美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

地獄か



 正面口から新館に入ると、奥には談話ルームのソファーで何やら騒いでいる女子グループが。


 あ、そう。
 あのコートに繋がってるあそこ、談話ルームって言うらしい。最近知った。
 ルームじゃないじゃん。
 という疑問は生徒会の人から黙殺された。気にしてんなら変えろよ。




 ったく、先に練習始めとけって言っただろうに。また遊んでやがる。


 運動の出来ない俺に気を遣っているのかは分からないが。
 試合が終わってからの彼女たちは専ら、あのソファーに集まってグダグダと過ごす、ひたすらに怠惰な若者と化していた。


 今もカードか何かを手に持っていて、ゲームに興じているようだ。
 せっかく部活として認められたのに、あんなんじゃまた文句言われるだろう。大丈夫か。


 ……まぁ、当然のように参加している俺が言えた口じゃないか。
 どうせ明日から活動はできないし、当面目標となる試合も大会も無いのだから。


 こういう時間をひたすら無駄にしてきたのだ。
 少しくらい、付き合っても罰は当たらないだろう。 




「ういーっす。なにしてん」




 いつも通り、気の抜けた声で挨拶。


 したのだが。






「『おう、来たぞ。これで試合成立やな』」
「お、「お」ねっ。えーっと…………あ、はいっ!」
「ぬわぁぁぁぁっっ!! あたしの近くにあったのにぃぃっ! 長瀬つえーな!」
「まっ、反射神経だけは自信あるしねっ! 比奈ちゃん、次どーぞー」
「はーい。えーっと……『対等になりに来たんだよ、お前らと』」
「たぁ? た、た、たっ……どこ……?」
「あ、はい」
「ぬおおおおっっ!! ここに来てくすみんも追い上げたかっ!」
「まぁ目の前なので……あとこれ私が作りました」
「はーい次行くよー。『ラスボスだっつうの。まぁ見てろよ』」
「はい来たァァァァっっ!! おっしゃーこれ狙ってたー♪」
「あぁぁっ! 私もそれ欲しかったのに!」
「はいはーい。じゃあ次ねっ。『まだ走れる。舐めんなよ』!」




「……なにやっとんじゃオラァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」




「あ、ハルト遅いわよっ」
「質問に応えろっ! お前らはいまっ、なにをやっていたッ! 言えッッ!!」
「え、なにって「ヒロセハルト名言50音かるた」だけど」
「ブチ殺すぞ貴様らッッッッ!!!! 誰や発案者ッッ!!!!」
「あたしでーす♪」
「だと思ったわボケェ!!!!」




 嫌いになりそう。




「すごいんだよ廣瀬くん。これ、こないだのだけじゃなくて、インタビューとかからも集めたの」
「なんでそこまでやんだよっっ!! 拾うなッッ!!」
「この「せ」なんてヤバいよね~。『世界を意識というか、俺が世界みたいなもんなんで』とか」
「やめろッッ!!」


 なんだこの羞恥プレイは。俺が招いたこととは言え。
 違う。違うよ。絶対に悪くないよ俺。




「しっかしな~。まさかハルがここまで有名人だったとは」
「しかもそれを言わないし。サッカー部と同じタイミングで知らされるし!」
「いや、それはまぁ……悪かったけど」


 ジト目の長瀬が不満そうに漏らした通りであった。


 サッカー部との話し合いでキャプテンこと林が口走ったのが原因だ。
 俺こと廣瀬陽翔の`実態`は、フットサル部全員の耳に知れ渡ることとなった。


 スマートフォンを弄り出した瑞希の掌で踊る、何時ぞやの俺。
 懐かしさすら感じるピンク色のユニフォームは、もう着ることもない。




「『現代に蘇った「和製ロベルト・バッジョ」廣瀬陽翔を世界は目撃した』……これ、何年前?」
「2年前とかじゃね」


 無造作に放り投げられたそれをキャッチし、ネットニュースを読む。
 こういうの、読んだことなかったかな。恥ずかしすぎて。




『U-16ワールドカップ、準々決勝ポルトガル戦。
 若干14歳の彼が放った輝きは、かつて史上最高のファンタジスタと呼ばれたポニーテールの似合うあの男と、どこかダブって見えた。


 柔らかいトラップから繰り出される正確無比なラストパス。
 きめ細かなステップと、まるで吸盤が付いているかのようなドリブル。
 どんな距離からも枠を捉える、正確な左足。


 まさに予測不能。ピッチのどこからもチャンスを生み出すそのクリエイティビティは、天からの贈り物と呼ぶほかない。言葉通り、彼はピッチに魔法をかけたのだ』




「もう無理」
「あっはっは! 顔真っ赤じゃんハルっ!」
「うるせえうるせえうるせえ」


 スマホを投げ返し、ソファーに倒れ込む。
 文字を読むだけなら大したことはない。
 それ以上に、横目に捉えた彼女たちの愉快気な表情に耐えられなかったのであった。


 
「長瀬も長瀬で、こういうの知らんもんなのな」
「あー……。わたし結構、海外厨みたいなところあるから……」
「分かる分かるっ。同世代の活躍とか意外と興味無いよねぇ」


 これまでの実績を「意外と興味無い」で片付けるコイツらの扱いと来たら。


 けどまぁ、それはそれで、少し気楽だったり。
 俺の一面を見たところで、反応を変えるわけでもなく、むしろ弄りの題材にするような連中だ。
 こんなことなら、わざわざ隠すまでもなかったかも。




「あ、一枚落ちてるよ」
「おっ。どれ?」
「わ、だね。えーっと『ワールドカップは通過点。義務教育みたいなモノです』だって」
「読むなッッ!!」


 やはり白を切るべきだった。絶対に。




「ねっ、琴音ちゃん。恥ずかしがってるってことはハルト本気で言ってるのよ。こんな恥ずかしい台詞」
「……の、ようですね」
「今の廣瀬くんからは想像も付かないよねぇ」
「それも致し方ないでしょう、愛莉さん。普段の彼の在り方を考えても」
「馬鹿にしてんのかテメェ」
「まぁまぁっ……琴音ちゃんは素直だからねっ」
「加勢してんじゃねーよ」


 相変わらず言葉の節々に棘はあるが、楠美の表情は随分と印象が変わった。
 これまでは無表情で飛ばしてきた罵倒を、今は少し小馬鹿にした感じで……変わってねーなこれ。


 というか、普通に聞き流したけどお前ら。




「琴音ちゃんて、柄じゃねえだろ」
「なにか仰いましたか」
「あ、いや、なんでも」


 俺の知らぬ間に、彼女たちの呼び名は随分と様変わりしていた。
 楠美は全員下の名前で呼ぶようになったし、長瀬も彼女のことを琴音と呼ぶ。


 瑞希だけは頑なに「長瀬」呼びを崩さない。
 本人曰く「あたしなりの愛情表現」とかなんとか言っていたが、恥ずかしいだけだろ。十中八九。




「はっはーん。さては、ハルも仲間に入れて欲しいんだな?」
「えっ? 廣瀬くんもかるたするの?」
「やんねーし、やらせねえよ。地獄か」
「そうじゃなくて、ほらっ。「廣瀬くん」なんて壁があるなぁ、とか、そう思ってんしょ?」
「純情かよ」


 別に呼び方なんて心底どうでもいいのだけれど。
 まぁ、なんていうか、俺の問題というよりかは。




「あ、そっか。呼んで欲しいのは長瀬か」
「……ハァッ!? なっ、なんで私が出てくんのよっっ!?」
「だってあたしは`瑞希`なのに、長瀬は長瀬じゃん? いや~ごめんな~、長瀬が嫉妬してるなんて思ってもみなかっ」
「しっ、してにゃいわよっっ!!」


 顔を真っ赤に染めて立ち上がる長瀬。
 嫉妬かどうかはともかく、気にしていたことだけはよく分かるのであった。




「そういうわけだからさ。ハルもこの際、名前で呼んでみろよっていう、そういうこっちゃ」
「えぇ~……」
「恥ずかしいの? かるた読まれるより楽じゃない?」
「大抵のことはそれよりマシだわ」


 なんかこう、違うだろう。
 他人から他人の呼び方を直されるって、子供じゃあるまいし。
 ママ呼びから`母さん`に変えるタイミングを人から決められるの嫌だろ。そういうこった。




「……あ……愛莉……?」
「……なんで疑問形なのよっ」
「いや、お前……愛莉って顔じゃねえだろ」
「知らないわよっ! 名前に寄せろっての!? ならアンタもハルトって顔じゃないでしょうがッ!」
「アァ!? 漢字でもそれっぽく無いわッ!」
「ま、まぁまぁ……こういうのは段々と変えていくものだから、ね?」
「まったくです。強制しても仕方ないでしょう」


 黒髪コンビに窘められ、お互い大人しく引き下がる。


 いや、辛い。今更過ぎて。
 瑞希はもうなんか、瑞希だから良いんだけど。
 長瀬は違う。全身鳥肌が立つ。恥ずかしすぎる。


 違いがあるのかと言われたら、それはよく分からないけれども。




「二人のことはどうよ? 名前で呼べるっ?」
「えっ。比奈、琴音。あ、行けるわ。余裕よゆー」
「はぁぁぁァっっ!? なんで二人は大丈夫で私はダメなのよッ!? おかしいでしょッ!」
「いやぁ……そんなこともあるだろ。なっ、比奈」
「ね~、ハルトくん?」
「ううぇぇッッ!? 味方が誰もいないっ!?」
「味方してやれよ、琴音」
「そう言われましても、こればかりは当人の問題でしょう…………はっ、は、はると、さん……っ」
「待ってッッ!! くすみんが可愛いッッ!!」





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