一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

10 ラグナードの国境から

ラグナードの国境、目的の国に到着した三人、ラグナードの町まではもう少し…………


ベリー・エル(王国、兵士)     フルール・フレーレ(王国、兵士)
カールソン(帝国新聞、平社員)


 エルはフレーレさんを掴み、空から国境を飛び越えている。
 これは私達の姿を見られないようにする為なのだけど、カールソンさん一人に任せるのは少しふあんだ。
 もう夜なっても姿をあらわさないのは、トラブルでもあったのかもしれない。

「カールソンさん遅いわねー、もう夜になるわよ」

 警備の人に止められたのかな?
 心配はしてないけど、このまま何日も野宿は嫌ですね。
 こうなってしまえば朝まで出て来ないでしょう。

「見に……行く?」

「う~ん、そうねぇ? 行ってみましょうかー」

 私がフレーレさんを持ち、空に上がった。
 何か国境の壁の方から、カールソンさんの声が聞こえる。

「あ゛~~~ッ」

 悲鳴? 急ぎその方向に飛んだ私達だが、国境の壁の部屋から明かりが見えた。
 そこには……

 見なかった事にしたい。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 エルさん達と別れたカールソンは、国境を一人で越えなければならなかった。
 一人馬車を運転して、今国境に着いたところであった。
 大きな壁の様な国境の門で、私は警備兵に止められている。

「止まりなさい! 此処から先はラグナード領よ。まず積み荷の検査をしてもらいます」

 私は一人の女性兵士に止められてしまう。
 これは運が良い。
 女性ならば、私のイケメンな顔にメロメロだろう。
 さあ、この顔に酔いしれるが良い!
 女性が酔いしれる様な笑みを浮かべ、私はその女性を真っ直ぐ見つめた。

「何を妙な顔をしているのか知らないけど、早く積み荷見せなさい」

 私のスマイルを見ても彼女は怒り出してしまった。
 きっと私の顔が高尚過ぎたのだろう。
 全く見る目がない人だ。
 彼女の男運のなさに同情しそうになる。

「荷物はこれだけですよ。大した物は積んでいませんけどね」

「……貴方、どうやってここまで来たの? 武器も無いし、戦士にも見えないわ」

 確かに私は戦士では無い。
 戦いはエルさん達に助けて貰ったのですからと、正直に言う訳にも行かない。

「実は……ここまで来る道で、護衛の人は全て居なくなってしまったのです。本当にギリギリだったのですけど、無事にここまで来る事が出来ました」

「……そうなの? なるほど、それなら貴方これから如何するの?」

「え? ラグナードに向かいますけど……」

「護衛も無しで? それは無理ですよ。一人で行かせる訳には行かないわ」

 意外と優しい人で、同情されてしまったのだろう。
 一人で進めないとなると困ってしまう。

「それじゃあ此処に居る兵士の皆さんに、護衛をして貰うっていうのは……」

「それは無理ですね。国境の警備を放棄する事は出来ません」

 いや何か帰る人いないんでしょうか?

「でもずっとこの国境に居るわけではないんでしょ? ラグナードの家に帰ったりしませんか?」

「確かに帰省の予定のある者もいますが、予定では一週間後になります。まあ仕方ありませんね、一週間後に彼等と一緒に、ラグナードまで送り届けましょう」

 一週間もエルさんとフレーレ様を待たせるなんて、恐ろしくて出来ません。
 どうにかならないんでしょうか?

 このままでは、二人をお待たせしてしまう。
 仕方ない、最後の手段を使うとしようか。

「私には時間がありません。なので貴方に私の体を一晩好きにして良い権利を上げます。だから、この国境を通してください!」

 この私の熟れた肉体を好きにしていいと言っているのだ、女性ならば断れるはずがないでしょう。
 我ながら良いアイディアを出したと感心する。

「そう、急ぐ旅なのね。う~ん、しょうがないわね。一晩なら何をしても良いのね? なら付いて来なさい」

 ほら、やっぱり断る事は出来ないでしょ。
 しかしエルさんには申し訳ない事をしてしまった。
 これも私がイケメン過ぎるから悪いのですね。

「ここが私の部屋よ。ベットに座って待っていてちょうだい」

 女性が隣の部屋に入り、準備をする様だ。
 まさかいきなりベットに誘われるとは、大胆な女性だ。
 女性を待たせる訳には行かない、服を先に脱いでおきましょうか。

「お待たせ。実は国境警備になってから、ずっと我慢してたのよね」

 ドアが開き、女性が此方に向かって来る。

「まさか服を脱いでいてくれるなんて 貴方も好きなのね。それじゃあ始めましょうか」

 私が女性の方を振り向くと、愛の言葉をささやいた。

「貴方の様な美しい……女性……に……は……?」

 彼女の恰好は何だろうか。
 顔には目だけを隠すマスク、体にはボンテージ、手には鞭と蝋燭(ろうそく)が……
 何だろう、私の想像していた物と凄く違う気がする。

「ほら、早くそこに跪きなさい」

 訳が分からない、この状態は一体?

「あの、これは何でしょうか?」

「とっとと跪(ひざまず)けよ、豚野郎がッ!」

「ふぁいッ!」

 ビシッとムチを鳴らし、彼女は私を脅す。
 そんな彼女に、思わず返事をしてしまった。
 もしかしてこれは鞭で叩かれたりしてやるという例のアレだろうか?

「あ゛~~~ッ」

 鞭で叩かれ蝋を掛けられ、この夜に私の悲鳴が鳴りやむ事はなかった。
 そして充分に調教されてしまった私は、朝方まで色々と弄ばれている。
 眠る事すら許されず、私の体はボロボロだ。
 もう体中が痛い。
 いやでも最後の方になると、何だか気持ち良く……いやいや、なってませんよ。

「本当に一人で大丈夫なの? ラグナードの方は、まだ魔物の確認はされて無いけど、それでも盗賊とかは出るのよ?」

 女性が私の事を心配ている。
 もう私の魅力にメロメロなのだろう。

「大丈夫ですよ。逃げ足なら結構自信がありますから」

「また来てね。貴方みたいに感じの良い人には目が無いのよね私」

 そういえばまだ女性の名前を聞いていない。
 ここは聞いておかないと、男として駄目だろう。

「そうだ、貴方の名前を教えてください。私はカールソンと言うのですよ」

「カールソンね、覚えておくわ、私はマークよ」

 女性にしてはおかしな名前だ。

「……マーク? なんだか男っぽい名前ですね」

「ええ、だって私男ですもの、じゃあまた来てね」

 マークが壁の中に消えて行く。
 男? え? 男? 全く気付かなった。
 いやでも、もしかしたらそれも有りなんじゃないかと思い始め、私はこの国境をあとにした。

 国境から少し馬車を走らせると、二人の姿が見えて来ている。
 二人と合流し、国境から先へと進んで行く。
 魔物も居ないと聞いたから、ここからは楽な旅が出来るかもしれない。

「皆さん、遅くなって申し訳無いです」

「ああ、うん」

「…………」

 何だろう二人の空気が妙におかしい。

「あの、どうかしたんでしょうか?」

「まあ、趣味は人それぞれだよね」

 さっぱり分からない。
 エルさんも私を見てくれないし、きっと私と離れて寂しい思いをさせてしまったのだろう。
 少し声をかけて元気づけましょう。

「ほら、この草原を抜けるとスズの村に着きますよ。そうしたらラグナードの町は目と鼻の先です。さあ頑張って進みましょう!」

「そうよね、もう少しで終わりだものねー。じゃあエルちゃん、頑張りましょう」

「……うん」

 二人も納得してくれた。
 私の話術にかかれば、まあ当然だろう。
 話では魔物の目撃情報はないという事だ。
 一応盗賊が出るとは聞いたが、お二人にかかれば敵にならないでしょう。

「じゃあ出発しますよ、お二人共、馬車に乗ってくださいね」

 エルさんとフレーレ様を馬車に乗せ、スズの村へと向かった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 エルとフレーレさんが馬車に乗り込み、スズの村に向かう途中。
 でないと言われた魔物に、馬車が襲われてしまった。
 カールソンさんは敵が出ないと言っていたのに、偽情報を掴まされたのかもしれない。
 それとも私達が相当に運が悪いのでしょうか?

「ちょっと、敵は出ないんじゃなかったの!」

 馬が襲われては、旅の足がなくなってしまう。
 それだけは阻止しなければと、私は戦う決意を固めた。

「いや私に言われても知りませんよ!」

「……来る!」

 敵は牛の頭をした人型で、背中から蝙蝠の翼を生やして、腕には棍棒を持っていた。
 その牛は空を飛び、執拗に馬を狙っている。
 エルが炎の剣を投げて迎撃するが、空中で軽く避けられてしまう。

 動きとしては私と同等でしょうか?

「また来るわよ!」

 私は馬車から空中に飛び出し、牛との戦が始まった。
 棍棒と炎の剣がぶつかり合う。

 私の剣を舐めないでください!
 そのぐらいなら、斬り落としますよ!

 ぶつかった所から斬り飛ばし、手に持った部分もついでに燃やした。
 使えなくなった棍棒をこちらに投げ捨て、牛が私に飛び掛かって来る。

 牛が私の体を掴み、締め上げようとして来ていた。
 でもそれは無駄です。

 体を掴んだ所から牛の体が燃え上がり、たまらず掴みあげた手を放した。
 焼けた体からは、嗅ぎなれた牛肉の臭いがしてきている。
 牛にはもう打つ手がないらしく、別の行動へと移っていた。
 馬車に乗っていたフレーレさんに向かい……
 ああ、あの牛は、終わりましたね。

 フレーレさんは馬車の座席の中で体を寝かせ、牛が近づくと腕と体のバネを使い、馬車の窓から飛び出し、牛の顔面に蹴りを放った。
 牛が昏倒して地面に倒れると、フレーレさんは牛の背中の羽根をむしり取る。
 飛べなくするとその場で一度跳び上がって、掌底で牛の後頭を掴み、地面へと叩きつけた。
 うん、たぶんもう終わったのでしょう。

「ねぇ、これ牛よね、美味しいのかしら?」

 私はブンブンと首を振り、その言葉を否定した。

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