一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

21 べノムはハーレムで幸せな夢を見る

二人のおかげで眠れない日々を過ごすべノム…………


ベリー・エル(王国、兵士)       フルール・フレーレ(王国、兵士)
カールソン(帝国新聞、平社員)     グレモリア(王国に戦いを挑んだ勇者の一人)
グラスシャール・ボ・レアス(王国、兵士)べノム・ザッパー(王国、探索班)


 べノムはもう倒れそうになっていた。
 本当に眠く、もう倒れそうなのだ。
 一度グラビトンの所にでも泊まらせてもらおうかと思い、正門の休憩室なら誰にも邪魔されないはずだと向かっている。
 飛ぶことも出来ずに歩いていると、やっと正門が見えて来た。
 これで眠る事が出来るぜと安心したが……

「あっ、あそこに居たわよ」

 何故だかエルとフレーレ達が走り寄って来た。
 その中にはレアスまで居やがる。
 激しく嫌な予感しかしやがらねぇ。

「ねぇべノム、私達に任せておいてねー、絶対仲直りさせてあげるからね」

 ちっとも何を言ってるのか分からない。
 どうでも良いから寝かせてくれよと足を進めるのだが……

「じゃあ行きましょう」

 フレーレが俺の腕を掴んで引きずられてしまった。
 凄い力で全く外せない。
 俺の睡眠時間をどうする気なんだ!

「おい待て、俺は眠いんだよ! 話なら後で聞いてやる、ちょっと眠ってからな! おい待て、話を聞けえええええ!」

 自分の家に退きづられ、連れ戻されるてしまった。
 俺の苦労も虚しく振りだしに戻ってしまったらしい。
 反論する気力もなくした俺は、ほとんどされるがままの状態である。
 一体何をする気なんだお前等は。

「では、始めますわ」

 レアスが扉を叩き、俺の家の中に入って行く。
 中にはロッテとリアが相変わらずにらみ合って険悪状態だ。
 見ただけで仲が悪い事が分かる。

「お久しぶりですわ、ロッテさん。この度私(わたくし)とべノムが、正式にお付き合いする事になりましたので、ご報告をと思いまして」

 はぁ?!
 誰がテメェなんかと!

「おい……むぐ」

 俺は口を動かし反論しようとするが、後からフレーレに口を塞がれてしまった。
 力の入らない体で引きはがそうとして見るも、ピクリとも動いてくれない。
 エルが自分の口に指を当てて静かにしろと合図をしている。
 そんな話を聞かされたリアは、当然怒り出していた。
 一体何考えてるんだこいつ等は。

「この人誰よ。私のべノムに何をしてるの! 言い訳を言うなら今の内だから!」

 ロッテの方は黙っている。
 一度旅をした事があるんだ、レアスの性格は知ってるはずだが。

「リアさん? でしたわね。べノムは貴方達の喧嘩の所為せいで寝る事が出来ないのですって。相手の事を思う事が出来ないのなら、愛する資格なんてありませんわよ」

 その言葉はロッテの心にも響いたようで、少し反省した表情になっていた。
 これをきっかけに、少しでも大人しくなってくれば良いのだが。
 たぶん反省するのはこの一瞬だけだろう。

「でもこいつが突っかかって来るから悪いのよ!」

「何時までもいがみ合っていらっしゃれば宜しいですわ。ええ、それが我慢が出来なくなったので、私(わたくし)の元へと来てくれたのですから。ねぇべノム」

 ここは乗るべきだろうか?
 早く返事をしろとフレーレが背中を指で押してくる。
 すげぇ痛ぇんだが。

「お、おう、俺とレアスは付き合ってるんだぜ」

 ロッテの方は茶番に気づいているはずだ。
 リアの方は……

「本当に付き合ってるのなら証拠を出しなさいよ! 私は認めないわよ!」

「仕方ありませんわね、分かりましたわ。ではべノム、両手をついて跪(ひざまづ)きなさい!」

 リアの言葉に、レアスが答えた。
 俺が跪いたらどうなるって?
 嫌な予感しかしねぇんだが、本当に何をするつもりなんだ?

「早くしなさい!」

 仕方なく俺は言われた通りにひざまずく。
 レアスはツカツカと移動し、俺の前のソファーに座った。

「さあそのままっていらっしゃいべノム」

 エルとフレーレの瞳は、俺に行けと言っている。
 進んだら不味い事になるのはわかっていた。
 これはマジか。
 もうやってられねぇと俺は立ち上がるのだが、だがあまりの眠さでふら付き、レアスの足元に言われた状態になってしまった。
 レアスの素足が俺の口元に迫る。
 まだ躱せると手で防ごうとするも、先にレアスの足が動いた。
 この女、わざわざ足を上げやがった!
 なんとか倒れた勢いを殺すだけで精一杯で、足の甲が迫って、ぐおおおお!
 チュッ。

「あははははは、この男やったわ! 物凄く楽しいですわ! 何かしら、これが恋かしら! あははははは!」

 こいつ、本調子になったら決着を付けてやるからな!

「べノム、そんな事まで出来るほどの仲なんですね。 ……分かりました、もう私はべノムが誰と付き合っていても構いません。煩い事も言いません。ロッテさんとも仲良くします。これからはちゃんとした愛人になる事を誓います!」

 リアの言ってる事は訳が分からん。
 俺と愛人になるだぁ?

「俺は愛人なんぞ作るつもりもねぇぞ!」

「そうですわ、べノムは一生私の足元にひざまずいて生きて行くのですから、貴方の元には行きませんわよ。ほら言ってみなさいな、大好きなレアス様、私に足を舐めさせてくださいと。あはははは」

 もうダメだ、これ以上は我慢できん。
 調子が悪いとかどうでもいい!
 とりあえずぶん殴る!

「表にでやがれこの野郎。女だとかどうでも良いわ! 俺が思いっきりぶん殴ってやる!」

「あらあら、そんな体で私(わたくし)に挑もうなんて馬鹿なのでしょうか。ゴキブリの様に叩き潰してあげますわ!」

 俺は家の外に跳び出し、レアスに殴りかかる。
 だが調子が悪く、いつもの速さはまるで出せない。
 その拳はふら付き、足がもつれてレアスの胸へと突っ込んだ。
 レアスを見上げると、その目はもう笑ってはいない。

「ま、待て……」

 怒りに満ちたレアスが、渾身の力を込めた拳を放ち、俺の頭に炸裂させる。
 そのまま何度か踏みつけられて、もう意識を保つ事が出来ず、俺はようやく眠りについたのだった。
 ああ、もうどうでもいい。
 久しぶりに寝られると、俺はこのまま一昼夜眠り続けた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 地面を布団にして充分眠った俺が目を覚ますと、この体には毛布が掛けられていた。
 これはロッテがやったのか?

「やっと起きたのねー、話があるから家に入って来て」

 起きた時に見えたのは、フレーレの顔だった。
 一体何の話だと家に入り、中にはロッテにリア、それとエルとフレーレが居た。
 レアスの奴は帰ったんだろう。

「話し合った結果、べノムには男の人とデートしてもらいます!」

 お前達の話し合いで、何でそうなったのか全然わからない。
 ロッテが昨日の事で怒って、そうなった?
 しかし俺が男とデートとは、本当になんでだ!

「あ? 何を言ってるんだ?」

「リアに話を聞いた結果、これが有効だと判断出来たわー。べノムには、これから来るリアの仲間を誘惑してもらうのよ。そう何度も来られちゃ迷惑だから、こちらに引き入れようと思うの」

 ロッテが何だか楽しそうだが、俺がそれを受けるかどうかは別問題だ。

「お前等がやれば良いだろうがよ!」

「……嫌」「パスよー」「駄目」「無理」

 やろうと思えば出来る。
 変身魔法を使えば、俺は女にも変われる事も出来る。
 だが男とデートなんて論外で却下だ!

「俺も嫌だ、じゃあこの話はこれで無しだな」

「べノムは姿も変えられるじゃない。成功すればもう勇者に悩まされなくて済むのよ? 国の為にもなるわ」

「だったらお前達がやれば良いだろうが!」

「べノム、貴方私達の上官でしょ! 女の子に嫌いな人とデートさせるなんて酷いわ!」

「そうよそうよ」「……そう」「酷いわねー」

 駄目だ。
 四対一では数の上で勝ち目がない。
 何か手はないかと考えていると、ノックもなく家の扉が開いた。

「あのーべノム隊長。例の二人がまた来たんですけど」

 しめた、伝令役のバールの奴だ。
 こいつを引き込めればまだ勝機がある。
 俺は事情をバールに話し、女共の説得を試みた。

「ああ、そうなんですか隊長、女装とか大変ですね。じゃ、頑張って下さい。俺は仕事がありますんで」

「ま、待て!」

 バールは、なんにも庇ってくえず、そのまま別の伝令へと向かった様だ。
 俺の伸ばした手が虚しく止まっている。

「じゃあ行くわよ」

「待てえええええ!」

 伸ばした手を掴まれ、俺はフレーレに引きずられて、正門に連れ去られてしまった。


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「ほら、あの人を誘惑するのよ」

 正門から覗くと、リアの仲間で、マードックと呼ばれた男が見えた。
 金髪で宝石を散りばめた、派手な赤の鎧を着ている。
 そんな物を着ているなら、何処かの貴族の息子か何かだろう。

「早くしてねー、見つからない内に変身しなさいよー」

 フレーレに言われるが、化けると言っても誰になりゃいいんだ?
 とりあえず目の前のフレーレに化けてはみた。
 一応その体はキメラ化していない状態のものだ。

「ぐえ」

「止めてねー?」

 それを見たフレーレに、俺はおもいっきり喉を掴まれ痛みを与えられた。
 嫌なら言葉で言えばいいじゃねぇか!
 他の三人に化けても同じ結果な気がする。

「じゃあ誰に化ければ良いんだよ?」

「う~ん、べノムの家の近くにパン屋があったでしょ? そこに居た女の子とかでいいんじゃない?」

 それなら見た事がある。
 確か黒髪のポニーテールで、身長は俺より少し小さいぐらいだったか。
 少し垂れ目で、鼻筋の通った可愛らしい子だ。
 目の下にホクロがあった気がする。

 変身魔法。
 習得の難しい魔法で、兵士の中では俺しか使うことが出来ない。
 体の表面の光を屈折させ、相手に見せたい物を見せるという魔法だ。
 色合いを操作ししたり胸を拡大したりと、相当にめんどくさい調整が必要である。
 そして声までは変わらないという弱点もあった。

「これで良いんだろ。だがどうやるんだ?」

「う~ん、そうねぇ、その辺りはアドリブで」

 ドンとフレーレに背中を押されて、俺は勇者の前に跳び出した。

「ちょ、お前……!」

 勇者の二人ががこちらを見ている。
 アドリブで続けるしかないのか……

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