一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

1 記憶喪失の女

 この旅は安全なはずだった。 護衛は多く、実力も申し分ない猛者達だった。 だが不運にもそれは起こった、休息を取った大きな川の畔で、この地方で殆ど確認されていない地震が起こったのだった。 川の浅瀬で遊んでいた子供はバランスを崩し、川に流され・・・・・そして、一人の女ががそれを追い、川へと飛び込んだ。 それが、この物語の始まりだった。


 川の畔で気が付いた時には、自分が何者かすらも覚えていなかった。 


「此処は、何処なの? それより、私は一体何なの!! この手は何、この顔は誰、私は一体誰なのよ!!」 


 自分の手が人の手では無いと気づいた。 人とは思えない純白の肌、鋭く伸びた指の爪。 川に映る自分の顔がこの世の物とすら思えなかった。 怪しく光る金色の瞳、透き通る様な水色の髪の毛。 この自分の顔にすら覚えが無かった。


 名前も分からない私が叫ぶ、自分が何者かすらも分からぬままに。 私は自分が何者かを考え続ける。 自分の体が水で濡れ、近くの川に流されたのだと分かった。


 その近くにはもう一人、小さな子供がずぶ濡れで倒れて居た。 その子供は鎧を着こみ、随分と凛々しい女の子だ、ほんの少し膨らんだ胸がそれを分からせた。


「死んで無い、大丈夫生きてるわ。 この子、誰かしら、一緒に流されたの?・・・・・此処に置いて行くのも悪いわよね。 このままじゃ重いから鎧は脱がせて行きましょうか。」


 私は歩き出す、名も知らない少女を連れて。


「はぁはぁ、子供を背負いながら歩くのってキツイのね。 この子一緒に流されたのよね? 私の知り合いなのかしら?  考えるのは後ね、それより何処か休める所を探さないと・・・・・はぁはぁ。」


 周りには人の気配は無い、手掛かりを得るには川を上るのが良さそうだが、この子の事が気になった。 少し遠くに見える町の様な場所へと向かって行った。 しかし、その直後、茂みの奥からガサリという音と共に、黒色の獣が現れた。 狼に似たそれは、私の身長と同じぐらいの大きさだった。


「あれは何、何なのあれは!! やだ、来ないで、来ないでええええええ!!」


 目を瞑り、必死に手を振ると、そこに居たはずの狼は何処かへ逃げて行った様だ。 綺麗さっぱり消えて、居た形跡も見当たらない。


「はぁ、何処かに行ったみたいね、今の内に逃げないと。」


 私は町への道を歩き始めた。 近くに立つ看板を見ると、その町がブリガンテという町らしい事が分かった。 どうやら私は字が読めるようだ。 ブリガンテの町の入り口、町の門の前で私は門番の一人に止められた。


「止まれ!! いや、貴方は・・・・・だがこんなずぶ濡れで、二人連れとなると別人なのか? おい、貴方達は誰だ、名前を名乗ってくれませんか?」


 私の名前、如何しよう、記憶が無い事を言ってみる? 本当に言っても大丈夫なのだろうか? この人が良い人かも分からないし、偽名でも使ってみようかしら。 ミ、ミシェ、ミーシャ。 うん、何かしっくりくるわ、これで行きましょう。


「私はミーシャ、ミーシャです。 この子は、え~と、分からないの、川でおぼれていたみたいなのだけど・・・・・まだ目が覚めなくって。」


「ふむ、どうやら別人の様だな、他人の空似というやつか? まあお前の恰好を見れば王国の者だと分かるが。 町中では暴れないでくれよ、あんた達が暴れると被害がデカくなるからな。 それと、その子供は此方で預かろうか、此方で親を探しておく。」


 この子を渡した方が良いのだろうか、でも私はこの子と離れたくないと思っている。 このままこの子を預けるのは気がとがめた。


「私も、この子の親が見つかるまで一緒に行きます。 最後まで面倒を見たいんです。」


「ふむ、分かった、では病院まで案内しよう。 まだ目が覚めないとなると、少し検査をする必要があるかもしれんな。 良し此方だ、付いて来い。」


「はい・・・・・」


 門番の男に連れられて病院へと向かった。 病院という施設には、怪我人や病人が犇めいている。 私達は特別に奥へと案内され、そこでこの子の検査を受けた。 女の医者にその体をくまなく調べられ、瞼を開け目の中を覗くと、その血を抜いた。 私にはよく分からないが、溺れたのに血を抜くものなんだろうか?


「お姉さん、貴方も簡単な健康診断でも受けてみませんか? ほんの簡単な物なので直ぐにすみますよ。」


 記憶の事や体の事を知るには良い機会なのかもしれない。 私の記憶が無い事を相談するべきだろうか?


「あの、実は私、自分の記憶が無くって・・・・・何か治す方法は無いでしょうか?」


 優しく笑う医者の顔が、一瞬怪しく微笑んだ様に見えた。 でもそれでも私はこの医者にすがるしかなかった。 検査といっても本当に簡単な物だった、血を抜かれ、皮膚片を採取され、あとは特に何もされず、記憶はその内に戻ると言われ、私はこの部屋で安心して眠りについた。


 次の朝、あの子の姿が見えない。 私は必死にあの子を探した。 どうしてそんなにあの子の事が気になるのか分からなかったが、その衝動は抑えられるものではなかった。 その子の姿を見つけると、私は抱き付き、キスをした。


「心配させてごめんねお母さん、私、此処が何処なのか知りたくって、ちょっと歩いてたの。」


 その言葉を聞き、私の記憶が戻って来た。 私の名前はイモータル、王国の女王だ。 そしてこの子はイブレーテ、私の可愛い子供達の一人。


 私達はこのブリガンテへと遠征する為、馬車の旅を続けていたんだ、でもこの子が運悪く川に流され、私はそれを救う為に川へと飛び込んだ。 それで二人とも川に流され、私は頭に衝撃を受け、そしてあの場所で目を覚ましたんだ。


 今思い返すと、とんでもなく迂闊な事をしてしまった。 ブリガンテが友好国だと言っても、まだ私達の力が上だから従ってるだけに過ぎない。 この力関係が逆転したら、これがどう転ぶか分かりはしない。 私達の体を調べられ、これでキメラ化の秘密を知られてしまったかもしれない。 でも皮膚片と血だけで行きつくには相当時間が掛かるだろう、それだけが救いだ。


 此処で私が暴れたとしても、向うは治療の為だったと言い張るだろう。 そうなれば私はただの悪人だ、これ以上は大人しく見ているしかない。


「お母さん?」


「何でもないのよ、さあ病室に戻りましょう、もう少し安静にしていないとね。」






 私達は病室でゆっくりと過ごし、時が経つと、王国の兵士達が私達を探しに来た。



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