一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。
5 決戦、死闘、絶望
フーラと別れたミーシャは、城に戻ると王の間に向かった。
裏切者が内部に紛れ込んでいる事を王に報告する為に。
ミーシャは兵に王の居場所を聞き、王城の中心部の玉座の間で、この国の王レメンスと面会した。
王であるレメンスは、この玉座の間で護衛も殆ど付けず、戦場の報告を待ちわびている。
この場に居るのはたった十一人、王の護衛としては少なく、自身の命よりも民の安全が優先だと町中を走らせていたのだ。
「王様、和平団がこの国で殺されたなら裏切者が内部に居るはずです。直ぐに探さないと」
レメンス王は頷き、もう知っていると、その事を気にかけていた。
だが気にかけても、今この状況になっては探すのは困難である。
例え裏切者が何者か分かったとしても、戦争となったこの国に居るのかも怪しいものだった。
「分かっておる。だがどうやって探し出せばよいのか分からぬのだ。ミーシャよ、何か手はないか?」
何か裏切者を探し出す方法をミーシャは考えている。
ただその頭脳はそう良い物ではなく…………
「………………お…………」
ミーシャは何か言いたそうにしているが、言葉が中々出てこない。
レメンスは不思議そうに聞き返した。
「お?」
「…………思いつきません」
そう言ってミーシャはガックリと肩を落としている。
フーラ達に頭脳労働を任せているので、今の彼女には少し荷が重いのだろう。
それを見てレメンスは考え、悩みだしている。
「う~むぅ、どうしたものか…………」
「だ、誰か怪しい者が居たとかないのですか?」
レメンスは考えるが、思いつかなかった。
考えて分かるなら、もうとっくにやっているはずだった。
「怪しい者か……いや、特には居ないな」
「じゃ、じゃあ知らない人と…………か」
言っていてミーシャは、同じ事だと気づいたようだ。
王はそれに、キッパリと答えた。
「見た事がない者が居たのなら、誰かしらから報告が来るはずだ」
ミーシャはひたすら考え込むが、考えても分からない。
もし生き残ったら、もう少し勉強しとこうと思っている。
「さ、最近お城に来た人なら…………」
レメンス王は少し悩んだ。
王国に来た人間は何人か居たのだ。
元が旅人や、帝国から引っ越して来た者、帝国以外の国から来た者も知っている。
ただそれでも怪しいと思える程でもなく、答えを出しかねていた。
「ふむ、最近来た者なら、ゲルトハイムとハンセン、後はエミーユだろうか」
名前が呼ばれたエミーユは、ミーシャが昔から知っている人物である。
昔は帝国に住み、最近王国に引っ越して来た人物で、今現在でも親交があった。
だからミーシャは友達であるその人物を、疑う事さえしなかった。
何者かが化けていたり、操っているとは考えもしなかったのだ。
「王様、ゲルトハイムとハンセンって人はどんな人なのですか?」
「ゲルトハイムはキメラの研究者だ。ハンセンは料理人として城で働いている」
「料理人なら毒とか入れられたら危ないかも? まずハンセンの方に行ってみますね」
「うむ、まあ気を付けるのだぞ」
ミーシャの事は信頼している王だが、頭の事はあまり期待しておらず、それでも頼んだのは藁をもすがる希望の為だろう。
玉座の間から走ったミーシャは、まずハンセンの居る厨房へと向かった。
戦時中の為か、絶えず何かの料理を作っていて、厨房は大慌てである。
戦場で腹を空かせた兵士達の為に、料理人は料理で頑張っているのだろう。
慌ただしく走る厨房の中で、ミーシャはハンセンを探していた。
「あの、ハンセンって人は居ませんか? ちょっと聞きたい事があるのですけど」
「ハンセンは俺だよ。何の用だい? 今ちょっと忙しいから、早くして欲しいのだけど」
自分から名乗ったハンセンという者は、周りに居る全員と同じ格好をしている。
この場で働くのなら当然ではあるが、新米である彼は、大量に積まれた芋の皮をむかされていた。
二十歳そこそこの背の高い男である。
彼が内通者ではないかと、ミーシャは口を開きかけた。
「あの…………」
そう言いかけて、ミーシャは何て言えば良いのか迷ってしまった。
あなた反逆者ですか?
王様に何かするつもりでしょうと聞いた所で、相手がそう答えるはずもなく、ミーシャは固まった。
どうにも聞く事が出来ず、迷った末に出した答えは。
「ちょ、ちょっとハンセンさんを借りて行きますね」
そう言い、ハンセンの頭を剣でぶっ叩いた。
「グ八ッ!」
頭脳労働は得意ではなくとも、兵士としては優秀な部類のミーシャは、絶妙な力加減でハンセンを気絶させる。
そのままロープで縛り上げ、担いで連れて行くと、空の牢屋に入れておいた。
もし彼が本物であるなら、これで何も手を出せないはずである。
「間違えてたら後で謝るので、許してくださいね」
軽くそう言い、次はゲルトハイムを探しに走る。
キメラの研究とは全く聞いたこともなかったミーシャだが、勘だけは冴えていたらしい。
「ゲルトハイムって人は研究者って言っていたから、魔導研究所に居るのかな?」
魔導研究所とは、魔法に関わる全てに関わる研究をしている施設である。
魔道具や、魔剣、魔装、果ては新な魔法系統を探したりと、色々な研究をして居る場所だ。
そこへ急ぎゲルトハイムを探しに行ったミーシャは、働いている研究者に居場所を聞いた。
「ゲルトハイムさんなら、王様に呼ばれた様な事を言っていたよ」
「王様に?!」
ゲルトハイムがこの王国に仇名す者なら、簡単に王に近寄らせては危険な気がした。
「王様は無事かしら。 …………急がなきゃッ!」
ミーシャは走り王の間走りに辿り着いたが、そこには王やゲルトハイムの姿は見えなかった。
何処に行ったのかも分からず、慌てて近くに居た近衛兵に王の居場所を聞き出した。
「王様は何処に行ったの!」
「王ならばゲルトハイムと一緒に、魔導研究所の中にあるキメラ研究所に行ったぞ。近衛兵も十人ほど付いて行ったから、それ程心配はいらない」
魔道研究所からここまでの道で、目的である王様とは会わなかった。
別の道を進んで行き違いになったのかだろう。
ミーシャはまた来た道を急いで引き返し、魔道研究所へ急ぎ向かった。
研究所の中に入ると、先ほどは見かけなかった石の様な物が地面に転がっている。
粉々になり砂となった物や、手の形の物まで色々と、かなりリアルな物が色々と落ちていた。
「何これ、如何なっているの? 兎に角王様を探さないと!」
あの短時間で何でここにと、考えている時間も惜しいのだ。
それより王は何所かと走り回る。
ミーシャは向かう場所さえ分からず、落ちる砂の道を選び出す。
魔道研究所の奥の奥。
隠された様に作られた先に、キメラ研究所と書かれたプレートが見える。
その中から二人の声が聞こえてきている。
声の一人は王のものだろう。
そしてもう一人がゲルトハイムだろうか。
何が起こっているのかも分からず、愛用の槍を構え、中の様子を探り聞く。
「近衛兵達はどうなったのだ。どうしてこんな事をする、お前の目的はなんなのだ!」
王の声からは焦りの色が見える。
そして楽し気に話し出すもう一人。
「大した事ではありませんよ、ほんの少ぉ~~し、遊んでいただけですよ。戦争とか起きたら面白いんじゃないかって思いましてね? 噂を流したり、帝国の大臣を操ったり、中々面白かったですよ。悪意とかもありませんよ、本当に、ただ何と無~く、それをしてみたかっただけなのですよ」
「こんな戦争を起こしておいて、なんとなくだと?! ふざけるんじゃあ無いぞ!」
「何を怒られているのか分かりませんが、もうそろそろフィナーレなので、貴方にはご退場願いましょうか。私ねぇ、この間研究していたらですね、面白い物を開発出来ちゃいましてねぇ。この小瓶の中にはね、人を石に変えてしまう煙が入っているのですよ」
「ま、まさか近衛兵達はそれで?! や、止めろ!」
「さようなら王様。でも、もしかしたら助かるかもしれませんよ? 何かの拍子に治るかもしれませんからね。たま~に一部分だけ石化が解けて面白い事になった事があったのでねぇ。それではさようなら」
ゲルトハイムだと思われる男が、小瓶を投げつける瞬間に、ミーシャが愛用の槍でその小瓶を防いだ。
…………つもりだった。
思ったより小瓶は柔く、パリンと割れて紫煙の煙が広がる。
息を吸う度に意識が遠のき、その煙はミーシャと王の二人を、じわじわと石に変えていく。
失われる意識、自分がここで死を迎えるのだと、抗う術もなく目から光が消えうせた…………。
「おおおぅ、これは芸術的な出来だ。名づけるのなら王と従者等どうだろうか? これは壊すのは勿体無い。この場所に飾って置く事にしよう。フハハハハハハ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数時間後、それとも数日後かも分からないが、奇跡的にミーシャは目覚めた。
完全に意識が戻っているが、自分の体が殆ど動かせなかった。
「はぁはぁ…………右腕がッ、動かない。……はぁはぁ…………」
左腕は何とか動かせたが、右腕は完全に石になり、感覚が失われていた。
「足が、地面にくっついてッ…………はぁはぁ」
両足は床に張り付き、足を動かす事も出来ない。
何とか体を動かそうと、もがき続けるミーシャ。
だが何をしても状況はかわりがなく、手に持つ槍も右腕と共に固まってしまっている。
自分の体を見ても絶望しかなく、王がどうなったかと後を振り向く。
目の端にしか見えぬその姿は、石と化し返事すら出来ぬ王の姿だ。
助けに入ったはずだったのに、何一つ報われぬミーシャは涙さえも流せない。
左目は石となり、もう片方の目にも涙は溢れない。
涙すらも石と変わってしまったのだろう。
私も死ぬのだろうか。
もうそう考えざるを得ず、本当に何もできなかった。
「動け、動け、動け、此処に居たら殺される。うぅ、後は…………」
自分の動かなかくなった右腕に、握った槍を見る。
それだけが頼みの綱で、生き残る為にはそれを使うしか方法がない。
彼女はもう、ただフーラと一緒に生きて行きいと、それだけの想いが行動を決意させた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。 …………ああああああああああああああ!」
左腕で右腕持ち、無理やり固まった脚に、自分の槍を突き立てた。
だが槍は弾かれ、自分の脚にも痛みが走る事はない。
何度も何度も試すが、そのたびにギィンと弾き飛ばされる。
これではいくらやっても無駄だと、別の方法を試すしかないらしい。
今度は石になっていない脚の付け根を狙いたいが、固まった右腕が、そこまで稼働出来る範囲ではない。
無理やりに腕を捻り、石化した部分と生身の境目が、ブチブチと千切れ出す。
そこでミーシャは覚悟を決めた。
右腕を捻り尽くし、思いっきり左腕で引っ張った。
「うわああああああああああ、あああああああああああああああああ!」
思いっきり叫び声を上げて、自分の右腕を引きちぎる。
幸か不幸か、出血はほとんど無く、血液も凝固しているのかもしれない。
左腕で刃先の方を持ち、思いきって自分の右腕だった物を地面に叩きつける。
ブシュゥと槍の先端が腕の部分に刺さる。
まだ痛みがあった自分の左腕が、残っていた事が喜びに思えた。
覚悟を持って両足を切断すると、彼女は自由と言うものを手に入れる。
ガンと床に叩きつけられ、痛みすら感じぬ体で、出口に向かって這いずり進む。
またフーラと生きられる、それだけだった彼女は、ふと後方の王の姿を見てしまう。
王はフーラの父親で、それ以上に彼女の恩人でもある。
ただ生きたいだけだったミーシャの気持ちが、それを見て変化した。
王の仇を討ちたいと。
そこからは迅速に行動ができた。
バラバラになった近衛兵の石化した残骸を、口と左の掌に持ちながら、自分が固まっていた場所に置いていく。
それを何度も繰り返し、一人分の残骸の量を、自分の足だった物の近くに積みこんだ。
真面に動けもしないミーシャは、この場にあいつが確認しに来るのを待っている。
動けない体では、不意打ちで一撃当てれば良い方だろう。
その一撃で相手を倒さないとならない。
彼女が唯一使える風の魔法を使って、ミーシャは自分の槍をしならせている。
この槍の反動で、自分の体を飛ばせる様にと調整していた。
もう何時間待っただろうか。
彼女の精神力も限界に近い。
息を殺し、命ギリギリまで相手を待ち続けている。
石化した体からはヒビが入り、もうこの石化は治る事は無いだろう。
傷から血が流れないにしろ、命の時間が迫っていた。
…………来た。
待ち続けた彼女に、神が助けを与えたのかもしれない。
だが彼女は感謝などしない、運命を神が操るのなら、この運命を与えたのも神なのだから。
「あ~あぁ、女の方は崩れてしまったか。せっかく綺麗に固まったのに、とても残念ですねぇ」
ゲルトハイムが満足して後を向いたら…………飛ぶ!
ゆっくりと、そのタイミングを待つ。
ゲルトハイムがじっくりと石像を眺め、飽きた様に後を向いた。
今だ、と槍のバネを利用し、彼女は飛び出した。
柄に付いた紐を持って、槍をゲルトハイムに槍を突き立てる。
「ぎやあああああああああああッ!」
作戦は成功し、槍はゲルトハイムの背中から、その胸までを貫いた。
人であるなら死を免れない傷。
その体からは、人ではあり得ない黒色の血が流れる。
しかし、致命傷であるにも関わらず、それでもゲルトハイムは倒れなかった。
「お前はぁッッッッッ、ぐげぼ」
ゲルトハイムは彼女を睨みつけ、動けない体を蹴り上げる。
そのまま自分の胸にある槍を引き抜き、ミーシャの心臓近くに、それを突き刺した。
「ざ、残念だったな。 も、もう少しだったのに、な。 …………そこで死んでいろ!」
ゲルトハイムはそう言い残し、この場を後にしようとするが、ミーシャは死ななかった。
痛みはあった。
意識も飛びそうだが、石化のおかげで出血は少ない。
もしかしたら神様は居るのかもしれない、そう思う程に彼女は幸運だった。
声を出してはいけない、ここで気付かれては何もかもがお終いになる。
ただ無言で自分に刺さった槍を引き抜き、相手の首を狙って投げつけた。
真面に動かぬ体と、狙いすら定まらぬ一撃。
「…………ガッ!」
ただ当たれば良いと投げた一撃は、偶然にもその首を貫く。
幸運に恵まれていたミーシャだったが、今の自分の状態に気付いてしまった。
もう自分が、どうやっても助からない事に。
「死にたく無いよ…………フーラ…………」
自分は何時死ぬのだろうか。
文字通り割れそうな体と斬り刻まれた体は、時が刻まれる毎に音を立てて崩れて行く。
せめて一目。
もう一度会いたかった。
意識は…………そこで…………途切れ………………。
「ミーシャ、どういう事だ。何なんだこれは! しっかりするんだ、死なないでくれ!」
「フーラ…………あ、あいつが全ての、元凶だった。戦争を起こしたのも、噂を流したのも、全部全部…………私達と、帝国を、玩具にして遊んでいたの…………よ…………」
「もういい、喋るな。癒しの魔法をかけてやるから…………」
「もう無理…………よ。 …………血が足りないの…………寒い…………わ」
フーラが研究者達を睨みつけた。
「お前達、此処で何があったか知らないが、今はどうでもいい! 兎に角ミーシャを助けるんだ!」
裏切者が内部に紛れ込んでいる事を王に報告する為に。
ミーシャは兵に王の居場所を聞き、王城の中心部の玉座の間で、この国の王レメンスと面会した。
王であるレメンスは、この玉座の間で護衛も殆ど付けず、戦場の報告を待ちわびている。
この場に居るのはたった十一人、王の護衛としては少なく、自身の命よりも民の安全が優先だと町中を走らせていたのだ。
「王様、和平団がこの国で殺されたなら裏切者が内部に居るはずです。直ぐに探さないと」
レメンス王は頷き、もう知っていると、その事を気にかけていた。
だが気にかけても、今この状況になっては探すのは困難である。
例え裏切者が何者か分かったとしても、戦争となったこの国に居るのかも怪しいものだった。
「分かっておる。だがどうやって探し出せばよいのか分からぬのだ。ミーシャよ、何か手はないか?」
何か裏切者を探し出す方法をミーシャは考えている。
ただその頭脳はそう良い物ではなく…………
「………………お…………」
ミーシャは何か言いたそうにしているが、言葉が中々出てこない。
レメンスは不思議そうに聞き返した。
「お?」
「…………思いつきません」
そう言ってミーシャはガックリと肩を落としている。
フーラ達に頭脳労働を任せているので、今の彼女には少し荷が重いのだろう。
それを見てレメンスは考え、悩みだしている。
「う~むぅ、どうしたものか…………」
「だ、誰か怪しい者が居たとかないのですか?」
レメンスは考えるが、思いつかなかった。
考えて分かるなら、もうとっくにやっているはずだった。
「怪しい者か……いや、特には居ないな」
「じゃ、じゃあ知らない人と…………か」
言っていてミーシャは、同じ事だと気づいたようだ。
王はそれに、キッパリと答えた。
「見た事がない者が居たのなら、誰かしらから報告が来るはずだ」
ミーシャはひたすら考え込むが、考えても分からない。
もし生き残ったら、もう少し勉強しとこうと思っている。
「さ、最近お城に来た人なら…………」
レメンス王は少し悩んだ。
王国に来た人間は何人か居たのだ。
元が旅人や、帝国から引っ越して来た者、帝国以外の国から来た者も知っている。
ただそれでも怪しいと思える程でもなく、答えを出しかねていた。
「ふむ、最近来た者なら、ゲルトハイムとハンセン、後はエミーユだろうか」
名前が呼ばれたエミーユは、ミーシャが昔から知っている人物である。
昔は帝国に住み、最近王国に引っ越して来た人物で、今現在でも親交があった。
だからミーシャは友達であるその人物を、疑う事さえしなかった。
何者かが化けていたり、操っているとは考えもしなかったのだ。
「王様、ゲルトハイムとハンセンって人はどんな人なのですか?」
「ゲルトハイムはキメラの研究者だ。ハンセンは料理人として城で働いている」
「料理人なら毒とか入れられたら危ないかも? まずハンセンの方に行ってみますね」
「うむ、まあ気を付けるのだぞ」
ミーシャの事は信頼している王だが、頭の事はあまり期待しておらず、それでも頼んだのは藁をもすがる希望の為だろう。
玉座の間から走ったミーシャは、まずハンセンの居る厨房へと向かった。
戦時中の為か、絶えず何かの料理を作っていて、厨房は大慌てである。
戦場で腹を空かせた兵士達の為に、料理人は料理で頑張っているのだろう。
慌ただしく走る厨房の中で、ミーシャはハンセンを探していた。
「あの、ハンセンって人は居ませんか? ちょっと聞きたい事があるのですけど」
「ハンセンは俺だよ。何の用だい? 今ちょっと忙しいから、早くして欲しいのだけど」
自分から名乗ったハンセンという者は、周りに居る全員と同じ格好をしている。
この場で働くのなら当然ではあるが、新米である彼は、大量に積まれた芋の皮をむかされていた。
二十歳そこそこの背の高い男である。
彼が内通者ではないかと、ミーシャは口を開きかけた。
「あの…………」
そう言いかけて、ミーシャは何て言えば良いのか迷ってしまった。
あなた反逆者ですか?
王様に何かするつもりでしょうと聞いた所で、相手がそう答えるはずもなく、ミーシャは固まった。
どうにも聞く事が出来ず、迷った末に出した答えは。
「ちょ、ちょっとハンセンさんを借りて行きますね」
そう言い、ハンセンの頭を剣でぶっ叩いた。
「グ八ッ!」
頭脳労働は得意ではなくとも、兵士としては優秀な部類のミーシャは、絶妙な力加減でハンセンを気絶させる。
そのままロープで縛り上げ、担いで連れて行くと、空の牢屋に入れておいた。
もし彼が本物であるなら、これで何も手を出せないはずである。
「間違えてたら後で謝るので、許してくださいね」
軽くそう言い、次はゲルトハイムを探しに走る。
キメラの研究とは全く聞いたこともなかったミーシャだが、勘だけは冴えていたらしい。
「ゲルトハイムって人は研究者って言っていたから、魔導研究所に居るのかな?」
魔導研究所とは、魔法に関わる全てに関わる研究をしている施設である。
魔道具や、魔剣、魔装、果ては新な魔法系統を探したりと、色々な研究をして居る場所だ。
そこへ急ぎゲルトハイムを探しに行ったミーシャは、働いている研究者に居場所を聞いた。
「ゲルトハイムさんなら、王様に呼ばれた様な事を言っていたよ」
「王様に?!」
ゲルトハイムがこの王国に仇名す者なら、簡単に王に近寄らせては危険な気がした。
「王様は無事かしら。 …………急がなきゃッ!」
ミーシャは走り王の間走りに辿り着いたが、そこには王やゲルトハイムの姿は見えなかった。
何処に行ったのかも分からず、慌てて近くに居た近衛兵に王の居場所を聞き出した。
「王様は何処に行ったの!」
「王ならばゲルトハイムと一緒に、魔導研究所の中にあるキメラ研究所に行ったぞ。近衛兵も十人ほど付いて行ったから、それ程心配はいらない」
魔道研究所からここまでの道で、目的である王様とは会わなかった。
別の道を進んで行き違いになったのかだろう。
ミーシャはまた来た道を急いで引き返し、魔道研究所へ急ぎ向かった。
研究所の中に入ると、先ほどは見かけなかった石の様な物が地面に転がっている。
粉々になり砂となった物や、手の形の物まで色々と、かなりリアルな物が色々と落ちていた。
「何これ、如何なっているの? 兎に角王様を探さないと!」
あの短時間で何でここにと、考えている時間も惜しいのだ。
それより王は何所かと走り回る。
ミーシャは向かう場所さえ分からず、落ちる砂の道を選び出す。
魔道研究所の奥の奥。
隠された様に作られた先に、キメラ研究所と書かれたプレートが見える。
その中から二人の声が聞こえてきている。
声の一人は王のものだろう。
そしてもう一人がゲルトハイムだろうか。
何が起こっているのかも分からず、愛用の槍を構え、中の様子を探り聞く。
「近衛兵達はどうなったのだ。どうしてこんな事をする、お前の目的はなんなのだ!」
王の声からは焦りの色が見える。
そして楽し気に話し出すもう一人。
「大した事ではありませんよ、ほんの少ぉ~~し、遊んでいただけですよ。戦争とか起きたら面白いんじゃないかって思いましてね? 噂を流したり、帝国の大臣を操ったり、中々面白かったですよ。悪意とかもありませんよ、本当に、ただ何と無~く、それをしてみたかっただけなのですよ」
「こんな戦争を起こしておいて、なんとなくだと?! ふざけるんじゃあ無いぞ!」
「何を怒られているのか分かりませんが、もうそろそろフィナーレなので、貴方にはご退場願いましょうか。私ねぇ、この間研究していたらですね、面白い物を開発出来ちゃいましてねぇ。この小瓶の中にはね、人を石に変えてしまう煙が入っているのですよ」
「ま、まさか近衛兵達はそれで?! や、止めろ!」
「さようなら王様。でも、もしかしたら助かるかもしれませんよ? 何かの拍子に治るかもしれませんからね。たま~に一部分だけ石化が解けて面白い事になった事があったのでねぇ。それではさようなら」
ゲルトハイムだと思われる男が、小瓶を投げつける瞬間に、ミーシャが愛用の槍でその小瓶を防いだ。
…………つもりだった。
思ったより小瓶は柔く、パリンと割れて紫煙の煙が広がる。
息を吸う度に意識が遠のき、その煙はミーシャと王の二人を、じわじわと石に変えていく。
失われる意識、自分がここで死を迎えるのだと、抗う術もなく目から光が消えうせた…………。
「おおおぅ、これは芸術的な出来だ。名づけるのなら王と従者等どうだろうか? これは壊すのは勿体無い。この場所に飾って置く事にしよう。フハハハハハハ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数時間後、それとも数日後かも分からないが、奇跡的にミーシャは目覚めた。
完全に意識が戻っているが、自分の体が殆ど動かせなかった。
「はぁはぁ…………右腕がッ、動かない。……はぁはぁ…………」
左腕は何とか動かせたが、右腕は完全に石になり、感覚が失われていた。
「足が、地面にくっついてッ…………はぁはぁ」
両足は床に張り付き、足を動かす事も出来ない。
何とか体を動かそうと、もがき続けるミーシャ。
だが何をしても状況はかわりがなく、手に持つ槍も右腕と共に固まってしまっている。
自分の体を見ても絶望しかなく、王がどうなったかと後を振り向く。
目の端にしか見えぬその姿は、石と化し返事すら出来ぬ王の姿だ。
助けに入ったはずだったのに、何一つ報われぬミーシャは涙さえも流せない。
左目は石となり、もう片方の目にも涙は溢れない。
涙すらも石と変わってしまったのだろう。
私も死ぬのだろうか。
もうそう考えざるを得ず、本当に何もできなかった。
「動け、動け、動け、此処に居たら殺される。うぅ、後は…………」
自分の動かなかくなった右腕に、握った槍を見る。
それだけが頼みの綱で、生き残る為にはそれを使うしか方法がない。
彼女はもう、ただフーラと一緒に生きて行きいと、それだけの想いが行動を決意させた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。 …………ああああああああああああああ!」
左腕で右腕持ち、無理やり固まった脚に、自分の槍を突き立てた。
だが槍は弾かれ、自分の脚にも痛みが走る事はない。
何度も何度も試すが、そのたびにギィンと弾き飛ばされる。
これではいくらやっても無駄だと、別の方法を試すしかないらしい。
今度は石になっていない脚の付け根を狙いたいが、固まった右腕が、そこまで稼働出来る範囲ではない。
無理やりに腕を捻り、石化した部分と生身の境目が、ブチブチと千切れ出す。
そこでミーシャは覚悟を決めた。
右腕を捻り尽くし、思いっきり左腕で引っ張った。
「うわああああああああああ、あああああああああああああああああ!」
思いっきり叫び声を上げて、自分の右腕を引きちぎる。
幸か不幸か、出血はほとんど無く、血液も凝固しているのかもしれない。
左腕で刃先の方を持ち、思いきって自分の右腕だった物を地面に叩きつける。
ブシュゥと槍の先端が腕の部分に刺さる。
まだ痛みがあった自分の左腕が、残っていた事が喜びに思えた。
覚悟を持って両足を切断すると、彼女は自由と言うものを手に入れる。
ガンと床に叩きつけられ、痛みすら感じぬ体で、出口に向かって這いずり進む。
またフーラと生きられる、それだけだった彼女は、ふと後方の王の姿を見てしまう。
王はフーラの父親で、それ以上に彼女の恩人でもある。
ただ生きたいだけだったミーシャの気持ちが、それを見て変化した。
王の仇を討ちたいと。
そこからは迅速に行動ができた。
バラバラになった近衛兵の石化した残骸を、口と左の掌に持ちながら、自分が固まっていた場所に置いていく。
それを何度も繰り返し、一人分の残骸の量を、自分の足だった物の近くに積みこんだ。
真面に動けもしないミーシャは、この場にあいつが確認しに来るのを待っている。
動けない体では、不意打ちで一撃当てれば良い方だろう。
その一撃で相手を倒さないとならない。
彼女が唯一使える風の魔法を使って、ミーシャは自分の槍をしならせている。
この槍の反動で、自分の体を飛ばせる様にと調整していた。
もう何時間待っただろうか。
彼女の精神力も限界に近い。
息を殺し、命ギリギリまで相手を待ち続けている。
石化した体からはヒビが入り、もうこの石化は治る事は無いだろう。
傷から血が流れないにしろ、命の時間が迫っていた。
…………来た。
待ち続けた彼女に、神が助けを与えたのかもしれない。
だが彼女は感謝などしない、運命を神が操るのなら、この運命を与えたのも神なのだから。
「あ~あぁ、女の方は崩れてしまったか。せっかく綺麗に固まったのに、とても残念ですねぇ」
ゲルトハイムが満足して後を向いたら…………飛ぶ!
ゆっくりと、そのタイミングを待つ。
ゲルトハイムがじっくりと石像を眺め、飽きた様に後を向いた。
今だ、と槍のバネを利用し、彼女は飛び出した。
柄に付いた紐を持って、槍をゲルトハイムに槍を突き立てる。
「ぎやあああああああああああッ!」
作戦は成功し、槍はゲルトハイムの背中から、その胸までを貫いた。
人であるなら死を免れない傷。
その体からは、人ではあり得ない黒色の血が流れる。
しかし、致命傷であるにも関わらず、それでもゲルトハイムは倒れなかった。
「お前はぁッッッッッ、ぐげぼ」
ゲルトハイムは彼女を睨みつけ、動けない体を蹴り上げる。
そのまま自分の胸にある槍を引き抜き、ミーシャの心臓近くに、それを突き刺した。
「ざ、残念だったな。 も、もう少しだったのに、な。 …………そこで死んでいろ!」
ゲルトハイムはそう言い残し、この場を後にしようとするが、ミーシャは死ななかった。
痛みはあった。
意識も飛びそうだが、石化のおかげで出血は少ない。
もしかしたら神様は居るのかもしれない、そう思う程に彼女は幸運だった。
声を出してはいけない、ここで気付かれては何もかもがお終いになる。
ただ無言で自分に刺さった槍を引き抜き、相手の首を狙って投げつけた。
真面に動かぬ体と、狙いすら定まらぬ一撃。
「…………ガッ!」
ただ当たれば良いと投げた一撃は、偶然にもその首を貫く。
幸運に恵まれていたミーシャだったが、今の自分の状態に気付いてしまった。
もう自分が、どうやっても助からない事に。
「死にたく無いよ…………フーラ…………」
自分は何時死ぬのだろうか。
文字通り割れそうな体と斬り刻まれた体は、時が刻まれる毎に音を立てて崩れて行く。
せめて一目。
もう一度会いたかった。
意識は…………そこで…………途切れ………………。
「ミーシャ、どういう事だ。何なんだこれは! しっかりするんだ、死なないでくれ!」
「フーラ…………あ、あいつが全ての、元凶だった。戦争を起こしたのも、噂を流したのも、全部全部…………私達と、帝国を、玩具にして遊んでいたの…………よ…………」
「もういい、喋るな。癒しの魔法をかけてやるから…………」
「もう無理…………よ。 …………血が足りないの…………寒い…………わ」
フーラが研究者達を睨みつけた。
「お前達、此処で何があったか知らないが、今はどうでもいい! 兎に角ミーシャを助けるんだ!」
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