美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい
世界一ダサいヒーロー
駐輪場に停まっている無数の自転車へ、半ば飛び込むように突っ込む。
その勢いのままぶつかるものだから、ドミノ倒しのようにバラバラと自転車が倒れてしまって。
しかし、それを丁寧に直しているほどの時間的、そして心情的余裕も、勿論持ち合わせていない。
全力で走って、1分も掛からないテニスコートへの短い距離。
なのにどうして、途方もなく遠い距離に思える。身体への負担は、確実に溜まっていた。
校内を駆け抜ける俺を、説明会に来ていた中学生たちが不思議そうに見つめている。
豪快に駐輪場に突っ込んだせいで割と冷静さを取り戻していたのか、顔がどうにも熱い。
けど、もう、なんでもいい。周りの目線も気にならない。気にしない。
どれもこれも、体力を使い過ぎたせいだ。そのせいだ。
間違っても、この期に及んで「よく見られたい」とか、そんな男子学生らしい思考回路が復活したとか、そんなんじゃない。
校舎とグラウンドの間の道を、無我夢中で突っ走って向かった新館裏。
外から入るにもこれといった弊害は無く、そのままコートに飛び込むことも不可能ではない。
「そんなのっ、アンタたちには関係ないでしょッ!」
が、高鳴る鼓動をぶち壊そうとせんばかりの怒号が鼓膜を襲い、その足を止めざるを得なくなる。
いったい何事かと、建物の脇から人目を忍んでその先を覗くと。
遠いようで、実は近くて。でもやっぱり遠いところにいる、彼女の姿があった。
「いや、関係はある。俺たちだって、無駄な時間にはしたくないからな。こうやって普段と違う形式、人数で試合をするのも、一年にとっては貴重なモノなんだよ」
「ならいいだろっ、ボケ! 一人居ないからなんじゃゴラッ! 同情でもしてるっての!?」
試合はまだ始まっていなかった。が、どうにも様子がおかしい。
もう昔の話過ぎて顔も忘れてしまっているが、多分、サッカー部のキャプテン。
林だったか、森だったか、或いは木下さんだったか分からないが、ソイツを筆頭に総勢20名ほどのサッカー部と、フットサル部の面々と対峙している。
話がまったく噛み合っていないのは、盛大にキレている金澤の様子から察するに容易い。
「おいおい、勘違いすんなよ。キャプテンはなぁ、わざわざ勝ち目の無いお前らに「今なら穏便に済ませてやろう」って言ってんだよ。分かってんのか?」
「うっせえハゲは黙ってろッ!」
「アアンッ!?」
「おい、デカい声出すな。とにかく、サッカー部相手に女だけじゃ試合にならないのは、お前らだって考えれば分かるだろ?」
「いーや、分かんないねっ! あたしたちっ、結構自信あっけど!?」
金澤の言葉に、周囲のサッカー部員たちからは失笑が漏れる。
気持ちは分からないでもない。
彼らは、フットサル部。特に長瀬と金澤の実力をほとんど知らないわけで。
わざわざ気持ちを汲んでやったのに、意地を張っている馬鹿な奴らと、そう思っているのだろう。
成る程。だいたい把握した。
この間までいた唯一の男子、つまり俺が居ないことで、実力的に試合が成り立たないとサッカー部が主張していて。はいはい。
そもそも試合が成立するかの瀬戸際に立たされているっていう、そういうわけだな。うんうん。
え、いや、待って。大ピンチやんけ。おい。
「フットサルのルールで、と言ったのはお前たちだ。まさか、何人で試合をするかも把握してないなんてこと、無いよな?」
「そっ、それは……! べっ、別に一人足りなくたって試合くらいいいじゃんっ!」
「ばーか、ダメに決まってんだろ。所詮、お前らは試合の人数も守れない程度の、それっぽっちの覚悟なんだよっ! はっ、これだからお遊び感覚のぬるい奴らは。なぁ!」
えらい調子に乗っている坊主頭の一言に、サッカー部の面々は頷き、辛辣な視線をぶつける。
金澤に至っては、もう泣きそうになっていた。言い返す言葉も無いのだろう。
長瀬は地面を向いたまま拳を握り締め、楠美と倉畑も力無く立ち尽くしている。
「……残念だけど、そういう約束だからな。悪いけど、この試合は無効に――――」
「…………よ」
「あっ? なんだよ、声小っちゃくて聞こえなっ」
「……ハルトは、来るっ! 絶対に、来るのッ!」
長瀬の悲痛な絶叫を合図に、コートが沈黙に包まれる。
だが、次の瞬間には、例の坊主頭が馬鹿にしたような嘲笑を浮かべ、こう返した。
「おいおい、その、ハルトか何か知らねえけどさ。つまり、ソイツは逃げたんだろ? 俺たちに負けるのが怖くてよっ!」
「ちっ、違うッ! ハルトはそんなんじゃっ」
「違くねえよ。ここに居ないのが答え……ってやつ? まっ、お前らも可哀そうだよなー。一番頼りに出来る奴に裏切られて、こうやって馬鹿晒してんだからさッ!」
サッカー部が一斉に笑い出す。長瀬はそのまま、地面にへたりと座り込んでしまった。
皆、慌てて彼女の元に駆け寄る。
(…………裏切ったのか。俺って)
そう言われても仕方ないことをしている、自覚はあった。
別にサッカー部を恐れたなんて、しょうもないことで悩んでいたわけではない。
彼女たちの力になれるか、という、ただ一点において、俺はずっと足踏みしていたのだ。
それでも、逃げ出したのは本当のことで。
(…………なら、なんで俺はここに居るんだよ)
二度と見たくなかったボールも、サッカーのユニフォームも、そこにはある。
なんならもう、二度と叶うことも無いと諦めていた景色が、そこには広がっている。
でも、どうして。
目を離せない。
分かっている。答えなんてものは、とっくの昔から。
俺はただ、困っている友達を助けるために、ここに来たんだ。
ほかに理由なんて、必要だろうか――――
「ハルトは、来るッ! 絶対にッ、来てくれるのっ!!」
「おう、来たぞ。これで試合成立やな」
世界一ダサいヒーローと言われても仕方ない、お粗末な登場シーンだった。
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