一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

15 王城潜入

 アツシは町を囲む壁の上でべノムに置いて行かれてしまった。 俺は巡回する兵士の隙間を抜け、安全な場所を探している。


 ヤバイヤバイヤバイ、そろそろ効果時間が切れそうだ。 何処か隠れられる場所を探さないと!! 俺が慌てていると、巡回の兵士達が壁の上を周って来る。 ドクンドクンと心臓の音が聞こえだす。 此処が友好国だと言っても、こんな場所に王国の兵士が居たら完全にスパイとして見られるだろう。


「ん? 今何か気配が?」


「何だ、どうかしたのか?」


「いや何か居た気がするんだが・・・・・」


 俺はピタリと立ち止まり、息を止め、片足でバランスを取ると、兵士達が通り過ぎるのを待つ。 緊張で喉が鳴りそうなのを必死で抑える。 


「気のせいか?」


「鳥かなんかじゃないのか? 壁のどこかに巣でも作ってるんだろうな。」


「そうだな、まったく脅かしやがって。」


 スタスタと二人の兵士が去って行く。 兵士が過ぎ去って三十秒、浮かせていた片足を下ろし、溜っていた唾を飲み込んだ。


「んぐッ、ハァ、こんな所に居たら命が幾つあっても足りないぞ。 これ何処から降りるんだよ?」


 近くに階段はない、この道の続く先には、ブリガンテの城へ繋がっている道がある。


「まさかあそこか? あそこからしか出られないのか? い、行くしかないよなぁ・・・・・あんまり行きたくない。」


 暫く考えてみたが、何処にも逃げ場が無く、観念して城へ向かった。 城に入る入り口には鉄柵が降りていて、これを上げなければ城には入れない。 動かそうとすれば音が鳴って絶対にバレる。 取り合えず切れ掛かった魔法を掛け直すことにした。 見回りの兵士達に見られない様に、地面に寝転がり、魔法を掛け直した。 


「姿よ消えろ、インビンシブル。」


 俺の姿が現れ、そして再び消えていく。 それから隅でジッと待ち続け、鉄柵が開くのを待ち続ける。 三十分もしない内に、城の内部からカツンカツンと足音が聞こえてきた。 何か話声も聞こえる、暇だったので耳を傾けてそれを聞いた。


「んあ~、ねむ、昨日飲み過ぎたかな? まだ眠気が取れないぞ。」


「おいおいしっかりしろよ、敵の姿なんて見逃したのなら俺達の首が飛ぶぞ? お前が見逃したら俺までとばっちりが来るんだからな、頼むぞほんと。」


「大丈夫だって、そうそう見逃したりしないって。 じゃあ今日も一日頑張りますか!!」


 この状態に少し慣れた俺は、音が鳴らない様に軽く手と腰を振るが、兵士達は全く気付かない。 気付かれないのが少し寂しい。


ガララララララッ。


 鉄柵が上に上げられ、城への通路が開いた。 こっそりと横を通り柵の奥へ入る。 直ぐに柵が閉じられるが、二人の兵士はまだ何か話している。


「そういえばお前聞いたかよ? 今度の王位戦にバルザックス隊長も参戦するんだってよ。 まあ無理だとは思うけど、王の座を狙ってるらしいぜ。」


「聞いた聞いた、あんな人が王になったらこの国がどうなるか分からないけど、あの人腕だけはあるからなぁ。 ・・・・・最悪あの人が王様か、先は暗いなぁ。」


「いやいや、マリーヌ様はまだまだ現役だよ? あの隊長が強いと言っても、マリーヌ様の槍捌きには勝てないって。」


 王位戦って何だろう? 何か戦うみたいな事を言ってるけど、マリーヌって確かこの国の王様だったよな。 王位戦で戦って強い方が王様になるって事か? 此処の王様も大変そうだな。 


 兵士達が話を続けていると、鐘がゴ~ンと鳴り、二人の兵士達が戻って来ている。 来た兵士達と交代するみたいだ。 またガララララと柵が上がり出す。 この音に紛れ、俺は階段を降り始めた。


 そう言えばべノムはこの王城に潜入するとか言っていたけど、何するんだろう? 一応今の情報を覚えていた方がいいのだろうか? 何度か心の中で繰り返し、覚えておいた。


 で、俺此処から帰って良いんだよな? 帰ったらまた潜入しろとか言わないよな? ・・・・・もう少しだけなんか情報でも探っとくか。


 俺は城の中で偉そうに歩いてる一人の男に付いて行った。 その男は周りの兵士より良い装備をしている兵士だ。 取り巻きの兵士に名前を呼ばれている。 ああ、どうやらこの男がバルザックスらしい。


「バルザックス隊長、これから隊長同士の会合が予定されています、会議室に急いでください。」


「ガハハハハ、グリーディア君、今はそんな気分ではないのだよ。 そんな事よりも・・・・・相変わらず良い尻をしているね君は。 どれ、ちょっと揉ませてくれないか?」


「ぶっ飛ばしますよ隊長、本当に触ったらその腕斬り飛ばしますからね。」


「まあそう言うなよグリーディア君、どれどれ、おお、思ったより成長しておるな。 どうだ? 今晩一発やらないか? 一回だけちょっとやらせてくれよ良いだろ、な?」


「死ねえええええ!!」


 尻を揉まれたグリーディアと呼ばれた女兵士は、その隊長に本気で斬り掛かるが、その隊長は尻を撫でながらその剣を軽く躱している。 やってる事は最低だが、強さだけはあるようだ。


「何でこんな人の元で働かなきゃいけないの!! どうせならブレザリオ様の元へ行きたかったのに!!」


「安心しろグリーディア君、君が移動願いを出してる事は知っているぞ。 まあでも、ぜ~んぶ握り潰してるからなぁ!! ガハハハハ!!」


「地獄に落ちろおおおおおおおおおおお!!」


 なんであんなのが隊長なんてやってるんだろう? 大丈夫かこの国? 何だかあのお姉ちゃんが可哀想になってきた、ちょっとだけ助けてやろうか。 俺は下に落ちていた小石を拾い、あの隊長に向かって放り投げた。


「む!! 殺気!! また暗殺者か? おおっと危ない危ない。」


「そこだああああああああああああ!!」


 俺の放り投げた石を避けた隊長は、グリーディアの剣に兜を殴られボコボコにされている。


「ま、待ってくれグリーディア君、まずは話し合おうじゃないか。 そうだ、俺の部屋に来てくれ、ちゃんと優しくしてやるから!!」


「言いたい事はそれだけですか!! 百回ぐらい死んで来なさい!!」


 グリーディアの剣が休む事なく打ち続けられている、一応全部防具の上から叩いている様だが、鎧が凹み結構痛そうだ。


「おい何をしている!! なっ、あれはグリーディアさん。 とすると下にいるのは・・・・・あいつか!! うおおおおおおおおおおおおい、誰か来てくれ!! バルザックス隊長が殴られてるんだ、早くしろ!!」


「な、何だと、あの隊長が・・・・・今助けに行きますよ!! うおおおおおおおお、死ねええええ!!」


  走って来た兵士が、グリーディアの応援に入る。 どうやら相当恨まれているらしい。 他にも次々にグリーディアの応援が現れ、倒れている隊長をボッコボコにしていく。


「や、止めろお前達、俺が何をしたと言うんだ!! こんな優しい隊長は他には居ないぞ!! おい止めろ!!」


「とぼけるな!! 俺の嫁に手ぇ出した事はもう知ってるんだよ、うちの嫁を泣かせやがって、うちの嫁を泣かせやがって!!」


「テッメェ金返せ!! 隊長だからって舐めてんじゃねぇぞ!! お前に貸した百万耳をそろえて返して貰おうか!!」






 ここぞとばかりに集まってくる兵士達、あれは死ぬかもしれない。 まあでも仕方ないだろ、あれはもう駄目だ。 あの隊長は偉そうなだけで、駄目な人間だ。 ここでこれ以上情報は得られないだろう。 そして俺は別の人間を探してついて行った。



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