一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

2 その者達の目的は?

 他愛ない世間話をしていたべノム。しかしその内容に驚愕を覚え、ロッテと一緒に調べに行く事になる。
 その内容は美容の為にキメラ化しようと言うものだった。
 しかしそれはメギドや他の者達の暴走を起こし、現在は凍結されている技術である。
 その施設を調べる為に、その場所へと訪れたが、列に並ばないと駄目だとおばさんに脅され、仕方なく列へと並ぶべノム。
 だがいくら待っても順番は回って来ず、痺れを切らしたべノムは建物の裏からの侵入を果たす。
その建物の地下へと侵入したべノムだったが、そこでアツシと遭遇した。
そして…………


べノム・ザッパー(王国、探索班)  アスタロッテ(べノムの部下)
タナカ アツシ(異世界から来た男)


「お前達、ストリーに変な事するんじゃないだろうな! 俺は知ってるんだぞ、お前達が何か企んでるって事をな!」

 アツシが剣を抜いて構えている。

 この野郎全部ばらすんじゃねぇよ!
 もうちょっとスマートにだな……。

「ん? ああ、べノムさんじゃないですか。何言ってるのか分かりませんが、もうちょっと待ってください、今から手術を行いますので」

 武器を向けられていると言うのに、男達には余裕がありそうだ。
 それに、俺の事を知ってるらしい。
 だがこいつ等何でこんなに余裕なんだ?
 何か切り札でも持ってんのか?

「いやちょっと待て。お前等キメラ化が凍結された事知らねぇのか? そもそも何でこんな所で商売なんてやってるんだよ」

 俺は男達に話を聞くが。

「えっ? 許可なら取ってありますよ。ほらこれ女王様から頂いた許可証です」

 男が丸められた紙を俺に手渡してそれを広げた時、懐に隠し持っていたナイフを取り出し、俺の体目掛けてそれを伸ばした。

「ぐああああああああ!」

 とっさの事で反応が遅れ、腹部に鈍い痛みが走る。
 後に下がり、何とか根本まで押し込まれるのだけは避けたが傷は結構深いかもしれない。

「べノム! おい死ぬなよ!」

 アツシに励まされる日が来るとはな。

「そう簡単には死なねぇよ……俺はいいから敵から目を逸らすな」

 しかし油断した。
 腹の痛みが酷いようだ。
 時間を掛けていたら此方が不利になってしまう。
 全速で行くしかないだろう!

 俺は一歩踏み出し、疾風の速さで敵の一人を切り裂いた。

「ぐおおおおおお!」

 空気の圧力と体を動かした為、腹に壮絶な痛みが走る。
 相手はまだ三人、初陣のアツシには荷が重い。
 せめてもう二人。
 痛む腹を抑えながら、隣のもう一人を斬り倒そうとするが。

「ストリー!」

 アツシの叫び声。
 駄目だ、ストリーが狙われている。
 先にそいつをやらないと。
 急な方向転換で、腹の傷に負担が掛かる。

「ぐおおおおおおおおおお!」

 二人目の男を斬り飛ばし、止まらないまま三人目を両断した。
 だが……クソッ! 体が言う事を聞かない。
 俺はストリーを庇う様に立ちふさがるが、もう意識を保つのが精一杯だ。
 残りはアツシに任せるしかないだろう。

「アツシぃ、残りはお前がやれッ。お前しか……ストリーを護れねえんだからな……」

「知ってる、やってやるよ!」

 アツシは俺の声に答え、やる気を見せた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 べノムは怪我をしてる。
 ストリーも眠らされて動けない。
 今動けるのはアツシだけだ。
 これまでストリーと訓練して来たんだ。
 たった一人だったら何とかなる!
 ……と思うけど、実戦なんて初めてだから分かんねーよ! 

 相手の殺気とナイフの銀が煌いて、俺の恐怖を掻き立てる。
 死体と血の臭いがして凄く怖い。
 でもストリーの為なんだ。 
 俺は勇気をもって気合を入れる。

「よし、行くぞ! てやああああああああ!」

 叫んだは良いが俺の体は動かない。
 俺の頭は真っ白になっていた。

 あれっ?
 如何するんだっけ? 

 男はべノムを無視して、俺の方に襲い掛かった。

「うわあ!」

 ガキ―ン!

 俺の振り回した剣が、偶然にも敵のナイフを弾く。
 だが男の猛攻は続くのだ。
 俺を弱いと見切り、小さなナイフを振り回して来た。

「うひゃ! おわわ! 怖いって!」

 その攻撃を何とかかわし……何とか?
 いや違う、ストリーの攻撃の方が速かったし、するどかった。
 それに痛かったし、容赦なかったし、マジで怖かった。

 最近では普通の剣を使い、マジで斬りかかって来ている。
 怪我をしては魔法で治し、また同じ所を斬り付けられ魔法で治し、もう拷問なんじゃないかと思うこともさせられている。

 昔の俺なら逃げ出していた。
 だが、今の俺なら、逃げたらもっと怖い目に合うと学習している!

 訓練になるとストリーは人が変わり、訓練は訓練だと全く手加減してくれないのだ。
 そう、あれは一度逃げ出した後、次の日俺は捕まって……いや止めておこう。
 話すだけで恐怖心が蘇ってくる。
 あれに比べれば、此奴なんて間違いなく雑魚だ。

「おおりゃあああああああああ!」

 何時の間にか緊張も取れ、俺は反撃を開始した。
 敵のナイフを躱し、持っている剣で斬り付ける。
 男の左腕がザックリと斬れ、赤い血が流れ落ちて行く。
 だが男は攻撃を止めようとはしない、相手だって命がけなんだ。
 ん? 命がけ? 

 ……待ってくれ。
 俺はこいつを殺すのか?
 いくらなんでも人殺しなんてなりたく無いぞ。
 ストリーを助ける為とはいえ、それはちょっと。
 まだ俺には千年ぐらい早いですって。

 迷いの乗った俺の攻撃を、男は軽く潜り抜け、その持っていたナイフを俺の胸へ……。

「うっはあああああああああ!」

 反射的に体が動く。
 さっと体を移動させたが、敵の背には入り口の扉が。
 男は此方を向いたまま、扉を開けて逃げて行った。

「ま、待て!」

 全く追う気はなかったけど俺はそう叫んだ。 

「追うなよアツシ。それより、外の列に並んでいるロッテを呼んできてくれ。そろそろキツイ……」

 べノムの声がかけられ、俺は剣を収めた。

「ああ、分かった。俺に任せてくれ」

 俺が外にいたロッテを呼び寄せ、べノムの元へと案内した。
 ロッテは急いで回復魔法を使い、べノムの傷が癒されていく。
 暫くすると傷は完全に塞がり、べノムは無事に立ち上がった。

「結局目的は分からなかったぜ。しかしキメラ研究者。あそこは結構曰くがあるからなぁ。もしかしたら他の奴も何か企んで?」

 べノムが何かぶつぶつ言ってるけど、それよりストリーだ。
 俺は寝ているストリーに駆け寄り、無事かどうか確かめる。
 腕も足も付いている。
 顔も大丈夫。

 ……体はどうだろうか?
 ちょっと確かめてみよう。

 む、胸はどうだろう?
 ちょっと右胸を触ってみた。

 モニュ……。

 久しぶりに触ってみるが凄く柔らかい。
 そ、そうだ、左も確かめないと。

 ムニュ……。

 大丈夫! 怪我は無い様だぞ。
 じゃ、じゃあお腹の辺りを……。

「おいアツシ、そういう事は他所でやれ」

 そうだった、他にも人が居たんだった。
 俺を見つめる二人の視線が痛い。
 しかし考えてみれば、俺はストリーと一向に進展しない。
 もう少しという所で邪魔が入ったり、この頃は訓練の所為で体力が尽き、気付いた時には朝になっている。

 そう、俺はまだ童貞のままなのだ!
 今は大分訓練にも慣れ、少しは体力が残っている。
 今日は積極的にストリーに迫ってみよう。
 大丈夫、ストリーを助けた今日こそいけるはずだ!

 俺はストリーを背中に背負い、べノム達と一緒にこの施設を抜け出した。
 しかしこの夜、アツシの願いは叶う事は無かった。
 ルルムムがストリーの事を心配して家に押しかけ、アツシは追い出されてしまったからだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 アツシがストリーを連れ帰った後。

べノムはちょっと調べものがある。ロッテはちょっと家に帰ってろ」

 ロッテを家に帰そうとするが。

「嫌よ!」

 やっぱり簡単にはいかないようだ。

「嫌よじゃねぇよ! いいから家に帰ってろよ」

「え~、何言ってるの~? ロッテちゃんが居なきゃ、べノムなんてすぐ死んじゃうじゃないの。 今まで何回助けてあげたと思ってるの~?」

 それを言われると辛いものがある。
 今回も夜襲の時も、ロッテには助けられているからだ。

「分かったよ、危険な目に合っても知らねぇからな」

 俺は諦めて受け入れることにした。

「え~、大丈夫だよ、べノムが護ってくれるんでしょ?」

「人任せにしてるんじゃねぇよ。自分の身は自分で護れや。俺だって万能じゃないんだからな」


 今までの恩もあることだし、全力で助けてやるさ。
 俺の命の有る限りはな。

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