一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。
3 真実は刺よりも痛く
女王様の護衛の為帝国に向かうアツシ達。
インドア派のアツシは体力の限界が来て、ストリーにおんぶされる…………
タナカアツシ(異界から来た男) ストリー(ガーブルの娘)
流石に女の子に、一時間程も背負われていると罪悪感がしてくるが、足が動かないのだからどうにもならない。
俺はストリーの背中から降ろしてもらい、残りの一時間は、なんとか休憩時間まで歩けたのだった。
その休憩場所は道の両側が高く、山の様になっている。
谷の下と言った方が分かり易いだろうか、兎に角そんな場所だった。
完全に道の真ん中で休憩しているが、あんな大蛇が出る様な世界で滅多に旅人なんて来ないから、誰の邪魔になる事もないだろう。
「アツシ、足は大丈夫か? 立って動けそうか?」
ストリーが少し心配そうな顔をしている。
踏ん張って剣の鞘を杖替わりにして何とか立ち上がったのだが、だが歩こうとするが太腿が一切上がらない。
亀の様な速度なら歩く事も出来るのだが、馬車について行くのは無理だ。
「無理、足が上がらない」
俺は素直に、自分の状況をストリーに打ち明ける。
「そうか、馬車の後ろにでも座れる様に、イモータル様に許可を貰って来るからちょっと待っていろ」
ストリーは俺の体に配慮してくれるらしい。
「ああ、待ってるよ」
我ながら足の引っ張り方が尋常ではないな。
このまま、この世界で暮らすなら、ちょっとは筋トレでもした方が良いだろう。
ガーブルも呆れているのか、こちらには寄って来ない。
立ち上がってプルプルしている間に、ストリーが戻って来た。
「アツシ、イモータル様には許可を取ったぞ。私が連れてってやるから、後ろの荷台に座っていろ」
「お、おう、悪いな」
俺はストリーに運ばれて、馬車の後ろの箱の上に座らされる。
やっぱり旅なんてする前に何とかして逃げればよかった。
俺は馬車の後ろから一歩も動けず、休憩が終わる。
すると号令がかかり、馬車が進み始めた。
何というか、周りの目が気になる。
この敗北感は何だろう。
実際は見られていないかもしれないが、王族でも何でもない俺が馬車の後ろに座らされ、この真っ赤な服の所為で誰よりも目立っている。
馬車に乗られている女王様よりもだ。
いっそ殺せと言いたいが、こいつ等にそんなことを言ったら本当に殺されそうな気がするから言わないが。
「あ~空が青い……」
他にする事も無いから空でも眺めていると、何か小さな点があることに気づいた。
「なんだありゃ?」
それはこの馬車に近づくにつれ大きくなり、上空へ近づいて来ていた。
「ス、ストリー、空から何か来る。何か来るぞ! 気を付けろ!」
ストリー達は俺の声に反応して、即座に臨戦態勢に入った。
上空より現れたものは、真っ黒いモヤだった。
ゆらゆらと揺らめいて、その場にとどまっている。
護衛の中の三人がモヤに飛びかかる。
飛び上がったのは、剣を持ち、軽そうな革の防具を身に付け、青い髪をした細身の男。
両目が複眼になっている奴だ。
二人目は骨の様な角ばった羽根を持つ黒髪の男。
槍を手にしている奴。
あの羽根でどうやって飛んでるんだろうか?
三人目は前に見た獣人系の美少女だ。
下から丸見えなんだが流石に興奮しないなぁ。
やっぱり俺は人型が良い。
その三人はそれぞれの武器を使わなかった。
いや、使えなかったのかもしれない。
飛んでいる三人は、空にあるモヤから逃げ続けている。
「ちょっと、これ虫の塊よ! 私達の武器じゃ倒せないわ!」
獣人系の美少女が叫ぶ。
剣であれ槍であれ、大量の虫を倒すのは至難の業である。
「うへ、あれが全部虫なのかよ。ストリー早く逃げようぜ。剣や槍じゃどうにもならないぞ」
たかが虫と侮ると普通に死ねる。
俺はストリーに逃げるようにうながした。
日本でも有名な物だとスズメバチ等だろう。
刺されれば死ぬこともあるから、近寄らないのが吉だ。
迂闊に巣を突くと何十を超える数が飛び出し、それが襲い掛かる。
その攻撃を人が全て躱すのは難しい。
「慌てるなアツシ、あんなものはタダ数が多いだけだ。簡単に倒せる」
それでもストリーは逃げようとしない。
「ストリー、何か作戦でもあるのかよ。此処には殺虫剤なんて物は無いぞ!」
「そんな物は必要無い、そこで見ているが良い」
ストリーは掌を空に向けると、そこに何かが集まってきている気がした。
「エアリアルブレイク!」
ストリーの掌から放たれた魔法は、緑色の風を生み出す。
ゴオオオオオっと音を立てて、周りの空気が集まる。
その塊が空の虫達へ上って行く。
魔法の風は辺りの虫達全体を全て飲み込むと、虫同士は激しくぶつかり合う。
そして風が弾けた。
風の刃に羽根を傷つけられ、制御を失った虫達は地面へと激突していった。
これは攻撃魔法というやつだろう。
目の前で見たのは初めてだ。
たぶん衝撃波みたいな物だろうか?
小さい頃アニメを見て技を真似したりしていたが、本当に出るのなら今でもやってみたいぞ。
他の護衛の奴等もそれに続き、様々な魔法が展開されて行く。
炎や雷、氷やよくわからない白い物まで、落ちて来る虫達を攻撃し、あるいは足で踏みつぶして行った。
俺の目の前にも一体虫の一体が落ちて来る。
し、死んでるよな?
少し顔を近づけると、虫だと思っていたものが虫では無いと気づいた。
まるで小さな人形に羽根が生えた様な、そんな感じだった。
だがそれは妖精の様な可愛いものじゃない、腕は六本あるし、頭には鋼鉄の様な突起がある。
これが突き刺さったのなら相当な痛みがあるだろう。
よ、よし踏み潰しておこう。
俺は筋肉痛で痛む足を何とか持ち上げ、虫の様な何かに、全体重を乗せて足を踏み下ろした。
「あれ? 踏んだ感覚がない」
足を上げてみるが、あの虫の死体はない。
何処行ったんだ?
死んだら消えるとか?
いやいや、この世界がそんな親切設計されてる訳がない。
「アツシ避けろ!」
ストリーの叫び声が聞こえる。
声に振り向いた瞬間、俺の左目の眼球の前に、虫の突起があった。
そこから先は本当に思い出したくない。
眼球に刺さった突起が、もっと奥に行こうと押し込まれて行く感覚。
そしてストリーが眼球の奥に入った虫を引き抜く感覚と、二度と左目が戻らないという恐怖。
暴れまわる俺をガーブルが気絶させ、気が付いた時には辺りは真っ暗になっていた。
ここはテントの中だろうか、俺はそこで寝かされていた。
左目は見えている。
瞼の上から触ってみたが穴も開いていない。
夢だったはずは無いよな……。
目があるって事は、魔法か何かで治してくれたんだろうか?
「起きたのかアツシ」
俺の隣にはストリーが付いていてくれた。
その顔が余りにも可愛くて、俺はつい抱きしめてしまった。
俺の腕が震えている、まだ恐怖が収まっていないようだ。
ストリーは目を瞑りゆっくりと唇を近づかせてくる。
俺はそれに答え、唇を重ねた。
本当にこのまま流されてしまいそうだ。
恐怖を忘れる為になんて言い訳するよりも、本能が欲している。
もしかしたら俺は、本当にストリーを愛してしまったのかもしれない。
でもその時、俺は思い出してしまった。
少し前にした質問のことを。
「ストリー、俺は少し前にした質問の答えが知りたくなった。なんで俺を気にするんだ」
俺は、本当に好きな女のことを知りたいと思ったのだろう。
「……私は嘘はつけないぞ。本当に聞きたいんだな?」
ストリーは俺の言葉に答えてくれるようだ。
「ああ、もちろんだ」
俺はストリーの答えを聞くまで希望に満ち溢れていた。
きっと俺の事を大好きになったとかそんな話だと。
……でも実際はそんな話ではなかった。
「そうか……では話してやろう」
ストリーの目は悲しそうだ。
まるで俺との別れ話をしているような。
「私はこんな性格だからな、男共は私と付き合おうとする者は居なかったんだ。私の家……ガーブルの家はな、代々男が継ぐと決まっているんだ。一番最初に男を出産した者が家を継ぐ決まりで、他の兄妹は皆女、そして生まれて来た子供も皆女。つまり、アツシとの子供が男なら実質私が家を継ぐ事が出来るんだ」
「は?」
ストリーの言葉に、俺は驚くしかなかった。
愛など微塵もないとハッキリ言われてしまったのだ。
「お前は、ただの種馬だ」
信じていたものは掻き消され、愛されていると思っていた人には、ただの種としか見られていなかった。
インドア派のアツシは体力の限界が来て、ストリーにおんぶされる…………
タナカアツシ(異界から来た男) ストリー(ガーブルの娘)
流石に女の子に、一時間程も背負われていると罪悪感がしてくるが、足が動かないのだからどうにもならない。
俺はストリーの背中から降ろしてもらい、残りの一時間は、なんとか休憩時間まで歩けたのだった。
その休憩場所は道の両側が高く、山の様になっている。
谷の下と言った方が分かり易いだろうか、兎に角そんな場所だった。
完全に道の真ん中で休憩しているが、あんな大蛇が出る様な世界で滅多に旅人なんて来ないから、誰の邪魔になる事もないだろう。
「アツシ、足は大丈夫か? 立って動けそうか?」
ストリーが少し心配そうな顔をしている。
踏ん張って剣の鞘を杖替わりにして何とか立ち上がったのだが、だが歩こうとするが太腿が一切上がらない。
亀の様な速度なら歩く事も出来るのだが、馬車について行くのは無理だ。
「無理、足が上がらない」
俺は素直に、自分の状況をストリーに打ち明ける。
「そうか、馬車の後ろにでも座れる様に、イモータル様に許可を貰って来るからちょっと待っていろ」
ストリーは俺の体に配慮してくれるらしい。
「ああ、待ってるよ」
我ながら足の引っ張り方が尋常ではないな。
このまま、この世界で暮らすなら、ちょっとは筋トレでもした方が良いだろう。
ガーブルも呆れているのか、こちらには寄って来ない。
立ち上がってプルプルしている間に、ストリーが戻って来た。
「アツシ、イモータル様には許可を取ったぞ。私が連れてってやるから、後ろの荷台に座っていろ」
「お、おう、悪いな」
俺はストリーに運ばれて、馬車の後ろの箱の上に座らされる。
やっぱり旅なんてする前に何とかして逃げればよかった。
俺は馬車の後ろから一歩も動けず、休憩が終わる。
すると号令がかかり、馬車が進み始めた。
何というか、周りの目が気になる。
この敗北感は何だろう。
実際は見られていないかもしれないが、王族でも何でもない俺が馬車の後ろに座らされ、この真っ赤な服の所為で誰よりも目立っている。
馬車に乗られている女王様よりもだ。
いっそ殺せと言いたいが、こいつ等にそんなことを言ったら本当に殺されそうな気がするから言わないが。
「あ~空が青い……」
他にする事も無いから空でも眺めていると、何か小さな点があることに気づいた。
「なんだありゃ?」
それはこの馬車に近づくにつれ大きくなり、上空へ近づいて来ていた。
「ス、ストリー、空から何か来る。何か来るぞ! 気を付けろ!」
ストリー達は俺の声に反応して、即座に臨戦態勢に入った。
上空より現れたものは、真っ黒いモヤだった。
ゆらゆらと揺らめいて、その場にとどまっている。
護衛の中の三人がモヤに飛びかかる。
飛び上がったのは、剣を持ち、軽そうな革の防具を身に付け、青い髪をした細身の男。
両目が複眼になっている奴だ。
二人目は骨の様な角ばった羽根を持つ黒髪の男。
槍を手にしている奴。
あの羽根でどうやって飛んでるんだろうか?
三人目は前に見た獣人系の美少女だ。
下から丸見えなんだが流石に興奮しないなぁ。
やっぱり俺は人型が良い。
その三人はそれぞれの武器を使わなかった。
いや、使えなかったのかもしれない。
飛んでいる三人は、空にあるモヤから逃げ続けている。
「ちょっと、これ虫の塊よ! 私達の武器じゃ倒せないわ!」
獣人系の美少女が叫ぶ。
剣であれ槍であれ、大量の虫を倒すのは至難の業である。
「うへ、あれが全部虫なのかよ。ストリー早く逃げようぜ。剣や槍じゃどうにもならないぞ」
たかが虫と侮ると普通に死ねる。
俺はストリーに逃げるようにうながした。
日本でも有名な物だとスズメバチ等だろう。
刺されれば死ぬこともあるから、近寄らないのが吉だ。
迂闊に巣を突くと何十を超える数が飛び出し、それが襲い掛かる。
その攻撃を人が全て躱すのは難しい。
「慌てるなアツシ、あんなものはタダ数が多いだけだ。簡単に倒せる」
それでもストリーは逃げようとしない。
「ストリー、何か作戦でもあるのかよ。此処には殺虫剤なんて物は無いぞ!」
「そんな物は必要無い、そこで見ているが良い」
ストリーは掌を空に向けると、そこに何かが集まってきている気がした。
「エアリアルブレイク!」
ストリーの掌から放たれた魔法は、緑色の風を生み出す。
ゴオオオオオっと音を立てて、周りの空気が集まる。
その塊が空の虫達へ上って行く。
魔法の風は辺りの虫達全体を全て飲み込むと、虫同士は激しくぶつかり合う。
そして風が弾けた。
風の刃に羽根を傷つけられ、制御を失った虫達は地面へと激突していった。
これは攻撃魔法というやつだろう。
目の前で見たのは初めてだ。
たぶん衝撃波みたいな物だろうか?
小さい頃アニメを見て技を真似したりしていたが、本当に出るのなら今でもやってみたいぞ。
他の護衛の奴等もそれに続き、様々な魔法が展開されて行く。
炎や雷、氷やよくわからない白い物まで、落ちて来る虫達を攻撃し、あるいは足で踏みつぶして行った。
俺の目の前にも一体虫の一体が落ちて来る。
し、死んでるよな?
少し顔を近づけると、虫だと思っていたものが虫では無いと気づいた。
まるで小さな人形に羽根が生えた様な、そんな感じだった。
だがそれは妖精の様な可愛いものじゃない、腕は六本あるし、頭には鋼鉄の様な突起がある。
これが突き刺さったのなら相当な痛みがあるだろう。
よ、よし踏み潰しておこう。
俺は筋肉痛で痛む足を何とか持ち上げ、虫の様な何かに、全体重を乗せて足を踏み下ろした。
「あれ? 踏んだ感覚がない」
足を上げてみるが、あの虫の死体はない。
何処行ったんだ?
死んだら消えるとか?
いやいや、この世界がそんな親切設計されてる訳がない。
「アツシ避けろ!」
ストリーの叫び声が聞こえる。
声に振り向いた瞬間、俺の左目の眼球の前に、虫の突起があった。
そこから先は本当に思い出したくない。
眼球に刺さった突起が、もっと奥に行こうと押し込まれて行く感覚。
そしてストリーが眼球の奥に入った虫を引き抜く感覚と、二度と左目が戻らないという恐怖。
暴れまわる俺をガーブルが気絶させ、気が付いた時には辺りは真っ暗になっていた。
ここはテントの中だろうか、俺はそこで寝かされていた。
左目は見えている。
瞼の上から触ってみたが穴も開いていない。
夢だったはずは無いよな……。
目があるって事は、魔法か何かで治してくれたんだろうか?
「起きたのかアツシ」
俺の隣にはストリーが付いていてくれた。
その顔が余りにも可愛くて、俺はつい抱きしめてしまった。
俺の腕が震えている、まだ恐怖が収まっていないようだ。
ストリーは目を瞑りゆっくりと唇を近づかせてくる。
俺はそれに答え、唇を重ねた。
本当にこのまま流されてしまいそうだ。
恐怖を忘れる為になんて言い訳するよりも、本能が欲している。
もしかしたら俺は、本当にストリーを愛してしまったのかもしれない。
でもその時、俺は思い出してしまった。
少し前にした質問のことを。
「ストリー、俺は少し前にした質問の答えが知りたくなった。なんで俺を気にするんだ」
俺は、本当に好きな女のことを知りたいと思ったのだろう。
「……私は嘘はつけないぞ。本当に聞きたいんだな?」
ストリーは俺の言葉に答えてくれるようだ。
「ああ、もちろんだ」
俺はストリーの答えを聞くまで希望に満ち溢れていた。
きっと俺の事を大好きになったとかそんな話だと。
……でも実際はそんな話ではなかった。
「そうか……では話してやろう」
ストリーの目は悲しそうだ。
まるで俺との別れ話をしているような。
「私はこんな性格だからな、男共は私と付き合おうとする者は居なかったんだ。私の家……ガーブルの家はな、代々男が継ぐと決まっているんだ。一番最初に男を出産した者が家を継ぐ決まりで、他の兄妹は皆女、そして生まれて来た子供も皆女。つまり、アツシとの子供が男なら実質私が家を継ぐ事が出来るんだ」
「は?」
ストリーの言葉に、俺は驚くしかなかった。
愛など微塵もないとハッキリ言われてしまったのだ。
「お前は、ただの種馬だ」
信じていたものは掻き消され、愛されていると思っていた人には、ただの種としか見られていなかった。
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