A Living One

東堂タカノ

3話

 ドーム工房を出た僕たちは、街中を歩いていた。
 工房を出た辺りからまたカルナの様子が変だったが、今は大分落ち着いていた。


「良かったのかしらね?」


 歩いているとカルナはそんな事を言ってきた。


「え〜と…半額の事?」


「それしかないでしょ」


 実はドーム工房でオーダーメイドの発注をした時、金額を半額で受けてくれるとの事だった。冒険者になる前であったのもそうだが、アリアさん曰く久し振りの仕事だから、キルキさん曰く試したい事があるかららしい。
 僕はありがたかったが、カルナは若干申し訳なさそうだった。


「向こうからの申し出てもあったし、今の金銭的にはありがたい事だから、いいんじゃないかな?」


 僕は自分の意見を告げた。正直な所カルナが気にしなくてもいいと思う。


「ユールが気にしてないならいいんだけど…」


 と言いつつも何処かにまだシコリが残っているみたいだ。
 ここは話を変えた方が考えなくて済みそうだ。


「そういえばカルナってギルドに行ったことはあるの?」


「入ったことまでは無いわ。前を通りかかったり、冒険者の姿を見たりしたことはあるけど。そういえば、学院が始まった頃の説明会で冒険者の人を招いて授業する機会があるって言っていたわね」


 へーそんな事まで学院はするのか。多分招かれるのはBとかC、もしかしたらAの人達だろう。


「入った事まではないのか。カルナはどんなイメージを持ってる?」


「ギルド自体は王都にあるってこともあって綺麗な所だと思うわ。ギルド関係者の人はいい人が多そう。でも冒険者自体は微妙ね。騒ぎを起こしたり、何かとお酒を飲んでたりしてて」


 カルナは嫌そうな顔をしてそんな話をした。あまり冒険者にいい印象を持っていないみたいだ。


「僕が冒険者になるのはいいんだね?」


 ちょっとからかってみようと思いそんな事を口にした。


「ユールはいい人って分かってるから。それに、冒険者全体が嫌な訳じゃないわ、一部の人だけよ」


 すぐにそんな返事が帰ってきた。
 嬉しい事を言ってくれたので少し照れてしまった。
 僕が照れた事に気付いたのかカルナはニヤッとして、こんな事を言ってきた。


「なんか顔赤くない?もしかして照れてる?」


「そんな事ないよ」


 僕は少し強がってそんな事を口にした。
 初めは僕がからかうつもりが逆にからかわれてしまった。


 ▽ △ ▽


 あの後話をしながら歩いていると、ギルドへと着いた。
 僕が先に進み扉を開けた。
 中はカルナの言っていた通り綺麗な物で、屈強な冒険者達が利用する様な場所には見えない。


「綺麗な場所だね」


 僕はそうカルナに声をかける。


「そうね。意外だわ」


 カルナも同じ意見だった。先程、自分で綺麗って言っていたと思うんだけど。
 入り口で止まっていても仕方がないと思い、受付へ向かおうと進み出した。
 しかし、それは目の前に現れた人物によって叶わなかった。


「よお坊主。ここはお前さんみたいなのが来る所じゃないぜ。さっさと引き返してママと寝んねしてな」


 いきなり目の前の男はそんな事を言ってきた。
 身長は僕の30cm程高く、筋肉がしっかりついていて歳は40代ぐらい。金の髪は短く刈り上げられている。獣を思わせる雰囲気を持っている。
 周りの冒険者の反応を見るが止めに入ろうとする人は見当たらない。寧ろ、傍観者に徹底している感じだ。
 そんな中でただ1人反論をした者がいた。まあ、僕の後ろにいる少女なんだけど。


「貴方には彼が冒険者になる事は関係ないでしょ?そこどいて下さい!」


 まさか言った本人ではなくその後ろ、付き添っていた少女に何か言われるとは思っていなかったらしく、男性は少し固まってしまった。周りの冒険者も少し驚いてしまっている。
 しかし男性は硬直からすぐに身を動かし、すかさず言葉を投げかけてきた。


「おい、坊主女の子に守ってもらってるなんて笑えるな!ほんと辞めた方がいいんじゃないか?」


 男性はそう言って高笑いする。
 正直今の僕よりもカルナの方が魔法という面では強いんだけど。
 それにこの人からは本気で言っている気がしない。根拠は全くない。感覚の話だから、なんとも言えないけど。それにこの人はお酒に酔っている感じではない。お酒を飲んではいると思うけど。周りの冒険者の反応も余りにも他人事のようだ。本気で男性の行動に困っているから、気にしていない振りをしているのかもしれないが。
 ただ、ここで僕が何も言わないと状況に変化は訪れない。


「僕は何を言われようとも冒険者になるつもりです」


 そう強い口調で男性に向けて言う。いや、この場にいる全ての人に対してかもしれなかった。
 僕は男性の目を、男性は僕の目をじっと見る。
 男性から魔力の波動が放たれる。その強さは周りの冒険者の人達も武器に手をかざす程だ。カルナは少し震えている。


「《安らぎを》」


 僕は誰にも気付かれない様にして言霊を発動させて、カルナに魔力の波動が届かない様にする。突然魔力が届かなくなったカルナは不思議そうな顔をする。その顔を見ると気が緩んでしまいそうだった。
 僕は動じない。なぜなら、これ以上の魔力の持ち主を知っているから。ゾーアとの訓練で一度だけ本気を見た。その時はその威圧感に倒れると思った。そして荒神。そこにいるだけで意識を持っていかれそうになる程に異質。あの神以上の者は同じ神か特級のそれも上位の魔物しかありえないだろう。
 何も反応を見せずただじっと目を見る僕を男性はまた見る。
 そして、男性から魔力の波動が解かれた。
 そして男性は笑い出す。


「はっはっは、よし!合格だ!久し振りだよ、何も動じねえ奴はよ!」


 そう言いながら僕の肩を叩いてくる。
 僕はそれを見てやっぱりかと思った。カルナは後ろで首を傾けている。
 僕はカルナを見て説明する。


「カルナ、これは何て言うか1種の歓迎みたいな物かな?魔物と戦う冒険者がこのぐらいで動じたりしていてはいけないから、忠告の意も込めてやってるんだと思うよ」


「そう言うこった。嬢ちゃんも悪いな」


 男性そう言って謝ってきた。
 カルナは納得はしているが許す事は出来ないって顔をしていた。少し唸っている姿は可笑しかった。
 男性は続けて自己紹介をしてきた。


「俺はゴルド・サリューだ。よろしくな」


 ゴルドさんはそう言うと手を差し出してきた。


「ユール・シープです」


 僕はその手を握り返す。ゴツゴツとしてガッチリした手だった。
 ゴルドさんは次にカルナの方へ手を伸ばした。


「カルナ・ソルージョです」


 そう言って手を握り返したカルナ。
 その事を嬉しく思ったのかゴルドさんがニカッと笑った。


「それじゃあ俺は行くわ。ユール、今度酒でも奢るから飲もうな。飲めるだろ?」


「飲める年齢ではあります」


「お!そうか!またな!」


 そう言って扉からギルドを出て行った。
 僕は後ろを向いたままだったのでカルナに声をかける。


「受付まで行こうか」


「そうね」


 やっと僕達は受付へと向かって歩き出した。歩いている最中ちらちらと見られている気がしたが気にしないでおこう。
 受付の前まで来たが何処も空いていたので目の前の受付へと進んだ。


「すいません。冒険者登録をしたいんですけど」


「はい、分かりました。こちらに記入をお願いします」


 受付嬢さんは、真面目な感じの人で、キリッとしている。明るめの茶色の髪は後ろでまとめられていて、動くたびに左右へ揺れている。
 受付嬢さんは紙を1枚取り出して差し出してきた。
 紙には、名前、種族、使用武器、得意属性、不得意属性を記入する欄がある。
 僕は得意属性が無い為あまり書きたく無い欄ではある。


「すいません、欄は全て記入しなければいけませんか?」


「いえ、その必要はありません。ただ、名前と種族は記入をお願いします」


「そうですか、分かりました」


 必要最低限でいいみたいだ。
 僕は名前、種族、使用武器の欄は記入して提出する。


「はい。ユール・シープさんですね。パーティーの希望はありますか?」


 パーティーか…。今の所は1人で活動しておこうと思っている。また後で希望する事は出来るのだろうか。


「今はいいです。今後希望する事は出来ますか?」


「はい、勿論出来ます」


 出来る様だった。そう思っているとカルナが肩を叩いてきて、小声で言ってきた。


「ちょっと、お祖母様に貰ったもの渡さなくていいの?」


 貰ったもの…推薦状か。そういえば渡していなかった。
 異空間から推薦状を取り出し、受付嬢さんに渡す。
 それを受け取った受付嬢さんは一度目を通すとお待ち下さいと言って奥へと消えていった。
 少しすると受付嬢さんは戻ってきた。


「すいません。ギルマスが話をしたいとの事なので奥の部屋まで来ていただけますか?」


 受付嬢さんは丁寧な言葉でそう言ってきた。フラワさんの話ではギルマスとは知り合いだと言っていた。付いて行っても問題は無いだろう。


「分かりました。彼女も付いて行っても問題はありませんか?」


 僕はカルナの方を見て、受付嬢さんに聞いた。
 受付嬢さんは少し考え込む仕草をした。


「う〜ん…大丈夫だと思います。それでは付いてきてください」


 受付嬢さんはそう言うと、カウンターの端を指す。あそこから入れとの事らしい。
 一度受付を離れ入口へと向かった。引き戸の入り口を開け、受付嬢さんの所まで行く。受付嬢さんの所まで着くと、ではと言って奥へ進んでいった。僕らはその後をついて行く。
 奥へ入ると、更に進む道と階段があった。受付嬢さんは階段の所に立っており、こちらですと僕らを招いた。その後に付いて階段を上り、2階へと行く。
 2階の真ん中の部屋、他と何も変わりの無いドア、そのドアを指して受付嬢さんが言う。


「あそこの部屋になります。私も付き添う事になっておりますので」


 そう言うとまた進み出した。ドアの前まで行き、ドアノブに手を掛けた。そして、ドアノブを捻り扉を開けた。


「どうぞお入り下さい」


 僕とカルナはその部屋へと入っていった。


 ▽ △ ▽


「よく来たね」


 部屋に入ると共にそう声をかけられた。声の主は目の前、広々としたソファに腰を掛けていた。


「さあ、座ってくれ」


 彼の座るソファと向かい合う形で置いてあるソファを指差しそう言ってきた。
 僕、そしてカルナの順でソファへ座る。受付嬢さんは彼の方のソファの脇に立ったままだ。
 僕らが座ったのを確認すると彼はすぐに話を切り出した。


「初めまして。オレド・ジャックと言います。よろしく、ユール・シープ君、カルナ・ソルージョさん」


 彼、オレドさんはフラワさんの知り合いとの事だったので、年老いた人物だと思っていた。しかし、目の前の人物はとてもそうには見えない。キルキさんよりは上だろうが、ゴルドさんよりは下。


「始めまして」


「推薦状を見せて貰った。まあ、内容的には推薦状というより、手紙に近かったけどね。色々と手助けをしてやっと欲しいと記載されている。彼女には悪いが正直な所、ギルドとしてしてあげられる事は限られていてね。困ったことがあったら相談してくれとしか言えないかな」


 オレドさんはそう言ってきた。僕自身高待遇の扱いを受けても困ってしまう。手助けをしてくれるだけで十分ありがたい。
 ギルドはギルドのルールなどがしっかりとある。それを守らず、無理矢理な事をしていても自分にいいことがないだろう。


「早速で悪いんですけど、いい宿とかってありますか?」


 困った事といえば住む場所だ。ギルドに聞けば済むと思っていたが今はここで話をする事になっている。ついでだが今聞いても大丈夫だろう。


「ああ、それなら彼女。ユリカに聞きたまえ。いい宿の他に武器屋や防具屋などの話も聞くといい」


「分かりました。えーと、ユリカさんお願いします」


 オレドさんへお礼を言い、ユリカさんの方を向き頭を下げた。


「ええ、分かりました」


 ユリカさんは笑顔でそう答えてくれた。
 それを見たオレドさんは満足そうに頷くと今度はカルナの方を見た。


「君からは何かあるかな?」


「いえ、大丈夫です」


 カルナの声にはどこか警戒する様なそんな感じがした。カルナもそういった物を表情などにも見せない。オレドさんも特に何か感じた様子はない。


「そうか。では話は終わりかな?ユリカ君また案内を頼むよ」


「承りました。それではユールさん、カルナさん行きましょう」


 そう促され席を立つ。ユリカさんがドアを開けカルナが先ず出ていった。続けて出て行こうとすると後ろから声がかかった。


「ユール君。頑張ってね」


 後ろを振り返って見たオレドさんは楽しそうな笑みを浮かべていた。
 その笑顔は何かを期待していると同時に何処か寂しさを含んだそんな笑顔だった。何よりもその青い瞳が、深く、濃く輝いていた。吸い込まれそうなそんな瞳だ。
 僕は曖昧な返事しか出来ずにドアを閉めたのだった。


 ▽ △ ▽


 受付まで戻ると、まだ発行していなかったギルドカードを受け取った。これで仮カードを返す事が出来るし、身分の確保も出来た。
 その後、ユリカさんに宿の事を聞いた。ギルドのオススメと、ユリカさんのオススメは違っていた。話を聞くとユリカさんのオススメの方が良さそうだった。
 宿の名前は「月の下」というらしい。オススメしたのは知り合いがやっているからとの事だった。ユリカさんの名前を出せばいいとの事なので、せっかくだから使わせてもらおう。
 武器屋も防具屋も間に合っているので、魔道具などが売っているお店を教えてもらった。
 カルナとも少し話をしていた。多分この辺りのいいお店について聞いていたのだと思う。
 ユリカさんと話をしていると、他の受付嬢さんも話に加わった。名前をノーツ・ワルムさん。ノーツさんは明るく、クリーム色のフワッとした髪の人だ。ユリカさんとは正反対な人で、カルナっぽい所が見て取れた。
 ノーツさんが加わると、カルナ、ユリカさんと3人で話をし始め、僕は掲示板の方を見ていた。
 少し話が長くなりそうだったので、前に討伐した魔物の売却も行った。売ったものはどれも低ランクの魔物であまり大きなお金にはならなかったが、少しは足しになった。
 3人の会話が終わると、する事もなくなった僕とカルナはギルドを後にした。



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