一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

10 黒の狼

 あれから無理やりルナーを連れ帰り、今ルナーは泣き疲れて眠っている。
 まさかこの子が私達を追って来るとは思いませんでした。
 あんな所を見られたら、もう私達を信用してくれないかもしれないです…………


「エルちゃん、この子を説得するのは大変よー。もしかしたらもう信用してくれないかもしれないわよ」


 分かっています。
 私がこの子の仲間を、無慈悲に殺した報いかもしれませんね。
 しかし許す訳にはいきませんでした。
 あれを放置したら、何時か私達は滅ぼされてしまう。
 狼達と私達人間との共存は不可能でしょう。
 この子を助けたのは私の我が儘ですが、もしかしたらルナーにとっては辛いだけかもしれませんね。


「でも仕方ないじゃないですか! 私達だって死ぬ訳けにはいきませんから!」


 それは私達の理屈で、ルナーがそれで納得するかは別の話です。
 ルナーが見たのは、私達がこの子と同じ姿の者達を皆殺しにする姿なのです。
 大人も、子供も、赤子でさえも。
 それでも私はルナーと仲良くしたいと思っています。
 もし許してくれるなら、私はこの子になんでもしてあげますよ。


 私はルナーの頬を触る。
 その体は毛で覆われて、とても暖かい。
 その顔を見つめていると、奇妙な違和感を感じてしまう。


 何かがおかしい。
 少し顔つきが変わった?
 いえ…………これはッ!  


「成長……して……いるッ!」


 人を否定したからですか?!
 …………このままでは駄目です!
 急がないと!


「何ですって! もしこのまま成長したら人を襲うかもしれないわ。エルちゃん、一度研究所へ連れて行きましょう。何か手があるかもしれないわ!」


「私もついて行きます! このままルナーちゃんと別れるのは嫌ですから!」


 急ぎましょう。
 もし人の意思が無くなったら、私は…………ッ!
 寝ているルナーを連れて、研究所へと向かい、ラグリウスにルナーを見せた。


「ルナーは如何なんですか! まさかこのまま化け物にはなりませんよね! 私のルナーがこんなに早く成長するなんて、如何にか助けてもらえませんか!」


 私のルナーとか聞き捨てなりませんが、今はそんな事は後回しです。
 成長速度は上がりましたが、まだ時間はあるはずです。
 何時まで持つか分かりませんが、何か手を打たないと!」


「…………どうでしょうか、何分私も初めての事ですので。手はつくしますが、どうなるかは私にも分かりません。しかし皆さんの話を聞く限りでは、この子が人の意識を否定し始めたことが要因だと思われます。ルナーさんを助けたいなら、如何にかして心を開かせないといけないでしょう」


 …………心を開かせるですか。
 やっっぱり話し合わないと駄目なんでしょう。
 でもルナーが私達の話を聞いてくれるんでしょうか…………


「この後見回りの任務が入ってるけど、私とフェルレースちゃんで行って来るから、エルちゃんは此処でルナーちゃんを見ていてちょうだい。この子も一人だと寂しいでしょうからねー」


 私は首を横に振った。
 ルナーの事は心配ですが、二人だけで行かせてもし何かあったなら、私はやっぱり後悔するでしょう。
 何方が優先という訳ではないですが、まずは任務を終わらせてから考えます!


「…………行く!」


「分かったわ。じゃあ帰って来てから三人で考えましょう」


「ではルナーさんは、このまま薬で眠らせます。もし暴れられたら、私達だけでは対処出来ませんからね。見回りが終わったら、なるべく早く戻って来てください。此方で出来る事はやっておきますが、やれる事は限りがありますからね」


 私は頷き、夜の見回りを開始した。
 今回は王都の中を見回るんですが、まだ狼の生き残りがいるかもしれません。
 油断は禁物です。 


 あんなことが有ったとしても、私は敵には容赦しませんよ。
 狼が人を襲わなければ、こんな事にはならななったんですからね。


 私達が管轄するのは、城を中心に縦と横に区切られた、四つの区画の内の一つです。
 殆ど住宅で出来たこの区画には、一つだけ小さな公園があるだけです。


「それじゃあ北の方から見て回りましょうかー、急いで終わらせて、ルナーちゃんの所へ戻りましょう」


 見回りを急いだらあんまり意味が無いですが、今日だけは許してください。
 何も出ない事を祈ります。


 北の壁沿いから南方面へと下り、町中を探索する。
 特に何もなく小さな公園までやって来た。


「…………先輩、何となくですけど、見られてる気配がします。何か居るんじゃないですか?」


「しっ、気づかれるから大きな声は出さないでねー。向うも様子を見てるんじゃないのかな? 此処は私が囮になるから、貴方達二人は見回りを続けて来てー」 


 私は頷いた。


 分かりました。
 敵が強かったら直ぐに呼んでください! 


 私達はフレーレさんを残し、更に南へと向かった。


「エル先輩、フレーレ先輩だけで大丈夫でしょうか? 私達も残った方が良かったんじゃないですかね?」


 私は首を横に振る。


 いえ、きっと一人になるのを待っているんでしょう。
 私達が居たらじゃまになります。
 大丈夫です。
 危険なら私達を呼びますから。


 一時間程経つが、まだ戦いの音は聞こえて来ない。
 これほど静かな夜なら、戦いの音は何処に居ても聞こえるはずですが………… 


「エル先輩、私ちょっとフレーレ先輩の所を見て来ますね。もしかしたら応援を呼ぶ事ができないのかもしれないし。ちょっと行ってきます!」


「ちょと……まっ……て…………」


 行ってしまった。
 でもフェルレースを一人にするのは危険かもしれない。
 追い駆けた方が良いでしょう。 


 ガサッ


 私が走りだそうとした時、その気配は現れた。
 私の方に来た?
 どうやら私を得物と定めていたようですね。
 だったら戦ってやろうじゃありませんか!


 私は剣を構え、敵の出現を待った。 


「お姉ちゃん…………」


 …………ルナーの声?
 まさかまた抜け出して来たのですか。
 どうやら敵じゃなかった様ですが、何でこんな所に?
 まあでも良かった。
 意識はあるようですね。


 私は剣をしまうと、ルナーが建物の陰から出て来た。
 でもその姿は…………


「ルナー?」


 ほんの少し前に別れた時とは、まるで違う成長した姿。
 完全に成長した大人の体と、黒く変わった毛の色。
 あの夜に殺した人狼と同じ色。


「お姉……ちゃん……僕……お姉……ちゃんを……食べたい…………」


「ッ!」


 結局こうなるんですか!
 私はルナーを殺さないって約束したのにッ!
 私は炎の剣を…………作れなかった。 


「ルナー……帰ろう……ごめん……あやまる……から…………」


 ルナーの答えは分かり切っている。
 でも私は動かない。
 きっと私を噛み殺し、その内誰かに退治されるでしょう。


 でも……少しだけ情が沸いてしまったんです。
 だから……また私が殺す方なんて絶対嫌ですから! 


 私は目を瞑ると、ルナーが走って来ている音が聞こえる。
 余程恨んでいたのでしょうか、一撃で私を殺してはくれなかった。
 肩に噛みつくと、その肉を引き千切り、それを飲み込んでいる。
 余りの痛さに私は目を開けてしまった。


「あぐ…………ああッ」


 痛みを堪えていても口から呻き声が漏れ出す。
 ルナーの牙が私の喉元へ…………


「ああああああ、お姉ちゃん…………僕、あああああああああ…………」






 ルナーは私を殺してはくれなかった。
 肩から血が流れて、私はそのまま地面へと倒れこんだ。



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