一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

5 倒れていたおじさん

「なあお前、ちょっと助けてくれないか? ちょっと起きられないんだ。手を貸してくれないか」


「ねぇ、おじさんは何で倒れているの? 何かの病気かしら、それとも行き倒れ?」


「俺か、おりゃ病気じゃねぇよ。いや、もしかしたら病気かもしれねぇな。まああれよ? ちょっと足がフラフラしてるだけなんだ。手をかしてくれねぇかい」


 私はその親父を観察する。
 髭面、ホコリ塗れでボサボサの髪。
 顔は……顔はまあまあね。
 こんな所にいなければもう少しまともに見えたかしら。
 まあそれでも私の好みじゃないけどね。
 そしてこの親父、よく見なくてもその顔は赤くなっていて、酒の臭いが漂っている。


「ごめんなさい、おじさん。私は貴方に付き合ってる暇は無いのよ。じゃあさようなら」


「まあ待て、これを見てもそんな事が言えるのか? もし俺を助けてくれるなら、この札束をくれてやっても良いぞ」


 この親父が懐から出したお金は、軽く百万を超えそうだ。
 お金は欲しい、しかしこんな親父から金を貰ったら、後で何をされるか分かったもんじゃない。
 それに私にはもう、金づる…………いやいや、弟子からの収入があって、無理にお金を貰う必要はない。


「お金で釣ろうなんて人を馬鹿にしてるのかしら! そのまま倒れてればいいわよ。そこで一生埋もれてなさい!」


「ほう、ならこれなら如何だ?」


 そう言うと懐に手を入れ、同じ量の金を、更に四束取り出した。


 この親父馬鹿なのかしら?
 立ち上がらせるだけで五百万とか、どれだけお金を持ってるの?
 …………いや待って、まさか偽札なんじゃないでしょうね?
 やっぱり関わりたく無いわね。
 見なかったことにして逃げましょうか。
 良しそうしましょう。


「おい待て、何処行くんだ。ちょっと待ておいコラ!」


 私はその親父を無視してその場から立ち去った。
 なんだか今日は上手く行く気がしない。
 もしかしてニックスに運を吸われたのかしら?
 でも時間は昼を回ったばかりだし、まだ諦めるには早いわね。
 この辺りは何か嫌だから、ちょっと他の場所へ行きましょう。


 私はフラフラ寄り道しながら王国の南側に行ってみた。
 主に魔法学校や医療施設がある場所で、殆ど来た事は無いけど、もしかしたら学校の先生ってのも有りかもしれない。


 私は魔法学校の前に立ち、それを見た。
 門の前には警備員が居て関係者以外は入れない様だ。


「ここが魔法学校か……まあ当然入れないけど。出待ちなんてしたら通報されちゃうかしら? ほかの所に行きましょうかね」


「おい待て、そこの女、さっきはよくも逃げやがったな。だが金になびかないその姿勢は気に入った。それに此処に居るなんて運命を感じるぞ。どうだ、俺と付き合ってみないか?」


 さっきの酔っぱらいか、わざわざ追いかけて来たのだろうか?
 立てないとか言ってたのに嘘だったんだろうか?
 やっぱり今日は駄目みたいね。
 もう大人しく帰ろうかしら。


「おい待て! 学校に興味があるんじゃないのか? 俺の力で中を見せてやってもいいんだぜ」


「貴方がこの中を? またお金でもばらまくのかしら? 大丈夫よ、もう他の場所に行くから」


 面倒な男に気に入られてしまったらしい。
 私は背を向けて歩き出そうとする。


「だからちょっと待て! 金なんぞ要らん、ここは俺の学校だからな、おいお前、達門を開けてやれ!」


 見ると警備員が門を開けている。


 この親父、校長かなんかなのかしら?
 まあいいか、見れるなら見せてもらいましょうか。 


「貴方と付き合うなんてあり得ないけど、見れるなら見せて貰いましょうか。ああ、貴方は来なくても大丈夫だから、もう帰ってもいいわよ」


「アホか、俺の学校なんだ、行くに決まってるだろう!」


 そういえばこの親父の名前もまだ知らない。
 まあ、知りたいとも思わないけど。 


 広い校庭を抜け、学校の中に入ってみた。
 中は綺麗に掃除されている。
 この親父の持ち物とは思えないほど綺麗だ。


「どうだ、毎日掃除させてるからな、ゴミなんぞ落ちていないぞ」


 この教室は一年の一組か。


 教室を覗くと、授業風景が見えて来る。
 小さな子供達が椅子に座って授業を聞いていた。
 先生は残念ながら女の人だった。
 良し次だ。


「おい待て、返事ぐらいしていけ!」


 次の教室は残念また女の人だった。
 次の教室も、また次も…………まさか此奴、女しか居れてないんじゃないわよね…………


「ねぇ、女の人しか見かけないんだけど? まさか男の人が一人もいないんじゃないでしょうね?」


「そんなのあたりまえじゃねぇか。なんで俺が男なんぞと働かにゃならんのだ。此処の教師は全員女だぜ。警備員は別だがな」


 無駄な時間だったわ。
 もう帰ろう。
 私はしつこい親父に近づくと、足を払い転ばせて、家へと帰った。


「今日は外れしか無かったわね。やっぱりニックスが駄目なのかしら? もう明日弟子を卒業させてしまおうかしら」


 コンコンコンコンコンコンコンコンコン


 無駄に何度も扉を叩かれて五月蠅い! 


「はいはい、誰よ五月蠅いわね。押し売りだったらぶん殴るからね!」


 ガチャリと扉を開けると、そこに立って居たのは知らない女の人だった。
 何かの勧誘かしら?


「あのあの、今日学校に来ていた人ですよね? 私グラミーって言います。私その学校で教師をしていまして、貴方の事を見ていたんです」


「あの学校の教師ねぇ。そんな人が何の様かしら? というか良く私の家が分かったわね」


「ああ、私此処に住んで居ますので、貴方の事は何度か見かけた事があるんですよ。いえ、それよりも、あの校長の元で働こうなんて考え直した方が良いですよ。あの校長には毎回お尻とか触られますし、昨日なんて同期の子が無理やりキスされそうになりましたから」


 私を新参の教師と勘違いしたのしら?
 もちろんそんな所で働く気なんて無いけど。


「私は別に教師じゃないわよ。あの馬鹿親父とも関わり合いもないし、ちょっと学校を見学してただけよ。貴方こそ、そんな所で働かなくてもいいじゃないの? 教師をやりたいのなら別にあそこじゃなくてもいいじゃない」


「私はあの学校で教師をするのが夢だったので、少しぐらいは我慢します。でも酷くなったのは最近なんですよ。元の校長先生が止めちゃって、あの校長が来てからドンドン酷くなって行って、今じゃあ皆辞めたいって言いだしちゃって…………でも子供達を置いて逃げ出す訳にはいかないし。もう如何したらいいのか分からなくて…………」


 そんな事言われても、私には如何する事も出来ないんだけど。
 まあでも一応私も女だし、少し手伝ってあげたいわね。 


 誰か相談する人…………う~ん、女王様には私じゃ会えないし、べノムには今はあんまり相談したくない。
 ニックス…………論外ね。
 アツシとか?
 あんまり良いイメージ無いけど、一応女王様の近くに繋がってるわよね。
 うん、行ってみようかしら。


「グラミー、一緒に付いて来て。どうなるか分からないけど、知り合いに相談してみるわ」


「本当ですか! 少しでも希望があるのなら是非お願いします!」






 私達はアツシの元へと向かった。



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