一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

4 闘神

 エルが回復するまでフレーレがキメラ退治に出かける…………

ブリガンテ武国。


ベリー・エル(王国、兵士)     フルール・フレーレ(王国、兵士)
カールソン (帝国新聞、平社員)


 ブリガンテの国境の砦からブリガンテ方面に移動すると、蛍火ほたるび湿原しつげんがある。
 この場所は蛍が出る季節になると、美しく幻想的な景色になるらしい。
 残念ながら今はただ、雑草が生い茂るだけの湿原となっている。
 道以外には五十センチ程の雑草が、そこいら中に生えていた。

 今フレーレは、その湿原の中を所かまわず疾走している。
 ウサギの様なキメラの目の前を走り…………そして通り過ぎて行く。
 そのキメラが追って来るが、私は気にしていない。
 六本脚の熊の前を走り…………そして通り過ぎる。
 人型のキメラの前を走る…………そして通過した。

 私はこの湿原の中を兎に角走り続け、遊び道具を探している。
 走り続けて一時間後には、振り切られずに追って来た、強そうなキメラ達が集まっていた。

「あらー、結構集まったのねぇ。これは結構楽しめそうだわ!」

 考え無しに走った結果がこれだったのだが、私はこれを最初から望んでいたのだ。
 私と戦ってくれるキメラを見つめ、その数を数えだす。

いちさん…………と、二匹ね」

 走っている間に追い付けなかった奴。
 途中で喧嘩しだして脱落したもの。
 だが此処に残ったキメラは、私だけを目標に追って来た奴等だ。

 エルちゃんをやった狼も二匹居る。
 今はまだこの場に集まったキメラ達は、お互いに牽制しあい、戦う動きは見せていない。
 だから私の先制攻撃のチャンスだ。
 毒を持つ狼は邪魔だから、先に倒してしまうとしよう。

「ふぅッ!」

 隙を見て二匹の狼に向かい、私は走り出した。
 その狼は口を開け噛みつくのだが、それを躱してもう一匹目の狼を落とす。

「ギャワン!」

「グルルルルルル!」

 二匹目が飛び掛かって来るが、それを飛んで踵を落とした。
 本気で放った二発の攻撃は、それだけで毒の狼を倒すに至る。
 でもまだ他の五匹は、牽制し合って様子を見ていたのだが、今は私だけにその目を向けている。
 私の強さに恐れをなした?
 どうもそうではないらしい。
 自分の強さを誇示するように、体を大きく広げるものや身を低く構えるもの、この中には色々だった。

「どれから来るのー? それとも全部ー? さあ掛かって来て、私の相手をしてねー!」

 最初に六本足の熊が動いた。
 脚が六本あるというだけで、殆ど熊と変わらない。
 腕を振り回し、爪で切り裂く。
 私はそれを左腕でさばくと、その流れのまま左脚で顔面を蹴り飛ばす。
 熊はズザーっと後に吹き飛ぶが、まだしぶとく生きているらしい。
 これで死なないとは中々の強者だ。
 私の相手に相応しい。
 
 四本の脚を使い立ち上がると、二本の腕で何度も爪を振り回す。
 私はしゃがみ込むと、がら空きの腹に向かって、右脚の蹴りを撃ち上げた。
 その蹴りは易々と熊の体を突き破り、その命を奪う。
 やり過ぎたかなと後悔するが、まだ充分敵は残っている。

「次は誰かしらー?」

 私の戦いを見ていた二匹が、恐れをなして逃げて行く。
 減ってしまったのは残念だけど、残った二匹はやる気を失っていない。
 ここに残ったのだから、それなりの自信があるのだ。
 是非私の期待に応えて欲しい。
 まず動いたのは、二本の鎌を持った蟷螂かまきりで、そのサイズは私より大きい。
 緑色が泥で汚れているような、そんな模様と色をしている。
 手の代わりに生えた鎌は、本物の鉄の様に鋭く尖っていた。
 食らえば体ごと真っ二つになってしまうだろう。

「速いッ!」

 見た目に反して、物凄く素早く動くらしい。
 蟷螂による上方からの鎌が、下に居る私を狙った。
 流れる様に横に躱し、振りかざした鎌の腹を、掌底で撃つ!
 バキッと鎌の一本が割れ、蟷螂かまきりは苦しんでいる。
 鎌であると同時に腕なのだ、痛いのは当然だろう。
 その隙を狙い、二本目の鎌を蹴りで両断した。
 二つの武器を失ってしまえば、残りはただ大きいだけの的である。

「期待外れだったみたいね?」

 私が居合いの様に左腕を抜き、手刀を縦に振り上げた。
 腹から二つに分かれて行く蟷螂は頭までもが両断される。

 次は三匹目。
 対峙したのは珍しい人型で、体も顔も真っ白く、赤いグローブをつけているように見えた。
 試しに軽く拳で突くと、相手は軽く躱してカウンターを合わせてくる。
 その腕が私の頭に迫っている。
 頭を動かし何とか凌ぐが 頬がパックリと割れて、赤い血が流れ落ちた。
 魔物の格闘タイプとは初めて会うけど、良い戦いが出来そうである。

「やるなー!」

 相手は私の動きを見て後の先を狙っているのだろう。
 またカウンターを狙っているのか、それとも?
 私は相手に構わず、強く左の突きを放つ。
 相手は右の拳でそれに答え、拳と拳がぶつかり合った。
 ガシンとぶつかるその衝撃は、腕を通し背中へと衝撃が突き抜ける。
 本気ではないとはいえ、私と打ちあえるとは中々だ。

 次は手刀を繰り出すのだけど、この相手には躱される。
 右の拳を繰り出すが、受け流される。
 回し蹴りも避けられ、相手の反撃が来る。
 人型の攻撃が右の拳、続いて左、更に右右と、拳が連続で放たれた。

 一発目を左手でガードし、そのまま掌で左の拳を受け止める。
 三発目の右の拳を頭を振って躱し、次の右を左手の掌を使って受け流す。
 そのまま相手の体に、自分の体をすべらせ、背中に強烈な肘打ちを食らわせた。

 まだ手は緩めない。
 肘の打撃地点を変え、もう一度背後から撃ち込み、その場から一度下がった。

「……ッ!」

 ヒュンと人型の裏拳が、私の鼻先をかすめる。
 まだ相手の攻撃は終わっていない。
 その流れで手刀が放たれ、首元を狙われた。

 私がバク転で躱しつつ、離れ際に蹴りを放つ。
 人型の体が切り裂かれ、ブシュッと血が噴き出た。
 私の攻撃にも人型は倒れず、この相手は、かなりの強敵である。
 しかし、その強敵が現れ、私は口元を緩ませた。

 もう少し本気を出せばたぶん倒せるのだけど、この相手に少しやりたいことがある。
 この私には、まだ必殺技というものがないのだ。
 一撃で倒す事が出来る何かが欲しいと、私はずっと思っていた。
 この相手なら、少しぐらいは試せるかもしれない。
 強敵と出会えた嬉しい感情を抑え、必殺技のイメージを固めていく。

 でも何をすれば良いのだろう?
 手刀で首を斬ってみる?
 そんなものは必殺技とは言えない、ただの手刀である。

 蹴りで腹を突き破る?
 それは何時もやってるし、もうちょっとロマンが欲しい。

 相手が使っていたカウンターはどうだろう?
 クロスカウンターは確かに威力は上がるのだけど、知名度もあるからあまり良くはない。
 それは私だけの必殺技とは呼べないだろう。
 う~んどうしよう、思いつかない。

 こうして悩んでいるいる間にも、人型は攻撃を繰り返している。
 激しい敵の攻撃の中、私はそれを躱しながら、何とか一つ思いついた。
 早速やって見ようと、繰り出される相手の右の拳に、私の足の踵を合わせる。
 踵で相手の拳を叩きつけ、その拳を足場として、逆の脚で頭を蹴り飛ばした。
 バンと衝撃が、相手の頭に加えられた。
 人型はもう動かず、地面に倒れて二度と起き上がらなかった。
 確かに威力はあり相手は倒れたのだけど、これはこの技の威力だったのか、それともただ蹴りが強く入っただけなのだろうか?

「う~んなんか違う様なー? まあ気にしないでおきましょうか」

 もう周りに敵は見当たらず、一回砦に戻ろうと砦に走って戻った。
 次の日も私は大量のキメラを倒し、三日目が訪れる。
 もう直ぐエルちゃんが目覚める時間だろう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 砦の医務室の中で、エルがベットから起き上がった。
 狼の毒も抜け、顔色も良くなっている。
 
「エルちゃん、もう大丈夫なのー?」

「うん……だい……じょぶ」

「エルちゃんが起きたのに、カールソンさんは何処行ったんだろう?」

「……さあ?」

「じゃあ今の内に旅の準備を済ませましょうかー」

 二人が旅の準備を始めている頃、暇なので砦の中を見て回ろうとしていたカールソンは、普通に迷子になっていた。
 砦の内部は物凄く大きく、同じような部屋が並んでいる。
 部屋には何の部屋かも書かれておらず、番号すら書かれていない。
 この砦に攻め込まれた時の為に、迷う様に作られているのだ。
 今はもう魔物の影響で、そなる可能性はとても低いのだが。

「此処は何処でしょう?」

 周りを見るが人があまり居ない様だ。
 仕方がない、あそこにいるガッチリ体型の男の人に聞いてみよう。

「あのぉ、すいません。私ちょっと道に迷ってしまって、医務室は何処にあるんでしょうか?」

「医務室? まあいいけど、それより貴方、ちょっといい男ね。ちょっと頼みを聞いて貰えないかしら」

 何か化粧もしているみたいだし、私とは違う趣味の方だと感じてしまう。
 
「頼みですか、それは良いですが、何をするんですかね?」

「そこの部屋に入ってもらえれば良いから、そんなに時間はかからないわよ。じゃあ行きましょうか」

 中に入ると、特に変わった事もない寝室みたいでした。

「じゃあそこのベットで待っていてね、直ぐ用意するから」

 何だろう?
 ベットに座り、言われた通りに待っていると、別の部屋に行っていた男が戻って来た。
 下着のみの姿で、男が立っていた。
 アレが元気なのは何でだろうと、私は少し恐怖を覚えた。
 その男がガチャリと扉の鍵を閉め、今の自分の状態を理解した。

「ちょ、ちょっと待ってください。待って、待ってください!」

 男がゆっくり近づいて来る。

「私にはそんな趣味は無いですから! ほんとに勘弁してください!」

「大丈夫よ、終わった頃には慣れるから……」

「ひぃいいいいいいいいい……」

 気が付いたら、私は何処かの扉の前に立っていた。
 何だろう、一時間ぐらい前の記憶が無い。
 それになんだか尻が痛い。

 近くに居た兵士が私を見て、頬を染めている。
 なんだか背筋が寒く、この場に居てはいけない気がする。
 どうにも物凄い寒気がして、私は迷わずその場から走り去った。

「明日も来てねぇ」

 兵士が何か言っていたが、私は聞く気が起らない。
 我武者羅がむしゃらに走っていると、医務室の文字が見えた。
 もう少しで天使に会える。

 よしドアを開けよう。

 ガチャ

「ああ、戻って来たのね、お兄さん。はいこれ忘れ物」

 先ほどの気持ち悪い兵士がそこにいた。
 手には私の下着が…………

 私はそこで、思い出を思い出した。
 宗教の儀式的な事をされ、お尻に蝋燭を突き立てられ、体中に何かをされてしまったのを。

「ぎぃやあああああああああ!」

「じゃあこれ、また今度会いましょうね」

 兵士が私の下着を投げ、その場から立ち去って行く。

「カールソンさんって、そんな趣味があったんですね」

「……ね」

 エルさんとフレーレ様が、私の事を誤解している。

「違うんです、私にはそんな趣味はありませんから! 私はエルさん一筋なんです!」

「まあカールソンさんがどんな趣味を持っていようが、私達には関係無い事ですからねー。それにほら、言い訳するなら自分の体を見てからの方が良いですよ~」

 近くにあった鏡を重むろにのぞき込む、そこには顔と体に大量のキスマークが残っている。

「なんじゃこりゃあああああ!」

 私は思い出した。
 体中に虫を這わせ、それを食わせる事で動物がキスマークをつけるという悍ましい何かだったことを。
 それを思い出した私は、意識を闇の中に落としてしまったのだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 あの後カールソンさんが気絶してしまい、出発が次の日になってしまった。
 カールソンさんは、私の事を好きと言っていたのに、気の多い人だ。
 まさか男の人と、そんな事をするとは思わなかった。

「もう準備は大丈夫ですよね? じゃあ出発しますよー」

「……行くよ」

「あ、はい、行きましょうね」

 カールソンさんは何かを悟った様な顔をしている。
 出来れば今直ぐ帰りたい。
 でも任務を投げ出す訳にも行かない。
 足が重いけど仕方が無い、次の目的地に向かうとしましょう。

 蛍火の湿原に入るのだが、キメラの気配はするけど、襲って来る気配がない。
 フレーレさんが出て来るのを期待していたけど、何かを恐れて出てこない様だった。
 出てこないのなら楽でいいけど、なんでなのだろう?

 特に何事もなく、ブリガンテの城下に到着した。

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