一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

7 ルルムムとの戦いの予感

 馬車の旅四日目、アツシ達は順調に旅を続けていた…………


タナカアツシ(異界から来た男)     イモータル  (王国、女王)
ストリー(ガーブルの娘)                ルルムム    (王国、探索班)


 四日目の朝。
 馬車は順調に進んでいる。
 その道中には、幾匹もの魔物達を倒した跡が残っていた。

 ガーブルを含め、護衛の奴等は凄まじい。
 女王様の護衛なのだから相当な強者なのだろう。
 まだ怪我をした奴は俺しかいない。

 ストリーは、また俺の近くに居てくれている。
 ついでにルルムムの奴も隣に居やがる。

「アツシ、馬車の上は楽で良さそうだね。もう何日もそこに居るじゃないか、足ももう大丈夫なんだろう?」

 ルルムムの嫌味が飛ぶ。

「俺は後から敵を見張っているんだよ。役に立たないなりに頑張ってるんだから、それでいいだろ」

 確かに馬車の後ろに乗っているだけだが、俺は何度も敵を発見し、それなりに役に立ってるはずだ。
 また動けなくなって足を引っ張るよりは良いだろう。

「へ~、役に立たない事は自覚してるんだ? それならもっと役に立つ方法を教えてあげようか?」

 ルルムムは役に立つ方法を教えてくれるということだけど、嫌な予感しかしない。
 でも一応聞いてみるとしよう。

「何だよそれ、俺に出来る事なのかよ?」

 俺はルルムムに聞き返した。

「勿論あんたにしか出来ないよ。ほら、これを持って」

 ルルムムに袋に入った何かを渡された。
 袋を開けてみると、中に入っていたのは食料と塩だった。

「何だこれ? 俺にくれるのか?」

 ん?
 俺に食べろと言っているのか?

「それを持って森の中を突っ切って行きなさい。敵が襲って来るだろうけど、アツシに行った分こっちは安全になるから」

「アホか―! 出来るわけないだろ! 俺一人でどうしろってんだよ」

 ルルムムの非情な言葉に、当然俺は言い返す。

「尊い犠牲になれって言ってるんだけど。心配しなくても私達は大丈夫だから、早く行って来たら? 食料もあるし、運が良ければ生き残れるわよ。更に運が良ければ町にもたどり着けるでしょう。そこで仕事を見つけて暮らして行けば良いわよ」

 ルルムムは俺を犠牲にしたいらしい。
 こ、こいつ、もう露骨に俺を排除しようとしてくるな……。

「ルルムム言い過ぎだぞ。アツシだって頑張っているんだ。初陣なんてこんなものだろう。気にするなアツシ、お前はそこで見張っていればいい」

 ストリーは庇ってくれているが、だがやっぱり邪魔だと思っているんだろう。
 そこに乗ってろとか言われたし。

「そんなに馬車にばかり乗ってたら体が鈍っちゃうわよ。足も回復してるんだから、自分の足で歩きなさい。貴方も一応兵士になったんでしょう?」

 ルルムムは俺に降りろと言っている。

「俺は兵士になるなんて了承した覚えは無いぞ! ストリーが勝手に進めただけだ!」

 それに俺は、別に兵士になったわけじゃない。

「い、一緒に居たかったんだ。嫌なの……か?」

 俺の言葉に、ストリーは悲しそうな表情をしている。

「い、嫌じゃないけど……」

 そんな顔を見て、俺は思わずそう言ってしまった。
 最近のストリーは何だか可愛いのだ。
 もしかしたらオッサンっぽかったのは演技だったりして?
 知らない相手と、いきなり子供を作ろうなんて普通は思いもしない。
 心を守る為に、何かの仮面を被るなんて良く聞く話だ。

「おい、敵が来たぞ!」

 護衛の誰かの声が掛かり、敵の姿が現れる。

 あれは何だ? 何か黒い。
 少しずつそれが何かが分かってくる。

 空中に浮かんでいる黒く丸い何か。
 球体のそれは静電気があるのか、体中の毛が逆立って、黒いマリモの様に見える。

「よいしょっと。やっぱり動かないと体が鈍っちゃうわよね」

 馬車の方から聞こえた声、それは馬車を降りる女王様の声だ。
 いやでも、王女様が馬車から降りたら危ないんじゃないか?

 もしかしてルルムムが馬車の上が何かとか言ってたから、意外と気にしてたのか?
 というか何で誰も止めないんだよ。

「ちょっと運動して来るわ」

 そんな事を言って敵の前に飛んでいく女王様。
 誰も加勢しない。
 お前らは護衛じゃないのか?

「ストリー、女王様危ないんじゃないのか?!」

 俺は心配してストリーに話しかけたのだけど。

「アツシたぶん大丈夫だ。もし危なく成ったらその時加勢に入るさ」

 心配はしていないらしい。
 当の女王様は、立派なドレスを着て、敵の前で背伸びなんてしている。

「やっぱり外は気持ちがいいわね。じゃあちょっとやっちゃいましょうか」

 何だか前に見た時と印象が違う。前は女王様っぽかったけど、こっちの方が素なのか?
 その女王様を敵と判断したのか、毛玉は襲い掛かって来た。
 しかし毛玉が女王様に触れた瞬間、その体毛の全て切り裂かれた。

「ストリー、俺には全く何が起こったか分からなかったんだが、女王様は何かやったのか?」

 俺はストリーに説明を求める。

「女王様は風の魔法を得意とされてるのだ。無詠唱でカマイタチでも起こしたのだろう」

 俺は説明を聞いたけど。

「魔法なのに何も唱えなくても良いなんて、どんなチートだよ」

 風は透明で見えもしない。
 どうやったって防げないだろう。
 毛玉はもう坊主頭にしか見えない。
 でもあれどうやって浮いてるんだろう?

 女王様は毛玉? を殴り、蹴り、引き裂き、完全にサンドバックにしている。
 暫くそれが続き、最後に毛玉を蹴り上げ、腕を振ると毛玉が空中で四散した。

「なあストリー、これ護衛必要あったのか? 一人でも十分なんじゃね?」

 俺は疑問を投げかける。

「アツシは馬鹿だね。他の国へ行くのに、女王様一人で行けるわけないだろう。それなりの人員や恰好が必要なんだよ」

 しかし答えたのはルルムムだった。
 つまり本当は護衛なんて必要無くて、ただ恰好付けたかったから護衛を付けたと?
 なんだか急にやる気が無くなって来たぞ。
 まあ殆ど何もしてないんだけどな。

「イモータル様、また来ます!」

 護衛の一人から声が飛ぶ。
 空に漂う黒い毛玉達。
 それはゆっくりと引き寄せあい、段々と大きな物体となっていく。
 そして何十もの毛玉がくっつくと、巨大な一匹の魔物となった。
 その体は元の何十倍の大きさになると、目の前に居た女王様に掴みかかる。

 しかしそれは叶わなかった。
 俺の周り、いや、そこら中から暴風が吹き抜け、一つの塊となって毛玉達の体にぶつかっている。
 やったのは女王様だろう。
 黒い毛玉達は一瞬にして元の球体に戻り、空中へ散らばって行く。

「あら、ドレスが引っかかって、ちょっと取ってください」

 女王様は馬車に戻り、馬車の足場にドレスが引っかかるが、それをストリーが直している。
 でも、まだ魔物死んでない。
 運動に飽きたのか!?

「アツシ、そこ危ないぞ」

 ストリーの言葉に俺は上を向くと、一匹の毛玉が俺の顔面へぶつかった。
 でもそれほど痛みは無かった。
 顔に当たった瞬間、豆腐の様に毛玉が崩れ、血液と内臓が俺の顔面にぶつかる。

「生臭ぇ! やば、鼻が、ウオェッ」

 俺の顔は真っ赤に染まってしまった。
 ストリーめ、気付いていたなら助けてくれても良いだろうに。

 他の毛玉達も地上に落ち、豆腐の様に砕けている。
 殆どが原型を残していない。
 落ちる前から死んでいた様だ。
 流石は魔王の嫁って事だろうか。

「おい、町が見えて来たぞ。もう少しだ」

 移動を続けると、先頭にいた護衛の一人が町を発見した。
 俺は馬車の後ろで立ち上がり、その方向を見ると、少し遠いが町を見る事が出来た。

「ふう、やっと到着するのか」

 安心した俺は、ルルムムの方に近づき、小声で声を掛けた。

「お前、忘れて無いだろうな。町に到着したら俺とデートだからな」

「お前、まだそんなこと言ってるの?! あんたにはストリーが居るでしょう。浮気なんてしてないで、二人でデートすればいいじゃない!」

 ルルムムはかなり嫌がっているけど、俺は諦めたりしない。

「ほう、つまりお前は、俺とデートしたら俺の事を好きになるからしないと?」

 と、軽くあおってみたりしている。

「誰がそんな事を言ったのさ。私はストリーと仲良くしろと言ってるだけだよ!」

 やはり乗り気ではないルルムムだけど。

「逃げるのか? 俺を好きにならないというのなら、このデートを受ければ良いだろ」

 俺は更に畳み掛ける。
 全く会話が成立していないが、これも作戦の内だ。
 相手の言う事など聞かず、こちらの言うことだけを聞かすテクニックである。

「アツシ、何をしてるんだ?」

 どうやらストリーに見つかったようだ。
 また泣かれたくないし、ここははぐらかしておこう。

「何でもない。ちょっとルルムムに頼み事をしてたんだ」

 俺は軽く会話を躱す。

「そうなのか?」

 ストリーがルルムムに聞き返すのだが。

「あ、ああそうだよ。ちょっと頼みごとをね……」

 流石に言うことはできないらしい。
 狙い通りだ。

「ルルムム、町に付いたら少しぐらい自由時間があるだろ、その時に俺の部屋へ来てくれ。お前にしか出来ない用事なんだ。ちゃんと来るんだぞ!」

 ここがチャンスだ。
 ルルムムに約束を取り付けてしまおう。

「わ、分かったからあっち行ってよ」

 ストリーが居るから言い訳もできず、ルルムムはそれを受け入れた。
 ふっ 勝ったな。
 ストリーはこれがデートだとは思うまい。

 何も俺は本気でこいつとデートするつもりは無い。
 何とか仕返ししたいだけなのだ。
 この尻の恨みを晴らしてやるからな!

 そして移動を続けた俺達は、帝国の町に到着した。

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