一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

13 ピンチ

 警戒しながら洞窟を出るが、敵の気配はないと思う。
 アツシ、エリメスと続き、アスメライが洞窟から出ようとした時、洞窟の出口、垂直の壁に張り付き、赤い虎がエリメスへと跳び掛かった。


「いやあああああああああ!」


 アスメライの悲鳴が上がる。
 背後から爪でザックリと切り裂かれ、噴水の様に血が噴き出すと、そのまま倒れこむエリメス。
 まだ生きてると信じたい!


 その虎はさっきの奴より小さいが、だからと言って弱いかどうかは分からない。


「お姉ちゃん?! こいつ、こいつめッ! 死になさい! アクア・スライサーッ!」


 高水圧の水のカッターが、洞窟を切り裂きながら真っ直ぐ突き進む。
 虎はそれを跳び上がりそれを躱し、僕達を相手にもせず、アスメライの方に向き直った。


「アツシ、此処で踏ん張らないと全滅だぞ! 絶対にこっちへ注意をき付けるんだ!」


「知ってるぜ、こんな時に立ち向かえないんじゃ男じゃねぇ! 震えるんじゃねぇぞ俺の足、行くぞ、おおおお、うりゃあああああああああ!」


 虎はアスメライへとゆっくり近づいて行く。
 僕達は攻撃を仕掛けようとするが。


「アクア・スライサーッ!」


 アスメライの魔法がまた放たれた、だがそれを虎はヒョイッと躱し、その魔法が僕達の首元に向かって来る。


「避けろアツシ、攻撃する前に死ぬぞ!」


「うおおおッ!」


 避けた僕達の上を、水の刃が走り抜けた。
 洞窟を切り裂くぐらいだ、当たったら首と胴が離れる事になる。


「クソッ、これじゃあ近づくのはキツイ。このままじゃアスメライは、奥まで追い詰められて殺される。エリメスも放って置いたらヤバイ。良しアツシ、その剣を投げよう。当たればきっとこっちに振り向く」


「アホか、投げても刺さらねぇよ! それより突っ込もうぜ」


「大丈夫だ、その剣なら触れば切れる。彼奴が魔法を避けた所に投げるんだ」


「アクア・スライサーッ!」


「おあッ、危ねぇ! チィッ、分かった、次のタイミングで投げるよ! 外れるんじゃねぇぞッ」 


「アクア・スライサーッ!」


「良し今だ、投げろ!」


「うをりゃあああああああああああ!」


 虎が跳び上がりアスメライの魔法を躱し、着地するタイミングでアツシの剣が投げられた。
 剣はヒュンヒュンと回転し、その剣は虎のその尻を切り裂いた。


「ギャアアアアアアアアアアアアアア!」


 アツシの剣は地面に落ちたが、虎は攻撃された事に怒り、此方へと振り向く。


「逃げるぞアツシ、走れ! 直ぐ追いつかれるぞ!」




「駄目だ、速すぎる! 洞窟を出る前に追いつかれるぞ!」


「何とか洞窟を出るまでは頑張るんだ! エリメスさんの所に、アスメライさんを連れて行かなきゃ! あのまま血を流せば死んでしまうんだぞ!」


「そんなの分かってるよ! クソッ、駄目だ、もう追いつかれる。うあああああああ!」


 アツシを襲おうとした虎に、僕は剣を振り下ろす。
 だがそれは横に跳ばれ躱され、今度は僕に襲い掛かる。
 避けられない、このままじゃ死…………


「これでも食らえッ! アクエリア・スぺリクル!」


 僕達が敵を引き付けている間に、アスメライさんは魔法の詠唱を唱え、このタイミングで発動されたのだ。
 これまで使っていた魔法と違い、洞窟の通路を塞ぐ程の巨大な水の球が現れた。
 虎の爪は僕には届かず、巨大な水が僕達を巻き込み、その衝撃は何かに殴られた程だった。
 そのまま水の中でモミクチャにされ、倒れたエリメスさんの上を通り抜け、そこで水の球が弾ける。


「ゲ八ッ、グハッ! 起きろイバス、この程度じゃ虎は直ぐに起きるぞ! 今攻撃しないと勝ち目はない!」


 フラフラと、虎は尻を向けて立ち上がろうとしている。
 アツシは飾りっけのないもう一本の剣を抜き、虎へと向かって行く。
 直ぐに僕も走り、背後から虎の後ろ足を切り裂いた。


「ギャアアアアアアアアオ!」 


「もう一発食らえ!」


「馬鹿、引けアツシ!」


 アツシの襟元を強引に引くと、アツシの鼻先を大きな爪が通り過ぎ、そこから血液がダラダラと零れだした。


「うう、鼻が痛えええええ…………」


「頭が無くなるよりましだろ。そのぐらいの怪我は我慢しろ。治療なら後でアスメライさんにやって貰えるさ」


 横目でアスメライさんの方を見ると、姉に駆け寄り、回復魔法を掛けだしている。
 まだ虎の注意を此方に集中させないと!
 大丈夫だ、虎の怪我も深い、今までみたいに動けないだろう。


「うおお怖え、やっぱり怖えよ!」


「アツシ、今更怖いなんて言うなよ。二人の命が掛かってるんだ。今は俺達の見せ場だろ?」


「分かってる、分かってるさ! だから今必死で覚悟を決めてるんだろ!」


「良し」 「おっしゃあ!」


「「行ッくぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」


 僕は正面に、そしてアツシは、後へと回り込む。
 虎はその場で回りながら、爪で牽制していた。
 思ったよりも足にダメージがあるのかもしれない。
 動くたびに血が流れ、虎は威嚇するように顔を強張らせた。


「これは勝てるぜ! 一気に止めを刺しちまおうぜ!」


「アツシ、また油断しているとやられるぞ。このまま続けて、敵にダメージを与え続けるんだ! 相手の息が止まるまでは絶対油断するな!」


「分かったぜ。また怪我したくないし、それでいいぜ!」


 攻撃は続き、虎の体には無数の傷が付いている。
 赤い体により、その傷は見えずらいが、斬った回数は相当だ。
 地面にも無数の血痕が落ちている。
 もうそろそろ力尽きてもおかしくないだろう。


 だが虎は、自分が負けると悟ったのだろう。
 僕達の間を抜けて走り出し、わき目も振らずに逃げ出した。


「おい、待てこの野郎! このまま逃がしてたまるかよ!」


「追うなアツシ、れよりエリメスさんの事が心配だ。今は二人の事を優先させよう」


「チィ、あんだけされて逃がすのかよ、俺は納得いかないぜ! でもこのまま行かせたらまた被害が出るんだろ?」


「まあそうだけど、二人のことも放っておけないだろ? 追うのは怪我を治した後でも遅くないさ。向うは怪我を治せないからな」


「仕方ねぇな……じゃあ二人の所に行こうぜ」


 その場に行くと、丁度治療を終えたアスメライさんが、エリメスさんに肩を貸していた。
 怪我は完全に塞がっているが、流れ出た血は戻って来ない。
 今はもう意識は戻り、剣を杖替わりに歩いている。
 まだ無理をしない方が良いだろう。


「イバスさん、私……歩くのが辛くって……えと、抱っこ……してくれませんか」


 うっ、これは流石に断れないな。
 一応妹の方を見てみると、顔を反らして見ない振りをしてくれている。


「はぁ、今回だけですから、もう二度としませんよ。さあ、背負ってあげます。背中に乗ってください」


 だが彼女はフルフルと首を振る。


「抱っこして」


  僕はそれを受け入れ、抱き上げて、肩に担ぎ上げた。


「イバスさん、これはちょっと違うんじゃないかしら? なにか荷物にされた気分だわ」


「仕方ないじゃないですか、まだ戦うかもしれないし、腕を酷使する訳には行かないんですよ。剣が持てなくなったら困るでしょ?」


 女性が軽いなんて言ってる人もいるけど、普通に重い。
 十キロでも重いと感じるのに、五十キロ以上が軽い訳がない。
 しかも自分の分の武具の重さが加わり、全部で八十キロ近くあるんじゃないだろうか?
 このまま近くの木陰で下ろそう。
 そこでちょっと休憩だ。






 少ししか運ばれなかった事に文句を言われたが、気にせずに全員で食事を取った。



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