一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

7 サミーナを説得しよう

 突き抜けた槍はそのまま手となり、サミーナの体を掴んだ。


「さあ、もう逃げられませんよ。このまま続けても死ぬだけですよ。こんな事に命を賭ける事もないでしょう。さあ、リアの居る場所を教えてくれませんか」


 サミーナは肩を貫かれたまま、痛みすら忘れた様に、俺に詰め寄って来た。


「バールさん、そんなに私の事が嫌いなんですか! 何で他の人ばっかり、さっきだってサラスって人と約束していたのに、何で私だけ!」


 あそこの部屋は窓もなく、サラス以外に誰も居なかったはずなんですけど?
 …………何で知ってるんですかこの人…………


「他人に迷惑を掛けなければ、ある程度構ってあげても良かったのですが、流石に人を攫うような人とは友達にはなれませんね。反省しているのならもう二度としないことですよ」


「だったら、私は反省しますから、私と付き合ってください!」


 此処で俺の事を諦めさせなければ、永久に追われ続ける気がしますね。
 気合を入れて説得しなければ。


「残念ながら、もう貴方と付き合う気はありません。ですが男が欲しいと言うのなら、幾らでも紹介してあげますよ。そうですねぇ、一人いい男が居ました。若くして研究所の所長まで昇り詰め、物凄く才能に恵まれている男なんですが如何ですか? もう二度とこんな人には巡り合えませんよ」


「で、でも、私はバールさんが…………」


「良く考えてください、未来永劫叶わない夢を見るより、手頃な男で我慢した方が良いですよ。此処で断ったなら、二度と彼氏なんて出来ません。彼は良い人です。貴方の事を大事にしてくれるはずですよ」


「で、でも…………」


「心配しなくても大丈夫です。彼の優しさは、きっと貴方の事を幸せにしてくれるはずです」


「で、でもバールさんは私とキスしたし…………」


 もう少しだろうか、このまま畳みかけましょう。


「一度や二度のキスが何だと言うのですか! 彼と恋人になれば一日に一回どころか、一時間に百回だって出来るんですよ! 何を悩む必要があるんです。今決めれば、彼の元へ直ぐに連れて行ってあげますよ!」


「………………」


「絶対大丈夫です。どうにもならなかった時は、しばいあげて、最後までやらせてあげますって! 彼だって研究ばかりしていては体に毒です。貴方の魅力を知れば、絶対上手く行きますって!」


「ほ、本当でしょうか? 本当に信じていいんですか?」


「もちろんです。だからリアの居る場所を教えてください。俺も一緒に謝ってあげますから」


「リアさんの……居場所は…………」


 サミーナが言った場所は、此処から直ぐ近くだった。
 俺はそこへと走り、その部屋の中には、縛られ転がされているリアが居た。
 俺はリアに近づくと、猿ぐつわとロープを外し、俺はリアを助け出す。


 ロープが外れると、直ぐにリアは立ち上がり、サミーナへと詰め寄って行く。
 完全に怒っているけども、これ以上やるのはやり過ぎだろう。
 サミーナは肩の傷がそのままになっている。
 少し発散させたら止めるとしようか。


「ちょっと、何なの貴方! いきなり私に何するのよ! 何か恨みでもあるのなら正々堂々正面からきなさいよね! バール、そこを退いて、そいつぶん殴ってやるから!」


「リア、もう此奴は俺が懲らしめておきました。肩に怪我があるでしょう。もうそれでもう許してあげてくれませんか? 教育者としても、これ以上やるのは流石に不味いでしょう」


 リアはサミーナを見ている。
 その肩の傷を見ると、流石にやる気をなくしたのかサミーナを許した。


「もう、分かったわよ! 許せばいいんでしょ、許せば! 貴方、手当してあげるから、こっちへ来なさいよ」


「でも…………」


「もう、早くしなさい。そのままにしといたら死んじゃうわよ!」


 リアは懐から包帯と薬を取り出した。
 そんな物を何時も持ち歩いてるんだろうか?
 元冒険者だと言ってたから、癖のようなものですかね。
 サミーナの方は…………大人しくリアに手当して貰っている様だ。
 大分反省しているみたいですね。


「それで、何でこんな事をしたのよ。理由を言いなさいよ。もし私がおかしな事をしたのなら謝るからさぁ」


 うっ、ここでキスしたからなんて言われたら、ちょっと困りますね。
 俺からキスした訳けじゃないですが、誤解されても面倒です。


「サミーナさんは恋人のいるリアに嫉妬したんですよ。だから俺が男を紹介してやろうと思いまして、怪我の手当をしたら連れてってやろうと思っています。今からデートって雰囲気じゃないですし、良いでしょう? 如何ですか、リアも一緒に来ませんか?」


「そうね、これだけ酷い事されたんだから、最後まで見届けてやろうじゃないの。それで、何処へ行こうって言うの?」


「実はですね、別館の所長なんて良いんじゃないかと思っています。あの人、彼女でも出来たら少しは落ち着くんじゃないですかね」


 話を聞きながらも、リアはサミーナの手当をテキパキと終わらせた。


「はい、完成よ。応急処置しかしてないから、その人に会う前に、まずは傷を完全に治しに行きましょう。応急処置だけじゃ、腕が動かなくなるかもしれないわよ。まず療養所に向かいましょう」


「あ、ありがとう。あの、本当にごめんなさい。私、ちょっと興奮しちゃって、抑えられなかったの。ごめんなさい…………」


「良いわよ、もう済んだ事だから。でも次何かあったら容赦しないからね!」


「はい…………」


 二人が仲直りしてくれて良かった。
 じゃあ療養所に行きましょうか。


 そして俺達三人は療養所でサミーナの治療をしてもらい、それから研究所別館へと足を向かわせた。


 移動して研究所の前に着いた。
 このまま三人で押しかけても良いのだが、一応ラグリウスにも話してみましょうか。
 もし万が一にでも断る事があったなら、ちょっと気絶させてしまえば、起きた時には全て終わっているでしょう。
 まあ、彼奴も男なんだ、別に損をする訳でもないし、我慢して貰おう。
 それとも、もし億が一にでも恋人が居たなら、弟にでも話してみますかね。


「いきなり三人で押しかけたら、向うもビックリするでしょう。ここは俺が先に話に行ってみますよ。二人は此処で待っていてください」


「はい、バールさん。大人しく待っていますね」


「う~ん、分かったわ、二人で話でもしているわね。あんまり時間を掛けないでよね」


「ええ、任せてください。じゃあ行ってきますね」






 俺はラグリウスに会う為に、研究所内へと入って行く。
 あの二人で待たせるのは少し心配だが、ラグリウスの説得も重要だ。
 この作戦が成功しなければ、今後また付きまとわれるかもしれない。
 絶対に成功させる事にしよう。



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