一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

12 王道を行く者達37

 川のある町。
 そこの川を越える為に、泳ぎの得意なマッドが泳いで渡る事を試みるが、川には魔物が住み着いていた。
 それを何とかしようと魔物を釣り上げる事を試みる…………


リーゼ(赤髪の勇者?)  ハガン(リーゼの父親)
マッド(元司祭)     ラフィール(ガットンの雇った護衛の一人)
リサ(リーゼの叔母)  


「よし引っ張るぞ!」

 ハガンは体にロープを撒きつけ。

「行くわよ! せーのッ!」

 リーゼが掛け声を出した。

「「「「せーーーのッ!」」」」

 全員が力を込めて引っ張るが、直ぐにロープが緩んでしまう。
 どうやら鶏に結んであったロープが外れてしまったらしい。

「仕方ないわね、もう一回よ」

 リーゼはロープを引き上げ、二羽目の鶏にロープを巻き付ける。
 引っかかるように返しの付いた針を仕込み準備は完了した。
 そして一時間後。
 まだ当たりが来ない。
 一羽目の鶏で満足してしまったのだろうか?

「釣れないですねぇ。リーゼさん、餌が悪いんじゃないですかね?」

 何時の間にか戻って来ていたマッドは、リーゼの隣に座っている。

「そうね、餌を変えたら釣れるんじゃないかしら」

 リーゼはマッドを見つめ、餌が何であるのか教えている。

「わ、私はもう行きませんからね。もう騙されませんよ!」

 マッドは随分警戒しているようだ。
 もう行く事は無いだろう。

「鶏に傷でも付けてみるか? 血に反応して食いつくかもしれんぞ」

「そうね、それで駄目なら肉にして食べちゃいましょうか。お腹も空いてきたし」

 ハガンの提案でリーゼは鶏を引き戻し、少量の傷をつけた。
 だが鶏はリーゼ達の食事になる事はないようだ。
 リサが鶏を遠くに投げると、血の臭いに誘われて蛇の頭が食いついた。

「来たわ! 皆、ロープを引っ張るわよ! いくわよ、せーの!」

 リーゼの掛け声で。

「「「「のッ!」」」」

 五人の力は少しずつ魔物を岸へと引き寄せていく。
 しかし相手も暴れて殆ど拮抗しているようなものだ。

「リーゼちゃん、これちょっときつくないか! 殆ど動かないんだけど!?」

 ラフィールが弱気になっている。  

「全くだね、引き上げたわいいけど戦う力が残ってなけりゃ倒せないよ」

 リサも同様に限界を感じているのだろう。 

「大丈夫よ、向うだって疲れるし、引き上げた時には向うも瀕死だから!」

 でもリーゼは諦めなかった。

「止めを刺す体力ぐらい残ってると良いんだけどなッ!」

 ハガンは体を引き倒すように力を込める。
 だが十分、ニ十分とそれは続き。

「わ、私はもう駄目です。はぁはぁ。皆さん、頑張ってください……ガクッ」

 三十分後にはマッドの力が尽きてしまった。
 マッドの抜けた分の力が四人に掛かる。
 しかし魚の力も大分落ちてきていたようだ。
 二つの力が拮抗し、これから何方へ傾くのか分からない。

「ふんばるわよッ!」

 リーゼは掌が痛むのを我慢し、仲間に声を掛ける。

「おうよ!」

 ラフィールが強烈に踏ん張り。

「大丈夫だよッ!」

 リサは残った力を爆発させた。

「いくぞ!」

 ハガンが踵に力をこめると。

「「「「おおおおおおおおおおおおおお!」」」」

 拮抗していた力が、ゆっくりと此方へと傾く。
 その時、魚が空へと跳ね上がり全貌を現した。
 体は完全な魚で手も足もなく、陸に上げてしまえば動く事は出来ないだろう。
 これなら引き上げるだけで勝負は決まる。

「今よ!」

 リーゼの声に反応し、その首が自分を襲う者を見定めている。
 心成しか怒っている様に見えた。
 油断したら川に引きずり込み食い殺そうと狙っているのだろう。
 残りはあと十メートル。

「おいマッド、そろそろ手伝え! 十分休んだだろうが!」

 ハガンはマットに助け求め。

「ええ、十分休みました! 此処から私が大活躍ですね!」

 マッドはロープを掴み、力を入れて引っ張り出した。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 マッドの加入により爆発的に此方に傾き、残りは後五メートル。
 魔物は右に左にと暴れている。

 更に近づき残り四メートル。
 魔物は更に激しく暴れ出し、此方の力を逃がそうと縦横無尽に移動している。

 魔物の顔がはっきり見える三メートル。
 リーゼ達は最後の力を振り絞り、魔物を引き寄せ続ける。

 ギリギリの攻防の二メートル。
 魔物の身体が浮き上がって来た、
 目の前にいるリーゼを睨んでいる。

 最後の一メートル。
 張り詰めていたロープが急に緩んだ。
 魔物はリーゼに激突し、首を絡ませリーゼを水中へと引きずり込む。

「リーゼッ!」

 ハガンが叫んだ。
 しかしリサに止められて助けには行けない。

「んぐッ……」

 水中の中で魔物の首に締め上げられるリーゼの体。
 体中から骨が軋む音が聞こえて来る。
 しかしリーゼは冷静だった。
 暴れては息が持たないと考え、何とか左手を動かし剣を掴むと、魔物の首へと突きさした。

 諦めたら死ぬ。
 それはリーゼにも分かり切っている。
 暴れずに、冷静に、動かせる限り剣をグリグリとねじり押し込んだ。
 だがそれでも限界は来る。
 三十秒もしない内に空気を求め胸が上下した。

(駄目だ、もう息が続かない。このままじゃ死ぬ。まだ仇も討てていないのに)

 リーゼは諦めかけていたが、バシャーンっと、水上から何かが飛び込んだ。
 水上を見上げると、ラフィールの姿が見えてくる。
 重い装備を脱ぎ捨てて、抜き身の剣を加えながらリーゼの元へ進んで来ていた。
 魔物はリーゼに首を巻き付けていて、攻撃には対応できないだろう。
 ラフィールは動かない魔物の首に、持っていた剣を突き刺した。
 グッと力を込めると、リーゼに巻き付けられた魔物の力が抜けてゆく。
 リーゼは自分の剣を引き抜き、止めとばかりにもう一撃を頭に食らわせた。

(もう無理だ、浮上する前に力尽きてしまう。こうなったら!)

 リーゼはそう判断し、ラフィールの手を掴み空気を求めその口へと吸い付いた。
 それを済ませると、リーゼはラフィールを置いて水上へと上がっていく。

「ッハァ! ハァ、ハァ……勝って来たわよ。ハァハァ……」

 リーゼは荒い息づかいで勝利を報告し、乱れた息を整える。 

「リーゼ、大丈夫か!」

 ハガンはリーゼに駆け寄った。

「平気、でもちょっと疲れちゃったわ」

 置き去りにされたラフィールが、続いて水上へと上がって来た。

「リ、リーゼちゃん、今のって……」

 その顔は何故だか赤くなっていた。

「助かったわラフィール、あと一息遅かったら私は生きていなかったわ」

 リーゼの表情には恥ずかしさは感じられない。

「他に魔物は居ないと思うけど、一応気を付けて進みましょう」

 リーゼ達は五人が乗れる小さな小舟を買い付け、魔物の居なくなった川を越える事が出来た。
 五人は道を進み、少しずつ緑が生い茂る荒野へと変わっていく。

「サタニアが来る前に急ぎましょう。此処から先は暑さもおさまってくるはずよ」

 そしてリーゼ達は荒野へと足を踏み入れた。
 地図を確認し、町のある方向へと歩みを進めて行く。
 だがこの荒野は、砂漠と違い大量の魔物達が蔓延っていた。

「やばい、囲まれたわ! みんな気を付けて!」

 リーゼは仲間達に注意を促す。
 ここには巨大なバッタのような魔物達が大きく跳び回っている。

「これはちょっと不味いんじゃない。どうするんだい?」

 リサは剣を振るが、魔物の数は一向に減って行かない。
 バッタは、十や二十程度ではなく、その数倍は居るだろう。
 リーゼは勝つ方法を考えるが、その方法は思い浮かばなかった。

「まさかこんな所で終わるとは思っていませんでした。神様どうか、私だけでもお助けください!」

 マッドは天に祈っている。

「マッドさん、死にたいのなら一人でどうぞ。私達はその間に逃げますからね!」

 リーゼは全く諦めていない。

「冗談じゃないですか! さあ頑張って切り抜けましょう!」

 マッドは死にたくないからと気合を入れた。
 巨大なバッタが飛び回り、刺の付いた長い足を使い五人に襲い掛かる。

「ぐおお!」

「あうッ!」

「うぎゃああ!」

 ハガンとリーゼ、マッドにも傷が増えている。

「数が多すぎるな。全て倒すのは無理だ! 町のある方向に道を開けるぞ! リーゼ、魔法を使え!」

 ハガンは指示を出し。

「分かった! ラフィール、マッドさん、行くわよ!」

 リーゼは町のある方向に掌を向け、三人は魔法を発動させた。

「バースト・ファイヤーッ!」

「ファイヤー!」

「風よッ吹き付けろ!」

 三つの魔法が一つとなり、巨大な炎が燃え上がった。
 それが壁となって魔物は進行を止めている。

「炎が消えたら先に突っ込むぞ。敵は相手にするなよ!」

 燃え上がった炎が消えた瞬間、五人は道を突き進んだ。
 しかしすぐさま魔物は後から迫って来ていた。

「もう一度よ! いくわ……バースト・ファイヤーッ!」

「ファイヤー!」

「風よッ吹き付けろ!」

 リーゼの指示でまた炎の壁ができると、魔物の進路を塞がれた。 

「今の内よ、急いで!」

 五人は魔物達から逃げ出し、風車が回るウィンドミルの町に避難した。

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