一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

29 弟子入り志願の男

 俺達アツシが宿に戻ると、そこにべノムの姿は無く、誰か知らない男が此方を見ている。


「今帰ったぜ!! ってべノムはもう居ないのか。」


「アツシ殿、お待ちしておりました。 折り入ってアツシ殿にお願いしたい事があるのです!!」


「お、おう・・・・・って誰あんた?」


 俺の事を知っているのか? まさかこの国にまで俺の名声が届いているとは全く知らなかった。 俺を頼りにしてくれるなら、少しぐらいの頼みなら聞いても良いが。


「何を言っているんです、昨日会ったじゃありませんか。 まさか俺の事を忘れたのですか? アツシ殿にとって、俺の様な小物は眼中に無いって事なんでしょうか・・・・・まあいいでしょう、改めて自己紹介をします、俺はジュリアン、現大臣の息子ジュリアンです。」


 大臣? 確かべノムが会ったって言ってたな。 部下を助ける為に大立ち回りをしたって聞いた。 
「ああ、あの大臣の息子か、俺に頼み事とは中々見どころがあるじゃないか。 出来る限りの事ならしてやっても良いんだぞ。 さあ頼みを聞いてやろう。」


「何か時間が掛かりそうだし、僕達は部屋に戻ってるんで、じゃあお先に。」


 イバス達が食材を運び、部屋へと戻って行く。


「おう、また後でな。 それでジュリアン、頼みってのは?」


「・・・・・アツシ殿、一応聞いておきますが、兄妹とかいませんよね? なんだかちょっと雰囲気が・・・・・」


「はぁ? 俺に兄妹なんて居ないよ。 居たとしてもこんな所には来れないだろうけどな。」


「そうですよね、勘違いですよね? では改めて、アツシさん、如何か俺を・・・・・いや私を弟子にしてくれませんか!! もし貴方の教えを乞う事が出来れば、次の王位戦こそ私が勝つ事が出来るでしょう。 勿論何でも致します、掃除でも洗濯でも、相手をせよとおっしゃるのならば、夜の相手も致しましょう。 どうかご一考を!!」


「ああ、いや、俺にそっちの趣味は無いし・・・・・」


「・・・・・おいアツシ、ちょっとこっちへ来い。」


「ああ、何だよストリー。」


 ストリーに呼ばれ、奥の通路へと入って行く。 


「アツシ、彼奴は何だ? お前の弟子になりたい等とは変わった奴だが。 まさかまたおかしな事を考えているんじゃないだろうな?」


「いやいや、考えてないよ。 俺あの人と会った事も無いし。 だけどまさか俺の名声がこんな所まで届いてるとは思わなかったな。 何処かの吟遊詩人が俺の武勲を歌にしたとか。」


「安心しろ、そんな事は確実に無い。 そもそも詩人なんてとっくに滅びている。 安全に旅をしようとなると相当な金が掛かるからな。 それでももし居たとすると、そいつはな相当変人だろうな。 それで、お前は彼奴を如何したいのだ?」


「うむ、俺としては弟子を取るのはやぶさかではないぞ。 弟子って要はお手伝いさんだろ? 居て困るもんじゃないしな!!」


「そうか、お前の考えは分かった、この話は無しにしよう。 そんな考えではあの男にも失礼だからな。」


「お、おい、ちょっと待てよストリー、弟子が居たら便利だと思うんだけど!!」


 俺の話を区切り、ストリーがジュリアンの元へと歩いて行く。


「ジュリアンと言ったか? 悪いが今回の話は無かった事にしてもらおう。 あの男には弟子を育てられる様な技量は無いからな。」


「・・・・・失礼ですが、貴女はアツシ殿とはどういうご関係で? 私はアツシ殿に話をしているのですが。」


「アツシは私の・・・・・お、夫だ。 ・・・・・だから弟子の話は私にも関係ある。 弟子を取るとなると、此方も出費しなければならないからな。」


 ストリーの顔が赤くなっている。 うん、中々可愛いぞ。


「そうでしたか、これは失礼を・・・・・しかし出費の面を気にしているのなら問題ありませんよ。 これでも財産は持っておりますので。」


「おいストリー、金はあるってよ。 良いじゃん一回ぐらい。 なっ?」


「おいアツシ、今大事な話をしているんだ。 ちょっと口を閉じていろ。」


「ふぁい!!」


 ストリーに逆らってはいけない、それはもう体に染みついている。 一度なんて訓練の為だと、痛みへの耐性を付ける為、傷を付け、塩を塗り込んで・・・・・いや忘れよう。 残念ながらこの世界にDVなんて言葉は無い、その二秒後には傷は綺麗に消え去ってるのだから。


 勿論そんな彼女にも可愛い所もある、デートの日には恥じらいながら・・・・・いや、今はどうでも良い事だな。


「別に金が要るからどうという話ではない、この男は弟子など取った事は無いし、そんな技量も無いだろう。 それに、どうせ弟子入りするのならもっと良い所があるだろう?」


「それは無理だ、この国にはマリーヌ様を超える猛者は居ないのだ、マリーヌ様と互角に戦ったアツシ殿しか可能性は無いのだ。」


 マリーヌ王と戦ったって? 俺がか? マリーヌ王の顔って知らないんだけど? もしかしてさっき値切り合いの勝負になったおばちゃんの事だったり。 ・・・・・いや違うよね? うむ、やっぱり此奴は勘違いしてるな。


「なあストリー、俺やっぱり・・・・・」


「黙ってろ。」


「はい!!」


「そうか、何に勝ちたいのか知らないが、それではこうしよう、剣で私に勝つことが出来たなら、お前を弟子にしてやってもいいぞ。」


「そう、ですね、御婦人も兵士の様ですし、遠慮は無用ですね。 では私の実力をお見せしましょうか!!」


 という事で宿の庭先で二人が戦いを開始している。 二人の実力はというと、ストリーに敵わないながら、ジュリアンはかなり善戦している様だ。


ギャイィィン!!


「流石はアツシ殿の奥方です!! まさかこれ程とは!!」


「貴様も中々だぞ。 だが、そんな強さがあってアツシに何を望むのだ。 まさか笑いを教えろ等とは言うまいな?」


「むろん私の求めるのは強さです!! アツシ殿の剣の鋭さ、そしてあの速さ、出来れば魔法も教えて欲しいのです。 あの魔法は使える、あれさえ有れば王になるのも夢ではないのです。」


「やはりお前は勘違いをしている、アツシの剣が鋭い? そんなはずは無い、アツシには私が教えたんだ。 あの剣ではまだまだ素人レベルだ、人に教えられるレベルではない。 そこで待ってろ、もっと良い男を紹介してやる。」


「なッ!! あれで素人レベルだと言うのですか!! 王国の力がそれ程とは、人の力では限界があるというのか・・・・・すみません、やはり弟子の件は諦めます。 まだ私には早かった様です。」


「そうか、暇な時でいいのなら少しぐらいは教えてやっても良いぞ。 気が向いたら来てみると良い。」


「はい、そうさせてもらいます・・・・・」


 ジュリアンという男は、打ちのめされて帰って行った。 しかし勘違いした奴って一体誰なんだろう? 俺と似ているらしいが、そんな良い男が居るとは思えないな。 






 それから、ジュリアンがやってくる事は二度と無かった。



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