一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

15 アツシの悩み

 帝国の代表、カールソンとの会議が行われた。
 順調に進行して行くかに見えたそれは、帝国の護衛の兵達の反乱により中断されてしまう。
 なんやかんやで帝国の議員達もろともボコボコにしたイモータル女王、何だかスッキリした顔をしていた…………


タナカアツシ(異界から来た男)    ストリー(ガーブルの娘)
イモータル  (王国、女王)


 二度目の会議は、女王様の脅しのおかげで無事調印を済ませた。
 俺達は宮殿に戻り、明後日の出発に備えている。
 でも何故だろう、女王様のあの笑顔が忘れられない。

 まさかこれは……いやいやいや、相手は女王様だぞ、無い無い無い無い無い。
 無いよな、無いはずだ。
 相手は人妻で子持ち、それにもし俺が手を出そうものなら、周りの奴等にどんな事をされるか……。

 それに、ストリーのことはどうするんだ……。
 俺がストリーのことは好きだ。
 だが恋をしているかと言われると、一時期の盛り上がりはなくなっている。

 しかし女王様とは……これは不味い事になったぞ。
 それに俺は女王様のことを殆ど知らない。
 しかも此処で相談できるのは、ガーブルとストリーぐらいだけなのである。
 勿論ルルムムに相談なんて出来るはずがない。

 だがガーブルに相談するのはリスクが高いし、バレた瞬間どんな事になるのか分からない。
 後はストリーだけだが、別れる相手に好きな人の情報を聴くのは、すごく気が滅入る。
 いや待て、まだ俺が女王様を好きと決まったわけじゃない。
 そうだ、ただの気の迷いかもしれないぞ。

 と、取り合えずストリーの部屋へ行ってみよう。
 そうだ、別に女王様の事を知るぐらい、王国に住む人間なら当然の権利だよな。
 そうだよ、そうだって。
 俺はそう納得して、ストリーの部屋に向かって行く。

 部屋の扉をドンドンと叩き。

「ストリー居るか? ちょっと聞きたい事があるんだけど、開けてくれないか」

 俺はストリーを呼び出した。
 扉が開けられると、白い寝間着を着ているストリーが出て来た。

「どうしたんだアツシ、聞きたい事って何だ? ……あ、も、もしかして私に会いに来てくれたのか? べ、別に今からでも構わないけど、す、少し時間をくれないか」

 ストリーはとても可愛らしいのだが、今はそれはどうでもいい。

「聞きたい事があるって言っただろ。取り合えず部屋に入れてくれないか?」

 俺は真面目にそういうと。

「あ、ああ、そうだな……」

 ストリーは少し残念そうに扉を開けた。

「なあ、女王様ってすごく若く見えるんだけど、あれで六歳とかの子供産んでるのか? あの人今何歳なんだ? 凄い不思議なんだが」

 俺はストリーに、女王様のことを聞いてみた。

「何だそんなことか……イモータル様は今年で十八になられた。子供達も全員養子だぞ。だが養子だからといって、実の子と同じ様に愛していらっしゃる。変な事をしたら首が飛ぶからな」

 そうなると俺と殆ど変わらないじゃないか。
 俺も最近十六になったばかりだ。
 十六と十八なら全然ありだし、お姉様と呼べるレベルだぞ。

 子供も養子、歳も近い。
 旦那は絶賛別居中。
 これは俺にもチャンスが……。

 その前に難関がある。
 今、目の前の、このストリーに別れを告げなければならないということだ。
 だが困った事に、俺はストリーをまだ好きらしい。
 別れを告げたらストリーは泣いてしまうのだろうか?
 それとも作り笑顔で笑うのだろうか……。
 このままズルズルと引き延ばすよりは良いのかな……。

 俺はパシッと自分の頬を叩いた。

「……よし、言おう……ストリーあのな……」

 俺は別れの言葉を言おうとする。

「何だアツシ、キスでもしたくなったのか? べ、別に私は構わないぞ」

 目を伏せて恥ずかしがっているストリーだが、言ってしまえば笑顔が崩れるのだろう。

「あ、あのな、俺な、どうやら好きな人が出来たみたいなんだ」

 しかし言わないことには何も始まらない。
 俺はどもりながらも、伝えるべき言葉を伝えた。

「え?」

 ストリーは一瞬で硬直し。

「俺と別れてくれないだろうか」

 俺はもう一度言葉を続ける。
 ストリーは泣きも笑いもしなかった。
 絶望したように顔を伏せ、そのまま何も言わずに止まっている。
 ……随分待っているが一向に動こうとしない。

 顔の前で手を振っても反応が無い。
 まさか気絶したのか?

「ス、ストリー、お、おい、しっかりしろよ。起きろって」

 俺はストリーの体を掴み、ゆさゆさと揺さぶった。

「あれアツシ、私なんか変な夢を見ていたよ。アツシと別れるなんて変な夢だった。そんな事あり得ないのにな」

 まさかストリーの奴、さっきの事を記憶から削除したのか?

「ストリー、夢じゃないぞ。俺は別れるって言ったんだが……」

 ストリーの顔が涙で濡れてゆく。
 見ていて気分の良いものじゃない。
 早くこの時間を終わらせてしまいたい。

「だ、誰なんだそいつ、まさかルルムムなのか!」

 ストリーは泣きながら俺に詰め寄った。

「違う、そいつじゃない。俺が好きなのは女王様なんだ。なんかドキドキして笑顔が忘れられないんだ!」

 俺の好きな人をストリーに伝えるのだが、その顔が真顔に変わっていく。
 さっきまでの泣き顔はもうどこにもない。

「……アツシ、冗談だよな? 今なら私以外誰も聞いてない。今なら取り消せるぞ。今のは冗談だよな?」

 むしろ怒りの表情に見えなくもない。

「と、取り消さないぞ、俺は女王様のことを好きになったんだ!」

 ストリーは立ち上がり、ベットの横に立てかけた剣を持って、俺に向かって……。

「うおおおおおおおおおおおおお、何するんだストリー! 俺はただ女王様が好きだと言っただけだぞ!」

 ストリーは何度も剣を振って俺を攻撃してきている。

「それは王国に仇名すということだ! 私の気持ちと一緒に闇にほうむってくれる!」

 勢いのある斬撃は、近くにあった椅子を真っ二つにしてしまっている。
 本当にやる気なのかもしれない。

「お前、まさかムシャクシャして俺を殺したいだけなんじゃないだろうな!」

 俺は物を盾にしながら部屋の中を逃げ回っている。

「ち、違う、これは王国の為だ! イモータル様を狙おう等と、大層な事を口に出したお前が悪いのだ! 他の者に殺される前に私が介錯かいしゃくしてくれる!」

 少し勢いが落ちたけど、ブンブンと剣が振り回される。
 まだ攻撃が当たらない所を見ると、ストリーもまだ迷ってるんだろう。
 本気なら避ける事も出来ないはずだ。

「ま、待て、俺は確かに女王様のことを好きだと言ったが、まさかストリーは女王様の事が嫌いなのか!」

 俺はストリーにそう言い返すと、攻撃がピタリと止んだ。

「嫌いなわけないじゃないか、私だって女王様は好きだ」

 一度はやんだ攻撃だが。

「だったら俺と一緒だろ。お前も一緒に死ぬのかよ?」

 俺がそう言うと、再びストリーの剣が振りかぶられた。

「そうだ、前に言った通り私も一緒に死んでやる。二人で一緒に来世で幸せになろう!」

 そんなのはゴメンだ。
 これ以上は無理だと思い、俺はストリーの部屋から脱出する。
 そして女王様の部屋へと向かったのだった。

「女王様、俺です、アツシです。ちょっ、早く開けて! うわっ、ストリー待て、止めろ、危ないって!」

 ストリーの剣を何とかかわし、扉を叩くと、女王様の部屋の扉が開いた。
 俺は扉から侵入し、女王様の元へと駆け寄る。

「アツシ、如何したのですか? ストリーと喧嘩したのですか? ストリーも剣を振り回すなんてやり過ぎですよ」

 俺を嫌がる素振りも見せず、優しく微笑みかけて来る女王様の手を掴んだ。

「俺、女王様のことを好きになってしまいました。俺と付き合ってください!」

 俺はキッパリと自分の思いを打ち明けた。
 女王様はにっこりと微笑み、その唇が開く。

「嬉しいですよアツシ、これからも私達家族の為に働いてくださいね。お友達として」

 その答えに、俺はガックリと地面に手を付いて項垂れてしまった。

「アツシ、イモータル様はお前の事を許してくださったぞ。ほら行こう」

 ストリーは剣を収め、俺の肩を優しく抱いている。

「うう、ストリー俺お前のことを振ったんだぞ。何でそんなに優しいんだ」

 俺は泣きながらストリーを見上げた。

「アツシは私の事を嫌いになったのか?」

 ストリーの瞳が、俺の事をずっと見つめている。

「嫌いな分けないだろ、大好きだよ!」

 あんな事言っておいて大好きとか言ってしまう俺って、なんて酷い奴なんだ。
 ストリーにその内刺されそうだ。
 もう斬りかかられてるけど……。

「そうか、じゃあ一緒に帰ろう。な?」

 女王様に振られて泣く俺をストリーが抱き寄せ、ストリーの部屋へと帰った。
 俺を抱き寄せるストリーの匂いが俺の感情を高める。
 やっぱり俺にはストリーしかいない。

「あっ……」

 俺はストリーをベットに押し倒し、その唇にキスを……。
 だが、後ろから誰かに、ガシッと頭を掴まれてしまう。

「おい」

 聞こえて来た声に、俺はハッと気づく。
 どうやらルルムムに、頭を掴まれていたようだ。

「アツシ、お前女王様に告白したんだってね? それで何でこんな所にいるのかなぁ? ん? 何か言ってみたらどうなの? 何でそんな人がストリーにキスしようとしているのかしら?」

 その力は万力のように俺の頭を締め付けている。

「ぐおおおおおおおおおおおお!」

 俺は痛みで悶えながらも、腕を引きはがそうとしている。
 しかしこれは女の力ではない。
 いうなればゴリラみたいなものだ。

「あんなに大きな声で暴れまわってれば誰だって気付くわよねぇ? 如何したの何か言い返してみたらどうなの?」

 反論を言いたくても、頭を締め上げられて言葉が出てこない。

「ルルムム良いんだ、私は気にしていないから。それにイモータル様は許してくださったんだ」

 悲鳴を上げ続ける俺に、ストリーの助けが入った。

「へぇぇ、そうなんだ」

 ルルムムが俺の耳に顔を近づかせる。

「運のいい奴。次が有ると思うなよ」

 そんな物騒な事を小声で言って来た。

「じゃあアツシ、私はストリーと話があるから出て行ってね」

 ルルムムは俺から顔を離した瞬間、笑顔を向けて優しい言葉を使って来る。
 やはりこいつは油断が出来ない。

 俺は渋々ストリーの部屋から出て、自分の部屋へと帰った。

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