一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

14 まったりとした午前

 朝起きた時、バールの体は悲鳴を上げていた。


「ぐおおおおおおおお、き、筋肉痛がッ! 最近トレーニングしてないですからね。グラビトンとの連戦でピークが来たみたいですね…………」


 今日の予定は、伝令役として手紙や伝令を伝える任務があるだけだ。
 このぐらいの任務なら、誰かに変わってもらっても大丈夫だろう。
 う~むアツシにでも代わって貰いましょうか。
 まあ、代わって貰うにしても、会いに行かないと駄目なんですが。


「よし、まずは起きよう。傷まない様にゆっくりと…………ぐおおおお! やっぱり痛い! そうだ、あまりの戦いで疲れ果てて寝過ごした、これで行きましょう。これならあんまり怒られないはず。よし寝よう」


 俺はそのまま目を瞑り、夢の世界へと…………


「おい寝るなよバール! 昨日約束しただろ、俺に飯を驕るって! わざわざ来てやったのにサボるとか言ってるんじゃないぞ!」 


 俺の部屋の中に、勝手にアツシが入って来ていた。
 何か用事だろうか?
 丁度いい、このまま任務を代わって貰いましょう。


「アツシ、わざわざ来てくれたんですね、俺ちょっと病気で動けないので、ちょっと任務を代わってくれませんか?」


「さっきの話を俺が聞いて無かったと思ってるのか?! 筋肉痛だって? 良いじゃないか! ストリーとの訓練で、俺なんて何度も筋肉痛になって来たんだぞ! お前も地獄を味わうがいいさ。もしも起きないのなら、この事を女王様に伝えてやるぞ!」


 それは不味い。
 筋肉痛程度で休んだとなれば、怒られる程度じゃすまない。
 最悪減給とかじゃないのか? 仕方が無い、起きるとしましょう。


「ふぐぐぐぐぐぐぐぐぐッ! ふう、立てた」


「アツシ、起こしてくれてありがとう。じゃあ任務に行って来るのでサヨウナラ」


「ちょっと待て! 飯を驕るって話だったろうが! 最ッ高に良い物食わせてもらうからな!」


 そう言えば言ったかな?
 だが今月は飲み過ぎて、あんまり金がない。
 如何にか断れないだろうか?


「安月給の俺にたかられても困るんですが。ストリーさんの方が絶対金持ってますよ?」


「女の子に、たかる方が恰好悪いわ! 昨日約束したんだから食わせて貰うぞ!」


 何方にしろ、たかるのは恰好悪いですよ。


「分かりましたよ。じゃあ、そこそこの物で勘弁してくださいよ。今月厳しいんですから」


「良し! じゃあ飯食いに出発だ!」


 まあ良いか、飯を食ってからでも任務は終わらせられますし。
 何処か安い店にでも連れて行って、限界まで食わせてしまおう。
 俺達は食事をする為に町へと繰りだした。


「そうだ、良い店があるんです、其処へいってみませんか。そこ凄く美味しいんですよ」


「まさか安い店にでも連れて行く気じゃないだろうな? そんな所へ行かないぞ。」


 くっ! 見抜かれたか。
 気づかなくてもいいものを。
 何か、俺の評判を落とさずに、なるべく金を使わない手段は無いでしょうか?
 何か回避する手段は…………


「じゃあ今度は本当に良い所に連れて行ってあげましょう。きっと気にいると思いますよ」


「ほう? ちゃんと美味いんだろうな? 屋台で済まそうなんて思ってないよな?」


「ええ、絶対に気にいると思います。さあこっちですよ」


 俺は小さな喫茶店の前に来ると、此処が目的の場所だと案内した。


「…………着いた、ほら此処ですよ」


「ただの喫茶店じゃないか!! こんな所で俺が納得するとでも思っているのか!!」


「アツシ、入って見れば分かります。貴方にとって、此処以外には一番の所は無いでしょう。さあ入ってみましょう」


「そんなに言うのなら入ってやるよ。もし気に入らなかったら他の場所に行くからな」


「そんな事にはなりませんから、大丈夫ですよ」


 俺達は喫茶店の中へと入って行く。
 そこは客が殆ど入っておらず、店主が一人居るだけだった。
 雰囲気はなんというか、寂れた店、でしょう。
 俺も入った事はないが、この店には特別なことがある。
 俺には関係ないが、アツシにだけ意味があることだ。


「もう少しかな? お茶でも飲んで少し待ちましょうか。」


「? 何があるんだよ、おかしな事じゃないだろうな?」


「まあまあ、ほんの少し待ってればいいだけですから」


 カランと扉のスズが鳴り、お客が入ってきた。
 入って来たのは…………


「んをッ、ストリー! 何で此処に!」


「お? アツシじゃないか、お前こそ何で此処に居る? 何か用事があるんじゃなかったのか?」


 ふっ、此処はストリーのお気に入りの店の一つ。
 もしもアツシが気に入らないなんて言ったらどうなるか、フフフ。


「ストリーは此処の常連なんですか? もしかして此処の味のファンなんですね? やっぱり味を馬鹿にされたら怒りますよね?」


「もちろんそんな輩は二度とこの店には来させはしない。まさかお前達、この店におかしな事をする積りじゃないだろうな? もしそんな事をしたのならッ!」


 ガキゴキと右手の指が鳴っている。
 もしも馬鹿にした様な事を言ったら、ストリーに制裁されそうだ。
 もしかしたらこの店に客が少ないのは、ストリーが追い払ったからなんじゃ?
 むしろ売り上げが落ちて大変な事になっていそうだが。


「ああ、違いますよ。アツシが美味しい店に連れて行ってくれと言うので、俺が此処を紹介したのです。そうですねアツシ?」


「卑怯だぞ! こんな喫茶店で済まそうなんて、俺を騙したな!」


「アツシ? こんな、とはどういう意味だ? じっくり話を聞こうじゃないか?」


 横に居るストリーの顔に怒りの表情が浮かぶ。


「こ、こんな、こんな美味しそうな店で済まそうなんて、嬉しくて騙された気分だぜ!」


「ああ、ストリーさん、今回は俺がお二人の分を奢りますから、何でも頼んでください」


「本当か! 良かったなアツシ、奢って貰えるぞ! じゃあ私は…………」


 この喫茶店の料理は相当美味しかった。
 俺も気に入ったし、このまま閑古鳥を鳴かせておくのは勿体無い。
 少しこの店の噂でも流してみましょうかね。


「どうでしたアツシ、満足しましたか?」


「ああうん、美味かった。まあこれで許してやるよ。じゃあ俺は用があるから、じゃあまたな!」


「何処へ行こうというのだアツシ、これで用事は終わったんだろ? これからトレーニングするぞ。さあ、一緒に行こうではないか」


「うっ、だ、だから今日は用事があるって言っただろ。他にもやる事があるんだ。なあバール。なッ?」


 仕方ない、助けてあげましょうか。


「昨日グラビトンが捕らえられた事は知っていますよね? 実はあれ、俺達がやったんですよ。だからちょっとグラビトンの様子でも見に行こうってなりまして、今から向かうんですよ」


「ルルムムから話を聞いていたが、アツシも居たんだな。結構な手柄じゃないか。よし、私も付き合ってやろう」






 しまった、本当に行く事になりそうだ。
 何で俺があんな堅物の所に…………
 いや、でも少し気になるか。
 任務があったけど…………もうサボるか。



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