一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

40 王道を行く者達58

 馬車に繋がれた黄色いヒヨコ、キー、馬を超えるスピードで走るそれは、他の魔物も追い付けない程だった。 だがこの馬車は、そんな速度で走る様に作られていない。 ゴムも何も無い車輪により、ダイレクトにその振動が伝わってくる。 石の大きさによっては馬車が浮き上がり、地面に着地した衝撃で馬車が壊れそうになる程だ。 それでも馬車は壊れはしなかった、相当頑丈に作られている様だった。


「うおおおおおおおおお!! ちょ、ちょっと!! 速い、速いって!! このままじゃ馬車が壊れる、マッド、もう少しスピードを落としてくれえええええええ!!」


 ラフィールはこのスピードに慣れない様だ。 随分と怯え、ガタガタと震えている。


「車輪が壊れたら大惨事よねぇ、偉い人が乗っていたって言ってたし、頑丈に作られているとは思うけど・・・・・大丈夫よね?」


「おおっと、これは中々スリリングだねぇ。 でも壊れる前に着くんじゃないのかぃ? こんなに早いんだし、ブリガンテに着くのは、一日も掛からないよ。」


「ハイヨ~!! キーちゃん。 このままブリガンテまで突っ走ってくださいね!! さあ、一緒に風になりましょう!!」


「・・・・・」


「ハガンさん? あら、まさか怖いんですか? それじゃあ私が手を握って・・・・・あいたッ。」


 リーゼの掌が、リサの手を叩き払った。


「ちょっと、痛いじゃないのさ、こんな狭い所で暴れないでくれないかい!! リーゼちゃんは、もうそろそろ父親から卒業したらどうなんだい。 大人しく私の娘になりなよ!!」


「暴れさせるのは誰の所為でしょうね、その手を引っ込めてくれませんかね!! それにリサさんの娘になるつもりはありませんから、そっちこそ諦めたらどうなんですか!!」


「お、おい、止めてくれよ!! こんな所で暴れないでくれよ、うおわあああああああああああああ!!」


「・・・・・ッ。」


 爆走するヒヨコに命を預け、馬車は走り続けた。 二時間、三時間と走り続け、ブリガンテの国、北門が見え始めた。


 このブリガンテという国、少し前まであまり良い噂は流れて来なかった。 魔王と通じている、たまに魔族が現れる等、色々な噂が流れていた。 だが三年前、三十年も続いたマリーヌ王が退任し、次の王ジュリアンがその座に就くと、その噂は一切流れなくなった。


 馬車は走り、そして外壁の北門前、リーゼ達は兵に止められてしまう。


「と、止まれぃ!! 何だこの鳥は、いや、それよりもこの馬車は・・・・・ッ!! 貴様達、この馬車をどうした!! これはアルデルセン伯の馬車。 貴様達、まさか伯爵を襲い、この馬車を奪ったのか!!」


 叫んだ兵の声を聞き、門を護っている兵士が、何人も駆けつけて来た。 一人、二人と増えて行き、十人もの兵に囲まれてしまう。


「違うわよ、まず話を聞きなさい!! これは北の村で置き去りにされた物よ!! 勿体ないから私達が使っただけで、別に奪った訳じゃないわよ!!」


「もうちょっとちゃんと調べてくれよ、俺達は別に悪い事をしている訳じゃないんだって。」


「俺達は怪しい者じゃない、少し落ち着いて話を聞いてくれないか?」


「とぼけても無駄だ!! これ見よがしに乗って来おって!! こんな目立つ物で侵入しようだなどと、浅はかな考えをしたのが運のつきだ!! このまま大人しく捕まるが良い!!」


「ちょっと待ちなさいよ、私達の言葉をちゃんと聞いて!! 私達は何もしていないのよ!!」


「盗んだ物をこんな堂々と乗って来るはずないだろう、もうちょっと考えておくれよ。」


「五月蠅い、黙れ!! アルデルセン伯の仇だ、全員極刑にしてやるから覚悟しておけ!!」


 十人もの兵士達が、剣を構え、リーゼ達を威嚇している。 


「話も聞いてくれないのか、こりゃあ如何にもならないぜ。 これはちょっと引いた方が良いんじゃないかな。」


「はぁ、これを倒しても、逃げてもお尋ね者よね・・・・・死ぬ訳にはいかないし、マッドさん、逃げるわよ!!」


「ハイヨ~、キーちゃん、皆が乗ったら全力で逃げますよ!! 迅速にUターンです!!」


「逃がすな、追え、追えええええええ!!!」


 ヒヨコのキーは、二秒で馬車を旋回させ、馬車を爆走させる。 余りの速度に兵は追い付けず、完全に見えなくなるまで走り切った。 魔物の居る中を追って来るとは思えない、もう安心して良いだろう。 リーゼ達は、一本立った木の影で休み、話し合っている。


「リーゼ、逃げられたのは良いが、これから如何する? ブリガンテの町に入れないとなると、少し困った事になるな。 このまま南に進むのならブリガンテを迂回し別の町に進む事になるが、食料が少し心もとないな。」


「この馬車、乗らなかった方が良かったわね。 まあ今更言っても仕方ないか・・・・・う~ん、駄目元で変装でもしてみる? 馬車も色でも塗って偽装するとか。」  


「そんな簡単に上手くいくかね? 偽装しても、あの鳥が居たら一発でバレるよ、それとも何か袋でも被せてみるかい?」


「どっちみち一度村に戻った方が良いんじゃないのかな? 此処には染める様な物は何も無いよ。」


「相手は私達の顔をチラッと見ただけだわ、髪型と服装を変えれば何とかならないかしら? 皆の武具を入れ替えてみるの、馬車は泥で汚して、剣で傷でも付けておけば結構変わるでしょ? 問題は・・・・・」


 リーゼは馬車を引いている鳥を見た。


「ああ、あの鳥かねぇ。 いっそ羽根でも毟ってみるかい? 羽根が無きゃ鳥だとも思わないかもしれないよ?」


「な、何を言ってるんですか、キーちゃんに酷い事をさせませんよ!! こんなに可愛いのに可哀想じゃありませんか!!」


「それじゃあ、馬車とその鳥は何処かに置いて行く? 動かせない馬車なんて持って行けないし、何処かへ置いておくしかないんだけれど。」


「いえ、動けないキーちゃんが魔物に襲われでもしたら困ります。 かといって、馬車から離すと、もう二度と会えない気がしますし・・・・・リーゼさん、何とかならないでしょうか!!」


「じゃあ泥で色をごまかしましょうか、この木の葉っぱでもくっ付けておけば、鳥には見えないんじゃない? でもそんなのに乗って来たら物凄く怪しまれそうだけど。」


 マッドの押しに負け、この作戦で行く事になった。 まず馬車の装飾を外し、剣で傷を付け、マッドの水の魔法と、土を掘り起こした泥で馬車を汚して行く。 それが終わると、とても元の綺麗な馬車には見えなくなっていた。


 キーの体には泥水を浴びさせ、葉っぱを乗せて炎の魔法で乾かしていく。 完成した今は、植物の怪物の様に見えた。 最後にリーゼ達は髪型と、装備を入れ替え、迂回して先ほどとは別の入り口の門へと移動して行った。 手配書を作られたとしても、まだ国中には回っていないだろう。


 キーの爆走により、二時間を掛け西門まで移動し、そしてまた兵士達に止められてしまった。


「止まれ、止まれ、待て、何だこれは。 馬じゃないな、本当に何だこれは? 植物? 何か違う様な? いや、待て、そういえば王国から客が来ると言っていたな。 もしかしたらお前達の事か? 確かにあの王国なら、こんな生物を飼っていても不思議はないか? 分かった、通って良いぞ。 ただあまり目立つ真似はするなよ、もう昔とは情勢が違うんだ。」


 リーゼは聞いた情報を元に、嘘をつく。


「ありがとう、でも急遽もう一組来る事になったの。 後から来るもう一組も通してあげてね。 ああ、それと私達が先に来たって言っちゃあ駄目よ? 王国から競争してきたの、だから後でビックリさせてあげるの。 黙っていてくれたら、ほんの少しお礼をするんだけどなぁ。」


 硬貨をチラつかせ、相手の態度を見ている。


「そうかそうか、それは仕方がないな、良いだろう黙っていてやる。 さあとっとと行くが良い、王城でジュリアン様がお待ちだぞ。 ああ、案内がいるか、よし、レイス、お前が連れて行ってやれ。」


「了解しました!! さあ此方へどうぞ。」


「あ、案内は要らないかなぁ、私達は別の用で来たから・・・・・ただの買い出し班だから、その・・・・・そこまでしてくれなくても大丈夫ですよ?」


「遠慮しなくても大丈夫です、僕も息抜きが出来て丁度良いですし、さあ皆さん行きましょう。」


「そうですね、じゃあ行きましょうか・・・・・」






 一人余計な人物が付いて来てしまったが、無事にブリガンテに潜入を果たした。



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