一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

1 新人兵士イバス

 赤茶けた髪、身長は百六十と百七十の間だろうか。
 十五歳の少年イバスは、王国兵士養成学校の卒業を迎え、今日、最初の任務が与えられる予定だった。


「まずはこれを渡しておこう。これは王国兵士の証だ。無くさない様にしっかり管理するんだぞ」


 目の前の男はマルケシウス、僕の上官になる男。僕より赤い髪、右目には眼帯をして、顎髭アゴヒゲが少し生えていた。
 鎧に付いた鎖がジャラジャラと鳴ってうるさく、兵士というよりは海賊と言われた方がしっくり来るかもしれない。


「はい、大切に管理します! 有り難うございました!」


 上司マルケシウスからの任務は衝撃的なものだった。
 その任務はと言うと…………


「それでは最初の任務を与える、今からこの地図の場所に向かい、兵士を一人起こして来てくれ」


「え~っと…………もう一度お願いします」


「聞こえなかったのか? 上官に二度も聞く奴は居ないぞ。まあ今回が初めてだからな。今回だけは許してやる。今度はちゃんと聞いておけよ。この地図の場所に向かい、兵士を一人起こして来てくれ。起こし方は問わない。起きれば良い。徹底的に起こしてやってくれ。起こしたら、今日はそいつに付いて行くんだ」


「あの先輩、そういう事じゃなくて、何で寝坊した兵士を起こしに行くのが任務なんですか? そんな奴放っておけば良いじゃないですか」


「ほう? 上官の命令に意見するというのか? 今直ぐ学校に戻っても構わんのだぞ。如何するんだ、やるのか? やらないのか?」


「了解しました! 今直ぐ行ってまいります!」


 まさか、初めての任務が、寝坊した兵士を起こす事だとは……これから大活躍する予定なのに、期待されていないのだろうか…………
 それも面倒がなくていいのかもとか思いつつ、その場所に向かうことにした。


 地図によると、この国の北のエリアの、小さな公園の隣かな? 


「え~っと、この辺りかな? …………ああこれか」


 目の前の建物は、今ではごく一般的な王国の建物で、大人数が暮らせる大型の住居だった。
 此処の四階と書いてあるが、どう見ても三階建てにしか見えない。
 地図が間違ってるのかと思い、周りを見渡してみるが、四階建ての建物は見つからなかった。


 もしかしたら三階と四階を間違えたのかも?
 まあ、一応入ってみようかな。


 階段を上り、三階。
 一応この上にも階段は伸びているが、四階ではなく、屋上になっている。
 屋上に居るとは思えないが、確認だけしてみようかな。


 半信半疑でガチャリと扉を開けて、屋上を見ると、そこの中心には、ミノムシの様に縛り上げられた人物が居たのだ。


「…………この人かな? でも何でこんな所に? ああ起こさないと駄目なんだっけ」


 僕はその男の体を揺さぶってみる。
 だが全く反応がない。
 顔を見てみると、グッタリしていて…………まさか死んでるのか!


 首に手を当てて脈を確認してみると、まだ死んではいなかった。
 ほんの小さな声が聞こえた。


「み、水…………」


 僕は持っていた水を口の中に流し入れ、暫くすると男がむくりと起き上がった。 


「た、助かりました。何方か知りませんが、ありがとうございます。いや~、もう二日も此処で放置されていて、もう死ぬかと思いました。あっ、ついでにこの縄を切ってくれると助かります」


 このままにはして置けないので、僕は言われた通りに縄を切った。


 しかしこの男は誰だろう?
 何でこんな所に干されているんだろうか?
 ちょっと聞いてみるか。


「何でそんな恰好でいるんです? もしかして何か悪い事でもされたんですか?」


「いや別に悪い事なんてしていませんって。俺はバール、ただほんのちょっとナンパしたら、それが知り合いの奥さんだったってだけですよ。こんなぐらいの事で、こんなに怒らなくっても良いのに。マルケシウスの奴、今度会ったらただじゃおきませんよ!」


 なる程、この人は先輩の知り合いなのか。
 たぶん、ただナンパしただけじゃないんだろうなぁ。
 きっと奥さんに何かしたんだろう。
 あまり関わりたくないけど、いきなり最初の命令を投げ出す事は出来ない。


「あ、僕はイバスと言います。今日から軍人になったのですが、マルケシウス先輩に、バールさんに付いて行けと命令されました。今日はよろしくお願いします」


「新人さんですか。俺に付けるとなると、教育させようという気なのですか? まあ良いでしょう、取り合えず食事にしましょうか。腹が減ってどうにもなりません」


「はぁ…………」


 この人は探索班と言う場所の軍人らしい。
 探索班という所は、外でキメラを退治したり、他国に荷物を届けたりと、何か色々な事をやる部隊なのだそうだ。
 結構過酷な任務もあるらしく、精鋭しかなれないらしい。


 でもこの人を見ていると、それが嘘だと分かるのだけど。
 こんな人が精鋭に入れられているなら、僕なんてもう神と言われても良いんじゃないだろうか。


「おい皆、バールを見つけたぞ! 此処だ、此処にバールが居たぞ! 今まで俺達がどれだけ大変だったか分かるか! お前が居ない所為で、俺達の仕事が増えたんだぞ! 一回しめてやるやるちょっと付いて来い!」


「テメェ覚悟しろよ! 優しく介抱なんてしてやらねぇからな!」


「おわっ、いきなり何するんですか! ちょ、下ろしてくださいって!」 


 バールに付いて行くと、小さな喫茶店に入り、食事を取ったのだが、いきなり知らない兵士達が押しかけて来て、バールを担ぎ、連れて行ってしまった。


 この人は一体どれだけの人に恨まれているんだろうか…………


 はっ! いけない、追い駆けなければ。
 今日の任務はあの人に付き合う事だったんだ。


 僕はバールさんを追い掛ける。
 走り続けると、バールさんを連れ去った二人が見えて来た。
 男達は小さな公園でバールさんを投げ捨てる。


 どうやら此処でバールさんをしめる気らしい。
 やっぱり止めるべきなんだろうか?
 ちょっと怖いけど、行ってみるしかない!


「あ、あの…………」


「ん、何だお前? ああ、証を付けてるって事は、お前兵士だな。俺達に何か用か? 今ちょっと手が放せないんだ、すぐ終わるから待っててくれないか?」 


「待たせて悪いな。後で酒でも奢ってやるから勘弁してくれよ」


 意外と良い人なのか?
 でもこのままにはして置けない。
 止めなくては。


「いや、その人如何する気なんですか? あまり酷い事はしないであげてください」  


「あぁ~ん、お前此奴の仲間なのかよ。お前、こんな野郎と付き合ってたら駄目になるぞ! 今直ぐ縁を切って、真っ当な道に戻るんだ! お前の親も心配しているぞ!」


「そうだ、駄目だぜ! こんな奴放って置いて、早く任務に戻った方が良い! 良し、俺が庇ってやるから、一緒に頑張ろうぜ!」


 なんか、何時の間にか悪者の仲間って事になってしまった…………庇ってくれるとか言ってるし、見た目と違って絶対良い人だ。
 こんな人達を怒らせるこの男、どんな生き方してるんだろう。


「ち、違います。僕はただ、任務でこの人と一緒に居るだけなんです! 友達じゃありません!」


「そうか、お前も大変なんだな。こんな奴に付かされて大変だっただろうに。分かった、今回だけは君の為にこの男の事を見逃そう。うぉいバール、許されたと思ってんじゃねーぞ! 次やったら、その面見れねぇようにしてやるからな!」


「チィィッ、今回だけだからな! もう二度とすんなよ!」


 二人はバールを置いて去って行った。






 今分かりました。
 この人に付けられたのは、こんな人になったら駄目だって事なんですね。
 分かりました先輩、僕絶対こんな風にはなりませんからね!



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