躊躇いを覚えたが、覚悟を決めて一口齧るとそれは中々の美味だった。 とろける美味さと言うのだろう、衣がかぶせられて虫の生々しさが無くて良かったのかもしれない。



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