一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

11 空回りの真実

 べノムはロッテの為に指輪を作ろうとしていた。
 バールを買収するが中々上手くいかない。
 幾つもの材料を無駄にし再利用の為にエルを呼びもう一度溶かして作り直す。
 それを繰り返し深夜までには原型を作り上げ、仕上げをプロへと依頼し、七日後べノムはロッテに指輪を渡し二人は結婚した。
 その次の日、アツシはバールにべノムが結婚したという事を聞かされていた…………


タナカアツシ(異界から来た男)    ストリー(ガーブルの娘)
ルルムム    (王国、探索班)


「うええええ、べノムが結婚したってええええええ!」

「そうだよ、昨日の夜結婚したんだってさ。今頃はもう、なんやかんややっちゃった後だろうな」

 俺タナカアツシは、伝令係のバールの話を聞かされていた。
 ベノムが結婚したのは俺にとって重大な問題だ。
 この機に乗じてストリーが結婚を迫って来るのは確定的だからである。
 そして俺はまだ結婚などというものをしようと思っていない。
 まだキスしかしていないのに結婚なんて早すぎるのだ。
 きっと来るストリーの話を回避して時が過ぎ去るのを待つしかない。

「なあアツシ、ちょっと話があるんだが」

 早速ストリーが俺の部屋を訪ねてきた。
 此処で話を続けたら、そっち方面に話が行くだろう。

「悪いなストリー、ちょっとバールに呼ばれて行かなきゃならない所があるんだ。話は今度にしてくれ」

 俺は平静を装い、ストリーの話を断った。

「飯一回で……」

 ストリーに気づかれない様に、バールにボソッとつぶやく。
 バールからは、ビシッと了解のサインが送られた。

「ストリーさん悪いねー、前からの約束があって、今日一日はアツシを借りるよ」

 バールは俺の肩に手を回して外に連れ出そうとしている。

「それなら私も一緒に……」

 しかしストリーもついて来そうな雰囲気だ。

「ストリー、これは男同士の話なんだ、女には立ち入る資格はないのだよ」

 俺は男同士の話だと断ると。

「そ、そうなのか? ならその用事が終わってからでも……」

 ストリーは諦めてくれたようだ。

「すまんストリー、三日は戻らないから、じゃあ後よろしく」

 俺はストリーに笑顔を向けて手を振った。

「おい、せめて何処へ行くのか言っていけ! おい! 待てアツシ……」

 走る様にバールと逃げ去り、俺はストリーを置いて家を出て行く。

「サンキューバール、助かった。これ飯代にしてくれ。それと俺の事は喋らないでくれよ」

「りょうかーい。まあでも必要になったら言うぞ、滅多な事じゃそうはならないと思うけど」

 伝令係なんて情報を扱う所だ。
 バールが俺の事を色々喋りまくる事だってある。
 だからちょっと口止め料を上乗せし、バールと別れた。 

 ストリーと別れたはいいが……さて、これから如何しよう。
 流石にべノムの所に行くのは駄目だ。
 新婚初日に俺が行ったら邪魔になる。
 今頃はもうスンゴイ事してるかもしれない。
 ……やっぱり行ってみるのも良いかも?

 だがあそこに行くパターンはストリーにもバレてるはずだ。
 やはりまだ知られてない隠れ家に隠れる方が良いだろう。
 誰か居るといいのだけど。

 俺は隠れ家に行き、石の扉はの中に入ろうとした。

「お、扉が開いてる」

 誰か居るみたいだな。
 しかし隠し扉が開いているとは不用心だな。

「待ってくださいアツシさん」

 後から小さな声が聞こえる。
 この声は聞き覚えがあるものだ。

「どうしたベルト、何かあったのか? まさかまたガサ入れか?」

 俺は後ろを振り向き、草場に隠れていたベルトに声をかけた。

「違いますよ。今ストリーさんが来ていて、アツシさんを探しているのですよ」

「な、何だって!」

 まさかの答えに、俺は大きな声を出してしまった。
 その瞬間、洞窟の階段を駆け上がる音が聞こえてくる。
 たぶんストリーだ。
 まさかこの場所まで知られているとは思わなかった。

 まさかバールが俺の情報を売ったのか?!
 いや、あいつは約束を守る男だ。
 俺の事以外をベラベラ喋ったんだろう。
 信用出来るが信頼は出来ない男だった。

「ベルト、俺は逃げる。此処は任せたぞ」

 俺はベルトに手を振った。

「分かった、俺が囮になる。その間に行ってくれ」

 ベルトが辺りの茂みを揺らしながら逃げて行く。

「すまないベルト、この恩は忘れないぞ。無事でいてくれよ。インビジブル!」

 俺は透明化の魔法を使い、逆方向へと逃げ出した。

 しかしこれから如何しよう。
 此処も駄目となったら、後はガーブルぐらいしか知り合いが居ない。
 女なら知り合いがいるけど、彼女持ちの俺が行くべき所じゃない。
 それにそろそろ夜になりそうだ。
 こうなったら野宿でも……。

「うぐ、さ、寒くなってきた。もう家に帰ろうかな……」

 ストリーも帰ってるよな?
 うん寝る時ぐらいは家でもいいよな。
 よし帰ろう。

 我ながら意思が弱いが、凍えて死ぬよりましだろう。
 自宅の扉を抜けると、そこにはストリーが立っていた。

 まさか俺の行動をすべて読み切ったのか?
 ちょっと恐ろしいぞ。
 父ちゃんが母ちゃんに、キャバクラ行ってたのがバレた時こんな気持ちだったんだろうか。

「何で逃げてるか知らないが、そろそろ諦めたらどうだ? アツシの行動なんて全部知ってるんだからな」

 ここで諦めるしかないのだろうか。
 十六で結婚とか早すぎると思うんだが、此処の常識は違うんだろうな。
 こうなったら話をずらしていくしかないだろう。

「そうだストリー、最近デートして無かったから明日デートしよう。うんそうしよう」

 俺は結婚より数段下のランクであるデートを切り出した。

「なんだアツシもデートしたかったのか? だったら別に逃げる事なかったじゃないか。それとも他に何か有ったのか?」

 でも予想していた反応とは違い。

「ん? 結婚の事じゃなかったのか?」

 俺は思わず隠すべきことを言ってしまった。

「何の話だって?」

「いや、ベツニナンデモナイ。それより明日のデートの話をしよう」

「気になるじゃないか、結婚って何だ? 誰か結婚したのか?」

 ちゃんと聞こえてるじゃないかよ!
 まあでもストリーはべノムの事を知らないらしいな。
 という事は別に逃げなくても良かったのか?
 このまま黙っててもべノムの事は絶対ばれるし、言っておいた方が良いな?

「実はな、べノムがロッテと結婚したんだってさ。そのことをバールが教えてくれたんだよ」

「ふ~ん、あの二人もついに結婚したのか。私達も頑張らないとな」

 しかしいきなり結婚とかべノムも思い切った事するなぁ。
 俺達もいつか結婚して……そういえばそろそろ子ども作らないと駄目だった気がする。
 やっぱりそうなったら結婚しないと駄目だよなぁ。

「なあストリー……お前の家の事もあるし、やっぱり結婚しないと駄目だよなぁ。……もうちょっとだけ待ってくれないか、俺も覚悟を決めるからさ」

 俺は自分の気持ちをストリーに伝えるが。

「何言ってるんだアツシ、結婚なんてとっくにしてるじゃないか。そういえばそろそろ結婚記念日だったな。毎月やりたかったけど、それどころじゃなかったもんな」

 ストリーは妙なことを言っている。
 俺は結婚した覚えなんて無いんだけど?

「待ってくれストリー、俺達何時結婚したんだっけ?」

「うん? 日にちを忘れたのか? 明後日だろ。大切な日にちなんだ、もう忘れるんじゃないぞ」

 明後日?
 特訓してる時じゃないよな?
 その前?
 その日はたぶんストリーと会った日だと思うんだけど?
 記憶を頼りに思い出して行く。

 確かガーブルが娘をくれてやろうとか言っていた……。
 そういえばストリーも、私の事を嫁にしたい奴とかも言っていた気がする……。
 ……それに俺は付き合うって返事したんだよな?

 目の前にはストリーの親のガーブルが居て、親への挨拶もバッチリだ。
 しかも親公認。
 あれ? 俺もしかして結婚させられた? 

「……うおいいいいいいい! 百歩譲って結婚はいいとして、まだ初夜もしてねぇじゃなえかああああああ! あれから何か月たってるんだよおおおおおお!」

 俺は自分の置かれた状況を悲しんだ。

「え、初夜? だってあの時アツシ立たなかったじゃないか……」

 そうだった、俺はあの時、ストリーをオッサンとしか見えなかったんだった。
 いや、それはもう良い。
 もう結婚してるなら、ストリーは完全に俺の嫁だ。
 此処にはルルムムも居ない、やるなら今だ!

「ストリー俺もう我慢できないんだ! 愛を、愛をください!」

 俺はストリーに飛びついた瞬間、何か巨大な物に吹き飛ばされた。
 そこに居たのは俺の宿敵ルルムムだ。

「な、何故此処にお前が来るんだルルムム!」

「あ~、ストリーに頼まれて、アンタを探すのを手伝ってたんだけど。それで報告に来たんだけどね。アツシが居たのは見えなかったわ」

 此奴が入って来た窓の所には俺が立ってたんだよ!
 見えない筈ないだろうが!
 こいつに俺達の夫婦の営みを邪魔する権利は無いはずだ。
 今日こそ決着を!
 そう決意を決めた時。

「あ~アツシ、バールが呼んでたわよ。何か大至急来いってさ」

 ルルムムから言伝を伝えられた。

「バールが? 嘘じゃないだろうな?」

 少し疑ってかかるけど。

「何で私が嘘付かなきゃいけないのよ。別にアツシが怒られるだけだから、行かないなら止めないわよ」

 本当のことかもしれない。

「アツシ、急用かもしれないぞ。急いで行こう。私もついて行くから」

 俺は二人を連れてバールの元に急いだ。
 でもルルムムは来なくてもいいのに……。

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