美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい
ただそれだけで良かった
『どうも。こういった電子機器の類はあまり得意ではないので、手短に』
『ゴレイロというポジションの良さが、段々と分かってきた気がします。
ほかの方よりもボールに触れている時間は少ないですが、その分、私にしか出来ない仕事が沢山あります。自分だけのもの、というのは中々に気分が良いです』
『ただ不満があるとすれば、私に練習時間があまり割かれないという点です。お二人は、比奈の練習に付き合ってしまいますし、まぁ当然といえば当然ですが』
『貴方が、私の練習に付き合ってくれないと、練習中は思いのほか、暇です。比奈があれだけ頑張っているというのに、私はどうにも力になれていないような気がして、とても歯がゆいです』
『さっさと戻ってきてください。だいたい、貴方は私をフットサル部に引き入れておいて、いざ試合となったら自分だけ逃げるなど、許されるとでも思っているのですか』
『私は、負けず嫌いなんです。例の的あても、貴方に勝てるまで辞められません。この間も、比奈と一緒に行きました。まったく当たりません。コツを教えてください。教えなさい』
『それに、貴方は、とても卑怯です。卑怯者です。私だって、自分がいかにコミュニケーション能力に欠けているか、良く分かっているつもりです。そんな私をわざわざ引き入れたのですから、貴方には相応の責任があります』
『結局、長くなってしまいました。とにかく、一刻も早く戻ってきてください。例の試合で、私が沢山点を入れられたら、貴方の責任ですからね』
『比奈のために戻ってきたと言っても、別に、怒りませんから』
『というか、以前お話していた「実は比奈が囮で私が目当て」みたいな話はどういうことだったんですか? ずっと気になっているのでさっさと教えてください。ちゃんと説明してください』
『試合は24日土曜日、1時からです。くれぐれも、遅刻しないように』
良く分かる。この書き方は、間違いなく、慣れていない。
その癖、こんな長文送ってきやがって。
なにがどういうこと、だ。ちょっと考えれば、分かるだろ――――
『よ、ハル』
『練習来いよー』
『来ないとハルが変態野郎だって周りに言いふらしちゃうぞ~?』
『あ、そっか! みんなハルのこと全然知らんもんな! だったら言っても意味ないか!うぷぷ』
『おいおい、この瑞希ちゃんのお言葉を無視する気だなー? いい度胸してんなァ!』
『おーい。無視すんなよー。イジメたりしないからー』
『泣いちゃうぞー』
『マジ泣いちゃうぞ~』
『おい、そろそろ返事しろや! 泣くぞ! 一週間切ったぞ!!』
『ハル、マジで待ってるから、早く来て。あたしもだけど、長瀬が死にそう』
『あ、死んだ』
『いま長瀬がゴールポストめっちゃ思いっきり蹴って暴れてる。チョー痛そう。ウケる』
『チっ、ここまでして無反応とは中々やるな。よほどあたしに会いたくないってか。泣いちゃう』
『しょーがねー。ほら、パンツ見せてやるから。な? 見たいでしょ? 今日限定だよ! ほら!!』
『おい』
『なんで来ないんだよ! あたしのプライド返せゴラ!!』
『マジ、意地張り過ぎだって。厨二爆発しすぎだろ』
『あたしもちょっとや~な感じで言っちゃったけど! でも、ハルおらんとつまらんのだよ! 長瀬が日に日に凶暴化してるから! マジで! はよ来いって!』
『ハル!!!! あと三日!!!!』
『おにゅーのウェア買ったんだよ! 見に来て!』
『ねー、ハルー』
『来てよー』
『お願いだからさ』
『楽しいけど、つまんない』
『ハルが居ないと、つまんないよ』
『お願い』
『来るだけでいいから、謝んなくていいから。だめ?』
『あたしも謝るから』
『ハル、寂しいよ』
『せっかく仲良くなったのに、これで終わりとか、やだよ』
『もう、知らない』
『ばか。あほ。陰キャ。童貞。ぶー』
『既読ぐらい付けてよ』
『やだよ、ハル。もっかい一緒にプレーしたい』
『ハル。待ってるよ』
入り混じる乱文と、スタンプの雨嵐。
そして最後に、お決まりのように、長ったらしい文章。
『あーあ。ついに明日試合ですよ。おいおい。
みんなで最後に送ろうって話したんだ。長文とか苦手だけど、頑張って書く』
『ハルが試合辞めようって言った理由は、まー、なんとなく分かるよ。
あたしもみんなでわいわいボール蹴ってるの楽しいしさ。試合に勝つより、そういうのがしたかったのかな。うん。分かる分かる』
『でもさ。やっぱり、ダメだよ。あたし、マジでキレてるから。サッカー部殺すし。
勝てなくても、あたしと長瀬で100点くらい取るから。200点入れられるかもしらんけど』
『ハルめっちゃ上手いし、前に居たチームも結構強かったんだと思う。そーいうあたしも、スペインに居た頃はマジで無双してた。もうあたしだけで試合勝ってた。500点くらい決めて勝ってた。嘘だけど』
『でも、つまらんのよね。女だからって理由でハブられることもいっぱいあったし、あたしだけ点取ってもみんな意外と喜ばないんだよ。まっ、嫉妬だよね。馬鹿みたい』
『フットサル部みたいに、一からスタートしようっていうチームでやるの、初めてなんだわ。なんかこう、今までにない責任っていうか? そういうの感じるよね』
『すっごい楽しいんだ。ちょっとずつみんなが上手くなっていく嬉しさと、ハルとか、まぁ長瀬はアレだけど、普通にあたしが上手いって思える奴らと一緒に出来るっていう、美味しいとこ取りみたいな。イッセキニチョーってゆーやつ?』
『ハルもきっと、そんなこと思ってたんじゃないかな。昔のこととか知らないけど、シンプルにボール蹴って、わーたのしーみたいな、そういうのを思い出すんだよ。みんなといると』
『勿論、ハルが居ないとそれも半減ってわけ。ハルとの1on1、楽しかったなー。何時間でも出来るって思った。初めてだよこんなの』
『それに、プレーだけじゃなくてね。なんか、ハルって面白いんだよ。よく分かんないけど。男ってこう、よく分からんところで女に気ぃ遣うじゃん? あーいうの嫌いなん。でもハルはそーいうの全然なくてさ。一緒に居て、すっごい楽なんだよね。ペットみたいな。違うか』
『だからハルのこと、結構気に入ってるんだわ。あたし友達多いけど、男とこんなにいっぱい一緒にいるの、ハルが初めてかもしらん。これが恋ってやつですか。うーん。分からん』
『そんなわけで、ハルが居ないとあたしは非常に寂しいし、シンドイわけだ。分かる? あんだーすたん? ぱーどぅーん? あれ、意味合ってたっけ。
とにかくだな。難しいことは抜きにして、ハルが何をしたいかが大事だと、あたしは思うわけなのだよ。わー、名言』
『試合、待ってるから。別にカッコいいハルとか、クソほど期待してないから。いつもの眠そうなかったるいオーラ全開の顔でさ、いつも通りにコート来てよ』
『そしたらまー、ハルは謝って、あたしも謝る。で、もっかいちゃんと友達になろ? 友達になるのに、理由はいらねーからさ! あっ、長瀬はハブにしよーな! ぐっへっへっへ!』
『1時にコート集合な! 来なかったから、サッカー部より先に、ハル殺すから!! じゃーな!』
「…………馬鹿が馬鹿みてえなこと書くなよ。馬鹿っぽいだろうが……ッ!」
画面が、よく見えない。
その理由にはだいぶ前から気付いていたのだけれど、叶うなら、知らない振りをしたかった。
でも、ダメだ。もう手遅れだ。
画面も、手の甲も、床も。バケツをひっくり返したようにビチャビチャで。
スクロールすら上手く出来ない。指が、震えて、どうしようもない。
俺が、彼女たちに何をしたというんだ。
ただそこに居ただけで。存在していたという、ただそれだけの理由で。
何故、こんなにも気に掛けてくれるのか。不思議でしょうがなくて。
理由が欲しかった。
俺が俺でであり、俺で居続けられる、理由が欲しかった。
けど、それが一番、不要なものなのだと。
気付いた。気付いてしまった。あまりにも、遅かった。
知らなかった。こんなことに。こんな、ありふれた、俺たちの関係に。
理由なんてものは、まったくもって必要なくて。
「…………あー、俺、分かってたなー。全部…………全部、全部……分かってたじゃねえかよ……ッッ!!」
俺たちは、ずっと前から、友達だったんだ。
「……そうだよなぁ。友達を心配するのに、理由なんていらないよなァ……っ!」
声を震わせたまま、ベッドに蹲る。
スマートフォンを胸に抱え込む、恋に破れた女のようなその姿を、誰にも見られたくなかった。
見せたくない。格好悪いところなんか、見せられない。
そんなちっぽけなプライドで、俺は、どれだけの愛と、信頼と、時間を。無駄にしてきたのだろう。
認めたくなかった。
けど、俺が。俺が認めなくても、誰かが。アイツらが認めてくれた。
一つだけ理由が必要なら、ただそれだけで良かったのだ――――
「…………長瀬……っ」
最後に残った通知は、彼女からのモノだった。
ほかのメンバーとは違う。たった一件の受信通知。
最初の文章は、この画面からでも少しだけ読めるのに。よく、見えない。
怖かった。怖すぎて、いよいよ手から離れそうだった。
いっそのこと、サヨナラと言ってくれた方が良かった。
一方的に、突き放してくれた方が、よっぽどマシだった。
もし、そのようなことを書かれていても。
次の行動は、決まっていた。
俺は、俺があるために。
いま、ここにいるただの、どうしようもない、性格の悪い高校生。
廣瀬陽翔が、廣瀬陽翔であるために、しなければいけないことは、どう考えても、一つだけだった。
数センチの距離を、少しずつ、少しずつ埋めていく。
どうか、届いてくれ。間違え続けた俺に、ほんの少し。
ほんのちょっとの、誰しもが持ち合わせる、僅かばかりの勇気を。
一人で立ち上がれなくていい。そんなのが無理だって、ずっと前から知っている。
だから、力を貸してくれ。
俺が、心から信じてみたいと思わせてくれた、お前の言葉で――――
一人でも、誰かの力でもなく。
5人分の力で、その指は動いた。
『待ってるよ、ハルト』
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