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じゃくまる

第30話 夜のスピカは戦闘狂? 狂いの月の申し子


 メルヴェイユ南部森林ダンジョン、通称メルヴェイユ南ダンジョンは10層で構成されている。
 中層からは一気に難易度が上がることで有名なこのダンジョンは、採集や採掘に適した場所ということもあり、プレイヤーやNPC達で賑わっている。
 
「現在3層目、結構敵が強くなってきましたね。適正レベルはおおよそレベル13~15ということですが、バランスを考えたパーティー構成ならという話のようです。特に、3層目の奥には階層主と呼ばれるボスがいるようです」
 通りすがりや安全地帯にいた冒険者から情報を仕入れたミアが、ボクにそう教えてくれた。
 ミアは思ったよりも行動派なようで、色々な人からさまざまな話を聞いては情報を集めている。

「ここの階層には主にウルフ系、それもブラックウルフと呼ばれる狼がいるそうです。力も早さもしつこさもダンジョンブラウンウルフより上とのことです。それと、階層主はどうやら狼系のようですね」
 早速仕入れた情報を展開してくれるミア。
 スライムとは思えないほどバリバリと仕事をこなしてくれていた。

「う~ん、強そうだね。前衛いないのがきついなぁ……」
 ボク達の構成としては、後衛の道士であるボク、弓術師であるコノハちゃん、それと錬金術師兼魔術師のミアという、後衛のみとなっている。
 一気に押し込まれたら総崩れしそうなほどに柔らかさ満点のパーティーとなっている。

「うん、ボク達では全滅必至だよ、これ」
 うん、無理だ。

「たしかにこのままでは危険ですね。とはいえ、今外部の方を招くのも危険かと」
 ミアは慎重派だ。

「わ、私もあまり知らない人は……」
 コノハちゃんは人見知り全開オーラを出している。
 慣れた人以外と組むのは簡単じゃなさそうだね。

「う~ん、まぁ、ボクもそういうのは得意じゃないしなぁ。良い人いないかな~」
 ないものねだりと分かってはいても条件に合う人はいないだろうか。
 出来れば年上で落ち着いている人がいい。
 例えば、少し渋めの中年男性とかなら安心して任せられそうだ。

「安定感というか安心感って大事だよね?」
 ボクがそう言うと、二人ともボクの方を向き、首を傾げていた。
 まぁ、当たり前か。

「敵性反応ありです。ブラックウルフ3頭。どうしましょうか?」
 いつの間にか索敵スキルを使用していたミアが、探知に引っかかった敵の数を報告してきた。
 早速ブラックウルフか……。

「とりあえず、惜しまず3人で1頭仕留めてみよう。2頭の連携には注意して」
「わかりました」
「了解」
 ミアとコノハちゃんがそれぞれに返事をすると、戦闘準備を始めていく。
 サクッと倒せれば15までは早いだろう。
 でも、まだ未知の敵だから強さのほどが分からない。
 なにせ、3層目に入ってから出てきたのは、ダンジョンブラウンウルフばかりだったのだから。


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 ブラックウルフとの戦闘寸前、ボクは気分が高揚していた。
 ゲーム内時間は朝4時半頃、まだ朝というにはやや早い時間だ。

「んふふ~、み~つけた」
 早速見つけたブラックウルフ1頭。
 他の2頭はすぐには見つからなかった。
 群れるワンコなのに、どうして君1頭だけなんだい?

「こ、怖い……」
 ふと見ると、コノハちゃんがかすかに震えていた。
 コノハちゃんを怖がらせるなんて、ワルイ子だよねぇ?

「グルゥゥゥ……」
 ボクが再びブラックウルフの方向に顔を向けると、わずかだがブラックウルフが後ずさっていた。
 ボクと遊ぶ気はないってことかな?
 こんなに気分のいい夜なのにさ。

「うふふ、おいで。遊んであげるよ?」
「ガウルルル……、アオオオオオオン」
 わずかに後ずさりながらも、ブラックウルフは遠吠えをし、牙をむいて襲い掛かってきた。

「アハハハハハ、そうだよ。そうこなくっちゃ!」
 距離は十分、ならバックステップで後ろに下がろう。
 ボクはすぐに後ろに飛び退いた。
 ブラックウルフは今までボクがいた場所にまんまと飛び込んでくる。

「あはは、どうしたの? 渾身の一撃がはずれて、噛み付けなかった? 大丈夫だよ、もう一回」
 ボクは誘うようにブラックウルフをおびき寄せる。
 魔物は獲物には容赦しない。
 たとえ勝算がほとんどなかったとしてもだ。
 彼らは賢い生き物だから、基本的に人間種を見下して獲物だと認識しているからね。
 だから、怖気づいたとしても、挑発されては黙ってはいられない。

「グルアァァァァァァァ」
 再び素早く飛び掛かってくるブラックウルフ。
 今度のボクは飛び退いたりはしない。

「か~わいいね~? でも、ごめんね? 時間切れなんだ」
 ほとんど一瞬ともいえるその瞬間、ブラックウルフはボクの目の前に飛び込んできた。
 ダンジョンブラウンウルフとは比べ物にならないくらい速く、予備動作も少ない。
 獲物を狩ることに最適化された上位の狼であることを、その体と行動は示していた。
 だから――――。

 素早く抜き放った鉄扇を畳んだまま、ブラックウルフの顔面を殴打する。

 パンッ

「ギャウンッ」
 鉄扇の一撃を受け、ブラックウルフは右側面の壁に吹き飛ばされた。

「ねぇ? もう少し速くなってよ。君の仲間は、君よりも速いかな?」
 顔面を強打され、壁に激突したブラックウルフはピクリとも動かない。
 よく見れば、ブラックウルフの首は曲がってはいけない方向に曲がっていた。

「う~ん、聞こえてなかったか。仕方ない。お仲間は~っと。いたいた」
 遅れてやって来たブラックウルフ2頭。
 いささか及び腰なのはいかがなものだろうか。
 一緒に攻撃されては面倒だと思い、分断工作を行う。
 2頭のうち、1頭はミアが対応、もう1頭はコノハちゃんが対応することにした。
 これで狼の得意な連携は封じられただろう。

「【パワーショット】」
 コノハちゃんが声を上げ、ブラックウルフに矢を放つ。
 放たれた矢は矢じりがわずかだが光を放っている。
【パワーショット】と呼ばれる強力な力を込めた初級弓術のスキルだ。

「ギャウンッ」
 直撃の瞬間、一瞬だがブラックウルフが素早く身を捩ったように見えた。
 素早く放たれた矢は、そのままブラックウルフ1頭の脇腹へと突き刺さる。
 どうやら急所を反らされたようだ。

「速い。あの一瞬で身体をひねるなんて」
 コノハちゃんは驚きはしたものの、すでに第二射の準備は整えていた。

「援護するよ? 【雷符】」
 ボクがかざした雷の符は雷撃を放つ。
 放たれた雷撃は、寸前で後方に飛び退いたブラックウルフの足元に突き刺さった。

「ギャウンッ」
 雷撃が足元に突き刺さった直後、ブラックウルフの体にコノハちゃんのパワーショットが突き刺さった。
 よろよろと動きながらも、なんとか態勢を整えようとするブラックウルフ。

「残念、時間切れでした【風符二段・鎌鼬】」
【風符】を二枚重ねて発動させる、複合符術である。
 単純な効果は2倍となり、風の刃は大きな2本の鎌となる。
 そのままよろめくブラックウルフに向けて放つと、避けることも出来ずに真っ二つに切り裂かれていった。

「こっちは終わりかな? ミアは~っと」
 ブラックウルフが動かなくなったのを確認し、ミアの方向を見る。

「【ポーション・パラライズ】」
 迫りくるブラックウルフに、先制してポーションを投げつける。
 飛び掛かって来たタイミングだったため、避けることも出来ずに直撃を受けたブラックウルフは、その動きをだんだんと弱めていく。

「これで終わりです。【アイスランス】」
 3本の氷柱のような氷の槍を生み出し、動きの鈍ったブラックウルフに突き刺していく。
 1本、2本、そして3本目が刺さるころには、その体から血を流すことなく動かなくなっていた。

「なんか、すごいね? どうやったの?」
 ミアは随分と戦い慣れているように見えた。
 素早く飛び掛かってくるブラックウルフにひるまず、落ち着いてポーションを投擲。
 ポーション効果で動きが鈍ったところで、太い氷の槍である意味滅多刺しだ。

「麻痺ポーションを投げつけました。一人でいるときに集めた麻痺効果のある毒草のおかげです」
 どうやら、ミアは隠し持っていた麻痺を誘発させる毒草を加工して、麻痺毒ポーションを生成したようだ。
 その効果で、ブラックウルフは動きが鈍くなっていたというわけだ。
 ミアってすごく頭いいんだね。

「ミアすごい!」
「ミアちゃんすごい」
 ボクとコノハちゃんは口々にミアを褒めたたえる。
 ふと気が付くと、ボクの気分は落ち着きを取り戻していた。

「ありがとうございます。コノハ様、ご主人様。そういえば、眼の色が元に戻りましたね」
 お礼を言うミアは、ボクの顔をまじまじと見つめると、そう言ってきた。

「本当。いつものきれいな紅い眼。光ってない」
 眼が光るってどういうことだろう?
 たしかに、鏡を見た時は少し赤みが強かった気はしたけどさ……。

「う~ん? そういえばもう朝なんだね」
 ふと気が付けば、時間は朝の5時を示していた。
 どうやらすっかり朝になっていたようだ。
 30分も戦ってたのか……。

「はぁ、疲れた。もう帰って休もう」
 コノハちゃんがそう提案し、ボクもミアも了承。
 歩いて街へと帰還することになった。

「ねぇ、スピカちゃん」
 帰り道、コノハちゃんがボクに声を掛けてきた。

「ん? なに?」
 首を傾げながら問い返すボク。

「これからはさ」
 コノハちゃんはゆっくりと、落ち着いて切るように話す。

「ん?」
 コノハちゃんは一呼吸置いてからこう言った。

「夜の狩りはなるべく減らそう」
 コノハちゃんは有無を言わせぬ笑顔で、ボクにそう提案した。

「えっ? あっ、うん」
 よくわからないまま頷くボク。

「ふふ、コノハ様ったら」
 何かを察したのか微かに微笑むミア。

「??」
 ボクだけが理由を分からないままなのであった。

 

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