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美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

調子に乗んな



 コートに広がったのは、完成でも悲鳴でもなく、ひたすらに沈黙であった。
 聞こえるものと言えば、長瀬愛莉が放った甲高い叫び声の程度に留まり。


 起きてはならない。
 或いは起きる筈も無かった現実に、やはりその5人以外は、着いていけていなかった。




「いやー……笑うわあんなん」
「おー瑞希。ないっしゅー」
「あほっ、あんなの蹴るだけだッつの。いや、マジで意味分かんねえことやんな……」
「まっ、こんなモンや」
「なんか、よく分かんないけどっ、すごいことは分かったよ。うん」


 倉畑の困惑ぶりからも想像できるように、現場の空気は偉いことになっている。
 現にサッカー部は声も掛け合えないほど落ち込んでいるし、コート外の連中もそれを注意することさえしない。


 この先の展開が全く予想できないし、逆説的に、予想出来てしまったが故の、ある種の納得。
 あぁ、最高。お前らのこういう顔が見たかったんだよ。




「……アンタがゴール前に詰めたら、私の仕事が無くなるんだけど」
「あぁん。俺だって点決めてえんだ。わざわざオイシイところ譲ってやったんだよ」
「どこまで本気なんだかっ」


 軽やかに交わされたハイタッチが、少しだけ右手に痺れを残し、試合はなお続く。






*     *     *     *






「先生っ! あっという間に2点差ですよっ!」
「だから、言った通りだろ?」


 無邪気にゴールを喜ぶ有希を横目に、峯岸は再開した試合を冷めた目で見つめる。


 先ほどまでコートの外で喧しく騒いでいた坊主頭のサッカー部員が、交代でコートに入った。
 いよいよ1年生主体のチームでは試合にならないと、我慢ならず出場を買って出たのである。


 そのまま彼は最前線まで赴き、執拗にボールを要求する。
 対峙しているのは、フィクソのポジションに入る陽翔。


 何度かボールが彼に通るが、激しく身体を寄せられ前を向くことすら覚束ない。
 ほとんどの時間をサッカー部がボールを支配しているが、最早それも気休めにしかならない。
 お手本のようなカウンターで2点を奪われた以上、迂闊にボールを持つのもサッカー部からすればプレッシャーになる。




(まぁ、完璧な展開では、あるけどね)


 長瀬と金澤が前線から執拗にボールを追い回し、パスコースを制限する。
 倉畑のプレーも峯岸の想像を超え、実に効果的に作用していた。
 ボールに触れることは無いが、忙しなく変わる位置取りが、パス交換を困難なものにしている。


 なかなか効果的な攻撃を見せられない状況に、途中出場の彼は分かりやすく苛々していた。
 声を荒げようとも、パスは入ってこない。


 それでもここに来て、少しずつ流れが変わり始めていることを、峯岸は機敏に感じ取っていた。




(これだけのハイプレスがいつまで続くか、実に見物だね。なぁ、廣瀬)




 過剰な献身が、その身体はおろか全てのバランスを壊してしまうこと。
 峯岸も。そして、彼自身もよく知っていた。






*     *     *     *






「長瀬ッ、フォロー!」
「分かってるッ!」


 自陣右サイドでの攻防。


 ロングボールが甘栗野郎に収まり、一気にサッカー部のチャンスとなった。
 スペースを埋めて時間を作っている間に、相手選手と長瀬らがゴール前に集まってくる。


 以前、彼らの練習をなんとなく眺めたときにも思ったことだが、この甘栗男。
 技術はさほどないが、ゴール前における嗅覚はそれなりのモノを持っていると言っていいだろう。


 加えて、誰よりもこの劣勢に苛立ちを覚えているのが彼なわけで。
 恐らく、縦に抜けてクロスを上げるという選択肢は無いはずだ。




「調子に乗んなッ!」


 強引に右足アウトサイドで切り返し、シュートを狙う。
 勿論、それを予想できない筈も無い。身体を寄せ、動きを制限する。
 左足に当たったボールが、転々とコート中央を漂っていた。


 ほぼ同時に、二人が反応する。




「行けっ、瑞希ッ!」




 瑞希と相手選手が我先にとボールに食らい付く。
 先に触れたのは間違いなく瑞希だったが、如何せん、20センチ近い体格差が災いし。
 彼女は接触と同時に、コート中央で転倒する。




「クソがッ……!」


 見栄えは実に悪いが、極めて正当なショルダーチャージだ。
 サッカー部が審判を務めている手前、ファールを取ることも無いだろう。


 初めて、自陣でフリーな状態でボールを持たれているこの状況。
 間違いなく、撃ってくる。そんな確信があった。


 全速力で距離を詰める。が、どうしたって距離が遠い。


 懸命のスライディングもわずかに届かず、右足からシュートが放たれた。




「ひゃっ!」




 素っ頓狂な甲高い声が響き渡ったと同時に、ボールがゴール僅か数メートル前に転がった。


 なんて奴だ、楠美。カンペキにミートしていなかったとはいえ、男子相手に。
 ボールに対して、正面にしっかり立っていたのが功を奏した。


 思わずガッツポーズが飛び出し掛ける。しかし、試合は止まっていない。


 俺が前線に飛び出した以上、先ほどまでチェックしていた甘栗は、当然ノーマークとなる。
 ボールが右サイド寄りに転がっていたことで、フットサル部の面々は誰も反応できなかった。




「オラァッ!」




 粗暴な叫び声と共に、ボールがネットを揺らす。
 楠美の顔面、ほぼ真横を通過した。驚いた彼女は、へたりと尻餅をついてしまう。


 それと同時に、コートの外から歓声が沸き上がった。
 だが、それに負けないほどの声量で、長瀬が甘栗に噛み付く。




「ちょっと、あんな至近距離で思いっきり蹴ることないでしょ!? 押し込むだけで十分じゃないっ!」
「アアっ? うっせえな、女子相手に手加減しろってか?」
「そうじゃないわよっ! 男子の試合でも顔目掛けて蹴ったらファールでしょうが!」
「ハッ。そんなん分かんねえだろ。俺が故意に顔を狙った証拠でもあんの? ねーよな!?」
「…………それは……っ!」


 溢れんばかりの怒りを瞳に宿す長瀬も往々にして分かりやすい性格だが、奴に至ってはそれ以上。
 あんな脅すような言い方、狙ってますと言っているも同然だろう。


 だが、それを証明する手立ても無い。
 恐怖心を煽ってまで俺たちに勝ちたいか。舐めているのか、必死なのか。


 悠然と自陣に戻る甘栗は、俺のすぐ脇を通過する。




「もう、終わりだよ。こっからは俺らのゴールショーだ」
「言っとけ」
「あ? なにその態度。あれ、お前も「女の子が怪我したらどうすんだよ~」とか言うわけぇ?」
「……お前さぁ」
「……アッ?」
「あんなドフリーで、なんで相手目掛けて蹴るん。下手クソ過ぎだろ」
「…………試合終わったら覚えとけよ、テメェッ……!」




 まっ、煽った以上は煽られても仕方ないってこった。
 これで奴の雑なプレーに益々磨きが掛かれば、実に喜ばしいことだが。




(……あー。意外と膝来るなー)


 たかがスライディングで、アホらしいほどに痛み出す左膝が憎い。
 なんなら身体も少し重かった。そりゃ、まぁ、そうだ。坂道を全力で自転車漕げばこうもなる。


 ゴール前では、転倒した楠美を二人が起き上げていた。俺と瑞希も合流する、




「……すみません、私がしっかりとキャッチしていれば」
「馬鹿言うな。一回防いだだけで儲けもんや」
「そーそー。それに、あたしがコケたのが悪いからさっ」
「はぁ、ハァ……うん、琴音ちゃん、頑張ってるよっ! だからっ、おっ、落ち込まないでっ!」
「おい、お前こそ大丈夫かよ」
「へっ……? あ、うん……あの…………ちょっと疲れてきちゃったかもっ……」


 無理をするなとは、言えなかった。
 交代要員も居ないわけで、一人が機能しなくなれば、この戦術、チームは破綻する。


 よく見れば二人も息が荒い。肩でとまでは行かなくても、汗の量が物語っている。
 当然と言えば当然だ。攻撃に守備、所狭しと走り回っているのは、彼女たちなのだから。




「……あと少しでハーフタイムや。耐えるぞ」
「馬鹿言うな馬鹿ハルトッ! 突き放すのよッ! でっ、あの甘栗野郎ブッ倒すッ!」
「おーおー、そうだそうだ……あれ、なんでハルちょっと笑ってん」
「いや……あだ名って似通るなって」


 心配ない。どうでもいいことで噴きそうになる程度には、俺はまだ元気だ。




 空回りなんてしていない。
 綺麗に勝とうなんて、考えちゃいない。




【前半6分30秒 菊池


フットサル部2-1サッカー部】



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