一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

37 T・R

 アツシは角竜の腹の下から逃げ出していた。
 角竜が倒されたのを見て、取り合えずホッとしている。


「あと何匹居るんだ、もう結構倒してるだろ。こんな所早く帰りたいんだけれど」


「さあな、今見える範囲じゃあ、あと四体ぐらいか? だがそれももう終わりそうだな。取り合えず何処かへ参戦しておくか」


「ふむ、この場所は大丈夫そうだな。小僧共、もう少し奥へ行ってみるぞ。このワシに付いて来い」


「ダルタリオンさん、ちょちょちょ、ちょっと待ってください。さっきも活躍なんて出来ませんでしたし、これ以上の所へ行くのは無理です。出来れば、この隊単独で戦う様な事は避けて欲しいのですが…………」


 グルーがダルタリオンを説得しようとしている。
 あの爺さん、聞く耳を持っていれば良いんだけど。


「うはははは、そのぐらい分かっとるわい! 二人も足手纏あしでまといがおるのに、この隊のみで戦うなどと、そんな無茶はしないわい。前には進むが、何処か戦っとる所にお邪魔するとするわ。小僧共もそれで良いだろう?」


「足手纏いと言われるのはちょっとあれだが、まあ危険な所じゃなければそれで良いかな。よし、それじゃあ、そこそこの人数にやられている、あんまり強そうじゃない奴に突撃だ!」


「おいアツシ、それだと私達が死にそうな奴を狙っているみたいじゃないか。狙うならもう少し上の奴にしようじゃないか」


 実力のあるストリー達はそれで良いかもしれんが、俺とグルーはそんな所には行きたくないぞ。
 此処は少し説得してみるか。


「まあ待てストリー、お前はもう少し活躍したいのかもしれんが、死にそうな奴を狙うのは良い事なんだぞ。ちゃんと倒しとけば、その分別の所へ行く隊も増えるし、俺達四人が増えるよりも断然お得だ。つまり、雑魚を掃討そうとうするのは正義だ!」


「ハッハッハ、確かにそうじゃな! 一本取られたのではないか、嬢ちゃん。小僧の言う通り、此処の敵を殲滅しても良いんじゃが、まずは先に進んでみて、状況に応じて戦うとしようか」


 先頭を歩くダルタリオンについて行く俺達。
 その間にも先ほどの四体はどんどん倒され、思い思いの場所へと散って行く。
 ダルタリオンが向かったのは、もう既に一部隊が戦っている敵の元だった。


「うっはあああああああ、あれってTレックスじゃないか! あんなのまで居るのかよ!」


 Tレックス。
 ティラノサウルス・レックスと呼ばれる恐竜の暴君。
 実はこのティラノサウルスという部分は名前ではなく、人間とか犬とかの俗称で、レックスというのが名前らしい。
 要は犬=ティラノサウルス。 チワワ=レックス。 とかそんな感じらしい。


 先ほど戦ったトリケラトプスよりも、ぶっちぎりで認知度は高く、恐竜映画でも常に出て来る様な人気ものだが、目の前のこいつは少々違っている。


 蛇の目と言うのだろうか、金色の瞳で、その中心には縦に長い黒い瞳、肌は爬虫類の様なゴツゴツとしたウロコと、体は土の様な色をしている。
 飾りの様な小さな手と、大木を束ねた様な大きな足。
 その口は大きく、肉を切り裂く牙を持ち、人間など一飲みにしてしまいそうだ。


 特徴的な物は、頭から生えたモヒカンの様なたてがみで、それが尻尾の先にまで伸びている。
 その尻尾も太く、振り回されたら人など一撃で絶命しそうだ。
 確か最大で、全長十三メートルだったと記憶している。
 さっきのトリケラは、あまり動きが早くなかったけれど、これはそれより早いそうだ。
 俺は自分の手に握った剣を見てみる。
 この細く小さい剣で彼奴を相手にしろって?
 無理だろ? いや無理だって? 絶対無理だろうがよ!


「おいい、おっさん! 弱い所に行くって言ってただろうがよ。こんなんに俺達が敵うか! 別の場所を探そうぜ!」


「しかしな小僧、たった一部隊でこれを食い止めている仲間を、このまま放って置く事は出来まい。他の仲間が来るまでじゃ、勝てずともそれまで踏ん張れぃ!」


「グギャアアアアアアアアアアアアォッ!」


「うひいいいいいいいいい…………」


「アツシ止まるな、動け! 止まっていると食われるぞ!」


「お、おっさんこそ、そんな所で立ってると食われるぞ! うわわわわ、来たあああああああ!」


 暴君Tが走りながら体当たりを仕掛けて来る。
 俺は暴君Tの攻撃を倒れながら逃げ躱すが、ダルタリオンの爺さんは逃げようとしない。
 どう考えてもこんな物を受け止められるはずがない。
 絶望しかない未来を予想し、俺はそれを見守った。


「まあ見ておれ、確かにこれを受け止める事は出来はしない。ならば!」


 ダルタリオンの爺さんは、受け止める事が出来ないと言いながら、その場で止まり、動こうとしない。
 幅広の剣を盾にし、両手でその時を待ち続けている。
 暴君Tがその鼻先を、剣にバチンと衝突させるが、爺さんは自ら後へと飛び、腕を引きながらその衝撃受け流す。


 それでもかなりの後方へと弾き飛ばされたが、両足をズザッっと踏ん張り、綺麗に立って着地した。
 もうこの爺さんも相当に化け物だ。


「大丈夫ですかダルタリオンさん、僕もお手伝いしたい所ですが、逃げるので精いっぱいなんです! 無理しない様に頑張ってください!」


 草場の影に隠れながら、グルーがダルタリオンに言い訳している。
 俺もあんな風だったから分かるが、本当はあそこに居るのも怖い。
 今直ぐ逃げて行きたい所を、勇気をもって踏ん張っている………… っと思う。


「分かっとるわい。お前は死なん様に逃げていろ!」


「は、はい!」


 別の部隊が一斉に攻撃を仕掛けているが、そのゴツゴツした皮膚は剣の攻撃を弾き、ダメージを与えられないでいた。


「アツシ、私達も行くぞ! ダルタリオン殿が引き付けている間に、私達も攻撃だ!」


「ま、待て、おい!」


 俺の制止も聞かず、ストリーが攻撃を仕掛けた。
 暴君Tの足首目掛け、ストリーの剣が炸裂した。


 ギイィィィィィィィィィィン


 比較的細い足首、かかとの骨の所に剣がぶつけられた。
 骨と剣がぶつかり合い、金属がぶつかる様な音が響いた。


「ギャアアアアオオオオオオッ!」


 かなり痛かったのか声を上げて、ストリーを睨みあげている。
 あのままじゃストリーが危ない。
 俺は勇気を出して、走り出した。


「畜生、間に合わねぇ! ストリーッ!」


 大きな口が閉じられ、ストリーの足だけが見える。


「く、食われた、ストリーが食われたあああああ! うおおおおおおテメェ、殺してやるから覚悟しやがれ!」


 俺は怒りのままに、敵の顔面へと剣を振り上げた。
 ブシュウと相手の左目が切り裂かれ、怒りのままにもう一撃。
 左頬に傷を残したが、倒すには全く届かない。


「ストリーの仇だあああああああああ!」


 勝算もなしに突っ込む俺を、暴君Tの尻尾が迎撃する。
 太く巨大な尻尾が、俺の元へと向かって来ていた。
 避けられるレベルのものではない。
 死、それが俺の運命なのか…………


「待てアツシ、私は別に死んでいないぞッ」


「…………えっ? …………あれぇぇぇ?」


 暴君Tの奥に隠れていたストリーが、また全力でかかとへと剣をぶつけた。
 その骨に直撃する痛みにより、俺への攻撃が反れて行く。
 間一髪で命が助かったみたいだ。


 どうやら食われていたと思ったストリーは、頭が来た瞬間、暴君Tの足の奥へと避難していたらしい。
 足だけ見えていたので、どうやら俺の勘違いだった。


 ストリーの顔が、なんかニヤついている気がする。
 あんな事言って飛び出した俺、超恥ずかしい。


 恥ずかしがってる俺の元、もう一部隊が援軍に駆けつけた。
 あれは…………べノムだ! べノムが来た、これで勝つる!


「ようアツシ、援軍に来てやったぜ。さぁて、トカゲ退治と行きますか!」


 俺はべノムの姿を見ると、直ぐにグルーが居た草場に身を潜めた。 


「頑張れべノム、俺は応援しているぞ!」




 べノムに任せて下がった俺を、暴君Tは完全に標的にしていた。



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