一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

38 T・R2

 暴君Tが、俺を標的にして、その殺意をむき出しにしてきた。
 余りの殺気に俺は射竦められ、自分の体が一本の棒の様に全く動かない。
 逃げたいが体がいう事を聞いてくれない。


「アツシさん、アツシさん、アツシさん、アツシさん! 見てますよ、見られてますよ! 早く逃げないと。急いで、早く、早く、早く!」


 分かってる、でも本当に足が動かないんだ。
 さっきまでは普通に歩けていたのに、何だ、これが本物の殺意なのか?
 声すら出す事が出来ない。


「アツシさん、逃げて、逃げてえええええ!」


 暴君Tは他の奴に構わず、左目を奪った俺を、まず殺すつもりだ。
 さっきまで居たグルーは、俺を置いて逃げて行く。
 このままじゃ死ぬ、動け動け動け動け!


 暴君Tがドシン、ドシンと走り寄る。
 ヌチャヌチャとした大口を開けながら、俺の元へと向かって来ていた。
 人の足で逃げられる速度じゃ…………ない。


「早く逃げろ、アツシイイイイイ!」


 ストリーの叫び声、俺は恐怖で目を瞑り…………


 バクッっとその口が閉じられた。
 だが一向に痛みは無く、ゆっくりと目を開けると、俺は空中に舞っていた。
 べノムの手により抱きかかえられ、俺の命が助かったらしい。


「べ、ベノム! 俺、べノムになら抱かれても構わないぜ!」


「ヤメロ気持ち悪い! お前だって兵士なんだろ、動けるのなら立って戦え! さあ行くぜ、反撃開始だぜ!」


 あ、声が出せた。
 体も動ける。
 良し、これなら戦える。
 今度はこっちの番だ、やってやるぜ!!


 べノムにより地上に降ろされ、改めて剣を構え直した。
 だが暴君Tは殺意の視線を送り、俺の体はまたいう事を聞かなくなってしまう。


 とはいえ、先ほどよりは随分と楽だ。
 一度くらったから慣れたのか?
 体は物凄く重いが、なんとか動けるぐらいにはなっている。


「トカゲ野郎、アツシにばかり気ぃ取られて、隙だらけなんだよ! テメェのが気付かねぇなら、気付かねぇまま死んでろよ!」


 暴君Tの左目の死角から、べノムの攻撃が仕掛けられた。
 左目の傷が更に深く抉られ、赤い血液がブシュッっと舞い散る。


「ギャアアアアアアアアオ!」


 痛みにもがき、叫び声を上げるTだが、それだけでは終わらない。
 高い上空から、流星の様に落ちて来るルルムムの大槌が。


「私達を忘れてるんじゃないでしょうね!」


 ルルムムの大槌は、暴君Tの脳天へと振り下ろされ、意識が飛んだのか、フラフラと頭を揺らしている。


「…………ッ!」


 エルの剣が炎を生み、Tの体に降り注ぐ。
 そしてもう一人、レアスが敵の前に立ち塞がり、殺気の帯びた目を睨み返した。


わたくし、無視されるのは我慢なりませんの。二度と忘れられない様に、残虐に殺して差し上げますわ!」


「ギャアアアアアアアア! グギャラアアア! グギャラララララララ!」


 威嚇する暴君Tだが、そんな事には気も止めず、相手の顔面へと飛んで行く。
 大きな口の一撃を躱し、べノムが抉った目の傷を更に爪で掻き毟る。


「ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


「あぁ、良い悲鳴ですわ。もう少し堪能したい所ですが、残念ながら他にも遊べそうな相手が待っていますので。そろそろお別れいたしましょうか」


 レアスは、痛みに暴れるTの傷に、自分の腕をねじり込み、そのまま頭の中で魔法を放った。


「エンドレス・レクイエムッ」


 その魔法を唱えた直後、ガタガタとTの頭が震え出した。
 振動の回数がドンドン増え、耐えきれなくなったそれが爆発する。
 悪魔の様に微笑んでいるレアス様、この人には絶対に逆らってはいけない。
 脚を舐めろと言われれば舐めるし、お尻を出せと言われれば出します。
 だからもう一度踏んで欲しいです!


「おっしゃー! Tを倒したぜ。やっぱりレアス様は最高だぜ! また今度踏んで欲しいです!」


 はっ、いけない、いけない。
 思わず口に出してしまった。
 まあ仕方無い、レアス様の抗い難い魅力的なドS性の前には、下僕げぼくとして仕方がない事だ。


「あら、アツシではないですか。ふふふ、仕方がありませんね、今度わたくしのお部屋へいらっしゃい、また二人で良い事を致しましょうね」


「はいレアス様! これが終わった後にでも直ぐに!」


「おい待てアツシ! まさかと思うが、レアスさんと浮気しているんじゃないだろうな! そうだとしたら、今直ぐに、お前に世の理というものを教えてやるぞ!」


「ち、違うぞストリー、レアス様には、ただちょっと踏んでもらいたくて、ほんの少しの下僕げぼくとしての喜びを味わおうと思っていただけなんだよ!」


「さっぱり意味が分からんぞ! レアスさんに踏んでもらいたいだと? そんなに踏まれたいのなら、今直ぐ私が踏んでやる! 此処で踏み潰されていろ!」


 ストリーは俺を蹴り転ばせ、俺の尻にゲシゲシと、全力で蹴り始めた。
 その衝撃が尾てい骨に響き渡る。
 とても痛い、これはただ痛いだけだ!


「待ってくれストリー! ただ蹴り付けるのとは訳が違うんだ! もうちょっとこう、優しく強く、グリっと」


「そのまま寝ていろ!」


「ぎゃあああああああああああああ!」


 俺の尻はストリーにより、物凄く深刻なダメージを受けた。


「あ、あの、レアスさん。その、アツシには……あまり近づかないで……ほしいのですが」


「ああ、そういえば、ご結婚されていたのですね。安心してください、わたくしは友達の物に手を出す程、落ちぶれてはいませんわ。ではアツシ、これからも死なない様に精進しなさい。それではわたくし達は、別の相手を探しに行ってまいりますわ」


 レアス様が去って行く。
 その後ろ姿を見つめ、俺は叫んだ。


「ああ、レアス様! 最後にもう一踏みお願い……ぎゃああああああああああああ!」


 もう駄目だ、俺の尻は死んでしまった。
 どうやら俺の冒険は此処までの様だ。
 王国の皆、俺の事は忘れないでくれ。
 グフッ。 




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 イバスが居る戦略室。


「伝令! 敵戦力残り数体。此方の戦力はまだまだ十分、此方の勝ちは確定的です!」


「おお、やりましたなイバス君、後は時を待つだけで、この作戦は終了する様ですぞ」


「まだ分かりませんよ? 最後の最後に、とんでもないものが出て来るかもしれませんし、ちゃんと作戦が終わるまで油断しない方が良いと思います」


「おお、確かにその通りだ。ワシとした事が、少々浮かれすぎていたようだ。もう少し状況を見守るとしようか」






 最後の一体が倒され、全員が撤退する時、土の中からいきなりそれが現れた。
 この空間を作ったと思われるその姿は、洞窟の入り口で死んでいた土竜の姿と同じもので、角竜よりも大きく、その姿は山の様だった。



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