一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

5 真の敵とは

 大きな大剣を肩に担ぎ、正門の前で佇んでいるグラビトン。
 生半可な力では攻撃を受付もしない。


「さて、この槍? が通用するかどうか試してみましょうか」


 まず最初に行動したのはサミーナだった。
 一瞬でグラビトンの懐に入り込み、背中の短剣を引き抜くと、グラビトンの首元へと、剣が吸い込まれた。


 ガッギィィィィィィィィン!!


 殆どの相手ならば、この一撃で絶命していただろう。
 ただ、この相手とは相性が悪い。
 全身を鋼と化したグラビトンの皮膚には、その攻撃は一切のダメージを与えられないでいる。


 いきなり殺しに行ってるし、俺の言った事をきいていませんよね?
 まあ、急所に当たって死なないのなら大丈夫でしょうけどね。


 グラビトンは大剣を振り回していますが、サミーナの動きには付いて行けていない。 とは言え、一撃でも食らってしまえば、その力は急激に衰えるでしょう。 ですが、それをカバーしているのがバルバスの弓ですね。


 当たりそうな剣の軌道を見極め、一発の矢だけで威力を殺し、軌道すら変えている。
 まさしく百発百中というやつでしょう。


 おっといけない、俺が戦わないと意味が無いですね。 


 俺は手に持った槍を握り直し、グラビトンに戦いを挑んだ。
 まず俺はグラビトンの右肩を狙ってみる。
 あの大剣の攻撃を潰せるのなら、狙う価値はあるでしょう。


 グラビトンはサミーナに気を取られ、この攻撃を躱す気が無い様だ。
 そして俺の槍は、グラビトンの肩に突き刺さった。
 ほんの数ミリ刺さっただけだったが、このまま薬を流してしまうことにした。 


 手元にある仕掛けを起動すると、槍に仕込まれた薬がグラビトンに注入されて行く。
 結構あっけなかったが任務は完了した。
 これは槍を練習するまでもなかったな。
 薬が効くまで適当に相手してましょうか。


 俺は直ぐに後に下がった。
 持っていた槍を下に置き、今度は自分の腕で作った槍を使う。
 サミーナの気が収まるまでは、グラビトンの攻撃を抑えてやろう。
 俺は足を踏み出そうと…………


「ちょ、ちょっとバール、俺って何時行けばいいんだ?  タイミングが分からないんだけど」


 そういえばもう一人いましたなぁ。
 実践は初めてなんでしょうか?
 俺としても、行けるタイミングで行けとしか言えないですけど。


「何時って言われても、今行けば良いんじゃないですか? サミーナさんに気を取られてる今ならやり放題ですよ?」


「いや、あんな中に入れって無理だろう。あんな剣を受けたら俺の剣が折れちまうよ!」


 アツシの剣を見てみると、細く、扱いやすい剣ではある。
 まあこの剣であの大剣を受け止めたら、そのままぶった切られそうだ。
 技があるなら受け流す事も出来るだろうけど、それをアツシに求めるのは無理でしょう。


「それじゃあ俺が彼奴の剣を押さえますから、その間に何処か攻撃してくださいよ。それじゃあ行きますよ!」


「あ、おい! くっ、此処まで来て何も出来ないなんて嫌だ。行ってやろうじゃないか!」


 アツシが俺の後に続く。


「怪我しないぐらいで良いですよ。どうせダメージなんて期待していませんから」


「そんなの分かってるよ! あの二人が如何にも出来ないんだから俺には無理だ。でも一回ぐらい剣を当てたいだろ!」


「そういうので死んじゃう人って結構居るんですけどね。まあ今回だけは護ってあげますよ!」


 スピードの乗っている剣を止める自信はない。
 振り下ろしのタイミングを見計らい、俺はグラビトンの大剣を抑え込んだ。


「アツシッ、今の内です! やるなら早くしてください。長くは持ちませんよ!」


「よっしゃー! うをりゃあああああああああ!」


 コイィィィィィン


「てえやああああああああああああああ!」


 カキャァァァァァン


「こんにゃろおおおおおおおおおおおお!」


 ペキャアアアアアアン


「ふう…………無理! 後は任せたぞバール!」


 アツシは三度剣を当てて、満足したのか直ぐに後へと下がって行った。
 まあその方が良いですけどね。
 …………というか、この薬何時効くんですか?
 そろそろ押さえるのも辛くなってきたんですけど!


「おわッ!」


 俺を踏台にして、サミーナがグラビトンの顔面を狙ったようだ。
 短剣で目を狙ったみたいだが、それは躱された。
 だがその短剣は直ぐに引き戻され、短剣の半分がグラビトンの口の中へと突っ込まれた。
 その短剣は内頬を切り裂くと、グラビトンの口内から多量の血が零れ落ちる。
 その瞬間、俺は剣の間合いから外れる事が出来た。


「やったわ。とうとうグラビトンを傷付ける事が出来たわ! でもまだよッ、もっともっと切り刻んであげるわ!」


 サミーナの攻撃を見て、バルバスの弓も目や口を狙う様になる。


 それは良いとして、一向に薬が効かないのはおかしい。
 肩じゃ駄目だったのだろうか?
 改めて肩の傷を見ると、そこからは血は出ておらず、例えるなら、爪の一部が欠けて、皮膚まで届いていないと言った感じだろうか。
 つまり、薬は体に入っていないという事らしい。


「アツシ出番です、置いてある槍を投げてください!」


「任せとけ! ってああああああ!  悪い、変な所に行っちまった!」


 置いてある槍を拾って、放り投げたアツシ。
 だがそれはクルクルと回転して、明後日の方向に飛んでいっている。


「ああ、何処に投げてるんですか! 拾いに行かない……おわっとッ!」


 明後日の方向へ飛んだ槍は、拾いに行くまでもなく、俺の元へと跳ね返って来ていた。
 バルバスの矢が、一発、二発と当てられると、三発目で俺の元へ弾かれた。


「サミーナ! 足元を狙ってください!」


「はい!」


 グラビトンは自分を傷付けたサミーナに怒りを向けている。
 すねかかと、下ばかり狙って来るサミーナを見る為に、顔を下に向ける。


 俺はそこへ走り込み、槍を内頬へと滑り込ませると、余った薬を全て注入させた。
 だがまだ安心するには早い。
 俺は槍から手を放し、直ぐに襲って来た大剣を両手の槍でガードしたが、その力は俺を背後へと吹き飛ばし、グラビトンとの距離を開けた。


「サミーナ、引いてください! このまま薬が効くのを待ちますよ!」


「了解!」


 サミーナは隙を見つけると、直ぐに此方へ向かって退避し、落ちた槍までも回収している。
 グラビトンは剣を構えているが、此方までは追っては来なかった。


 それから時間が経っていく。
 十分、ニ十分、そして一時間を越えた時、グラビトンには何も変化は起こらなかった。


 人狼の薬では、グラビトンには意味が無かったという事ですか。
 …………もうこれは帰るしかないでしょう。


「これ以上待っても無駄ですね。作戦は失敗です、このまま撤退しましょう」


 俺達は外門へと向かい、そこでこの班を解散すると、俺は報告を兼ねて、研究所別館へと足を運ばせた。
 研究所で俺を出迎えたのはラグリウスだった。
 その手には俺が持っている槍と同じ物が握られていた。


「バールさん、お帰りなさい。いや~、実はですね、薬を間違えちゃったみたいで、この槍の方が本物だったみたいです。もう一回行って来てくれませんか?」


「………………」






 俺はラグリウスの真の恐ろしさを思い知った。
 取り合えず、一度殴った方が良いようですね………………



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