一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

5 決戦、死闘、絶望

 フーラと別れたミーシャは、城に戻ると王の間に向かった。
 裏切者が内部に紛れ込んでいる事を王に報告する為に。
 ミーシャは兵に王の居場所を聞き、王城の中心部の玉座の間で、この国の王レメンスと面会した。
 王であるレメンスは、この玉座の間で護衛も殆ど付けず、戦場の報告を待ちわびている。
 この場に居るのはたった十一人、王の護衛としては少なく、自身の命よりも民の安全が優先だと町中を走らせていたのだ。

「王様、和平団がこの国で殺されたなら裏切者が内部に居るはずです。直ぐに探さないと」

 レメンス王は頷き、もう知っていると、その事を気にかけていた。
 だが気にかけても、今この状況になっては探すのは困難である。
 例え裏切者が何者か分かったとしても、戦争となったこの国に居るのかも怪しいものだった。

「分かっておる。だがどうやって探し出せばよいのか分からぬのだ。ミーシャよ、何か手はないか?」

 何か裏切者を探し出す方法をミーシャは考えている。
 ただその頭脳はそう良い物ではなく………… 

「………………お…………」

 ミーシャは何か言いたそうにしているが、言葉が中々出てこない。
 レメンスは不思議そうに聞き返した。

「お?」

「…………思いつきません」

 そう言ってミーシャはガックリと肩を落としている。
 フーラ達に頭脳労働を任せているので、今の彼女には少し荷が重いのだろう。
 それを見てレメンスは考え、悩みだしている。

「う~むぅ、どうしたものか…………」

「だ、誰か怪しい者が居たとかないのですか?」

 レメンスは考えるが、思いつかなかった。
 考えて分かるなら、もうとっくにやっているはずだった。

「怪しい者か……いや、特には居ないな」

「じゃ、じゃあ知らない人と…………か」

 言っていてミーシャは、同じ事だと気づいたようだ。
 王はそれに、キッパリと答えた。

「見た事がない者が居たのなら、誰かしらから報告が来るはずだ」

 ミーシャはひたすら考え込むが、考えても分からない。
 もし生き残ったら、もう少し勉強しとこうと思っている。

「さ、最近お城に来た人なら…………」

 レメンス王は少し悩んだ。
 王国に来た人間は何人か居たのだ。
 元が旅人や、帝国から引っ越して来た者、帝国以外の国から来た者も知っている。
 ただそれでも怪しいと思える程でもなく、答えを出しかねていた。

「ふむ、最近来た者なら、ゲルトハイムとハンセン、後はエミーユだろうか」

 名前が呼ばれたエミーユは、ミーシャが昔から知っている人物である。
 昔は帝国に住み、最近王国に引っ越して来た人物で、今現在でも親交があった。
 だからミーシャは友達であるその人物を、疑う事さえしなかった。
 何者かが化けていたり、操っているとは考えもしなかったのだ。

「王様、ゲルトハイムとハンセンって人はどんな人なのですか?」

「ゲルトハイムはキメラの研究者だ。ハンセンは料理人として城で働いている」

「料理人なら毒とか入れられたら危ないかも? まずハンセンの方に行ってみますね」

「うむ、まあ気を付けるのだぞ」

 ミーシャの事は信頼している王だが、頭の事はあまり期待しておらず、それでも頼んだのは藁をもすがる希望の為だろう。
 玉座の間から走ったミーシャは、まずハンセンの居る厨房へと向かった。
 戦時中の為か、絶えず何かの料理を作っていて、厨房は大慌てである。
 戦場で腹を空かせた兵士達の為に、料理人は料理で頑張っているのだろう。
 慌ただしく走る厨房の中で、ミーシャはハンセンを探していた。

「あの、ハンセンって人は居ませんか? ちょっと聞きたい事があるのですけど」

「ハンセンは俺だよ。何の用だい? 今ちょっと忙しいから、早くして欲しいのだけど」

 自分から名乗ったハンセンという者は、周りに居る全員と同じ格好をしている。
 この場で働くのなら当然ではあるが、新米である彼は、大量に積まれた芋の皮をむかされていた。
 二十歳そこそこの背の高い男である。
 彼が内通者ではないかと、ミーシャは口を開きかけた。

「あの…………」

 そう言いかけて、ミーシャは何て言えば良いのか迷ってしまった。
 あなた反逆者ですか?
 王様に何かするつもりでしょうと聞いた所で、相手がそう答えるはずもなく、ミーシャは固まった。
 どうにも聞く事が出来ず、迷った末に出した答えは。

「ちょ、ちょっとハンセンさんを借りて行きますね」

 そう言い、ハンセンの頭を剣でぶっ叩いた。

「グ八ッ!」

 頭脳労働は得意ではなくとも、兵士としては優秀な部類のミーシャは、絶妙な力加減でハンセンを気絶させる。
 そのままロープで縛り上げ、担いで連れて行くと、空の牢屋に入れておいた。
 もし彼が本物であるなら、これで何も手を出せないはずである。

「間違えてたら後で謝るので、許してくださいね」

 軽くそう言い、次はゲルトハイムを探しに走る。
 キメラの研究とは全く聞いたこともなかったミーシャだが、勘だけは冴えていたらしい。

「ゲルトハイムって人は研究者って言っていたから、魔導研究所に居るのかな?」

 魔導研究所とは、魔法に関わる全てに関わる研究をしている施設である。
 魔道具や、魔剣、魔装、果ては新な魔法系統を探したりと、色々な研究をして居る場所だ。
 そこへ急ぎゲルトハイムを探しに行ったミーシャは、働いている研究者に居場所を聞いた。

「ゲルトハイムさんなら、王様に呼ばれた様な事を言っていたよ」

「王様に?!」
 
 ゲルトハイムがこの王国に仇名す者なら、簡単に王に近寄らせては危険な気がした。

「王様は無事かしら。 …………急がなきゃッ!」

 ミーシャは走り王の間走りに辿り着いたが、そこには王やゲルトハイムの姿は見えなかった。
 何処に行ったのかも分からず、慌てて近くに居た近衛兵に王の居場所を聞き出した。

「王様は何処に行ったの!」

「王ならばゲルトハイムと一緒に、魔導研究所の中にあるキメラ研究所に行ったぞ。近衛兵も十人ほど付いて行ったから、それ程心配はいらない」

 魔道研究所からここまでの道で、目的である王様とは会わなかった。
 別の道を進んで行き違いになったのかだろう。
 ミーシャはまた来た道を急いで引き返し、魔道研究所へ急ぎ向かった。

 研究所の中に入ると、先ほどは見かけなかった石の様な物が地面に転がっている。
 粉々になり砂となった物や、手の形の物まで色々と、かなりリアルな物が色々と落ちていた。

「何これ、如何なっているの? 兎に角王様を探さないと!」

 あの短時間で何でここにと、考えている時間も惜しいのだ。
 それより王は何所かと走り回る。
 ミーシャは向かう場所さえ分からず、落ちる砂の道を選び出す。
 魔道研究所の奥の奥。
 隠された様に作られた先に、キメラ研究所と書かれたプレートが見える。

 その中から二人の声が聞こえてきている。
 声の一人は王のものだろう。
 そしてもう一人がゲルトハイムだろうか。
 何が起こっているのかも分からず、愛用の槍を構え、中の様子を探り聞く。

「近衛兵達はどうなったのだ。どうしてこんな事をする、お前の目的はなんなのだ!」

 王の声からは焦りの色が見える。
 そして楽し気に話し出すもう一人。

「大した事ではありませんよ、ほんの少ぉ~~し、遊んでいただけですよ。戦争とか起きたら面白いんじゃないかって思いましてね? 噂を流したり、帝国の大臣を操ったり、中々面白かったですよ。悪意とかもありませんよ、本当に、ただ何と無~く、それをしてみたかっただけなのですよ」

「こんな戦争を起こしておいて、なんとなくだと?! ふざけるんじゃあ無いぞ!」

「何を怒られているのか分かりませんが、もうそろそろフィナーレなので、貴方にはご退場願いましょうか。私ねぇ、この間研究していたらですね、面白い物を開発出来ちゃいましてねぇ。この小瓶の中にはね、人を石に変えてしまう煙が入っているのですよ」

「ま、まさか近衛兵達はそれで?! や、止めろ!」

「さようなら王様。でも、もしかしたら助かるかもしれませんよ? 何かの拍子に治るかもしれませんからね。たま~に一部分だけ石化が解けて面白い事になった事があったのでねぇ。それではさようなら」

 ゲルトハイムだと思われる男が、小瓶を投げつける瞬間に、ミーシャが愛用の槍でその小瓶を防いだ。
 …………つもりだった。
 思ったより小瓶は柔く、パリンと割れて紫煙の煙が広がる。
 息を吸う度に意識が遠のき、その煙はミーシャと王の二人を、じわじわと石に変えていく。
 失われる意識、自分がここで死を迎えるのだと、抗う術もなく目から光が消えうせた…………。

「おおおぅ、これは芸術的な出来だ。名づけるのなら王と従者等どうだろうか? これは壊すのは勿体無い。この場所に飾って置く事にしよう。フハハハハハハ!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 数時間後、それとも数日後かも分からないが、奇跡的にミーシャは目覚めた。
 完全に意識が戻っているが、自分の体が殆ど動かせなかった。

「はぁはぁ…………右腕がッ、動かない。……はぁはぁ…………」

 左腕は何とか動かせたが、右腕は完全に石になり、感覚が失われていた。

「足が、地面にくっついてッ…………はぁはぁ」

 両足は床に張り付き、足を動かす事も出来ない。
 何とか体を動かそうと、もがき続けるミーシャ。
 だが何をしても状況はかわりがなく、手に持つ槍も右腕と共に固まってしまっている。
 自分の体を見ても絶望しかなく、王がどうなったかと後を振り向く。
 目の端にしか見えぬその姿は、石と化し返事すら出来ぬ王の姿だ。
 助けに入ったはずだったのに、何一つ報われぬミーシャは涙さえも流せない。
 左目は石となり、もう片方の目にも涙は溢れない。
 涙すらも石と変わってしまったのだろう。

 私も死ぬのだろうか。
 もうそう考えざるを得ず、本当に何もできなかった。

「動け、動け、動け、此処に居たら殺される。うぅ、後は…………」

 自分の動かなかくなった右腕に、握った槍を見る。
 それだけが頼みの綱で、生き残る為にはそれを使うしか方法がない。
 彼女はもう、ただフーラと一緒に生きて行きいと、それだけの想いが行動を決意させた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。 …………ああああああああああああああ!」

 左腕で右腕持ち、無理やり固まった脚に、自分の槍を突き立てた。
 だが槍は弾かれ、自分の脚にも痛みが走る事はない。
 何度も何度も試すが、そのたびにギィンと弾き飛ばされる。
 これではいくらやっても無駄だと、別の方法を試すしかないらしい。
 今度は石になっていない脚の付け根を狙いたいが、固まった右腕が、そこまで稼働出来る範囲ではない。
 無理やりに腕を捻り、石化した部分と生身の境目が、ブチブチと千切れ出す。
 そこでミーシャは覚悟を決めた。
 右腕を捻り尽くし、思いっきり左腕で引っ張った。

「うわああああああああああ、あああああああああああああああああ!」

 思いっきり叫び声を上げて、自分の右腕を引きちぎる。
 幸か不幸か、出血はほとんど無く、血液も凝固しているのかもしれない。
 左腕で刃先の方を持ち、思いきって自分の右腕だった物を地面に叩きつける。

 ブシュゥと槍の先端が腕の部分に刺さる。
 まだ痛みがあった自分の左腕が、残っていた事が喜びに思えた。
 覚悟を持って両足を切断すると、彼女は自由と言うものを手に入れる。
 ガンと床に叩きつけられ、痛みすら感じぬ体で、出口に向かって這いずり進む。
 またフーラと生きられる、それだけだった彼女は、ふと後方の王の姿を見てしまう。
 王はフーラの父親で、それ以上に彼女の恩人でもある。
 ただ生きたいだけだったミーシャの気持ちが、それを見て変化した。

 王の仇を討ちたいと。

 そこからは迅速に行動ができた。
 バラバラになった近衛兵の石化した残骸を、口と左の掌に持ちながら、自分が固まっていた場所に置いていく。
 それを何度も繰り返し、一人分の残骸の量を、自分の足だった物の近くに積みこんだ。
 真面に動けもしないミーシャは、この場にあいつが確認しに来るのを待っている。
 動けない体では、不意打ちで一撃当てれば良い方だろう。

 その一撃で相手を倒さないとならない。
 彼女が唯一使える風の魔法を使って、ミーシャは自分の槍をしならせている。
 この槍の反動で、自分の体を飛ばせる様にと調整していた。

 もう何時間待っただろうか。
 彼女の精神力も限界に近い。
 息を殺し、命ギリギリまで相手を待ち続けている。
 石化した体からはヒビが入り、もうこの石化は治る事は無いだろう。
 傷から血が流れないにしろ、命の時間が迫っていた。

 …………来た。

 待ち続けた彼女に、神が助けを与えたのかもしれない。
 だが彼女は感謝などしない、運命を神が操るのなら、この運命を与えたのも神なのだから。

「あ~あぁ、女の方は崩れてしまったか。せっかく綺麗に固まったのに、とても残念ですねぇ」

 ゲルトハイムが満足して後を向いたら…………飛ぶ!

 ゆっくりと、そのタイミングを待つ。
 ゲルトハイムがじっくりと石像を眺め、飽きた様に後を向いた。

 今だ、と槍のバネを利用し、彼女は飛び出した。
 柄に付いた紐を持って、槍をゲルトハイムに槍を突き立てる。

「ぎやあああああああああああッ!」

 作戦は成功し、槍はゲルトハイムの背中から、その胸までを貫いた。
 人であるなら死を免れない傷。
 その体からは、人ではあり得ない黒色の血が流れる。
 しかし、致命傷であるにも関わらず、それでもゲルトハイムは倒れなかった。

「お前はぁッッッッッ、ぐげぼ」

 ゲルトハイムは彼女を睨みつけ、動けない体を蹴り上げる。
 そのまま自分の胸にある槍を引き抜き、ミーシャの心臓近くに、それを突き刺した。

「ざ、残念だったな。 も、もう少しだったのに、な。 …………そこで死んでいろ!」

 ゲルトハイムはそう言い残し、この場を後にしようとするが、ミーシャは死ななかった。
 痛みはあった。
 意識も飛びそうだが、石化のおかげで出血は少ない。
 もしかしたら神様は居るのかもしれない、そう思う程に彼女は幸運だった。

 声を出してはいけない、ここで気付かれては何もかもがお終いになる。
 ただ無言で自分に刺さった槍を引き抜き、相手の首を狙って投げつけた。
 真面に動かぬ体と、狙いすら定まらぬ一撃。

「…………ガッ!」

 ただ当たれば良いと投げた一撃は、偶然にもその首を貫く。
 幸運に恵まれていたミーシャだったが、今の自分の状態に気付いてしまった。
 もう自分が、どうやっても助からない事に。

「死にたく無いよ…………フーラ…………」

 自分は何時死ぬのだろうか。
 文字通り割れそうな体と斬り刻まれた体は、時が刻まれる毎に音を立てて崩れて行く。

 せめて一目。
 もう一度会いたかった。

 意識は…………そこで…………途切れ………………。


「ミーシャ、どういう事だ。何なんだこれは! しっかりするんだ、死なないでくれ!」

「フーラ…………あ、あいつが全ての、元凶だった。戦争を起こしたのも、噂を流したのも、全部全部…………私達と、帝国を、玩具にして遊んでいたの…………よ…………」

「もういい、喋るな。癒しの魔法をかけてやるから…………」

「もう無理…………よ。 …………血が足りないの…………寒い…………わ」

 フーラが研究者達を睨みつけた。

「お前達、此処で何があったか知らないが、今はどうでもいい! 兎に角ミーシャを助けるんだ!」

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