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美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

今この瞬間、やっと



「…………ほっ…………」
「ん、なんや。馬鹿がバカみたいな顔すんなよ。馬鹿みてえだぞ」
「…………本当に来たあああぁぁぁぁぁーーーーっっっっ!!!!」


 再び絶叫する金澤を横目に、いの一番に飛び込んできたのは。




「廣瀬くんっ! 待ってたっ! わたし、信じてたっ! 信じてたよっっ!!」
「おう。悪いな、間に合わなくて」
「まだ始まってない…………って、廣瀬くん、その恰好」
「ん。たまにはな。似合ってんだろ」


 倉畑の指摘するように、練習の大半を学校指定の白ワイシャツでこなしていた俺にしては、珍しい格好をしていた。


 青を基調としたシンプルなデザインに、胸元。そして背中を彩る、二桁の番号。
 何年ぶりだろう。記念に貰っておいて良かった。
 まさか、また着ることになるなんて夢にも思わなかったが。




「…………本物?」
「まさか、んなわけねえだろ。レプリカや」
「う、うんっ……あれ? でも、背中に「HIROSE」って書いてあっ……」
「よう、サッカー部」


 困惑している倉畑を放置して、サッカー部の面々。
 先頭に立つキャプテンとか言われていた奴と、坊主頭に向かって声を挙げる。




「ハッ、今更何にし来たんだよ。あぁ、あれか。敗北宣言ってやつ?」
「雑魚はお呼びじゃねえ。黙ってろ栗野郎が」
「アァッ!? テメっ、誰に向かって口利いてるとッ」
「俺の仲間に、散々抜かしてくれたなァ、アアア゛ァッッ!?」


 自分で驚くほどのボリュームを携え、栗野郎の胸倉を乱暴に掴む。
 ざわつくテニスコート内の面々。しかし、辞める気も無い。


 シンプルに苛付いていた。こればかりは、俺の問題だ。さっさと終わらせよう。




「ちょっ、ハルっ!? なにしてんの!?」
「煩え黙ってろッ!」


 案外軽い栗野郎を正面から思いっきり睨み付ける。
 あぁ、こうやって見つめると、意外と幼い顔してるな。甘栗野郎に改名してくれる。




「……なっ、なんだよ!? 暴力かっ!?」
「お前が言えた口かよ、アァ? 今どき言葉の暴力ってのも洒落にならねえなぁ……女に向かって、大勢で寄ってたかってよぉ。スポーツマンが聞いて呆れるわ、なぁ」
「じ、事実を言ったまでだろ……っ」
「じゃかあしいボケがッッ!! 俺らの問題はっ、俺らの問題やッ! 二度と余計な口挟むんじゃねえぞオラァッッ!!」


 手を放すと、甘栗は地面に尻餅を付き、ポカンとした表情でどことも言えない方角を眺めていた。
 そのままサッカー部たちをギロリと睨み付けると、連中は慌てて一歩後退してしまう。


 あぁ、どうしよう。とても気分が良いです。
 暴力沙汰とか色々書かれたの、こういうところなんだろうな。反省しよう。直さないけど。




「……つうわけで、えー……なんだっけお前。森さんだっけ」
「……林だよ」
「これで5人揃ったわけだから、試合は勿論やるんだよな?」
「……お前っ、こんなことしてタダで済むとでも」
「やるんだよなァ!? お前が言うたんだろがいッッ!! アァッッ!!??」
「…………わ、分かった……」


 脅してなんかいません。彼が言ったことです。俺は悪くない。




「……ちょっと時間くれよ。数分で済む。作戦会議や」
「……まぁ、いいけど」


 森からの承諾も得たことだし、さっさと始めよう。
 こういうのは、最初に威圧しておいた方が滞りなく進むというものだ。
 まぁ、うん。後で謝ろう。




「…………ハルト……」
「悪い、長瀬。あと、お前らも。ちょっとそこに並んで立ってくれないか」
「えっ……あ、うん、いいけど……」


 困惑している4人が小綺麗に並んだのを確認すると、俺は彼女たちの前に立つ。


 そして。




「…………この度は、ご迷惑お掛けしまして……」
「え、ちょ、うん? ハルト?」


「…………ホントにっ、すいやせんしたああああああああああああああアアアアアアァ゛ァァァァァーーーーッッッッ!!!!」




 渾身の、土下座である。




「うええええぇぇぇッ!? ハルっ!? ちょちょちょちょ、なにしてんの!?」
「廣瀬くんっ!? あのっ、みんな見てるよっ!?」
「なっ、なにをしているんですかっっ! 馬鹿なことしないでくださいっ!」




 揃いも揃ってアワアワしているのは目に見えていたが、顔は決して上げない。


 まさか、出会ったその日に食らわされた痛烈な一撃を、ここに来て返すとは思いもしなかった。
 だが、形だけではない。心から、彼女たちに謝る必要があると感じたから、したまでだ。


 時間にして10秒ほど。
 ついに何も言葉を発しなくなった彼女たちの居心地の悪さも感じ取り、俺は顔を上げ立ち上がる。




「…………悪かった。ホンマに、悪かった」
「ハルト……」
「長瀬、お前に言われた通りやった。俺は……部外者だったんや。お前らと、同じコートに立っとらんかった。何がしたいのか……分かってなかった」
「…………なら、なんで戻ってきたの……?」


 彼女の声は、少なくない怒りを孕んでいた。
 そりゃあ、ギリギリのタイミングでやって来て、いきなり奇行に走ればこうもなる。


 ……いや、そうじゃないか。
 俺が言いたいこと。そして、彼女が聞きたいことは。




「対等になりに来たんだよ。お前らと」
「…………っ……!」
「まず、そうだな。倉畑」




 不安そうにこちらを眺めている彼女に視線を寄越す。
 やはり、眼鏡をしていない方が、ずっと可愛い。
 普段のお前も、嫌いじゃないけどさ。なんなら、少し羨ましいくらいだ。




「お前と居ると、すげえ、楽だ。いつも通りの俺でいられる。気を遣わなくて済む……そういうところに、甘えてたと思う」
「……わたしも、同じだよ」
「所詮、俺たちはただ、教科係が一緒っていう、そんだけの関係やった。なのに、お前に色んなものを期待して、潰そうとしてた。だから、ごめん。ホントに、ごめん…………でも、ありがとな」
「…………廣瀬くんっ……!」
「俺と、ちゃんと友達になってくれ。で、また甘えるかもしれねえけど……まぁ、許してくれ」
「…………うん、許すよ。私も、甘えちゃうから。いいでしょ?」
「…………おうっ」




 握り返してくれた手が、あまりにも、暖かくて、思わず泣きそうになった。
 でも、彼女だけではない。まだ、一人目。




「楠美。ありがとな」
「……な、なんですか急に。気色悪いですよ」




 お前がゴレイロをやると言い出してくれなかったら、フットサル部はとっくの昔に終わっていた。
 それだけではない。お前のおかげで、俺は大切なものを思い出せた。




「お前が居てくれたおかげで、このチームは、やっとチームになれた。ここじゃ、お前の凄いとこ、半分も活きてねえと思うけど……でも、そういう楠美が、俺には、俺達には必要だ。理不尽でも、それを乗り越えて、自分のモノにしようとするお前の在り方も、チームの肝なんだよ」
「…………は、はぁ……」
「それに……お前が言ってくれたこと、すっげえ響いた。やっぱ、理由が幾らあっても、負けたくねえんだわ、俺。だから、ごめんな。練習足りてねえと思うけど、ちゃんとフォローすっから。安心しろ」
「それは、まぁ、仕方ないことなので……」
「責任は、しっかり取る。それに、よくよく考えりゃ俺ら、似た者同士だし。もうちょっと仲良くしてくれよ」
「…………なんだか上手いこと乗せられた気がします」
「最初からそうだろっ。倉畑じゃねえ、楠美と友達になりたい言ってんだよ。素直に受け取れ」
「…………はぁ」




 そっぽを向いたまま、手を握る。
 なんだこの、白さと柔らかさは。やっぱり、お前は自分を過小評価し過ぎだよ。




「おっ、次はあたしかな」
「おい、俺から差し出す流れだっただろ。無視すんなよ」
「まぁまぁ、いいからいいから」




 いつも通りの能天気な笑みを浮かべ、ケラケラと笑う彼女。
 お前のそういう、いつでもポジティブなところ、本当はとても羨ましく思っている。
 でも、お前だって辛いときがあるだろ。そういう時にこそ、俺はお前の力になりたいんだ。




「まぁ、なんつうか、俺も寂しかったわ。お前が居ねえと毎日静かで堪らん」
「おーおー、デレるねぇ」
「うっせ…………でも、マジな話、お前と居るとワクワクするし、安心するし、ドキドキするし……自分でもよく分かんねえけど、とにかく、お前が必要なのは、間違いねえんだよ」
「お前? お前って誰かな? んー?」
「…………瑞希、その、色々悪かった。俺も、もうちょっと正直になるわ。瑞希にはなりたくねえけど、瑞希みたいになりてえ」
「うわ、ひど」
「だから…………ごめんな。それと、あんがとよ」
「……んっ。あたしも、ごめんな。ハルが色々抱えてるの、分かってたけど、分かってないフリしてたかも。楽しいだけじゃダメなこともあるもんな。反省反省っ」
「つうわけで、お前と友達になりたいんだけど、どうかな」
「おー、いいよ♪」




 一層強く握られた右手から伝わってくるのは、きっと暖かさだけではない。
 彼女から寄せられた、様々な期待や不安、募る思いが、そこには詰まっている。




「…………で、その。お待たせ」
「……ふんっ。なによ、デレデレしちゃって」
「うっ、うっせえな。一番恥ずかしいから後回しにしたんだよ、分かんだろ」
「えっ…………あ、うんっ……まっ、わたし、美少女だし、しょうがないか。うん」
「自分で言うな、馬鹿が」




 結局、長瀬愛莉という人間がどんなモノなのか。未だによく分かっていない。
 けれど、それでいい。それで十分な気がした。


 俺が心から、信じてみたい、特別になりたいと思えたのが、そんなお前なのだから。
 お前がいなければ、俺は、なにも変われなかった。




「まぁ、お前は違うって言うかもしれねえけど。俺と長瀬って、すげえ似てると思うんだわ」
「……全然違うわよ。容姿の完成度とか、あと色々」
「そうかもな……全然違うところもあって。最初は、そういうところしか見えてなかった。お前のこと、別世界の人間だと思ってた。だから、正直言って苦手だったし、まぁ、今も苦手だけど」
「…………うん……」
「でも、違った。俺ら、一緒だわ。同族嫌悪って言うだろ。それかもしらん」
「…………多分、それね」
「ぜってー意味知らねえだろ」
「うっさい、ばか」
「馬鹿はお前じゃ、馬鹿が」
「馬鹿って言う方が、ばかなのっ!」


 ヒートアップする最中、ふと視線が重なる。
 それと同時に、二人とも噴き出して。
 その会話がもうよっぽど馬鹿みたいだと、いよいよ呆れてしまって。


 あぁ。俺、こういうのが好きだったんだな。知ってたのに、知らなかったわ。




「……やっぱ、似た者同士だろ」
「うんっ。私も、そう思う」
「だから、俺、すげえ間違えたけど。お前の期待、めっちゃ裏切ったと思うけど……だからこそ、分かったこともある。だから、もっかいやり直したい。お前があの日、俺のことを友達だって言ってくれたこと、本当はすげえ嬉しかった。今なら…………今だから、俺も言える。お前のこと、友達だと思ってる」
「…………じゃ、一回絶交したけど、仲直りってことでいい?」
「それでええ」
「じゃ、仲直りねっ…………ホント、気付くの遅すぎるんだっての……っ!」


 握り返された右手が、涙で濡れていた。
 あの日、俺のいないところで流した涙とは違うものだと、そう思った。心から。




 もう一度、全員のことを見渡して、俺は今一度頭を下げる。
 ここからは、俺の問題。俺自身が、ハッキリとさせなければならない。




「練習出なくなって、ホントに悪かった。俺の力が足りないばっかりに、お前らを不安にさせてるとか、馬鹿なことばっかり考えてた。一人で出来ることなんて、たかが知れてる癖によ」


「だから、もう、辞めるわ。一人で悩むのも、解決するのも、全部…………今の俺に出来ることを、やれる範囲でやる。だから、もう一回、俺をフットサル部に入れてくれ」


「正直、まだ足りねえくらい謝ること沢山あるけど……でも、これで勘弁してくれ。借りは、試合と、これからの活動で返すわ」




 顔を上げると、みんな、顔を見合わせて、呆れたように笑っていた。
 なんだ、なにかおかしなことでも言っただろうか。




「馬鹿ね、なにがもう一回よ」
「そーそー。分かってないねーハル~」
「確かに、一度も言ったことないもんね。廣瀬くん」
「そう言えば、聞いたことないですね」




 彼女は、それまで見たことないくらい。
 いや、初めて目にした、思いっきりの笑顔で、そう言ったのだった。




「アンタは、今この瞬間、やっと入ったのよ! この山嵜高校フットサル部にねっ!!」







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