漆黒王の英雄譚
第35話 人間の特性
ポルキール湖は避暑地である。
しかし現在は12月。これから寒くなる冬の初めである。
山脈から少し離れたところにある湖一帯は山から吹き降りてくる風もありすでに雪も降っているほどの極寒である。ましてや山脈の川から流れてくる冷水で湖もかなり冷えている。
「うううぅぅっ!アルト君っ!本当に潜るつもりっ!?」
アシュレイはぶるぶると震えながらアルトに声をかける。
「一応ね。けど……」
アルトは周りの景色を見る。
視界が遮断されるほど降っているわけではないが、横から吹き付ける雪が肌にビシビシとあたる。
(さすがに雪がすごいな。)
馬車は雪が積もっていて近くにある別荘までしか来ることができなかった。
湖までは徒歩で来たのでかなり冷えてしまった。
「今日はやめておこうか。準備が足りないし。屋敷に戻ろう」
アシュレイの手を掴み《空間転移》を発動する。
一瞬にして視界が変わり、屋敷の玄関へと飛ぶ。
「寒い!!」
アシュレイは体に積もった雪を払いながらそういった。
この世界にスキーウェアなんて便利なものはない。雪が降る場所では動物の毛皮を使って織られた毛織物や毛皮をそのまま来たりする。さすがに毛皮を着ると臭い抜きをしていても意外と臭いので今回は毛織物のコートを着ていた。
「おかえりなさいませ、王女殿下、アルベルト様」
屋敷の管理を任されている男、アドルフさんが声をかけてきた。
アドルフさんは王国でも北方の民族の出で、民族上寒さに耐えられるらしい。というかこの屋敷にいる使用人は全員北方民族出身である。
「ただいま。外は毎年あんななの?私この時期に来るのは初めてだったから驚きだわ」
「はい、この時期でしたらこれくらいは当然になります。これから三時を過ぎたあたりからさらにひどくなりますのでもう少しお帰りが遅かったらお迎えに上がるところでした。」
「早めに帰ってこれてよかったわ。」
話をしながら食堂へと行き、温かいスープを飲む。
「この吹雪が止むことはないんですか?」
アルトの質問にアドルフは首を振ってこたえた。
「十二月中旬を過ぎると春になるまで止むことは一度もありません。追い出すわけではないのですが、できるだけ早くお帰りになられないと本格的に降り始めてしまい、春まで帰ることができなくなってしまいます。」
「まじか……あ、そういえば突然来てしまってすみません。」
アルト達がここに来ると決めたのは今朝であり、アシュレイがいるなら大丈夫だろうと軽い気持ちで来たので心配だったのだ。
「いえ、いらっしゃった時は驚きましたが我々は冬の間でも屋敷の管理は怠っておりません。むしろ今年は陛下方もいらっしゃいませんでしたし、初めてのお客様ですので気合入っておりますよ。」
「それなら良かった。短い間ですがよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
アドルフに案内され、屋敷の部屋に通される。
部屋で2人でくつろぎながら暖かい紅茶を飲む。
「アルトくん、別に急いでないなら春に来た時でもいいんじゃない?それにアルトくんの力なら自分で作れると思うし·····」
「確かにそうなんだけどな。人間の特性的にこれから力を使うのは難しくなるんだよ」
「人間の特性?」
アルトの言う特性とは人間の醜い部分の話である。
「主な理由は2つ。ひとつは俺の力を使えば人々は段々と俺にばかり頼ってしまうから。そうすると俺がいないと何も出来ない状態になると大変だからね。ふたつめは相対する2つの超越的存在のうち、片方が居なくなれば、普通の人達は残った片方を恐れて排斥し始める可能性があるから」
「うーん、なるほど。1つ目はわかった。けどふたつめは考えすぎじゃない?」
「それがそうでも無いんだよ。実際そんなことが起きた過去があるんだ」
ちなみにそいつは闇堕ちして自分の国を滅ぼしたらしい。
「けれどもっと大切な理由がある。」
「その理由は·····?」
「その理由は俺がそっちの方が楽しいと思ったから」
「···············」
アシュレイはポカンと口を開く。
「もちろん実力は隠したまま学院に通うし、実力を隠したまま領地経営を行い、実力を隠したまま邪神を倒す。必要に応じて使うのさ。」
「ふーん、まあいいけど·····」
「??」
ちょっと不機嫌になったアシュレイをみてアルトは首を傾げるがアシュレイは話を続ける。
「どうしてそんなに実力を隠したがるのかわからないなぁ。それに隠すのも意味ないと思うんだ」
「え?どうして?」
「だって戦争の件でアルトくんはすっごい有名になっちゃってるし、他国にもその名が轟いてるんだよ?」
「はい?マジで?だって陛下が箝口令を出したって」
「そんなの意味ないに決まってるじゃん!人間っていうのは噂が大好きなんだから。それにあの場には他国の兵士もいたんだから何があったか祖国に帰ったら話すでしょう?もちろん他国の兵士にお父様の命令を聞く義務は無いんだし」
「言われてみれば・・・」
アシュレイに言われて初めて気がついた。
確かにその通りだ。
「じゃあ俺の学院での静かな暮らしって・・・」
「確実に無理よ。女の子からは頬を染められながら迫られて、男の子からは嫉妬の目で見られる。行き過ぎた人だと決闘とか申し出てくる人もいるかもしれないよ」
「やだよ!」
「ヤダって言っても仕方ないわよ。私も学院で王族ってだけで大変だったんだから。それにこれからはアルトくんも一貴族なのだから、色んな人からアプローチがかけられると思うわ。他の貴族だったり、商人だったりね。」
「・・・・・・貴族になるのやめようかな?」
「無理に決まってるわよ。それにこんなことはわかってたことでしょう?」
「ま、そうなんだけどね。」
これからの人生に憂いを感じるアルトであった。
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