一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

9 空へと至る愛情

 舞台の上で化け物との戦闘が始まった。
 触手の弾丸を躱し、べノムは化け物へと迫るが、相手の攻撃速度は速く中々近づけないでいた。
 ロッテの支援魔法が相手を空中へと飛び上がらせ、その一瞬をべノムが捉える。
 しかし簡単には行かなかった。
 触手を使い体をずらされ致命傷を与えられない。闘いを続けるがべノムは、相手の攻撃を食らい、かなりのダメージをうけてしまう。
 攻撃を避ける事を諦め、ただ真っ直ぐに突き進むべノム。
 生死を賭けた賭けに勝ち、化け物と研究者を倒すが、瀕死の重傷を負った…………


べノム・ザッパー(王国、探索班)  アスタロッテ(べノムの部下)
アクロス (武器屋の親父)


「べノム起きて! 今日は私の剣買うんだからね!!」

 あの戦いの日から三日後、ロッテは俺を起こしに来ていた。
 俺と叩き起こし約束の剣を買わせる気なのだろう。
 何とか回避する方法を考えていたが、結局どうにもならなかったらしい。

「分かったから、ちょっと待ってくれ。飯食ってゆっくりしてからでも良いだろ」

「そんなの出店で買えるでしょ。もうお昼回ってるんだからね!」

 外を見上げると日が高く昇っている。
 どうやら相当疲れが溜っていたらしい。
 あの後イモータル様への報告後キメラ討伐の任務が重なり、更にバールの奴に夜間の見回り任務を押し付けられ、昼の通常の任務までこなして、フラフラになりながら眠りに付いて今へと至る。

「じゃ、行こー」

 ロッテは俺の腕を掴み、家から連れ出そうとしている。
 しかし今の俺は、下着しか付けていない。

「ちょっと待て、せめてズボンぐらい履かせろよ!」

 引っ張る手を緩めないロッテに、俺はしぶしぶベットの横に掛けてある服を掴み、空中で急ぎ着替えると、町の鍛冶屋へと連れられて行かれたのだった。

「ロッテちゃんどうした。剣の切れ味でも悪くなったか? 俺の剣がそんな軟な分けないか、グアハハハハハハハハハハハ!」

 豪快に笑ってる此奴は、鍛冶屋の親父アクロス。
 赤茶色の髪をボサボサに伸ばし、無精ヒゲを生やした色黒の男。
 これでも王国の武具を一手に引き受けるやり手で、俺も子供の時世話になっていた。

「折れちゃった、てへっ!」

 ロッテは折れ曲がった剣を渡すが、それを見てアクロスの顔が怒りに満ちてゆく。

「お前どんな使い方しやがった! お前の力じゃこんな風に曲がる分けないよな! 雑な使い方する奴にはもう剣は作らんからな!」

 流石に俺の所為だからなぁ。
 一応フォローするか……。

「あのなぁ、実はそれ俺がやったんだよ。手持ちの武器が無くてロッテに剣を借りたんだが、敵の仕込んでいた鋼鉄の塊に思いっきりぶつけたら曲がっちまったんだ。まあ許してくれよ、仕方なかったんだ」

「そうかそうか。じゃあ……お前が悪いんじゃねぇか!」

 アクロスの拳が飛んでくる。
 これを避けたら後々面倒だから一発だけ食らっておくか。
 一応ダメージを散らす程度はさせてもらうけどな。

 しかし俺の考えは甘かった。
 アクロスの拳は捻りを加えられ、踏ん張った足の甲を伸ばし、肩の捻りまで加えられれ、避けた分を更に超えるリーチで俺をぶん殴った。

「ぐふぁあああ!」

「お前の考えなんて読めてるんだよ。どうせダメージを受け流そうとしてやがったんだろうが、俺にはそんなもの通じねぇからな! それとロッテちゃんも自分の武器を貸すんじゃねぇよ。こんなんに貸したら壊れるに決まってるだろうが!」

「こんなんって言うんじゃねぇよ! 一応お前の息子だろうがよ!」

 このアクロスって奴は俺の親父なのだ。
 俺は兵士になる時に家を出たが、城にもちょくちょく顔を出して、武器を直したりしているから全く離れた気がしない。
 母親の事は知らねぇ。
 物心付いた時には居なかった。

「家も継がない様な奴はタダの他人だ。とっとと帰れ!」

 そんな親父は俺を追い返そうとして来るのだが。

「おじさんって、べノムのお父さんなの? 私べノムに責任を取ってもらいたいの。べノムのツケで最高級の剣を作ってください!」

 ロッテはとんでもない事を言いだしやがった。

「おう分かった。俺に任せとけ。三年掛かっても返せない額の剣を作ってやろう!」

 俺の意思とは無関係に高額の借金が加算されてゆく。
 そんなの払えないに決まってる。

「またんかコラァ、そんなの俺に買える分けねぇだろ! そこから二ランクぐらい下げた剣で良いんだよ!」

 当然俺は反論する。
 オーダーメイドと言っても、一から武器を作る分けじゃない。
 予め作られた武器にはランクがあり、その武器を自分用に作り直すというものだ。
 それほど時間は掛からず、早い物だと二日も掛からないだろう。

 そのランクなのだが、二ランク下げても支給される剣より圧倒的に格が違う。
 ロッテがどのランクで武器を作ったのか知らないけど、その二ランク下げた武器よりも更に下なのは間違いない。
 役職も無いただの兵士が買える額じゃないからな。

「それじゃあね、握りの部分と剣の長さは前と同じでぇ……」

 俺を無視して話しを進めてやがる。
 はぁ仕方ねぇ。
 命の恩人の為だ。
 出費は痛いが買ってやるか……。

「それでお前等、何時ガキ作るんだ? ちんたらやってると後継ぎが出来ねぇじゃねぇか。早くしてくれねぇか?」

 俺の出費だけで済む話が、ドンドン横道へそれてゆく。

「俺達はそんなんじゃねぇよ。俺達は上司と部下、ただそれだけだぜ。それになぁ、こんな姿じゃあ子供がどうなるかなんて分かんねぇぞ。人間の子供が生まれるか如何かも怪しいぜ」

 もし本当にロッテとそういう関係になったとして、生まれて来た子供が本物の化け物だったのならどうすればいいのだろう。
 王国内でもキメラ化した者達が子供を授かったとの報告はない。
 皆躊躇しているのか、それとも子供を作る機能が無いのか、その答えは時間が教えてくれるだろう。
 だが今の言葉を聞き、ロッテは俺の前に立った。

「べノム、私べノムの事好きだよ。ラブ的な方で」

 ロッテは俺の事を真っ直ぐ見つめている。
 何時になく真剣に。

 冗談……じゃなさそうだが、俺には今どう答えるべきか分からない。
 好意を持ってるのは何となく分かっていたが、俺はこれに答えていいのかどうか……。
 俺にも好意はある。
 あるんだが……。

「さあ言っちまえよ、抱きしめてブチュッとしちゃえよ」

 何方にしろこの隣の親父が邪魔だ!

「おいロッテ、こんな所でそんな事を言っても冗談にしか聞こえないぞ。ちょっとこっちへ来い」

 ロッテの腕を掴み作業場を飛び出すと、ロッテを抱き寄せ空高く飛び上がる。
 雲を突き抜け、その上空は物凄い風が吹いていて、近くの声ですら聞こえない。

「なあロッテ、俺はお前の事を好きだ。だがそういう事はなしにしようぜ。もしかしたら後悔する日が来るかもしれないぞ」

 これは俺の本心だ。
 小さく呟いた俺の声は、きっとロッテには聞こえていない。

「何? 聞こえないって!」

 大声で叫ぶロッテの声は俺には届いている。

「止めとこうぜって言ったんだよ! 俺より良い奴なんていっぱい居るからな。出来るなら普通の人間と結ばれて、幸せに生きてくれ!」

 二人で幸せになる選択肢もあったんだが、俺はそれを選ばなかった。
 将来の子供の事、自分の体の事、それを全部ひっくるめて俺には自信がない。
 言い訳ばっかりしてるが、ただヘタレたってだけの話だ。

「いーやッ! べノムがどう思おうと知らないし! もう良いから!」

 ロッテは俺の首に手を回し。

「……うッ」

「私の物になってね!」

 そのまま俺に口付けをした。

「さっき私の事好きって言ってたでしょ! 声は聞こえなかったけど口の動きで分かるんだから!」

 読唇術なんて使えるのか、全然知らなかったぜ。

「本当に良いのか?! どうなっても知らねぇからなぁ! 俺達の子供が化け物になっても良いのかよ!」

「そんな事にはならないから! 絶対大丈夫だから! だから結婚しよー!」 

「あっはっは、まあいっかぁ。なる様にしかならねぇよな。じゃあ結婚しちまうか!」

 ここまで受け入れてくれる女は他には居ないだろう。
 俺はどうにもならず、ロッテの体に抱き付いた。

「えっ、ちょっと待って! こんな所で、あ! 皆に見られちゃうよ!」

「せいぜい点にしか見えないぜ。それとももう後悔したのか? だが今更止まらないからなぁ。後悔するだけしてるんだな!」

「けだものめッ! 降りたらちゃんと結婚してよね!」

「分かってるって……」

 誰も知らない空の上、俺達二人は一つとなった。

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