一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

9 王道を行く者達40

 リーゼは深い眠りから目を覚まし、窓の隙間から外を見ている。
 時間の感覚は分からないが、外は太陽の光で明るく照らされていた。


 周りを見ると、他の皆も無事らしい。
 寝ている時に襲われなかったのは幸いだった。
 しかし随分と腹が空いていた。
 寝る前にジャガイモを数切れ食べただけなのだ。
 動けなくなる前に、食料を確保しなけければならない。


「お腹空いたなぁ。皆早く起きないかなぁ。そうだ、家の中にまだ食べ物が残ってないかしら」


 食料は寝る前に一度探している。
 食糧庫らしき所にも、もう何も入ってはいなかった。


「やっぱりないか」


 リーゼがゴソゴソと家の中を探っていると、その音で皆の目が覚めた。
 旅をしていると敵の襲撃を気にして音に敏感になってしまう。
 きっとその為だろう。


「お早う御座います皆さん。 ? リーゼさんは何をしているんですか?」


「お早うマッドさん。まだ食糧が残ってないかって見ていただけよ。でもやっぱり見つからなかったけどね」


「ん~はぁ、ふう、じゃあ食料を探さないとね。もし見つからなかったら、最悪あのアリを食べる事になるんだから」


 背伸びをしているリサの言葉に、リーゼは背筋を凍らせる。
 あんなアリを食べるのは流石に嫌だった。


「毒なんて持ってないよなぁ? あんなの食って毒に当たるのなんて嫌だぜ」


「俺もあれを食うのは気が引けるな。何もなければその時に何か考えるか」


「う~ん、私もあんなの食べたくないけど、最後の手段としては考えておくわ。兎に角町の中を探索しないとね。それじゃあ食料の確保に行きましょうか」


 リーゼ達はこの場所を拠点として、食料の確保へと向かった。
 徘徊するアリを避け、町中の家の中を調べて行く。


「駄目ね、扉が開いていた所はアリに食い荒らされているわ。扉が閉まっていて、アリが入って来れない所を探しましょう」


「此処からはバラバラになって探そうか。アリぐらいなら一人でも何とかなるし、家と家の間の距離も、そう遠くないからね」


「分かったわ。じゃあそうしましょう。マッドさんはハガンと組んでね。ハガンだけだと扉を開けるのに不便だから」


 仲間と別れ、リーゼは一人で町の中を探索している。
 何件かの家を見て、回り鍵の掛かった家を発見した。


「ん、鍵が掛かってる。ここなら何かあるかな?」


 リーゼは鍵を剣で両断し、中へと入った。
 アリは入って来ていないらしい。
 食糧庫を探し、そこでまだ食べられそうな食べ物を発見した。
 それは片手で抱えられるぐらいの大きなカボチャで、生では食べられないが、煮て柔らかく出来れば食べられる。


「これは食べられるわね。後は人参と玉葱ぐらいか」 


 どれも長期保存が出来る物ばかりだった。
 このカボチャは、ちゃんと保存出来れば三ヶ月は保存が可能である。
 つまり三ヶ月前には、まだ町はこんな状態では無かったのだろう。
 だがそれを知った所で、今更どうにもならないのだが。


「これだけあれば良いわよね。他は皆が何か持ってくるでしょう。一度戻ってみようかしら」


 拠点の中には皆が戻って来ていた。
 全員が持って来た物は、乾燥してカラカラになった豆、ジャガイモ、人参、玉葱、塩漬けにされた肉、これだけあれば今日食べる分は十分だろう。


「じゃあ料理するわね、皆も手伝ってね、ラフィールはマッドさんに水を貰ってジャガイモを洗って、それから芽が出てたら取って。 それが終わったら皮ごと刻んでちょうだい。 リサさんは玉葱をみじん切りにして鍋で炒めておいて、後は私がやるから。」


 完成したのは、豆とカボチャの煮物、それと野菜と肉のスープ、味付けは塩しかなかったが、それだけでも空いた腹にはごちそうだ。
 全員で残さず全て食べ尽くし、腹が膨れたところで出発の準備をする。


「皆さん、お腹も膨れましたし、これからどうしましょう。アリ退治でもしますか?」


「アリなんて放っておきましょう。どうせ此処には人も居ないし、退治する意味がないわ。私は別に人助けがしたい訳じゃないもの」


 人類の為なら全滅させた方が良いが、リーゼはそれに命を賭ける気は無い。


「よし、なら村の出口へ向かうぞ。出口は東にしかないからな」


 リーゼ達は東へと出発しようと町の出口を目指した。
 だが出口の前には巨大な穴があけられ、そこからアリ達が溢れ出している。


「穴を迂回すれば何とか通れるね。どうせこっちにしか出口はないんだ、このまま突っ切るしかないだろうね」


「そうね、落ちない様に気を付けて。落ちたらアリの餌よ」


 その穴の横を通ろうとした時、出現していたアリの動きがピタリと止まった。
 出て来ようとしていたアリ達は、穴の奥へと引っ込んで行く。
 そして穴の奥から、何かギチギチという音が聞こえ、物凄く嫌な予感がしてくる。


「! 皆、穴から離れて!」


 穴から這い出して来たのは、巨大な腹を持った女王アリだった。
 今までのアリの十倍は大きく、あの腹を引きずる所為で歩く事は出来なさそうだ。
 その代わりに長い腕に、カマキリのような鎌を付け、攻撃範囲をカバーしている。


「デカいな。動きは鈍そうだが、あの鎌に当たったら不味いぞ!」


「でも此奴を倒さなきゃ先には進めないんだろ。まあいいよ、腹も膨れて絶好調だからね!」


「相手は動けないんだ。遠くから魔法で倒してやろうぜ!」


「ええ、行くわよ。ファイッ! 避けて!」「風よッ! ッうお!」


 パリーン


 届かないと思っていた腕が急激に伸び、その鎌がリーゼとラフィールを襲う。
 ラフィールの防御魔法の一枚が割れた。
 リーゼは倒れこみ、それを避けたが、この攻撃範囲の外からの魔法では、威力が足りないだろう。


「俺が盾になる。皆後からついて来てくれ!」


「マッドは下がっていろ。俺達が行く!」


 ラフィールを前にして四人が走る。 


「はい、もちろんです。私には無理ですからね。皆さんお気をつけて」


 ラフィールに向かって、鎌の一本が伸びる。
 ラフィールはそれを盾で受け止めたが、もう一本の鎌が横へと大きく振り回され、ラフィールの後ろに居る三人を襲った。


「皆しゃがめ! 斬り殺されるぞ!」


 ラフィールは前方からの攻撃を受けて、攻撃を避ける事が出来ない。
 パリーンっと二つ目の防御魔法が割れた。  


「まだ二枚ある。行くぜ!」


 ラフィールが進もうとすると、女王アリの体が、穴から少し持ち上がり、更に二本の腕が出現した。


「ラフィール下がれ! 前方の攻撃は俺達が何とかする。お前は後からの攻撃を防いでくれ!」


「分かった! 前は頼むぜ!」


 女王アリの足の上の、二本脚が横薙ぎの斬撃をを放つ。
 それをラフィールが受け止めるが、目の前にはまだ二本の足が!
 その二本は前方に伸び、リーゼとリサが対処すると、ハガンはその隙に女王アリに迫り、その頭を蹴り付けた!


 無理に二本脚で支えていた、女王アリの体がグラつく。
 バランスを崩すと、自分の作った穴へと落ちて行った。


「死んだんですか?」


「このぐらいで死んだら苦労はしないわ。今の内に通り抜けちゃいましょう!」


「また上がって来る前に、町から脱出するぞ! 全員急げ!」


 ギチギチと音のする穴の横を通り過ぎ、町の出口を潜った。
 だが女王アリはもう上がって来ている。リーゼ達の背後から、四本の腕が伸びる。


「任せてくれ!」 


 下から二本、上空から二本、全ての攻撃を躱す事が出来ないと判断したラフィールは、下からの攻撃を盾で受け、上空からの攻撃は魔法防壁で受け止める。


 パリーン パリーン


 二枚の魔法防壁が割れ、後は生身で耐えるしかない。


「良し、このまま次の町へ退避するぞ! 逃げる時にも注意しろ、攻撃が何処から来るか分からない。充分に注意しろ!」


 しかし女王アリは巨大な穴から腹を持ち上げ、リーゼ達を追って来る。
 蹴り飛ばされた事が余程頭に来ているのか、リーゼ達を逃がす気はないようだ。


 女王アリは大きな腹を引きずり、巨体を支える為に四本の足をで支え、前方の二本の腕を攻撃に回している。


「どうやら倒すしかないようね。でも脚が二本だけになったから、ずいぶん楽になったわ!」


「リサ、ラフィール、援護を頼む。リーゼと二人で一気に決める!」


「おう!」 「任せてください!」


 二本の足の攻撃を二人が受け止め、ハガンが女王アリの巨大な顎を蹴り飛ばす。
 女王アリの顔が横に剃れた瞬間、リーゼはアリの細い首筋に、鋭い剣を振り下ろした。 


「てやあああああああああああああああ!」


 大きな頭がズドンと落ちる。
 そして女王アリは動かなくなった。


「またアリ達がわき出る前に、急いで逃げるわよ。これ以上戦ってられないわ!」


「よし少し走るぞ。遅れるな!」


「もうアリを見るのはこりごりです、お腹が空く前に、早く美味しいごはんが食べたいですね」






 リーゼ達はアリ達から逃げ次の町に向かった。



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