アルケニアオンライン~昴のVRMMOゲームライフ。冒険生産なんでも楽しみます。

じゃくまる

スピカの転職試験

 一旦エダムさんの話は置いておいて、ボクは自分のやることを片付けることにしようと思う。
 まずは転職からって思って調べてみたけど、どうやら転職クエストの受注場所はメルヴェイユの街の宮司さんからのようだ。
 いくつかのクエストをこなして転職するためのアイテム集める必要があるようで、わりと時間がかかりそうだ。
 さて、問題はアイテム集めなわけだけど、この辺りの情報は一切書いていなかったので、実際に受けてみるしかないようだ。
 ボクは「よしっ」と気合を入れると、さっそくメルヴェイユの街へと向かった。


******************


「あっ、そうだ。あとでフィルさんたちにも会いに行かなきゃ」
 街の東門は南門に比べると小さめだ。
 だからといって衛士の数が少ないわけじゃないけど。

「商人の方は南門をお使いください。それ以外の方はこちらでも受け付けています」
 ボクが門に辿りつくと、若い衛士さんがボクに向かてそう案内してくる。
 なのでボクは、冒険者カードを提示すると「冒険者の方ですね」と言ってカードの内容をチェックし始める。

「えぇ、問題ありません。おかえりなさい、メルヴェイユの街へ」
 若い衛士さんはそう言うと、合図を送り通行可という合図を手信号で出す。
 同時に、カードを返してもらい、ボクはのんびりと街へと入っていくのだった。

「う~ん。今日はみんなに言わずに出て来たけど、怒られたりしないよね?」
 そうだ、転職しよう! と思いついてそのまま街へとやってきた。
 ボクが転職に行くことを知ってるのは、直前まで話していたルードヴィヒさんとカルナさん、そしてマイアとミアだけだ。
 アーク兄とかはちょっと見てないので分からない。
 ただもしかすると、ログアウトしているかもしれない。

「今日はもう少しだけできそうだから、さっさとクエストだけ受けちゃおうかな」
 システム時刻はもうすぐ十六時。
 もう夕方の時間だった。

「それにしても、平民街って思ったよりも人多いんだなぁ」
 何度か通り過ぎることは多かったし、クエストの都合でお手伝いに来たことはそれなりにあった。
 門通りから外れた街中には小さな公園などがあり、そこではちっちゃい子供や親御さんたちが一緒に遊んでいる。
 ペットの散歩をしている人もいれば、よろよろと動くおじいちゃんもいたりして、現実とあまり変わらない生活をしているように見えた。
 違うところといえば、井戸の周辺で洗濯をしている人がいたり、小さな鍛冶工房では生活用品を作っていたり、露店商がいたりするくらいだろうか。
 商業街のほうではもっと色々と賑わっているのだが、ここはここで生活に密着した物品の販売や修理などが行われているようだ。

「思ったより長閑だよね。でも、こういう場所ってスラム的なのも多いって聞くけど、アルケニアオンラインにはないのかな?」
 ふと気になることといえば、貧民街のようなものはないのかということだ。
 ファンタジー系ゲームなどではお馴染みの怪しい場所であり、犯罪も多いと言われたりしている場所だ。

「すみません、メルヴェイユの街って貧民街みたいなのはないんですか?」
 いささかぶしつけな質問だったのかもしれない。
 露店商の男性が驚き固まってしまっている。
 ただ少しして再起動できたのか、ボクの質問に答えてくれた。

「はぁ、びっくりしたよ、お嬢ちゃん。あんた、何も知らないんだね?」
 呆れ半分といった感じの男性は、ちょっとだけご立腹のようなオーラをだしている。

「ご、ごめんなさい。まだよく知らなくて……」
「ははぁ、なるほど。異世界人か。なら知らなくても仕方ないか。貧民街は昔はあったんだけど、メルトルテ神聖国が
無くなる時、救済という名目でメルヴェイユの街の民にお金と物品を出したんだよ。そのおかげで、貧民は普通の平民になり、生きるために起きていた犯罪が減り、街の規模が大きくなっていったんだ。まぁそれはこの街くらいなもので、他の場所ではどうかはわからないよ? もしかしたら助けられたのはこの街だけなのかもしれないからね」
 男性は丁寧に説明してくれると、一本の赤い野菜を渡してきた。

「これは?」
 渡された野菜は赤いカブのような根菜だ。
 おそらくビーツとかいう根菜だと思う。

「あっちの方向に結構な空き地があってね、そこで野菜や家畜を育てているんだ。臭いが気にならないように、壁が増設されていてね、そのあたりに専用の土地が用意されているんだ。共同農場って言ってね、この辺りの露店の商品はそこで作られているんだよ」
 男性が指さす先、そこはマタンガの森の方面だ。
 少し迂回するような形で壁が作られているのはこの前気づいたけど、まさかそこに農場があるとは思わなかった。

「異世界人の中には、農業や林業、畜産なんかの技術を持っている人がいるらしいじゃないか。自分の土地を切り拓いて何かを育てたり作ったりできるようだから、羨ましい話だね」
 そう言うと男性は軽く溜息を吐く。
 見た感じ若そうなんだけどなぁ。

「冒険者でもないものは戦う術を知らないからね。外に出ても守られていない状態では開拓どころの話じゃないんだ。まぁ、土地を開拓したら雇ってくれるって言うんだったら嬉しいんだけどね」
 また再び溜息を吐く男性。
 きっともっと大きなことがやりたいんだろうなぁ。
 もしかしたら現状に不満があるのかもしれない。

「ボクは転職の途中なんですけど、もし開拓するような人がいたら聞いてみますね」
「おぉ、それはありがたいよ。その時はよろしくな。それじゃ、また」
「はい、また」
 男性と別れ、ボクは再び武蔵国の屋敷を目指す。
 東門からはそこまで遠くはないものの、時間はかかる。
 しばらく歩くと日本家屋風の武蔵国の屋敷が見えてきた。
 ちなみにボクは街に入る前に人化しているので、今は人間と変わらない。

「たのもー!!」
 武蔵国屋敷前でボクは声を張り上げた。

「なんだ、誰かと思ったらスピカちゃんか。びっくりしたじゃないか」
「道場破りかと思ったらちっちゃい少女であるか」
 詰所から出てきたのは前にも出てきた武蔵国衛士、『山彦』さんと『左門』さんだ。
 山彦さんはすらりとした中肉の男性で、身長高め、そして切れ長の目をしている、凛々しい男性だ。
 対して左門さんは、大きめの筋肉質の体に四角めの顔、太い眉が特徴的な大柄な男性だ。

「あんなに大声出して、どうしたのかな? 何か用事でも?」
「あ、いえ、転職に来たんですけど、ちょっとテンションが上がってしまって」
「はぁ、其方は少し落ち着いてはどうだろうか。見た目は深窓の令嬢といった雰囲気なのに、なぜそうも元気いっぱいなのか」
「左門、お前よく見ているな? 女などっていつも言ってるではないか」
「たまたまだ、たまたま。して、転職であったか。宮司殿は予定が空いておるゆえ、向かうがよかろう」
「はい、こっちね」
 ボクはあれよあれよという間に、山彦さんに手を引かれて社まで連れていかれる。
 だって仕方ないじゃない! 気が付いたら手を取られているんだから。

「ようこそ、前にもお会いしましたね。道士のお嬢さん。あれから御神体になるようなものは見つかりましたか?」
 宮司さんが笑顔でボクに依頼していた件を尋ねてきた。
 もちろんボクも覚えているので、こっちからも聞かなければいけないことを質問する。

「宮司さん、ご神体なんですけど、これはダメという神がいたりしますか?」
「ふむ。別段特にはありませんね。ただできれば欲しいと思っている神はいますけどね」
「ふむぅ……」
 宮司さんの言葉を聞いてボクは少し考える。
 欲しい神様じゃなかったらどうしようかな? それに、呼べるとも限らないし……。

「どうしましたか?」
「あっ、いえ。ちょっと待っててくださいね。少し考えてみます」
 宮司さんが不思議そうな顔をしているけど、今はどうしようもない。
 う~ん、試してみるしかないよね……。

 ボクは陰石を取り出すと、手のひらに挟み妖力を送りながら呼びかける。

(聞こえる? 大禍津)
 心の中で呼びかけるものの、返事はない。
 やはり無理かな? と思ったその時「あら、狐の子じゃない。どうしたのかしら?」という声が聞こえてきた。

(単刀直入に聞くけど、大禍津の現身って貰えたりするのかな?)
 ボクはお婆ちゃんから祀るべきものについて聞いていたので、それを大禍津に尋ねてみることにした。

(やっぱり祀ることにしたのかしら? いいわ、その陰石は私と通じることができるから必要なら言いなさい? 現身くらいならすぐ出せるから。さぁ、持って行きなさい。この白い石が私の現身よ)
 大禍津がそう言うと、ボクの手のひらの間に違和感が生まれる。
 驚いて確認すると、そこには白い石が一つ生み出されていた。

(ありがとう、大禍津。気になったんだけど、陰石に念じて大禍津に通じるなら、八十禍津にも通じるんじゃない?)
 ふと思いついたので、大禍津に質問を投げかけてみた。
 すると、困ったような笑い声が聞こえてきた。

(ふふ、そうね。でも、一度でも接触したり通じた神でもない限り、念じても通じることはないわ。だから安心しなさい? 狐の子、スピカ)
 大禍津は優しい声でそう言う。
 でもボクは、その声がどこか楽しげだと感じてしまう。

(貴女のいるその場所は貴女にとっては疑似世界よ。深く関わりすぎて辛い思いをしないようにしなさいね? それと、貴女にとっての本当の世界にも私の現身を置きなさい? それは約束よ)
 それっきり大禍津の声は聞こえなくなった。

 ボクは残された白い石を確認すると、宮司さんに見せた。

「何とも不思議な雰囲気を感じる石ですね。呼び出してみましょう」
 大切なものを扱うように白い石を手に持つと、社の中の祭壇にその石を設置する。
 そして座り込むと手を合わせて石に対して祈祷を行う。

「白き石に宿りし神よ、我らが前に御出でくださいませ。神よ、貴方は何者ですか?」
 宮司さんの体から強い霊力が生まれる。
 その霊力はそのまま、白い石に注ぎ込まれていく。
 霊力を吸収した白い石は、ふわりと浮かび上がると、人の形を模っていく。
 次第に白い長い髪、紅い瞳、そして紅い着物を着た少女の姿へと変化していった。
 整ったその容貌は肌の白さも相まって、この世のものとは思えない美しさにみえた。
 
「あら、人間? ふぅん、それなりの力があるようね。それで、ここはどこかしら」
 会った時もそうだが、大禍津は基本的に他人に興味がなさそうな感じだ。
 それはここでも同じで、宮司さんに興味を持たず、周囲を見回しきょろきょろとしている。

「ここはメルヴェイユの街にある社でございます。貴女様は何者でしょうか?」
 若干無視されがちな宮司さんだが、めげずに再び問いかける。

「あら、スピカじゃないの。そう、ここが貴女が私の現身を置きたい場所なのね。スピカの世界にも置いてほしいけれど、ここに置いておくのも悪くなさそうね。それにしても、遠くから感じる弟の気配が不快ね」
 ボクに気が付くと、大禍津はにっこりと笑って話しかけてくる。
 ただし、宮司さんについては完全に無視されているけど……。

「かっ、神よ……」
 宮司さんは若干涙目だ。
 頑張れ、宮司さん!!

「そろそろ答えてあげてよ」
 未だに色々な物を興味深げに見ていた大禍津に、ボクは促した。
 そろそろ本当にかわいそうなんだよ?

「ふぅ、仕方ないわね。人間に興味などないのだけれど。私は災厄を司る神、大禍津よ。でも安心しなさい? 適切に祀れば禍から守ってあげるから。それに、今貴方たちに必要なのは私でしょう?」
 綺麗な紅い瞳と細め、挑発的な眼差しで宮司さんを見る。

「えぇ。今現在、私たちが求めている神は貴女様も含みます。どうぞ、御加護を」
 大禍津の挑発的な眼差しに屈することなく、宮司さんは加護を求める。

「構わないわ。禍から貴方たちを守ってあげる。それはそうと、ねぇスピカ? 貴女、ここには転職に来たんでしょう? いいの? ぼーっとしてて」
 宮司さんの要請を受諾した後、大禍津はボクの用件について口にした。
 いっけない、ちょっとだけ忘れてた!

「あっ、そうだった! 大禍津を呼び出してせいで忘れかけてたよ」
「あらひどい。せっかく教えてあげたのに。ねぇ、人間? そろそろスピカの転職について教えてあげてくれないかしら?」
 大禍津はボクの側に近づき、ボクの服の肩口を指で摘みながらそう言った。
 大禍津に言われ、宮司さんは急いで立ち上がると、いそいそと準備を始めた。

「こほん、失礼。転職でしたね。いよいよ『陰陽師見習い』になられるのですね。いいでしょう、試験を開始しましょう」
 宮司さんはそう言うと、ボクに勾玉を渡してきた。

「これは?」
 何も感じられない翡翠の勾玉。
 これを何に使えと言うんだろうか?

「これは試験の為に使います。これより百体の魔物を狩ってもらいます。強さに指定はありません」
 笑顔で宮司さんは試験内容を口にした。
 まさか百体狩りとは思わなかったよ……。

「うぅ。仕方ない。では行ってきます」
「あら、私も見に行くわ。面白そうだもの」
「お気をつけて。百体狩り終わったら戻ってきてください」

 こうしてボクは魔物百体狩りを行う羽目になったのだった。

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