アルケニアオンライン~昴のVRMMOゲームライフ。冒険生産なんでも楽しみます。

じゃくまる

スピカの出会い

「ここは……どこ?」

 ボクは目が開ける。
 目は開けたはずなのに周りが見えない。
 そして音も聞こえない。
 ボクは一体どこにいるんだろうか?

「ゲームの中だし、死ぬなんてことは……あるわけないよね?」

 何も見えないという不安は、ボクの心を圧迫してくる。
 襲い来る不安感がボクを苛む。

「とりあえず、身を起こしてみよう」

 顔に張り付くような暗闇の圧力を感じながら、ボクは手探りで身を起こした。
 ボクは今、少なくとも硬い何かの上に寝ているということはわかる。
 重力はあるようだし、空気もあるみたいだ。
 少し淀んでいることを考えると、地下か密閉された室内かはわからないけど……。

「本当に何も見えない。静かなのに不思議と声も反響しないなんて」

 おそらくだけど、硬い何かに覆われた室内なのだろう。
 なのにボク自身の声は全く反響していない。
 とりあえず調べるべく、手探りで立ち上がることにした。

 幸い、天井は低くないようで手を伸ばしてもボクの身長ではかすりもしなかった。
 145センチから150センチの間しかないのがつらい……。

「【狐火】」

 狐の妖種らしく、ボクにでも狐火くらいは生み出すことはできる。
 赤い炎が生み出されると、ボクの手元を照らし出した。

「えっ? 灯りを出しても見えないの!?」

 狐火に照らされて見えるのは、ボクの体と服だけだ。
 通路のような何かを確認することはできない。

「ええっと、どうすればいいんだろう? 見えないんじゃどこにも行けないし……。でも、妖力は回復して来てるみたいで良かった……」

 アルケニアオンラインには霊力と妖力という要素が存在している。
 霊力は人間種が使用することができる魂の力。
 妖力は妖種が使用することができる魂の力。
 人間から妖種になった場合、ゲーム内では霊力は妖力に置き換わるようだ。
 ただし、現実ではあり得ないため、確認することはできないんだけどね。

「ん~。とりあえず狐火を前にして歩いてみますか。落とし穴とか崖とかあったら嫌だな~……」

 前方に障害物があれば、狐火に反応がある。
 でも、足元に落とし穴や切り立った崖がある場合は確認することができないので、落ちるしかなくなってしまう。
 頑丈そうな場所ではあるものの、だからといって油断することはできない。

「ん? 歌が聞こえる? こっち?」

 歌のような旋律と声が聞こえる。
 どっちの方角はわからないけど、確かにボクの高性能な狐耳がそれを拾った。
 一応方向は分かるので、そっちに進むしかないだろう。

「こういう時、人間じゃなくてよかったって思うよね。人間の耳ってそこまで良くないし。ボクたちみたいに、ぴんと突き立った凛々しい狐耳がないと物足りないよね」

 ボクたちにとっては耳も尻尾も大事なのだ。
 むしろアイデンティティーといってもいいくらいだ。
 それは猫だって同じだと思うし、烏だって羽根に自信を持っているはずだ。

「歌の方向は何とか分かったけど、相変わらず何も見えない。ボクはどっちに歩いているんだろう」

 目の前の狐火は静かにただ揺れている。
 暗闇の中、ほっとする明るさだと思う。

「一応、壁っぽいのはあるんだね。落とし穴は今のところなしか。壁は硬質っていうか、石?」

 触った感じはレンガのような何かだ。
 粘土製のレンガか石レンガか。
 もしかしたら、日干しレンガかもしれない。

「ん? 明かりが見えてきた。外……?」

 歌の聞こえる方向に進んでいくと、やがて小さな白い光が見えてきた。
 狐火の白いバージョンでなければ、外の光だと思う。
 ボクははやる気持ちを抑えながら、ゆっくりと確実に近づいていく。

「淀んだ空気が流れ始めた? 匂いが違うね。外……なんだろうけど、出られるのかな?」

 外とは言ったものの、出られるかは不明だった。
 漏れてる光りなのかもしれないからだ。

「~~♪ ~~♪」

 歌の発生源が近くなってきた。
 一体誰の歌だろう?
 きれいな透き通るような声だ。

「あら? 珍しいお客様ね? 死人でも迷い込んだかしら?」

「あっ、えっと……。あなたは?」

 光の見える先には、一人の少女がいた。
 白い長い髪、紅い瞳をしたこの世のものとは思えない容姿の美少女だ。
 その少女は、紅い着物を着ていた。

「なんだ。死人じゃないのね? あなた……妖種ね?」

 ボクの顔をじろじろと見ながら、少女はそう言ってきた。
 彼女はボクを見ても大して驚いた様子がない。

「それも、天狐種? げっ、あの女の匂いがする……」

 少女はボクに近づいてきて、じっくりと観察していたが、急に顔をしかめてそう言った。
 あの女って誰だろう?

「あの、君は誰なの?」

 ボクの問いに、少女は驚いた顔をした。
 まるで、「まさか知らないなんて」といわんばかりの表情だ。

「ふぅん? 私のこと知らないのね? あの女の匂いがするのに? 珍しいわね。でもまぁ……、それもそうか」

 少女は何やら頷きながら結論を出している。
 心当たりでもあったようだ。

「それに、あいつの匂いが混ざってる。あの逃げ出した弟の匂い。ねぇ貴女。まさか弟の関係者じゃないわよね? 違うとは思うけど念のために聞いておくのだけど」

 ジト目でボクを見ながら、そう質問してくる少女。
 有無を言わせぬ圧力を感じて、ボクは思わず答えてしまう。

「ごめんなさい。弟というのが誰かわからないんです。うちで男性って言うと、賢人兄と詠春お父さんくらいだし……」

 ボクは思わず家族の名前を出してしまった。
 これはまずいかもしれない……。

「あ~。詠春か。ふぅん。弟とは関係なさそうね。少なくともあの女の匂いもしていることだし、あの女の血筋ってだけはわかったわ。ま、話くらいは聞いてあげるわ。来なさい」

 ボクのしゃべった名前に心当たりがあるようなものの言い方をする少女は、勝手に自己完結すると、ボクを通路から部屋の中へと誘ってくる。

「えっ? ここだけ和風っていうか。うん。見知った感じだ」

 少女に案内されてはいった部屋には、畳が敷かれていた。
 中に入ると、石造りの通路はそっと消え、伝統的な和風建築の家だけが残った。

「えっ!? 通路は!?」

「あら、あんな通路無視しておきなさい。戻ってもいいことはないわよ? 貴女がここに迷い込んだ理由は知らないけど、死んではいないようだし、もう少ししたら戻れるでしょ。私としては色々と聞いておきたいことがあるのよね」

 通路が消えたことに驚くボク。
 でも、目の前の少女にとっては大したことではないようだった。

「貴女、お名前は?」

「えっと、ゲーム内の名前はスピカです」

「げーむ?」

 名前を質問され、ゲーム内ネームを答える。
 しかし、少女の反応は違うものが返って来た。
 まるで知らないような雰囲気を感じる。
 もしかして、NPCだったのかな?

「あ~、もしかして何か違うものと勘違いしているのかしら? 質問を変えるわ。貴女の血縁には『ココノツ』っていない?」

「あっ、います。お婆ちゃんの名前」

「そう、素直な良い子ね。ココノツとは大違いだわ」

 少女は感心したようにそう言い、ボクの頭をそっと撫でてくる。

「わっ」

「あらごめんなさい。あまりにも触り心地よさそうだったからつい。貴女、よく可愛がられたりしない?」

 そっと手を離すと、軽く謝ってくる少女。
 可愛がられているかはわからないけど、触ってくる人は多いかな?

「わかりません。触られることは多いですけど」

「そう。なら可愛がられているのね。そうそう、貴女から逃げた弟の匂いがする件なんだけど、弟に近しい何かに接触しなかった? たとえばアンデッドとか、眷属みたいなのだとか、黒い石だとか」

「あっ、黒い石」

「どうやら正解みたいね。貴女、その石に何かしたのね? その反発でここに飛ばされた。あり得ないことではないわね」

 少女はひとしきり頷く。
 そして、不意に口を開きこう言った。

「ここは高天原よ。私は大禍津(オオマガツ)。別名もあるけど、そっちは仲良くなったら教えるわ。貴女を飛ばしたのは、弟の八十禍津(ヤソマガツ)よ。ココノツに散々ぼこぼこにされ、消滅寸前まで追い込まれて別の世界だか次元だかに逃げ出した憐れな弟。少し貴女に興味が沸いたわ。体に意識が戻るまでの間、私に付き合いなさい」

 傲岸不遜な態度で少女、大禍津はそう言ったのだ。

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