一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

1 美への追求は闇へと続く

 帝国との和平が成り、王国には少しだけ活気が戻って来た。
 べノムとグレモリアは何となく世間話でもしていたのだが…………


べノム・ザッパー(王国、探索班)  アスタロッテ(べノムの部下)
グレモリア (べノムの家の居候)  タナカ アツシ(異世界から来た男)


「この頃美容の為にキメラ化する人が多いんだって」

 べノムの住んで居る住宅、他愛無い会話の最中。
 グレモリアの発言に、俺は飲んでいたお茶を噴出した。

「なんだそりゃ! まさかお前もやったんじゃないだろうな?!」

 グレモリアに聞き返すのだが。

「えっ? やったわよ。何かいけなかったかしら?」

 もうやらかした後らしい。

「アホか! お前この間の騒ぎを忘れたわけじゃないだろうな?! 今キメラ化の技術は凍結されてるんだよ!」

 そう、キメラ化は暴走の危険性がある為に、一時的に凍結されていた。
 そんな状態でキメラ化が流行ったとなると、何か意図的なものを感じてしまう。
 一度徹底的に捜査してみないといけないだろう。

「グレモリア、もし体調が悪くなったら、誰でもいいから無理せずに言うんだぞ」

 キメラ化が行われた者達は、月に一度専門の施設におもむき、体調のチェックが義務頭づけられている。
 勿論俺もそれを受けている。
 当然だが、体におかしな事はないし体調も万全だ。

「あらべノムったら、私の心配してくれるんだ。嬉しいわ」

「仲間の心配するのは当たり前だろ。お前まで暴走されちゃ困るからな」

 例えどれだけ迷惑な奴だって、知り合いの心配するのは当たり前だ。

「そこは仲間じゃなくて、恋人って言って欲しいわ」

 グレモリアは、ここぞとばかりに押して来るが。

「お前と恋人になったつもりはない!」

 俺はそれを断り、グレモリアから詳しい話を聞いた。
 そして一応ロッテにも聞いてみようと、ロッテの部屋に向かってみる。
 もしかしたらロッテも知らずに受けてるかもしれないのである。

「それなら私も受けたわよ。でも適性が無いって言われて、全く効果がないんだってさ」

 で、ロッテに聞いた結果がこれだ。
 天使の力を持つロッテには、魔に近い能力は受け付けないのだろう。

「ロッテ、お前がそれをやった場所覚えているよな? 俺にその場所を教えてくれないか?」

 確認するようにロッテに場所を聞いたのだが。

「別にかまわないわよ~。でも私も連れてってね!」

 まあ本人が居た方が間違える事もないだろう。 
 俺はロッテと共にその怪しい場所を捜索する為に、その場所へと移動した。
 凍結されたものがどうして町中に出回っているだろうか。
 また何かおかしな事が起こる前兆じゃないだろうな?

「結構流行ってるでしょ、私が行った時は、もう少し少なかったんだよ」

 ロッテに案内されたのは、何の変哲もない四角い住居だった。
 その入り口には無数の女性が並んでいる。
 所々男も混じっているが、比べるまでも無く圧倒的に女が多い。

「ふ~ん、まあここの奴に話でも聞いてみるか」

 俺達は列の横を歩き、その施設に行こうとしたが、その途中で俺は腕を掴まれた。

「ちょっとあんた達、ちゃんと列に並びなさいよ! 私達がどれだけ待ってると思ってるの!」

「そうよ、そうよ! あんた達まだ若いんだから、それぐらい待ちなさいよ!」

 並んでいたおばさん達に怒られてしまった。
 しかし俺はそんな物を受ける為に来たわけじゃたない。 

「いや、あのですねぇ、俺達は手術する為に来たわけじゃなくてですねぇ。この技術が危険かもしれないから止めに来たんですよ」

 俺は説明をして行かせないようにしようとするが。

「何ですってええええええ! 貴方達、まさか私達に手術を受けさせない気なのね! ちょっと酷いじゃない! 私達がどれだけ……」

「私達が受けるまで待ってくれても良いじゃない! 私がどれだけ……」

 それはもう、何人ものおばさん達に責め立てられ、何故か俺達は列の最後尾に並ばされてしまった。

「何でこうなった」

 美しさというものには貪欲であるから、仕方ないのかもしれない。

「いいでしょー。まだ此処が本当に危険な事をしてるのか分からないんだし」

 ロッテは目を輝かせている気がする。
 トラブルを期待しているんだろうか?

「いや、違うものならそれはそれで詐欺じゃねぇか。どの道アウトだろ」

「待ってれば分かるでしょ。ほら、ちょっと進んだよー」

 二人で待ち続けて六時間を越えた頃。
 もう並ぶのも面倒臭くなって来た。

「「…………」」

 ロッテと話でもして待っていたのだが、辺りは暗くなり始めている。
 俺達が此処に来たのは確か昼だったと思ったんだが、どんだけ人気があるんだこれ。

「で? これ何時まで待つんだ? ちっとも進まねぇんだけど」

 夜になっても帰ろうとする奴は居なかった。
 それどころか俺達の前に居た奴等は、家族まで巻き込み、交代したり食事を持って来たりしている。
 中にはテントまで持ち込み、此処で寝泊まりしようとしている奴もいたのだ。
 順番が来るまでは帰らない気なのだろう。
 しかしまだ半分も進んでない。
 腹も減って来たし、そろそろ帰りたいんだが。

「この人数だと、明後日ぐらい?」

 ロッテはそう言うが。

「何時までもそんなもん待ってられるか! 俺は建物の裏から侵入できるか見て来る。ロッテは此処で並んでおいてくれ」

「おっけー。いってらっしゃ~い」

 おばさん達に気づかれない様に、俺は建物の裏に回り込んだ。 
 流石に裏まで並んでいる奴は居ないらしい。
 窓穴から覗いて見たが、人の姿が見えない。
 何処へ行ったんだ? 

 隠し部屋があるスペースは、この家には無い。
 二階建てでも無いし、部屋は一部屋だけ。

「とすると地下か? 良し、少し中に入って見るか」

 部屋の中には本棚、テーブル、後は小さな絵画が飾られている。

「入り口は何処だ?」

 あまり時間を掛け過ぎると、此処の奴が出て来るか?
 俺としてはそれでも良いんだが、万が一戦闘になって、この建物がなくなったりしたら、外の奴等が暴動を起こしそうだ。
 隠し部屋を探してみるも、絵画の裏は何もない。

 本棚はどうだろう?
 引いたり押したり、横に滑らそうとしても動かない。
 テーブルには特におかしい所はないが? 

「おっ、これか?」

 テーブルの下の床板が、少しだけずれている所がある。
 テーブルを持ち上げてみるが地面にくっついて上がらない。

「テーブルが取っ手替わりなのか?」

 四面を回り、調べると、一つの面を持ち上げた。
 それは簡単に持ち上がり、地下に続く扉が開く。

「さあて何が出るかな?」

 床の下には階段が続いている。
 灯りはつけれれており、暗くはないな。
 足音を立てて敵に見つかる真似はしたくない。
 天井と階段の隙間を飛び、下まで降りてみたのだが、そこには見知った顔の奴が居る。
 最近こっちに来たアツシという奴だ。

 この男が敵だとは考えにくい。
 キメラ化なんぞの知識を持ってるとも思えないし、どうせストリーの付き添いか何かだろう。

 アツシの先にも人の気配はなさそうだ。
 よし一度接触してみるか。
 ビックリされて大声でも出されると厄介だ。

 俺は地面に降り、軽く足音を立てて、アツシに俺が居る事を気づかせる。
 アツシは此方に気づいたが、俺が口元に指をあて、静かにしていろとの合図で、大人しくしていてくれた。
 たぶん俺の足音は、アツシが何かしてると思ってくれるはずだろう。
 俺はアツシと接触し、小声で話し始めた。

「アツシはストリーの付き添いか?」

「まあそうだよ。ストリーはこの奥で手術するんだってさ」

 予想通りだが……さて。

「企業秘密があるから、この先は見せられないって言われて此処で待たされてるんだよ。まさかべノムも美容に興味あったのか?」

「美には興味が無いが、俺は別の所でキメラ化してるんだよ。この体を見たら分かるだろ。じつはこの施設が妙に怪しくてな、ちょっと潜入調査って奴だぜ」

「あ、怪しいって、ここで危険な事してるのか! まさかストリーが危ないんじゃないだろうな!」

 アツシの声が地下で響く。
 俺は直ぐにアツシの口を押えた。

 奥の奴に気付かれたか?
 ……向かって来る足音は聞こえないな。

「大きな声出すなよ。敵に見つかっちまうだろ。見つかったらストリーだって危ないかもしれないんだぜ。だから大声は出すな」

 アツシは口を閉じ、すなおにうなずいた。

「アツシは此処で待っていろ。俺が奥を見て来てやる」

 アツシは首を振る。
 ストリーの事が心配なのだろう。

 最近鍛えてるとも聞いた事がある。
 腰に剣も差してあった。
 初陣としては危険かもしれないが、やって貰おうじゃないか。

「分かった、一緒に行くぞ」

 アツシはうなずくと、俺の後に付いて来ている。
 大声で喋るなとは言ったが、小声でなら喋ってもいいのだが。

「良いかアツシ、もし気づかれたら、待ちきれなくなったとでも言ってやれ。俺のことは放って置けばいいからな」

 通路の先には一つの扉がある。
 その扉は少しだけ開いていて、中の様子を窺うことが出来た。
 中にはストリーが寝かされ、その周りには四人の男が何かしようとしている。

 あの男達、何処かで見た事が有るな。
 ……そうだ、こいつ等は本物のキメラ研究者だ!

 まさか小金稼ぎでもしていたのか?
 まだ手術は始まってない。
 今なら止められるだろう。

 俺が部屋へ飛び込もうとした時、アツシが剣を抜き、その部屋へと乱入した。

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