一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

8 王道を行く者達50

 先ほどの戦いから、ラフィールの隣にはウィーリーが居る。
 楽し気に話しかけられ、ラフィールも満更ではない様だ。


「ラフィールさんって格好良いですよね。あんな風に助けられたら、心臓がバクバクしちゃって、ほら触ってみて」


「いやー、ちょっと困ったな」


「ほらぁ、遠慮しないで早くぅ」  


 ラフィールも男だ、胸を触って良いと言うのなら、きっと触りたかっただろう。
 しかし二人の女に見られているので我慢しているらしい。


「…………リーゼちゃん良いの? あれ放って置いたら取られちゃうわよ」


「別に良いわよ。武具を全部置いて行ってくれるなら、二人で幸せになって貰っても構わないわ。流石に恋愛するなとは言えないし、そこまで強制する関係じゃないもの」


「あらら、これはラフィールには無理そうだね。やっぱり私がハガンさんと結ばれないと駄目よね。今日はちょっと頑張ってみるから、大人しくしておいてくれないかしら」


「何でそうなるか分からないけど、させないからね。ハガンには手を出させないから」


「あら、恋愛の事は言わないんじゃなかったのかな? 私は普通に恋愛するだけなんだけど」


「私は家族だから言う権利ぐらいあるわよ! リサさんだって私と一応血がつながってるんだから、他人じゃないでしょ」


「そうね、今は一応だね。もうちょっとしたらちゃんとした家族になれるよ。楽しみに待っていてね」


「リサさん、また縛られたいんですね! 次の町に着いたら置いて行ってあげますよ!」


「ふふふ、やれるものならやってみなさい。このリサお母さんと一緒に、家族になりましょうよ」


「リサさん、いい加減にしないと怒りますよ」


「あら~、またやる気? 別に構わないよ、さあお母さんの胸に飛び込んでいらっしゃい」


 じゃれ合う様に武器を構える二人の女、何時も通りの光景だった。
 だが剣を打ち合おうとすると、それはハガンに止められる。


「おい、いい加減にしないか。そろそろ国境に到着する。大人しくしていないと国境を通して貰えないぞ」


「そうですね、ハガンさんの言う通りにします。リーゼちゃんも暴れない様にしなさいな」


「分かったわよ、この続きはまた今度にしておいてあげるわ。精々油断しない事ですねリサさん。ふふふ…………」


 国境がドンドン近づいて来る。
 そこには国境を護る兵士達も居た。
 国を通るには一応検査があるが、定期便の馬車であるために、簡単な物だけになるだろう。
 しかし検査の後、馬車は此処で止められてしまった。


「悪いな今日は此処で泊まってもらう。今この近くで魔物の討伐が行われるんだ。お前達もわざわざ危険な目にはあいたくないだろう。此方の都合だ、寝床は貸してやるから安心しろ。様子が見たければ、屋上に行けば少しは見られるかもしれないぞ」


 リーゼ達に問題は無かった。
 国境の扉の先で、大規模な戦闘が行われているらしい。


「よしお前達、今日はこの砦に泊めて貰うぞ。全員文句は無いな?」


 この隊を仕切る男、バングルが全員に決を取った。
 これに文句を言った所で、他に野宿しか方法がない。
 全員がそれに頷いた。 


「…………じゃあ決まりだ。各自休息を取り明日に備えろ。寝坊した奴は置いて行くからな!」


 バングルが隊の解散を宣言し、この砦の兵士に案内された。
 部屋の多い砦で一人一人に個室を与えられ、リーゼも一人部屋を貸して貰えた。
 部屋にはベットが一つあるだけで窓も無いが、眠るだけなら何も問題はないだろう。


「そういえば屋上で戦いが見られるって言ってたわね。うん、ちょっと行ってみようかしら」


 リーゼは屋上への道を兵士に聞き、屋上へと到着した。
 そこに居た兵士達も遠くの戦いを見守っている。
 リーゼもその方向を見ると、此処からでもはっきりと戦いの様子が見えた。


 大勢の兵士達が見える。
 その中心には暴れている巨大な魔物が居る。
 此処からでもはっきり見える程大きく、今まで戦って来た、どの魔物よりも巨大に見えた。


 その魔物は全身が紫で染められ、短い足と比例した大きな腕を持っている。
 上半身は猫背の様に見え、顔は牛の様だった。
 頭に付いた二本の角と、赤い瞳から狂気を感じてしまう。


「あんなものまで居るのね…………旅で出会わなくて良かったわ。とても私達だけじゃ倒せないもの」


 多くの兵士達が、腕の一振りで吹き飛ばされ、勝機などないに等しい。
 このままでは負けるのは確定だろう。


「ねえ貴方達、軍が負けそうだわ、助けに行かなくても良いの? あんなのが来たら此処が壊滅するわよ」


 だが兵士達は、この軍が負けるはずはないとでも言いたそうに、落ち着いている。


「心配しないでも大丈夫ですよ、もうすぐ切り札が来ますので。しかしここからは旅人には見せられません、是非部屋に戻る事をお勧めします」


 兵士達の顔は笑っているが、その腰を見ると剣に手を掛けている。
 此処に留まっても良い事はなさそうだ。
 リーゼは大人しく部屋へと戻った。


 部屋の中は静かで、外の様子さえ分からない。
 あんな事を見せられたら落ち着いては居られなかった。
 此処から逃げ出したとしても、夜に戦いの素人達を連れて進むのは無理だろう。
 妙な考えが浮かぶ前に目を瞑り、リーゼは眠りに付いた。


 朝が来た。
 リーゼの命はまだなくなっていなかった。
 あれほどの魔物がどうなったのか気になるが、置いて行かれる前に、馬車の元へと行かなければならない。
 急ぎ準備をしていると、部屋の扉が開いた。


 ガチャ


「リーゼさん、起きていますか? そろそろ準備をしないと置いて行かれますよ。おや着替え中でしたか。良いお尻ですね、グッドですよ!」


「残念だわマッドさん、こんな所でお別れになるなんて思わなかったもの…………さてと、覚悟は出来たかしら!」


「ちょっと今日は起こしに来ただけなんですよ。今回はノーカンでお願いします! ほら、もうすぐ出発なんですから急がないと不味いですって! ま、待って、げふぁああああ!」


 リーゼの拳がマッドの顎を打ち抜いた。
 マッドはそのまま崩れ落ち、気を失ってしまった。


「もし間に合ったら許してあげるわ。遅れたならそれまでだからね。じゃあバイバイ」


 馬車の元へと向かうと、他の全員が揃っていた。


「マッドの奴は如何した? お前を呼びに行ったはずだが」


「知らないわよ、何処かで寝てるんじゃないの。まあマッドさんなら何処でだって生きていけるわ。きっと此処でも生活していけるわよ」


「そうか……詳しくは聞かんが、あまり虐めてやるなよ。お前だって何度も助けられてるんだ。仲間をないがしろにする奴は、いざって時に助けて貰えないぞ」


「向うが悪いから大丈夫。覗きは死ねばいいのよ」


「そうか……次に仲間になる奴には優しくしてやるんだぞ」


「ええ、勿論よ!」


 マッドを置いて馬車が動き出した。
 国境の門を潜り、ブリガンテの領内へと踏み出しす。
 残念ながらマッドは起きなかった様だ。
 四人は一人を残して旅を続けた。


「うおおおおおおおおおおおおおお、置いて行かれませんよ! 直ぐに追いついてみせますからね!」






 その三時間後、マッドが全力で走り、追いついて来た。 



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