美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

大切なファクター



【前半0分52秒 長瀬愛莉


フットサル部1-0サッカー部】




「おっしゃああああぁぁぁぁっ! よくやった長瀬ッ!」
「ドフリーなんだからっ、当然っ!」
「すごいすごーいっ! 愛莉ちゃん、さすがっ!」


 満面の笑みでハイタッチを交わす。後方の二人も駆け寄ってきた。


 開始早々の沸く彼女らと対照的に、サッカー部は口を開け、呆気に取られている。
 なんなら俺も似たような顔をしていた。




(まっ、初見で止められる筈がねえよな)


 サッカー部のキックオフで始まった試合は、1分も経たず動いた。


 ゴール前へのパスをカットした俺が、素早く走り出した右サイドの瑞希にボールを供給。
 そのまま一気に一人を抜き去り、中央に折り返した先には、エース長瀬。
 相手ディフェンスに身体をぶつけ、シュートモーションに入るや否や、豪快にネットを揺らした。


 この一連の流れ、僅か5秒ほど。
 文字通りのカウンターが炸裂し、フットサル部が先制に成功する。




「なんだよ、あれっ……女子の動きじゃねえぞ!」
「お前っ、なに簡単に抜かれてんだよっ!」
「お前だって、普通に撃たれてんじゃねえよっ!」
「やめろって! まだ始まったばっかりだろッ!」


 コート内のサッカー部が、冷や汗を垂らしながら言い争いを始める。
 まったく、舐めて掛かって来たものだ。ゴレイロすら用意せずに始めやがって。




「とりあえず、女ばっかってことは忘れようっ! 俺、キーパーやるから!」
「頼むッ! さっさと同点にしねえと、キャプテンブチギレだって!」
「つうか、菊池先輩もうキレてるって……」


 一人がそう呟いた瞬間、コートの外から怒号が飛んだ。




「テメェら、なにしてんだよッ! また取られたら次の試合、ベンチ外だからなっ!」
「おい、やめろって……お前らっ、もう少し真面目にやれッ!」


 キャプテンの言葉は甘栗よりもよっぽど優しいが、それ以上に効くだろう。


 分かってないみたいだな。
 真面目にやったところで、あの二人を止められるものか。




「ハルトっ、ナイスカット!」
「馬鹿言うな。カットじゃねえ、目の前に転がって来ただけや」
「おーしっ! この調子でもう一点!」


 再び自陣に散らばり、サッカー部のキックオフで再開。


 相変わらずボールは持たれるが、長瀬、瑞希を中心に前線から素早くチェックを仕掛ける。
 そのおかげで、サッカー部は簡単にこちらの陣地までボールを運べない。


 ジリジリと相手のポゼッションラインを下げていく。
 それに連動して、後方の俺と倉畑も前線へ。徐々にパスコースは消えて無くなるというわけだ。




「おいっ、なにやってんだよっ! 女くらいサクッと交わせ馬鹿野郎ッ!」


 甘栗の怒号にハッと息を呑んだボールホルダーが、目の前に対峙する倉畑を抜きに掛かる。
 いくら練習を重ねたとはいえ、男子のスピードには敵わず、簡単に左サイドを突破されてしまった。




「ハルトっ!」


 一気にドリブルで攻め上がる相手に対し、シュートまでは持ち込ませないと俺がカバーへ。


 まぁ、悪くないスピードだ。
 この調子だと出場しているのは全員一年生なのだろうが、流石は強豪サッカー部。
 全員がそれなりの技術を持ち合わせた実力者であることに、違いはないだろう。


 けど、だからなんだ。
 あのゴールでこちらの実力を見抜けない凡人が、まさか。
 俺に敵うなんぞ、馬鹿にしてくれる。




「あっ!」


 中央に折り返そうとしたところへ、身体を強引に寄せて、ボールを奪い切る。
 なんてことはない。唯一の男だからって、少し日和ったな。分かりやすい動きだ。




「楠美、そのままリターンだ」
「は、はいっ!」


 ゴール前の楠美にパスを出し、そのまま返させる。
 決して十分な代物ではないが、プレッシャーもほとんど無いおかげか、真っすぐ俺の元へ戻ってきた。




「お前もパス回し、参加しろよ。ヤバいと思ったら、思いっきり外に蹴れ。いいなっ」
「わっ、分かりました」


 彼女に近づき、小声でそう伝える。


 次に、自陣まで戻ってきた倉畑にもショートパス。




「そう、いいトラップだ。よし、戻せ」
「はいっ!」


 リターンを受け取る。
 彼女も悪くない。後ろから相手に迫られても、落ち着いてプレーしている。


 このやり取りは大切だ。
 俺以外、全員女子という状況では、どうしたって相手に舐められてしまう。


 ところが、先ほど見せた長瀬のゴール、そして瑞希のドリブル。
 そして、残る二人も冷静にパスを交換できるという、極めて客観的なもの。


 これで連中に「初心者の集まりではない」ということを暗に発信出来る。
 もう軽率にプレッシャーを掛けることも出来ないだろう。




 そして、もう一つ。大切なファクター。




「…………あぁ、ええ景色や」




 自陣中央。マーカーが次第に距離を詰めてきて、時間的な余裕はあまり無い。


 パスを受けようとポジショニングを修正する三人。それに着いていくサッカー部共。
 次のプレーは、どうなるのか。全て、俺次第だった。




「これが、見たかったんだよ」




 堅いテニスコートの人工芝でも、別に構いやしなかった。
 この芝生の上で、俺が絶対的なイチシアチブを握っているという、圧倒的事実。


 現代サッカーにおいて何よりも大切なのは、ボールを持っていないとき。
 所謂、オフザボールの動きだと世間は喧伝して止まない。


 しかし、それは違う。


 所詮、ボールは誰かに導かれなければ、その場から動くことすら出来ない。
 つまり、この瞬間。


 俺は、どう足掻いたってこのゲームの支配者で。




「このコートの王様ってわけや」




 揺るぎない、絶対的勝者なのだ――――






*     *     *     *






「なんだ、アイツッ!?」
「一気に二人交わしたぞッ!?」




 それはそれは、大層なことで。
 おかしい話だ。二人目のマーカーなんて、居たっけなぁ。
 あまりに快適なスペースだったから、気付かなかったわ。




 コート中央をドリブルで一気に突き進む。
 慌てて長瀬に着いていた相手ディフェンスが、距離を詰めてくる。
 勿論、その僅かな隙間すら、逃してやるわけにはいかない。




「長瀬ッ!」
「あいあいっ!」


 右サイドへ展開。ボールを受けた長瀬が、一気にゴールを見据える。
 しかし、そう簡単にはいかない。再びマーカーが長瀬に接近。


 俺は彼女の背後。
 サイドラインを跨ぐように、そのまま追い越す動きを見せる。


 2対1の状況。ここで長瀬が俺にパスを出せば、いとも簡単にクロスを上げられるだろう。
 そんな未来を予測できない筈がない。相手の視線は、一瞬こちらへ傾く。


 傾かなければ、おかしい。
 そうやって教えられてるんだろ?


 だからダメなんだよ、お前らは。




「……なッ!?」


 長瀬との一瞬のアイコンタクト。
 それだけで全てを悟った彼女は、俺へパスを出すフリ、つまりキックフェイントを噛ます。
 右足首を捻り、一気にボールをコート中央へ押し出した。


 俺の動きに釣られていた相手は、彼女の動きに着いていくことが出来ない。
 そして、シュートを撃つには十分すぎるほどの、時間、空間的余裕がそこには生まれた。


 ソイツが声を上げた頃には、長瀬の強烈な左足のシュートが、ゴールマウスを襲う――――!




「あぁっ!」


 しかし、無常にもシュートはポストに直撃。
 利き足で無かった分、僅かに精度を欠いたのか、長瀬は声を漏らした。


 だがフットサル部の攻撃は終わらない。
 零れ球に反応した瑞希とサッカー部の一人が、我先にへとボールに足を伸ばす。




「貰ったぁぁ!」


 先にボールに足が届いたのは、瑞希だった。
 そのままボールに片足を乗せ、クルリと半回転。ゴールと相手を背負ったままキープに成功する。


 シュートを警戒した相手は、強引に身体を寄せ奪いに掛かるが、彼女には通用しない。
 後ろに押し出されたと思ったら、そのまま再び身体を回転させ素早く前を向く。
 左サイド後方の倉畑に展開。


 彼女のすぐ横には、俺に出し抜かれたフリーのディフェンスが残っている。
 ここで奪われたら、ゴレイロの楠美と一対一になってしまうだろう。




(あっ。面白そう)




 まさに一瞬のひらめきだった。


 先ほど、俺に返してくれた倉畑のパス。スピードも正確性も、申し分ない。
 なら、出来る。彼女なら。
 少なくとも、俺なんかよりこの数週間、よっぽど努力してきた彼女なら、出来る。


 そんな確信があったからこそ、浮かんだのだ。




「倉畑ッッ!!」




 右サイドにそのまま陣取っていた俺は、猛然と相手陣地中央に走り抜ける。
 瑞希に着いていた奴と、前線に残っていた奴も俺を警戒してこちらへ。


 ボールを受けたところで、二人に囲まれてしまっては俺でも難しい。
 ましてやゴールの前での狭すぎる攻防では、尚更だ。


 しかし、意味は無い。
 お前らとまともにやり合う必要なんぞ、あるわけがない。




 一気に近付いてきた俺と相手ディフェンスに少し驚いたのか。
 倉畑はそのままダイレクトで俺にパスを出した。それも、それなりのスピードで。


 完璧だ。
 そう、これを待っていた。お前なら、こんなパスを出してくれると、信じていた。


 トラップの体勢に入ろうとすると同時に、二人のディフェンスに左右を囲まれる。
 板挟み状態だ。左に右に動けば長瀬のマーカーがいるし、左に動いてもゴールから遠ざかる。




 なら、簡単な話。
 その場から動かず、ボールだけ運べば良いのだ。




「ハァァァァッッッッ!!??」




 多分、長瀬だと思う。結構なボリュームで、そんな風に叫んでいた。


 転がってきたボールに対し、左足が地面から45度の角度になるよう腰を下ろす。
 すると、綺麗に足の上をボールが通過して、そのまま胸元まで上がってくる。


 後はシンプルな作業だった。


 身体を右斜め後方に、もっと言えばマーカーに預けるよう倒し、動きを制限する。
 ゆっくりと倒れることで、ボールがそのままの勢いで左肩の辺りまでやってきて。


 そのまま、力強く。


 丁寧に、押し出す。




(わお。カンペキ)




 ボールは宙に浮き、ディフェンスの頭部、すぐ右横を通過した。
 そんなビックリした顔して。なにに驚いている?
 それがどこに行くかは、当然お前なら、お分かりだろう。


 お前が最初にマークしていたのは、誰だ――――




 キーパーの反対を突いた、インサイドで繰り出された正確なシュートがネットを揺らす。




 金澤瑞希、待望のフットサル部初ゴール。


 試合の流れをグッと引き寄せる2点目が、もたらされた。








【前半3分7秒 金澤瑞希


フットサル部2-0サッカー部】





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