一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

10 二メートルの虎

 僕達は軍から馬を借り、目的の洞窟へと向かっている。


「イバスさんと乗りたかったのに、何でこうなるのかしら…………」


「いや、俺馬とか乗った事ないから…………」


 エリメスさんの後ろにはアツシが乗っている。
 そして僕の後ろにはアスメライさんが、彼女も馬に乗れないらしいので、こうなるしかなかった。


「ねえイバス君、お姉ちゃんの事をどう思っているのかな? まさか好きになったりはしてないよねぇ」


 アスメライの声には、何か冷たいものを感じてしまう。
 扉の中の声を聞いたので、大体の予想はついているのだが。


「僕は何とも思っていません。これからも友達として付き合っていく積もりだから、結婚とかはアスメライさんから断ってくれないかな?」


「そうなの? 私から言ってあげても良いけれど、気が変わって手でも出したら…………」


 殺すとでも言いたそうな顔が見える。
 こんな目をした人を敵にしたくはないな。


「そんな事にはならないですよ。今の所まだ誰かと付き合う気は無いし、まして結婚なんて全然思ってないです」


 君の方が好みだってことは言わない方が良いよね。
 この人が好きなのはエリメスだし、嫌がられて戦いがやりにくくなりたくない。


「それなら良いけど、だからって私に目を付けないでよ? これまでにも何人かそういう人が居たのよね。当然全員断ったんだけど、お姉ちゃんの魅力が分からない人に私の魅力が分かるはず無いもの」


 この人を落とすには、お姉さんの方と付き合い、なおかつアスメライに殺されない様にしないと駄目だ。
 その間にアスメライ(姉好き)に好かれて、お姉さんとは傷付けない様に別れつつ、女性から男性好きにシフトさせないといけない。
 相当な難易度だ、まがり間違ってこの人を好きになった人は、きっと大変なんだろうな。


「口説く積もりはないけど、お姉さんの事を知らなくても、アスメライさん普通に可愛いと思いますよ。まっ、今はそんな事よりも、戦う為の話し合いをしましょうか。二人の力を知っておけば、僕達も楽ですからね」


 僕はアスメライさんから、二人の戦闘方法を聞いた。
 アスメライさんは回復と攻撃魔法を得意としているらしい。
 その魔法の中でも水の魔法が一番強く、風、土と続く、他の魔法は使えないそうだ。
 そして彼女の姉エリメスは、剣だけではなく、槍や弓、あらゆる武器を使いこなす。
 突出したものはないらしいが、使える武器が多いだけでもメリットはある。


 …………とはいえ、僕達男二人の頼りない前衛で戦うのは無理だ。
 エリメスには敵を引き付ける最前線で戦って欲しい。
 兵士として情けない限りだが、実力がないから仕方がない。


「おい、あれじゃねぇか。あの洞窟だろ? 何か不気味だな。入りたくないぜ」


「地図によるとあそこだなぁ。じゃあこの辺りで降りて歩いて近づこう。洞窟の中に居ない事もあるだろうし、馬が巻き込まれたら帰るのが面倒になる」


「でもさ、その辺に徘徊しているキメラに襲われたらどうすんだ? 結局一緒じゃないのか?」


「…………まあその時は、帰りが歩きになるだろうな。そうならない様に祈っておいてくれ」


「この馬も俺達が戻って来なけりゃ、何時かキメラの餌食だろうな。お前達も俺達の無事を祈っておいてくれよ」


「よいしょっと。イバスさん、馬は此処に置いておきますね。それじゃあ洞窟に行く前に、敵の特徴を確認させてください」


 特徴か、確か敵の特徴が掛かれた依頼書を、アツシが持っていたな。


「アツシ、依頼書に敵の特徴が書いてあっただろ。それを教えてくれよ」


「ああ、え~っと…………」


 アツシが読み上げた敵の特徴。
 大きさ二メートル前後で、身体は赤く、白い縞模様。
 猫、いや、虎と言った方が良い。
 特徴も殆ど虎だが、人の被害が結構出ているらしい。
 隠された力もあるかもしれないが、この依頼書には書かれていない。


「大体把握したわ。じゃあお姉ちゃんが前で戦うのね。貴方達弱そうだし」


 …………まあ考えていた事だが、人に言われるとちょっと凹む。
 それしか方法が無いのだけれど。


「はい、そうして貰えると助かります。エリメスさんもそれで良いですか?」


「イバスさんの助けになるならそれで良いです。これが終わったら婚約してくださいね」


 アスメライの視線が痛い。
 目を見開いてガン見されてる。
 これで婚約でもしたら何をされるか分からないな。


「エリメスさん、婚約はしないですけど、前衛お願いします」


「おし、じゃあ行こうぜ。ちゃちゃっと終わらせて早く帰ろう!」


「アツシ、洞窟に入る前にも気を緩めるなよ? もう気づかれてるかもしれないからな」


「お、おう、剣を抜いとかないとな」


 僕達は武器を構えて進んで行ったが、幸い洞窟まで敵は現れなかった。
 洞窟の入り口は広く、四人が戦うには十分な広さがありそうだ。


「なあ、洞窟の中は暗くて見えないぞ。これから如何するんだ?」


「アスメライさん、光の魔法は使えますか? あると助かるんですけど」 


「ええ大丈夫よ。 …………光よ集え、サンシャイン!」


 アスメライの魔法、サンシャインが発動すると、輝く光の球が現れた。
 目が眩むほどの眩しさをで、それを洞窟の奥へと投げ入れた。
 その光の球がパッっと弾け、洞窟の壁一面に降り注ぐ。
 壁自体が光り出し、洞窟の全貌が露わになった。


 洞窟の奥には赤い体をしたキメラの姿が見える。
 奥で座り込み、寝ている様だったが、その光に寄り眼を覚まし、此方の事を怒りに満ちた表情で見つめている。


「お、おい、見られてるぞ! 不味いんじゃないのか!」


「お、落ち着け…………戦う積もりで来たんだから、これで良いんだ。い、行くぞ、アツシ!」


「おお!」


「アスメライちゃん、私達も行くわよ」


「そうね、行きましょう」


 僕達が近づくと、赤い虎がすくっと立ち上がる。
 依頼書に書かれていた物とは明らかに大きさが違った。


「「………………」」


「な、なあ、二メートルって書いてあったけど…………何かでかくないか? どう見ても二メートルの体長には見えないんだけど」


「アツシ、もしかしたら高さが二メートルなんじゃないかな? うん、そのぐらいありそうだ」


 高さは二メートルだが、全長としては六メートルぐらいはある。
 目の前に来た得物を威嚇する為に、赤い虎が吠えた。


「グルルルルルル…………グオオオオオオオオオオオオオ!」


「「ぎやあああああああああああああああああ!」」


 赤い虎が、僕達へと向かって襲い掛かる。
 洞窟の天井すれすれまで飛び上がり、大きな体が僕達二人に跳び掛かった。
 その牙、爪、体重でさえも、どれをとっても即死レベル。


 もう避けられるタイミングじゃない!
 終わった、そう思った時、シュピュンと言う音と共に、一本の矢が、その虎の右目を抉った。
 虎が僕達の目の前に着地し、痛みにより首を振り回している。


「エリメスさん助かりました! アツシ、チャンスだ! 剣でヒゲを切ってくれ、ネコ科の動物はヒゲを切られるとバランスを失う。もしかしたらこいつもそうなのかもしれない!」


「よ、よし、やってやるぞ! てりゃあああああ!」


 首を振り回す虎にアツシの剣が振り上げられた。
 その剣は虎の髭の半数を切り落とし、虎がバランスを崩して倒れてしまった。
 立ち上がろうとしても上手く立てないらしい。


「良し全員で攻撃しようぜ! さあ行くぜ!」


「応!」






 動けない虎、それでも倒れたまま爪を振り回し、反撃して来る。
 しかし遠距離から攻撃する二人の姉妹がドンドンダメージを与え、虎はその内動かなくなった。



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