一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

3 見回り中

 次の日、僕はマルケシウス先輩の元に報告に行っていた。


「イバス、あの男はどうだ。中々駄目な男だっただろう。少しぐらいは反省していたか?」


 反省…………絶対してないよなあの人。
 一応助けられたし、少しぐらいかばってあげようかな。


「ええ、反省していましたよ。あんな天日干しにされていたから、かなりです。もう二度としないと言っていました。所であの人何したんですか? もうちょっと放って置いたら死んでましたよ」


「ああ、いや、流石に俺もやり過ぎたと思っている。あいつは妻を抱き寄せキスしようとしていたのが見えたからついな。見つけた瞬間バールを殴り倒し、縛り上げて屋上に捨てて来たんだ。だがよくよく聞いてみると、つまづいた妻を助けてくれたらしいんだが…………」


「それなら何で放置なんてしてるんですか、先輩そろそろ追われる側になるんじゃないですか?」


「いや、助けようとは思ったんだ。だが妻が言うには、耳元で今度二人で遊びに行きましょうと囁かれたらしいんだ。反省させる為に五時間ぐらい放置していたんだが、そのまますっかり忘れてしまって、昨日思い出したんだ。危うく殺してしまう所だったな。ハッハッハ」


 実はこの人が一番駄目なんじゃないだろうか。
 出来るなら上司を変えて欲しい。


「ああ、すまない。それより仕事の話をしよう。今日お前に行って貰うのは、王国の外への見回りだ。外と言っても、この町の外にある外壁の周りを回るだけの簡単な仕事だ。探索班が見回りをしているからキメラが出る事もないはずだ」


「ぼ、僕一人で行くんですか? 出ない筈のキメラが出ても対処出来ませんよ」


「安心しろ、実はもう一人一緒に行く奴が居る。俺は会った事がないのだが、女王様の護衛も勤め上げた立派な方らしい。お前はただその人について行けば良いだけだ。どうだ、安心したか?」


 良かった、一人で行く訳じゃない様だ。
 もう一人ベテランの人が居れば、何かあっても対処してくれるだろう。


「確か名前はアツシと言うらしい。ストリー女史と結婚して、今は新婚中なんだと」


「え? あのストリーさんですか! それは凄いですね。それだけでも凄い人だって分かりますね」


 ストリーは兵士学校を制覇した猛者で、学校に通った事があるのなら一度は聞いた事がある名前だ。
 その伝説は今でも語り継がれている。
 五十人を相手に一人で勝利したとか、最強の女フレーレに戦いを挑んだとか色々と。
 そんな人を嫁にするとは、その人は山の様な大男とかそんなのだったり?


「うむ、その人には正門前で待ってもらっている。グラビトンが解放されたおかげで正門が使えるようになったからな。だが良い事ばかりではない、入り口が増えるとなると、これからは警備と見回りが必須となる。お前にもお呼びがかかるかもしれないぞ。今回はその練習だと思って行って来るがいい。では行ってこい!」


「はッ、了解しました!」 


 僕は命令に従い、正門を目指した。
 正門には修理業者が入り、修理が行われている。
 その門の中心、一人の男が立って居た。
 あの男がアツシさん何だろうか?
 予想とは違い、あまり強そうには見えないが、その爪は深く隠されていると思う。
 本気を出したら凄く強いんだろう。


「アツシさん、ですよね? あ、僕今回一緒に行くことになったイバスです。今日はよろしくお願いします」


「おう、よろしくな。今日は楽な仕事だと聞いてるし、まあ気楽にやろうぜ」


「は、はい。どうぞよろしくお願いします!」


 自身たっぷりなアツシさん、腰に差した剣は凄く立派な物で、僕には到底買えそうもない。
 あんな剣を持っているなんて、少し羨ましい。


「じゃあ行くぞイバス。俺に付いて来い!」


「は、はい!」


 僕達は正門を越えて、王国の外に出た。
 キメラが蔓延はびこる前には、結構近場で遊ぶ人も居たのだけれど、今はもう誰も見当たらない。


「どっちでも同じだけど、左回りで行こうぜ。確か左手が何とかってのを聞いた事があるんだ」


 それって確か、迷いそうな時にやるやつじゃなかったかな?
 まあ良いか。


「はい分かりました。では左ですね。じゃあ出発しましょうか」


 僕達は王国の周りにある塀沿いに歩く。
 この場に居る人は僕とアツシさんだけで、何かあったとしても二人で何とかしなければならない。
 だけど歴戦の勇士が居るんだ、特に問題は無いだろう。


「アツシさんの噂は聞いていますよ。女王様の護衛を立派に勤め上げたとか。きっと勇敢に活躍したんでしょうね」


「お、おう、まあな。俺が居なけりゃ、護衛達全員全滅してた、気がしないでもない。それに俺と女王様は友達になったんだからな!」


「本当ですか! それは凄いですね。じゃあ一緒にお食事とかもなさるのですか?」


「た、旅の最中に一緒にな。う~ん、その話は置いといて、ちょっと他の話題にしないか? あまり俺と友達とか言われると、女王様に迷惑が掛かる。この事は内緒だぞ」


「確かにそうですね。女王様は殆ど一人身の状態なんですから、男との噂が立ったら最悪王位失墜されそうですもんね。一応王位ではありますけど、血のつながりは有りませんからね。アツシさんも妙な気は起こさないでくださいよ、下手したら失墜だけじゃなく、二人共打ち首、何てこともあり得ますからね」


「え? そうなの? もし女王様と付き合ったりしたら、俺死んでるの?」


「そりゃそうですよ。王様は狂ったとはいえまだご健在ですし、浮気なんて事になったら、相手は死罪確定ですし。最悪は家族もみんな罪人として首切られますよ。変な事考えないでくださいね」


「そんなの考えないって! だ、だって俺にはストリーがいるんだからな!」


 そうだった、この人はストリーさんと結ばれた猛者だった。


「ああ、凄いですよねストリーさん。あんなんどうやって口説いたんですか? 王国の人間なら誰も手を出さないと思っていたのに、ストリーさんに手を出しただけでもアツシさんは偉大な男だと思いますよ!」


「…………なあ、じつは俺、ストリーの昔のことってあんまり聞いた事が無いんだけれど、そんなに凄かったのか?」


「えッ!! まさか知らないで結婚したんですか! じゃあ教えてあげましょうか? 僕も知ってる範囲でしか分からないんですけど」


「ああ頼むよ。ストリーは昔の事はあんまり喋りたがらないみたいなんだ。一応夫として知っておきたいんだ」


「ん~と、ストリーさんの物語は、若干七歳の時にして始まります。それは小さな公園でした。ストリーさんはその公園の帝王になったのです」


「待ってくれ、公園にはもっと大きな子や、大人たちも居ただろ? そんな小さな子がどうやって?」


「大人たちは子供の喧嘩として受け止めていて、特に干渉はしませんでした。他の大きな子供達は若干七歳の子供にボコボコにされたのです。ガーブルさんの育て方が凄かったんでしょうね、多数の相手にも怯まず、ねじ伏せたんですから」


「七歳で帝王…………」


「十歳になる頃には、公園の手下たちを引き連れて、公園の周りのエリアを制覇していきます。十二歳になる頃には南エリア全体をまとめ上げ、十五では東エリアまでも手を伸ばし、その勢いは破竹の如く凄まじいものでした」


「それ本当にあったのか? お前だって見た分けじゃないんだろ?」


「え? 見てましたよ。そんなに年齢変わらないですからね」


「………………」


「そして、北と西を収める伝説の女フレーレとの三日間の死闘。ストリーさんも強かったですが、相手は格が違いました。相手はたった二人、数では絶対的な差があったにも関わらず、最後に立って居たのは息も切れずに佇んだフレーレただ一人だったのですから。もはやあれは化け物です。あんなものに勝とうなんて不可能です。とは言え、ストリーさんが弱い訳じゃないので、手を出す人は居ないのです」


「そ、そうなんだ…………知らなかったことが知れたぜ。若干知りたくなかったけど…………まあ兎に角ありがとな」


「アツシさん、浮気なんてしたら、昔の部下達が復讐に来るかもしれないから気を付けてくださいね」


「え? 冗談だよな?」


「はい冗談です」


 若干青くなったアツシさん。
 今のは僕の冗談だけど、本当に部下だった人は許さない気がするなぁ。
 結構カリスマ性があったし、特に忠臣だと言われた、ルメ? ルル? ルム?
 思い出せない、まあ良いか。






 僕達はこのまま見回りを続けた。



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