一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

22 勇気しか持てなかった者

マードック達をべノムが誘惑する作戦に出た…………


ベリー・エル(王国、兵士)      フルール・フレーレ(王国、兵士)
カールソン(帝国新聞、平社員)    グレモリア(王国に戦いを挑んだ勇者の一人)
べノム・ザッパー(王国、探索班)   メギド(王国、国王)
グレイズ(リアの元仲間、勇者の一人) マードック(リアの元仲間、勇者の一人)


 王国正門前。
 私(エル)達はマードックと対峙している。
 そこにはリアも居ます。

「リア、さあ一緒に帰ろう。国には皆が待っているよ。お父さんもお母さんも、兄妹達だって心配しているよ」

 リアの親がどんな人だったのか見てみたい気がしますね。

「貴方とは終わったって言ったわよね? 私の親も駆け落ちだったから応援してくれるわよ。いつも言ってたもの、恋は全速力で突っ走れって!」

 なるほど、全力で走った結果があれなのですか。

「考え直してくれ。魔族に関わって良い事なんて何もないはずだ!」

 私達のことを知りもしないのに、酷い言われようです。
 また逃がして悪意を広められたらどうなるか。
 いっそこの場で……いや短絡的に考えては駄目ですね。
 貴族ならば兵を挙げて復讐に来るかもしれません。

「この人達は、言われている程酷い人達じゃないわよ。私の事は諦めて、きっと直ぐに良い人が見つかるから」

 べノムの事ですね。
 もう用意は出来たのでしょうか?

 一応隣に居るもう一人の方の情報もリアから聞いています。
 名をグレイズと言い、マードックの剣の師匠だそうです。
 病気の娘の為に賞金を狙っているんだとか。
 お金を渡せば納得するんじゃないですかね?

 二度と来ないことを条件に、金塊でも渡してしまいましょうか。
 当然私の自費じゃないですよ。

「ちょ、お前……!」

 あ、フレーレさんに背中を押されて、べノムが出てきました。
 頑張って打ち合わせ通り誘惑するんですよ。

「え、あのな……あのえ~と、す、好きです~」

 元の声のままってのが笑えますね。
 ですが何だか駄目そうですよ?
 そんなんで落ちる人はいませんって。
 もうちょっとこう、伏し目がちにしたりとか色々技があるでしょう。

「え? 俺に言ってるんですか?」

「ああうん、そうだよ。だ、駄目ですかね?」

「そもそも貴方は誰なんですか? 何でいきなり俺の事を好きだと言うんです?」

「私はえ~と、アンリって言います。貴方の活躍は、この王国の地でも昔から聞き及んでいましたよ。陰ながらずっと見守っていましたんです」

 プフッ
 ま、まずい、笑いを堪えるのが苦痛です。
 体が震えて、吹き出しそう。

「ほら、きっと私と別れるのは運命だったのよ! 早速運命の人が現れたじゃないの!」

「え、これ運命だったのか?」

 リアがフォローしているけど、大丈夫でしょうか?

「そうよ、私と別れたから本物の運命が貴方達を導いたのよ!」

「まあ確かに、可愛いし好みだけど……何か声がおかしくないかな?」

「ちょっとべノム、ほら、泣きなさいよ」

 リアが小声でべノムに催促している。

「う、うえーん、あーん、酷いわー。気にしているのにぃ」

 どう見ても茶番にしか見えないんですが。
 なんか向うの人には効いたみたいですよ?
 女の泣き顔を見てオロオロしています。

「あ、いや、あの、ごめん。そうだよね、声ぐらいで断ったりしないから」

「じゃあ付き合ってあげるんですね! ……ほら抱き着きなさい!」

「マードック様~、す、好きー」

 べノムがマードックに抱きつきました。
 もうダメです、お腹が痛くて立って居られません。

 ブフゥ―ッ

 しまった、我慢できずに吹き出してしまいました。

「こんなにも私達が苦しむなんて、二人の愛が私達の闇を浄化していくわー! とてもいい気分がするの。もう悪い事なんて出来ないわねー!」

 フレーレさんフォローありがとうございます。
 でも何でミュージカル風なんです?

「ほらー、グラビトンも演技しなさいよー」

「俺もか? ……ああ、苦しい。愛が痛い」

 フレーレさんがグラビトンさんまで巻き込みましたよ。
 因みに棒読みですけどね。
 とにかく今の内に伝令を出しますか。
 この状況を沈める伝令を。
 私は近くの兵士に伝令を伝え、その伝令が町中に伝わった頃。
 リアさんが私の合図で行動を起こした。

「マードック、今よ! 彼女を連れて王国に入るのよ! 貴方達の愛の光で、魔族の心を癒すのよ!」

「あ、ああ、行きましょうか、アンリさん」

「ああ、はい、いきましょうね」

 マードックとべノムが、正門を抜けて王国に入って行く。
 リアもそれについて行った様だ。
 町には演技しろともう伝令を出してある。
 と言う事で、残ったもう一人ですが、この人の雰囲気は今までの流れを一変させました。

「この茶番はなんだ? お前達は戦う気がないのか?」

「そうねー、戦う気はないわ。リアから聞いたけど、貴方お金が要るんですってね? どうかしら、私達がお金を用立てるわよ。その代わり王国には来ないで欲しいのだけれど」

「金を出してくれるのか? 何故だ、お前達に得は無いだろう」

「得なら有るのよ、私達は戦争なんて望んでいないの。ただ無駄に殺す殺人鬼じゃないのよ」

 戦わないで良いなら、それに越したことは無いです。
 私達も兵士です。
 必要ならば人も殺します。
 盗賊なんて容赦はしません。
 でも、ただ殺して喜んでいる人間にはなりたくありません。

「その金は誰かから奪った金じゃないだろうな?」

「貴方が信じるか分からないけれどー、そんな事はしていないわよ」

 グレイズは剣をおろさない。
 マードックとは違い、この人は戦士なのでしょう。
 簡単に信用する者は、騙されて殺される世界の住人なのでしょう。

「じゃあ最後の説得をするわ」

 フレーレさんがその場で服を全て脱ぎ捨てて、今は本当に何も着ていません。

「何を……」

「この体を見なさい。貴方達が魔族だと言っているこの体を。私達は帝国と戦う為に、自分の体を魔物と合成したの。腕や脚も人のものとは変わってしまったわ。でも私達の心は何も変わってはいない、今もただの人間のままなのよ。それでも貴方達は私達を魔物として斬り殺すの?」

「俺は……お前達を信用する。 ……だがそれと仕事は別の話だ。服を着るまで待ってやる、そして俺と勝負するがいい!」

「そう、分かったわ」

 グレイズとの勝負が始まった。
 フレーレさんから止められて私は手を出せない。
 負けるとは思えないけれど、相手は見ただけで分かる手練れです。
 油断は厳禁ですよ!

「「…………」」

 二人共動かない。
 いえ、ほんの少しずつ間合いを近づかせています。
 もう相手の距離に入り、相手の剣が届く距離。
 たぶんこの勝負は一瞬で終わるでしょう。

 フレーレさんがグレイスの間合いに入り、グレイズの剣が煌いた。
 まだフレーレさんは反応しない。
 しかしグレイズの剣が当たる瞬間、フレーレさんの右脚が跳ね上がる。
 凄まじい速度で剣を刃を両断し、グレイズの腕と体が切り裂かれた。

 人同士の戦いだったなら剣の方が速かったのでしょう。
 しかし魔物の力を持った私達には、そんな常識は意味がないのです。

「本気には本気で、それで死ぬならそれまでのことよ」

 フレーレさんが倒れた男の元に、袋に入った何かを投げ捨てた。

「もし生きていたなら、それを持って行きなさい。そして二度とこの場には来ないことね」

 男は喋らない。
 生きているかどうかも分からない。
 でもきっと生きているのでしょう、フレーレさんが分からない筈がないですから。
 ここには勇者が置いて行った剣が落ちています。
 折れた剣の代わりはあるし、きっと彼は帰る事が出来るでしょう。
 私達は男を見ることなく、その場を後にしました。


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 王国に入るとそこは……いや、何でしょうかこれは?
 べノムとリアとマードックが、道の真ん中で愛を叫んで、道行く人達がそれを見ると苦しみだしています。
 あんなにシリアスだったのに、中に入るとこれですか?
 伝達を出したのは私達ですけど、雰囲気がぶち壊しじゃないんですかね?
 何となくガッカリですよ。
 あの三人はどうやら王城に向かう様です。
 私達も付いて行きましょう。

 それにしてもマードックさんは、よくこんなワザとらしい芝居を信じる気になったものですね。
 それともメギド様の首でも狙っているんでしょうか?

 でも私達が見せたかったものは、もう彼の目の前にあります。
 それはこの国そのものです。
 体の変わった者と、そうでない者が仲良く暮らし、皆が元気に暮らしているこの国を見て貰いたかったのです。

 もしそれでも彼が戦うと言うのなら、二度とこの国に来たくないように、徹底的に追い詰めましょう。
 真っ直ぐ城に向かい、開けられた門から城に入って行きます。
 誰も邪魔はせず、もうすぐ謁見の間につくきました。
 先にある大きな扉を開けると、そこにはメギド様が玉座にパンツ一枚で座っていました。

 その周りには、無邪気に子供達が遊んでいます。
 でも……大事な時に、なんでそんな恰好なんですかメギド様! 

 私が怒った顔をメギド様に向ける。
 それを見て何となく察してくれました。

「ああ、さっき風呂に入ってな、お前達がもう来ると言うんで急いでそのまま来たんだ。まあ気にしないでくれ」

 服ぐらい着る時間はあったでしょうに。
 それ、わざとなんですね?

「お前が魔王か? 貴様の所為で大勢の人が死んだ。そして世界に溢れた魔物達はお前が放ったんだろう。今も多くの人が苦しんでいる。大人しく罪を償うがいい!」

 彼はまだ剣を抜いてはいない。
 まだ話し合いの余地はありそうだ。

「大勢が死んだか……確かにそうだ。帝国との戦争により、この国の者も大勢死んだ。マリア―ドの夜襲に掛かり、更に大勢の人間がこの世を去った。お前達だけが苦しんだと思わない事だ」

 帝国との戦いでは私も兵士として参加していました。
 あの戦いでは仲の良かった友達も死んでいます。
 必死で戦い、生き残る為に、この体を選んだんです。

 本当は全員殺してやりたかった。
 でもメギド様は国民には手を出すなと、それを止めてくれました。
 あれが無ければ、きっと私達は本物の化け物になっていたんでしょうね。

「魔物のことは謝る。だが俺達も必死だったのだ。生き残るために使えもしないキメラを野に放った。しかし俺達もここまで繁殖力があるとは思わなかった。本当にすまん」

 キメラ、今でも何班もの兵士が退治しに動いている。
 それで許されるとは思わないですが、私達が居なくなったところでキメラは増え続けるでしょう。

「そして罪を償うと言うが、もう罪を償うべき者は死んでいる。キメラは先代の王が放ったのだ。俺はただ先代から王を引き継いだだけだ。それともその血を継ぐ者だから許せないとでも言うのか?」

 キメラを放ったのは先代のレメンス様だ。
 マードックさんは何も言わない。
 いや、言えないのでしょうか。
 もしもこの国自体を恨み、全てを壊すつもりならば、私が一振りで斬り捨てます。

「迷っているのか? お前は城下を見てどう思った。馬鹿馬鹿しい芝居に付き合って、倒れたふりを
した奴等、あれが邪悪だとでも思ったのか?」

 彼はただ立ち尽くしている。
 自分達がしてきた事を何もかも否定されたのです。
 彼は私達が、悪の首魁だとでも思っていたのですね。
 ラグナードの王に踊らされ賞金につられたのか、それともただ勇者に憧れていたのでしょうか。

「そんな芝居に付き合っていた奴等の中には、こんな体になった者ばかりではなかったはずだぞ。そいつ等もまとめて皆殺しにでもするつもりなのか?」

 こんな中でも子供達は陽気に走り回っている。
 その一人、ルーキフェートがマードックさんに近づいていきました。
 子供の危機なのでしょうが、メギド様は止めません。

「ねぇ、お兄ちゃんも遊ぼうよ。落ち込んでないでこっちで遊ぼう。ねっ、行こうよ」

 勇者と呼ばれた彼は、もう戦う気持ちは一つも残っていなかった。

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