美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

暖かい光に祝福されながら





「…………うぅ、頭がクラクラするっ……あ、あれ? ボールはっ?」


 その在り処を見失ってしまった彼女は、ポケッとした顔で辺りをキョロキョロと見渡す。
 周囲の大歓声には、気付いていないようだった。




「比奈ちゃんっっ!! カンペキっ!! ナイスシュートっっ!!」
「ふぇっ? あ、うん。あれっ?」
「見てみてっ! ほら、入ってるっしょ! 比奈ちゃんが決めたんだよっっ!!」
「えっ…………あっ、わあっ! ほんとだっ!」


 瑞希の指さす方角をボーっと眺め、ようやく事の重大さに気付いたようだ。


 いや、凄いわお前。
 持っている。他にそれらしい言葉が見当たらない。


 ほとんどヘディングと言うか、来たボールに対し頭から突っ込んだだけだったんだけど。
 それが綺麗にゴールまで吸い込まれるとは。


 まさか、ここまで上手く行くなんて。俺が一番驚いている。




 ……そういえば、いつぞやの練習のときも決めてたな。謎ゴール。
 確か長瀬のパスをカットしたら、そのまま反対の方に決まったんだっけ。


 まぁ、運が良いとしか言いようがないわけだが。
 多分、神様からのご褒美とか、そんなところだろ。


 お前の努力が生んだ、最高のゴールだってことには間違いないのだから。




「比奈っっ!!」
「ううぉっと」




 この時間帯に来て全速力で走れる馬鹿がいるか。
 いや、楠美のことなんだけど。


 突っ立っていた俺をブッ飛ばし、彼女の元へと駆け寄る。
 なんだその笑顔は。初めて見たぞ。




「凄いですっ! 凄いですっ! 流石は私の比奈ですっ!!」
「えっ、あ、うんっ……あ、ありがとー……っ」


 そんな露骨に戸惑ってやるなよ。可哀そうだろ。
 それに……なにも倉畑だけのゴールってわけじゃねえんだぞ。




「楠美、ナイスアシスト」
「…………はい?」
「点を決めた人に、最後にパスを出した人には、アシストっていうのが付くの」
「……アシスト、ですか」
「そっ。つまり、このゴールはお前と倉畑の、二人で取ったゴールってわけや」
「……………………な、なるほどっ……」




 すげえニヤニヤしてるぞコイツ。そんなに「二人の」ってフレーズが気に入ったか。
 まぁ、別に構いやしないけど。本当のことだし。




「ねーっ、審判っ!」


 瑞希の跳ねるような声で、審判役のサッカー部員が、ビクついた。




「時間、もう残ってないでしょ?」
「あっ……いや、その…………はい……」
「なるほど~っ♪ と、いうわけでー……?」




 彼女は腕を思いっきり振り下げて、それはもう、満面の笑みで。


 拳を、天に突き出したのだった。




「……勝ぁっったああああああああああああああああああああああぁぁぁぁっっっっ!!!!」






 その言葉を合図に、爆音の大歓声が、コートを支配する。
 慌てて審判がホイッスルを鳴らし、ついに。


 試合は、終了したのだった。




 …………あぁ、そうか。
 勝ったのか。俺ら。


 最後の方、あんまりにもプレー自体が楽しすぎて、勝敗とか忘れてたわ。


 四人は抱き合って、勝利の喜びを噛み締めている。
 そんな姿を遠目で眺めていると、身体の力が突然、フッと抜けてしまい。


 ビチャビチャの芝生など気にも留めず、俺はコートに転がり込んだ。




「…………終わった、か」




 なんだろう、この感覚は。味わったことが無い。


 今までとは全く違う。
 だって、結果が欲しくて闘ってきて。
 試合終了を告げるホイッスルなど、サポーターからの声援よりずっと欲しかったものなのに。


 どうして、こんなに。
 寂しく感じるのだろう。




「……くははっ」




 自分の想像していることがあまりに信じられなくて、つい笑ってしまう。


 冗談だろ。
 あまりに楽しすぎて――――終わったのが寂しいとか、思ってしまったんだから。




「…………立てるか」




 不意に聞こえてきたその声の主は、サッカー部のキャプテン。林だった。
 差し出された右手は、汗でぐっしょりとしていることが、見ただけでも分かった。




「……お前もシンドイだろ。座れよ」
「……お言葉に甘えて」




 彼も同じように、コートにばたりと倒れ込んだ。


 雲の影から、日差しが見え隠れする。
 闘いを終えた戦士を癒しているつもりだろうか。


 ならもっと早く顔を出せ。馬鹿が。




「……悪かった」
「あっ? なにが?」
「お前らのこと、見くびり過ぎた。いや、ここまでとは思ってなかったけどよ」
「……なら、俺らも同じや。悪かった。色々言ってさ」
「もう気にしねーよ。負けたのは、本当のことだからな」




 遠く空を見つめる林の表情は、どこか清々しさすら感じた。
 あーあー。キショイキショイ。こーいうの似合わねえんだよ、俺。




「……流石、あの廣瀬陽翔だな」
「え、なにが」
「最後の最後まで、左足ロクに使わなかっただろ。俺も、分かってたんだけどな。お前の利き足が左だって……やられたわ」




 素直に褒められると妙に照れ臭いが、それは少し違う。


 正確には、使う「勇気」が無かったのだ。
 思い通りに動いてくれないのは分かり切った話で。


 で、前半終わった頃だったか。そのことに気付いて。
 なら、最後まで隠しておこうとしては、いた。つもりではあった。


 もっと早く使おうと思えば出来たことなのだ。
 ただどうしても、しょうもないプライドが邪魔していた。




「……使わせてくれたんだよ。この、ショボい左足をな」
「……そうかよ」
「お前、ええ選手やな。なんでボランチなんかやってんだよ」
「なんでって……そこが一番活きるだろ?」
「いや、違うね。お前はトップ下か、二列目のシャドーの方が活きる。太鼓判押してやるよ」
「…………あの廣瀬陽翔に褒められる日が来るとはな」
「気まぐれや、気まぐれ」
「有難く頂戴するよ」




 お互い立ち上がると、一つ呼吸を挟み、手を交わす。


 現役の頃も、試合終わって握手とかちゃんとやらなかったからな。
 どんだけ変わっちまったんだよ。俺は。悪い気しねえけど。




「……いい試合だった。掛け値無しに。今後の参考にするわ」
「おー。リベンジマッチはいつでも受け付けるぜ」
「はっ……次は勝つさ」


 手を放し背を向けると、そこにはもう一人。




「…………その、あれだ。悪かった」
「え、なにが」
「いや、だからっ…………怪我させたこと、とか」
「怪我? あぁ、これか。別に、よくあることや。お前が言ったんだろ」


 相も変わらず気まずそうな表情に変化は無かったが、おずおずと右手を差し出す甘栗。


 まぁ、お前に思うことが無いと言えば、それは嘘だが。
 んなもん、向こうも同じだ。おあいこ、おあいこ。




「……必ずリベンジさせろ。絶対だ」
「おう。シュートの精度が改善されたころにな」
「…………つうかよ。お前、マジで何者なわけ? なんでこんなところでやってんだ?」


 え、なんだ。まだ気付いてなかったのか。
 どうしよう。別に教えてあげてもいいけど。




「あとでキャプテンに聞いてみろよ。ビックリして死なんようにな」
「けっ。大したビッグネームでもなかったらブッ倒すからな」
「おう。期待しとけ」
「……サッカー部、入らねえのかよ」




 つい、言葉を止めた。


 悪くない申し出だ。
 今日、ここで俺が証明したプレーは、間違いなくサッカーというステージでも通用する。
 そりゃ広いフルコートでの試合となったらどうなるかは分からないけれども。


 ただ、思い出した。


 芝生を駆け回る楽しさ。ボールを蹴る喜び。ゴールへの渇望。勝利の味。


 このサッカー部となら、それなりのところまで行ける。
 行けるんだろう、けど。




「俺、女に囲まれてる方が楽しいんだよね」
「……やっぱ死ね」
「くははっ。嘘ウソ。悪いけど、色々あんだわ。だから、お前らだけで頑張れ」
「…………ふんっ」




 強引に手を放し、撤収を始めたサッカー部に混ざる甘栗こと菊池。


 俺の力を貸すまでもないだろ。
 お前と林なら、全国ぐらい導けるさ。多分な、多分。




「ハルトっ!」




 俺の名を呼ぶ彼女は、満面の笑みでこちらに駆け寄ってくる。


 他も似たようなものだ。倉畑にベタベタする奴が一人いるが。




「……んだよ」
「あ、いや、えと……そのねっ?」




 次の瞬間、彼女はヒョイと俺の右手を細い指を絡め、掴み取った。
 え、なになに。俺からは良いけど、そっちから来られると緊張するんですが。




「……ありがとう。ハルトのおかげだよ。わたしっ……このチームで、この5人で戦えて、本当に良かった」
「……そんなことかよ。別に、なんもしとらんわ」
「そーそー。ハルっ、沢山ピンチ作ったもんねっ!」
「あぁっ? うっせえなこの野郎。顔洗えよ濃いメイク落ちてんぞ」
「ウッソ!? ちょっ、鏡っ……って、そんな濃くないわッッ!! ナチュラルメイクだっつうのッッ!!」




 乾いた笑いが飛び交うコートに、背丈も、体格も、なにもかも違う、五つの影。




 いま、この瞬間。
 太陽の暖かい光に祝福されながら。


 山嵜高校フットサル部は、確かにその産声を上げたのであった。
















試合終了


フットサル部5-3サッカー部


長瀬愛莉×2   林×2
金澤瑞希    菊池
倉畑比奈
廣瀬陽翔




 

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