一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

20 ライオンが人間の頭を撫でたら、それだけで人は死ぬ事が出来る。

 フードを取った右手さんは、傷だらけの老犬といった具合だ。 その傷はフレーレさんにやられた物じゃないだろう。 そんな右手さんが本物の魔王を呼ぼうとしていた。


「・・・・・あれ魔王様? 居ますよね? 魔王様ぁ?」


「・・・・・」


 シーンとした城の中、魔王の声は聞こえて来ない。 もしかしてフレーレ様にビビったのか?


「・・・・・まさか逃げた分けじゃありませんよね? 亡き奥方様があの世で泣いておられますよ!! ねぇ魔王様!! 魔王様って!!」


「わ・・・・・わわわわわ我を誰だと思っているんだ、我は13代魔王なるぞ!! 我はこの世界を支配する魔王、何処の馬の骨とも知れない者とは戦えん!! 折角だが出直して来い、我が戦うのは勇者ただ一人だ!! そ、それにな、我は今ちょっとカレーを作っているんだ、ちょっとインドに材料を買って来なくちゃならないから、五年ぐらい後でまた来てください!!」


 どんな言い訳だよ。 インドに材料とかって・・・・・インド? あれ? 此奴もしかして日本から来たんじゃないだろうな? 何か自分が強くなったからって、魔王になって好き勝手やってたんじゃないだろうな?


「おいコラ魔王、お前まさか日本人じゃないだろうな? カレーとかインドとかって、もう完全にバレてるぞ!! 出て来なかったらフレーレ様がこの城を潰しちゃうぞ!!」


「ねえアツシ、私そんなに凶暴じゃないわよー?」


「何言ってるんですかフレーレ様、そんな嘘は誰も信じませんから、ちょっと待っててください。」


「まさかお前も・・・・・ただの荷物持ちかと思ったが、そうか・・・・・俺以外にも居たんだな。 出て行っても大丈夫だろうな? その凶暴な生物は襲ってこないだろうな?」


「大丈夫だ、こう見えてもフレーレ様には知能が備わってるからな!! ちゃんとお願いすれば言う事を聞いてくれるぞ。」


「・・・・・ねぇアツシー? 私酷い事言われてる気がするんだけどー、ちょっとそこに座ってくれないかしらー?」


「おふ、すいませんっした!!」


「じゃあデコピンでいいわよね?」


「頭が吹き飛びますんで止めてください!! 腕にしっぺでお願いします!!」


 俺は自分の腕を差し出し、フレーレ様がそれにしっぺした。 そう、ただのしっぺなのだ。 しかしそれをフレーレ様がやると、硬い鋼鉄の棒で殴られた様な衝撃が来る。


「ッ・・・・・・・・・・・・・・ッッッッああ!!」


 声にならない程の痛みってのはこういう事だろう、タンスの角に足の小指をぶつけた様な、動けなくなる程の痛み。 俺は1回だけなら耐えられるが、普通の人ならその1発で骨がくだけている。


「ほ、本当にそっちへ行っても大丈夫なんだろうな? 本当だろうな?!」


 魔王の声に怯えが見える。 安心する様に、俺はその魔王の声に返事をしてやった。 


「・・・・・たぶん?」


「おい、そこは絶対にしとけよ!! ・・・・・もういい、そっちへ行ってやるから待っていろ!!」


 待っていると魔王と思わしき人物が現れた。 俺よりも年上だろうか? たぶん二十歳ぐらいは行ってる気がする。 マントとか鎧とか無ければ、たぶん完全に人間だろう。


「あの、魔王様? もしかしてこの方々とお知り合いなんですか? もしかして敵じゃなかったのでしょうか?」


「え? そ、そうだ!! こ奴等は、我が呼び出した配下の者だ!! どうだ、素晴らしい強さであろう。 これで煩わしい人間共を制圧できるぞ!! ふはははははは・・・・・・あ、そういう事にしといてください。」


 会ってみるとそんなに怖い奴じゃない気がする。 しかし魔王と言うからには強いんだろう、まだ油断は出来ない。 人間を制圧とか言ってるし、フレーレ様に退治して貰った方がいいかもしれない。


「フレーレ様、此奴はもう駄目です、いっそ退治してしまいましょうよ。 どうせ人間虐めて楽しんでる様な駄目な人です、倒しても問題ないでしょう。」


「何を言っている、俺が虐めているだと?! 虐めているのは人間達の方だ!! 我が立ち上がったのは人外の種族が人間に虐められていたからだ。 奴隷にされたり殺されてたり、この我達に非は無い!! それに、そ奴も人外の身であろう、我が軍で一緒に戦おうではないか!!」


「私は人間よー? じゃあ戦いましょうか!!」


「待て、貴様に慈悲は無いのか!! こんな可哀想な者達の為に戦おうという気は無いのか!!」


「んー、無いかしらー。 敵は敵だし、虐められたから虐め返そうなんて人には興味ないもの。 戦いの場に立つのなら、子供だろうが老人だろうが、一切の躊躇なく叩き殺すわよ? 私に手を貸して欲しいのなら、ただ震えていなさい。 その武器を手放し、戦場から逃げなさいな。」


 フレーレ様は超怖いのだ、正義でもなく悪でもなく、自分が敵だと認識すれば容赦なく攻撃する。 相手が正義の味方だろうが五歳の子供だろうと、言った様に倒すんだろう。 その手に武器を持っているのなら。


「ッ!! 良いだろう、我が力を見て恐怖するがいい!! ・・・・・来い、魔王剣デスレクイエム!! この剣の・・・・・ぐはぁぁぁ!!」


 魔王が黒い剣を取り出しその手に握ると、その顔にフレーレ様の拳が炸裂した。 ガチ勢代表のフレーレ様は、剣を構える事すら許してあげなかった。 当然セリフなんて待ってやらないし、魔法を唱える暇なんて与えてはくれない。 魔王はそのまま後に吹き飛ばされ、柱にゴイーンとぶつかった。 まあ成仏してくれ。


「ぬおおおおおおおおおおおお、骨に響くううううううううう!!」


 あ、生きてた。 一応殺す気は無い様だ、本気だったら頭が無くなってる所だぞ。


 とりあえず魔法を使えない様にと、喉を掴み、潰そうとするフレーレ様。 流石にちょっと可哀想なので、俺はそれを引き止めた。


「フレーレ様、そいつもう戦う意思無いですって、剣も握ってないですし。 だよな?」


 無言で頷く魔王、もしかしたら虐めている様に見えるかもしれない。 しかしフレーレ様にとってはただ優しく撫でてるだけに過ぎないのだ。 ライオンがただじゃれつくだけで人を殺せる様に、ただちょっと実力が桁外れなだけなのだ。


「そうねー、じゃあもう一回剣を取って良いから、もう一戦しましょうかー。」


 ふざけるなと剣を取り、魔王が再び攻撃を仕掛けたが・・・・・


「・・・・・もう簡便してください。」






 魔王がそう言ったのは、それから十八戦目ぐらいの事だった。 たぶん見たのだろう、フレーレ様のHPを。 どんだけ攻撃を当ててもちっとも減らないHPを。 この魔王も結構頑張ったけど、残念な事に勝ち目はない。 だってまだ32万ぐらいHPが残ってるんだから。



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