一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

9 森の大蟲

ブリガンテから三人はハイヤハイヤの森へと進んだ…………


ベリー・エル(王国、兵士)     フルール・フレーレ(王国、兵士)
カールソン(帝国新聞、平社員)


 三人はブリガンテを出発し、ハイヤハイヤの森へと向かう。
 この森の鳥の鳴き声が、ハイヤハイヤと聞こえたのが由来だそうだ。
 バール森林より深く、道から外れれば、脱出する事は不可能なほどに広い。
 辺りには獣の声や、鳥の鳴き声であふれかえっている。

「お二人共、この森を抜けるとラグナードの領内に入りますよ」

 ラグナードは今回の旅の目的地で、カールソンさんを置いてこれば旅は終われる。
 私達二人ならば飛んで飛んで帰るのも不可能ではない。

「ラグナードってどんな国なのー?」

「そうですねぇ、ラグナードは神の信仰と共に成長して来た国で、噂では天界との交流が有るとか無いとか。私としては、たぶんないとは思いますがね」

 天界が本当にあるのか知らないけど、本当に天使とか居るのでしょうか?
 王国に天使が来たという変な噂なら聞いたことがあるけど、たぶん嘘だろう。

「ふ~ん、そうなのね? それにしても大きな森よね。敵がいっぱいいそうだわ。ねっ、エルちゃん!」

 何で嬉しそうなんですかフレーレさん。
 そんなに魔物と戦いたいんですか?
 私はあんまり戦いたくないんですけど……
 一応適当に返事をしておこう。

「そう……ですね」

「おや、あれは何でしょうか」

 前方から何か向かって来る。
 ラグナード方面からの馬車の様ですね。
 かなり急いでいる感じですが、何かあったのでしょうか?

「お前達、急いで戻れッ、魔物がこっちに向かっているぞ!」

 こちらに向かって来た馬車から、男の叫び声が聞こえた。
 敵が来る?
 私は馬車を飛び出し、空に上がる。
 走って来た馬車の方向を見ると、巨大な物が道なりにいくつも転がって来ていた。

 馬車よりも大きく、道を塞ぐぐらいには大きい。
 あの大きさでは相性が悪い。
 燃やしたところで勢いは止まらないし、格闘オンリーのフレーレさんでは、なお更でしょう。
 私はカールソンさんの元に急ぎ、元来た道を指さした。

「あっちに……!」

 あれはダメです、急ぎましょう。
 カールソンさんは、私の合図を理解し、馬車を急ぎ反転させた。

「何あれ、岩なのー?!」

 フレーレさんが外の様子を馬車の窓から覗いている。

「カールソンさん急いで! 追いつかれたら潰されちゃうわよッ!」

「分かってますよッ、でもこれで全速なんです!」

 森の入口が近いが、丸い魔物は馬車の後まで迫っている。
 どうにもならないと分かっているが、私は剣を構えて飛び立とうとした。

「エルちゃん、ちょっと退いて!」

 馬車の後ろで剣を構えていた私を退かして、フレーレさんが馬車の後ろの出っ張りに立ち、タイミングを見計らっている。
 潰されるギリギリ、フレーレさんの足の届く距離に岩が来ると、そのまま背中を馬車に預けて岩を蹴り上げながら押し込んだ。

 ほんの一瞬だけ岩の勢いが落ちた様な気がした。
 蹴り付けた勢いがフレーレさんの背中から馬車に伝わり、車体の重量から解放された馬がその勢いを増した。
 速度を上げる馬車は大岩を振り切り、馬車は森の入り口まで戻ってきている。

 無敵ですね流石ですねフレーレさん!

「出口よ、馬車を道から外してッ!」

「は、はい、分かりました!」

 馬車が街道から反れると、後ろから道沿いに大岩が走って行く。
 近くに先ほど警告をしてくれた馬車も居て、無事に助かっている様だ。

 この馬車が居なかったら、危ない所でした。
 有り難うございます、貴方のおかげで助かりましたよ。
 でもあんなのが何時も来るのなら、もうこの道は使えないですね。
 一応何か知ってるかもしれません。
 まずは助けてくれた人に話を聞こうと、私がフードを被り近づくいて行く。

「だい……じょ……ぶ?」

「え? ああ、大丈夫だ。あんた達も無事だった様だね」

「それは良いんですが、この道はあんなのが毎回通って行くんですか?」

 後から来たカールソンさんが事情を聞いている。

「いや、この道は何度か通った事があるが、初めての経験だよ」

 初めてなのですか?
 なら通り抜けて行ったから、もう戻って来ないのかな?

 私はそう思ったけど、どうもそうはならなかったらしい。
 少し待つと後から音がして、あの大岩が戻って来ている。
 気付かず進んでいたら潰されていたかもしれませんね。

 でもあれ最近出現したんでしょうか?
 あんなのが居たらとても邪魔ですよ。

「貴方達、どうやって此処までこれたのー? 良く途中で潰されなかったわね?」

 確かにそうですね、私も気になります。
 あの馬車はどうやって抜けられたのでしょうか?

「ああ、実はな……」

 話を聞くと、どうやら途中で避難できる場所がある様で、そこに避難してしまえば潰されずにすむらしい。
 でもあれも生物のはずです。
 永遠に動き続けている訳ではないでしょう。
 夜辺りに眠っているなら、その時間に抜けられれば良いのですが。

 その辺りの事もフレーレさんが聞くが、分からないと言われてしまいました。
 しかし夜走るとしても、夜は夜で危険なキメラ達が徘徊しているかもしれません。

「どうしようかエルちゃん」

「ん……」

 私達は相談して夜に馬車を走らせる事となり、あの岩よりは戦えるキメラを選びました。
 主にフレーレさんの意見で。

「それじゃあ行きましょうかー!」

 嬉しそうですねフレーレさん。
 でも私、夜は余り得意でないです。
 炎を出すと変な虫が寄って来たりするからです。

「じゃあエルちゃんお願いねー」

「……うん」

 どうせこうなるだろうと思ってた私は、空から炎の光で馬車を誘導して進んで行く。
 でもどうせこの光に釣られて、敵が現れるのは分かっていますよ。

 予想なんてするまでもなく、相手にならない普通よりも巨大な蟲が私の炎に突っ込んでくる。
 放って置いても炎にまかれて死にますが、自分の体に当たるので結構痛い。
 ハッキリ言ってちょっとイラッとします。

「エルさん、後ろからデカいのが来ましたよ。気を付けてください!」

 カールソンさんの指摘で後を見ると、今までより大きい蟲が此方に向かって来ていた。
 測らなくても分かる、あれは私より大きいサイズだ。
 大剣を使い、その蟲の頭から斬り付けてみるのだけど……

「かたッ……」

 頭を殴られ、蟲が少しふら付くが、その甲殻に傷も付いていない。
 体制を立て直し、蟲は私の周りを飛び回ってタイミングをうかがっている。
 大きさの割に、相当な速さがあるらしい。
 関節の付け根を狙いたいが、中々当てさせては貰えなかった。

 どうしよう?
 簡単に勝つ方法は有るが、積極的にやりたい方法じゃない。

 迷いながらも剣を振るが、やはり固い甲殻に弾かれた。
 やっぱり、やらないと駄目なんだろうか?

 何度か剣を叩きつけるが、蟲にダメージはない。
 このまま続けていても埒が明かない。
 やはりやるしかない様ですね。

 私は蟲と同じスピードで空中で飛ぶと、蟲が炎に向かって飛び込み襲い掛かる。
 蟲は脚で私の体に掴みかかり、炎の熱でそのまま燃え上がった。
 
 ジュウジュウと燃える蟲の臭いに、このおぞましい腹の付けねが凄く嫌だ。
 蟲と抱き合うなんて、トラウマになりそうです。
 でもそれもすぐに終わる。
 炎で、直ぐに蟲の薄翅が燃え、私は蟲と一緒に落下して行く。
 もう蟲は動かないが、このまま地面に激突したら私も死ぬかもしれない。
 こんな奴と一緒に死んでやる訳にはいかないのです。
 動かない蟲の脚の関節を斬り落とし、私はなんとか空中で脱出する事が出来た。

 今思い返してもゾワゾワしている。
 もう二度とやりたくないです。


「エルさん大丈夫ですか!」

「……だい……じょぶ……」

「その内私の子供を産むんですから、体は大事にしてくださいね!」

「…………」

 この男は頭がおかしいのかもしれない。
 その内ストーかーとかになりそうで嫌だ。
 機会があったら抹殺しようか?
 私の表情を察したのか、カールソンさんはちょっと怯えていた。

「い、嫌だなぁ。冗談、冗談ですよ、ほんとに!」

 本当に冗談だろうか、信用出来ない。
 この間も男と寝ていたし、性別は何でも良いのかもしれない。

「あそこに休憩出来そうな場所がありますよ。一度休憩しませんか?」

「駄目よー、今の内に森を抜けないとまたあの岩が来るわ!」

 フレーレさんの言う通りです。
 あの岩は私達では相性が悪くとても無理です。
 それに休憩している間にも、他のキメラが来るともしれません。

「いきま……しょう」

 行きたがらないカールソンさんを説得し、馬車を飛ばして先へと進む。
 道を進んで行くと、そこに何か巨大なものが幾つか横たわっている。
 よく見ると巨大な蟲の体で、良く眠っている様だ。

 この色は、あの大岩に似ていた。
 此奴が丸まっていたのだろうか?
 出来れば今の内に倒しておきたい。
 しかし見るからに堅そうで、私の剣が通じるとは思えない。

「エルちゃん、この虫の触覚と目を潰しておきましょう。それでなんとかなるかもしれないわ」

 フレーレさんの言う通りにしましょう。
 うまく行けば、朝になっても襲って来ないかもしれません。

 何時でも動ける様に、馬車を準備して、蟲達の目と触覚を潰していく。
 その攻撃で気がついた蟲は、辺り構わず暴れまわり、味方同士で同士討ちを始めた。

「今の内に逃げるわよ~」

 私はフレーレさんの意見に頷き、馬車の前を飛び進んだ。

「森の出口が見えて来たわ。もうちょっとよー!」

「やっと この森を抜けられる。もう二度と来たくはないですよ」

 残念ながら、帰る時にもう一度通らないといけないのですよ。

 そう思い後を見ると、暴れる蟲達が何時までも戦いを続けていた。


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 蟲達の襲撃を乗り越え、私達は森の出口に近づいていた。

「ほら見えてきましたよ。あれがラグナードの国境です!」

 長く伸びた巨大な壁、それが最初の印象だった。
 ここからはラグナードの領に入ります。
 私達のこの姿は目立つし、敵となりそうな国の中です。
 フード付きのローブの着用は必須になるでしょう。
 しかしこの国境を通るには、確実にフードを脱がされてしまう。
 そうなればきっとひと悶着起こるに違いない。

 そんな事になるよりはと、馬車はカールソンさんに任せて、フレーレさんを抱え、国境の先で待つ事にした。

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